66話 こっちの餅は甘いぞあっちの餅は辛いぞ
「ヘタレとケダモノはどけなさいっ」
ちょっと顔色悪く朦朧とした顔のザギルと、目覚めた私に手を伸ばそうとしたひどくやつれた顔のザザさんを、同時に力強く張り倒したエルネスに抱きしめられた。
「カズハ、カズハ、どうなの? もう痛くないの? ねえ、私が触れても大丈夫なの」
ぺたぺたと頬を頭を肩を触っていくエルネスの顔色だってひどいものだ。
馬鹿なんだからこんなに男前なのになんでこんなに馬鹿なのほんとにと、腕と指の動きを確認して、下瞼をめくって口を開けさせてと診察を続けていく。
「うん、痛くない。もう、痛くないどこも」
するっと帰ってきたつもりだったけど、どうやら私は丸二日寝込んでいたらしく。
泣きながらうわ言を口走り、時に悲鳴をあげて、時に力の入っていない身体で暴れようとしては、ザギルに抱きかかえられたまま眠りに落ちるを繰り返していたと。いやはや申し訳ない。
「和葉ちゃん! おはよ!」
礼くんは、私に付き添うザギルに食べ物や飲み物を運びながら私が起きるのを待っていた。
部屋にいれてもらえるのは私が眠っているときだけで、だけど、ちゃんと訓練もして、ごはんも食べて。私が起きたとの知らせで他のみんなと一緒に部屋に飛び込んできて、おはようのハグで迎えてくれた。実際は夕方だったけど。
幸宏さんは脳天チョップで、あやめさんは両頬を力いっぱいひっぱって、翔太君は掛布団の中身がないとこをぱふぱふ叩いた。
盛大にみんなに抱きつかれたってどこも痛くなんてなかった。ただ幸せに息が止まりそうだっただけ。
「いい加減補給させろ! 俺が死ぬ!」
空気読まずにみんなを蹴散らす疲労困憊のザギルにまた抱きかかえられて、点滴と化しながらもう少し眠った。
◇
「第一回カザルナ王城餅つき大会をはじめまーす!」
「和葉ちゃん、そのハンマーしまって? それ臼よりおっきいから。いらないから」
「……冗談ですってば」
エルネスが参戦していた紛争に伴いあちこちに出ていた輸送路障害等の影響で到着が遅れていたもち米は、私が寝てる間に届いていた。
幸宏さんの指導の下、臼と杵も数セット用意されている。私のハンマー顕現させておいたら真顔でやめてと言われた。
私の重力魔法で餅つき機できるのだけど、そこはほら、やっぱりね、最初は形式って大事だしせっかくだから。
あんこもきなこも用意してある。醤油もチーズも砂糖もだ。あらゆる食べ方を試食していただきたい。
量が量の試食なので、というか、もうこれ試食というより単なるイベントなので、厨房ではなく訓練場の端っこに竈もいくつか設置して、蒸しあがったもちを次々臼に放り込んでいく。
今回の幸宏さんはもちつき奉行である。温泉に続き実に万能の奉行だ。いつでもどこでもオールラウンダー。
幸宏さんが突き手、私が返し手でお手本として一臼ついてみせると、勇者陣も騎士たちもいそいそとつきはじめる。
お手本が終われば餅とりの実演開始。勇者付精鋭部隊は今、餅とり部隊となる。
みんな器用ねぇ。やってみせればすぐに慣れていってしまう。
ちぎってはくるりと並べていくと、礼くんがころころ丸めてお盆に乗せていく。五個に一個は一口分ちぎられて口に入っていってるのを全員無言で温かく見守る。
「―――あやめちゃんもうやめて!」
何度やっても餅をつく瞬間に手を出そうとするあやめさんには退場命令がでた。勇者補正どこやった。
降り下ろす杵を中空で止める翔太君には勇者補正効いてた。
「……あやめさん、ほら、こっちのおもちに黄な粉まぶすとかそういうのお願いします」
「翔太はリズム感悪いと思う」
「……えー」
稀代のピアニスト捕まえて何を言ってるんだろうこの子。
「臼叩いたら木くずはいるからねーって、ちょっとそこの二人なんで組手みたいになってんすか! そんな高速でやらなくていいから!」
餅の仕上がり具合みながら回ってた幸宏さんが悲鳴上げた方をみやると、ザザさんとザギルが組んでた。ザザさんがつき手でザギルが返し手。
高速で的確に降り下ろされる杵と間隙を縫って返される餅。
熟練を越えている。
誰があの二人を組ませたんだと思ったら、横でセトさんの口が小さく緩んでる。なんか怖いので見なかったことにした。
「……すごい勢いでなくなっていきますね」
「保存用フィルム要らなかったかもね」
なかなか好評のようでみるみるうちに餅が消えていく。やり切った顔の幸宏さんが横で砂糖醤油をつけた餅を食べながら頷いた。
ルディ王子もいつの間にか参加してて、翔太君と礼くんに教えてもらいながら色々な味を試してた。
こっそり「後で王女殿下にももっていってあげたら?」と耳打ちすると、ちっちゃく頷く礼くん。可愛すぎる。
あやめさんはエルネスにきなこもちを献上してる。うん。つくったんだもんね。まぶしただけともいうけど。
大根もどきおろしと醤油とすだちっぽい柑橘系の実をしぼったやつを合わせて餅に絡めたのを味見する。うん。なかなか。それをのせた小皿をいくつか並べていった。
「……カズハさん、ちゃんと食べてますか?」
「はい、どうぞ」
ザザさんは大根おろし餅を一口食べて、おお……と呟いた後は無言で残りをぱくぱく食べた。そうかそうか気に入ったか。
「さっぱりしてるんですね。美味しいです」
「ふふふ。餅は色んな食べ方するのも楽しみの一つですからね。小皿に試食用とっとけばみんな気に入ったのを真似するでしょう?」
他にも何種類か小皿は並べてあって、もう各々が好みのを真似している。ずんだだって用意済みだ。よもぎは裏山から似たのをとってきた。
「トッピングがいくつもあって迷ってたとこでした……って、カズハさんもちゃんと食べてますか」
「少しずつ味見してますからねぇ。結構食べてますよ」
きなこを口の周りにつけたまま、礼くんがはっと気がついた顔をした。
「納豆餅食べたい」
「ああああ、いいなぁ納豆餅なぁ」
「あれ? みんな納豆好きですか」
「「「「好き!」」」」
「……早く言えばいいのに。あれは好き嫌いあるから手出してなかったんですよ」
礼くんは好きかもとは思ってたんだけど、お母さんが出ていったときに食べてたって聞いてたし食べたいって言わなかったからなぁ。
「え。あれって作れるの? 納豆菌ないじゃん」
「作れますよ。藁も手に入るし、玄米でもつくれるし。ただこれから作るとなると数日かかりますけどね」
「和葉ちゃんほんとなんでもつくれんのな!!」
「ふふふふ。ひれ伏すといいですよ」
「なあなあ、そのナットウって美味いのか」
ザギルも大根おろしのをたいらげ、空の皿を突き出しておかわりを要求しながら聞いてくる。ザザさんにも目で問うと頷いたので、もう一皿。
「うーん、大豆をね、発酵させて食べるんだけど、こっちの人にはどうかな。匂いが独特で私らの国でも好き嫌いのある食べ物だから。ザギルは気に入らないかもね」
「喰ってみないとわかんねぇだろ」
「まあ、出来たら試してみたらいいよ。米がねぇ、ちょっと合わないからやっぱりその時はお餅になるかな」
米だけはやっぱり日本のと並ぶものがないんだよね。それも納豆に手を出さなかった理由のひとつ。チキンライスとかカレーとか味の濃いものを合わせるのにはいいんだけど、白米をそのまま食べるとなると違いが出すぎる。
「米は結構種類ありますよね。カズハさんたちに合うのはなかったですか?」
「日本人は米にうるさいのですよ……というか、結構どころかかなりの種類試してるんですよ。でもまだ見つからないですねぇ」
「カズハ……? 米の種類ってこの国だけで何十種類もあるでしょ? どんだけ試したの」
「……国産は手に入ったものから試しまくって制覇したのが先月だね。今他の国の取り寄せてもらってる」
私は学習する女。小豆のことを教訓にじわじわと米を集めてもらっていたのだ。
「あんた研究者になったらいい仕事してたんじゃないのかしらって思うわね時々……何その執念」
「エルネスに言われるの微妙!」
「エルネスさん、納豆は女性らしさを保つのに良い食べ物なんです!」
「カズハ、いるものはある? ナットウに必要なものは他にある?」
「お、おう。大丈夫だよ……」
あやめさんがイソフラボン効果を力説しているのをエルネスはメモとってる。
微妙な顔してるザザさんと目があって、どちらともなく笑った。
……目が覚めてからこっち、前に感じていたザザさんとの距離感は少し無くなってる気がする。ちゃんと手の届くところにいてくれてる。
思い起こせば、眠る直前に結構思わせぶりな発言がザギルから出てたはずだけど、お互いそれについては何も話してない。というかそのあたりで交わされた会話については全部。そのうえで以前と変わらない態度なのであれば、私もそれに倣うのがいいんだろうなと思ってる。
第一、ザギルは惚れた男だの言ってたけども、別に私それは肯定してないし。スルーしただけで。いや負け惜しみとか遠吠えとかではなく。
なんというか、いやまあ、そうなんだろうなと認めざるは得ないのだけど、だからどうしたいかと言われると少し困るのが正直なところだ。欲しいものは欲しいと言えって言われても、いかんせん経験値が低すぎていたたまれない感ばかりが押し寄せる。我ながら、なんだそりゃ乙女かと脳内突っ込みいれつつもどうにもこうにも。
というか、あんだけ地雷踏んで怒らせておいて色恋持ち出すとかないでしょ。ないわー。ないですよ。私空気読める女ですし。
「カズハさん?」
「あ、はい」
ちょっと思い出し恥ずかししてたら、ザザさんが覗き込んでて、ちょっと怯んだけど顔には出てないはず。ザザさんはどこか言いにくそうに躊躇うように、片手で口を覆っている。聞き取りにくくて一歩近づいた。
「……あのですね」
「はい? あ、ザザさんも納豆もち挑戦します? 用意はするつもりでしたけど」
「えっ、あ、はい。是非」
「本当に好き嫌いの出る食べ物なので、あんまり期待しないでくださいね」
「それもまた楽しみですね。カズハさんの料理で嫌いなものはありませんでしたし」
とりとめなく今までの料理の中でどれが一番好きだとか話したりして。一番はなかなか決められないようだった。
「……食堂、メニュー増えたじゃないですか。味は以前もよかったんですけど、選択肢は少なかったでしょう。今は美味しいものが増えすぎて選べないです」
「ああ、一番最初に思いましたね」
「最初?」
「来たばかりの頃。メニューが偏ってるって」
「ほお」
「騎士以外の働いてる人たちって、お弁当だったり宿舎帰って自分で作ったりしてるから、食堂をいつも利用するのは騎士が多いでしょ。体力使う男性がメインだからどうしても肉とか中心で」
「そうですね。やっぱり力がつきますから」
「食文化の違いも大きいんでしょうけど、野菜料理が少なくて気になっちゃいまして」
「……時々あいつらの皿に野菜突っ込んでますよね」
「ばれてましたか」
目立って野菜料理をとってない騎士の皿には、おかず選んでる横に近づいて問答無用で野菜のっけたりしてたりする。身体が資本ですからね。バランス大事ですよ。
ザザさんが嬉しそうに目を細めてて、こっそりどきっとしてみたりして。
「……前に、また城下で呑みましょうって言ったじゃないですか」
「はい。楽しかったです。リベンジですか。今度は記憶なくしませんよ。私学習する女ですから」
「リベンジって。えー、あのですね、よかったら今夜どうですか」
「わぁ。いいですね。そろそろあやめさんとかも「そうではなく」」
食い気味の遮りにちょっとびっくりして見上げると、軽く屈んで私にだけ聞こえるような小声で。
(……二人でです)
(罠ですか!?)
(えっ)
つい脊髄反射で出たけど、罠って。いやでもこれトラップ? なんのトラップ?
「すみません。予想外だったので取り乱しました」
「ぼ、僕もその反応は予想外でしたね」
「……膝突き合わせて説教されるのが脳裏に浮かんじゃいまして」
「僕、カズハさんの中でそんなんなんですか……」
いやいや不動のイケメンですよ。でも多分私に説教する人ツートップだからね。もう一人はエルネス。
そしてまた心当たりがあるのがね、これがね……。
「いやその……説教ネタがかなりある自覚は一応あるんですよこれでも……」
「―――ほほぉ、例えば?」
「言ったら藪蛇かもしれないじゃないですか」
「ばれてないものがまだあると」
「いやいやいやいやいや―――揶揄ってます?」
片眉をあげて首を傾げる顔がずるい。
「そんなつもりはないですよ。ただ、少し話したいことと聞きたいことがあるだけです―――というか、体調は大丈夫ですか。誘っておいてなんですけど」
「あ、もうそれはすっかり。魔力もね、前に比べて安定してるって言われたじゃないですか。本当に魔法が扱いやすくなってて」
そうなのだ。魔力の成長率も妙に魔力が漏れているのも変わらないのだけど、流れが少し安定してきてるらしい。前は安定しないせいで同じ魔法を使っても魔力消費量がランダムだったものが、どの魔法を使えばどれだけ消費されるかが読みやすくなったし、狙った効果が出しやすい。
「ザギルには、それで制御できてるだと? って鼻で笑われたんですが……でもアレと比べるのがそもそも間違ってないですか」
「アレも充分規格外ですからね……一晩中の調律を毎晩続けるなんて驚愕通り越して脅威ですよ。今は調律なくても大丈夫なんですよね?」
悪夢に襲われていた間も眠れてはいたのは、ザギルが毎晩一緒に寝て調律をしていてくれたからだ。仮眠をとりながらだから問題ないとは言っていたけど、エルネスだって数時間の調律でしなびるほど消耗していたのに。……面倒かけてたなぁ。約束通り金庫の中身は全部渡したのでそれで勘弁してほしいものだ。
「ええ、まあ、何度か怖い夢は見てますけど、ただの夢です。前のとは違いますからちゃんと眠れてますし」
「え、それは本当に違うんですか?」
「違いますよー。痛くないし吐いたりもしないですし、目が覚めた後もちゃんと寝直せるんで」
「……ちょっと待ってください。前はそんなに酷かったんですか」
「……ザギルから聞いてないですか」
「魔力の乱れのせいで眠れないとしか」
しまった。まさに藪蛇がきた。これはいかん。てっきり全部筒抜けだと思ってたのに、何をどこまで話したのか後でザギルに聞いておかないと。
「舌打ちはやめましょうね?」
「あ、はい……」
「そんなの弱って当たり前じゃないですか……あなたは本当にどうして」
「ふふっ?」
「……効きませんからね? そろそろあきらめてください。それ」
深い深いため息を顔ごと手で覆う姿は、なぜだか妙に悔しそうにも見える。私もエルネス直伝の笑顔全然通用しなくて悔しいよ。
「ザギルも問題ないと思ってるはずですよ。部屋に来ないし」
「魔力の乱れで気づくんでしたよね」
「すごいですよねほんとに……今更ですけどまさかあれほど規格外に有能だなんて当初は思いもよらなかったです」
「―――認めなくてはならないでしょうね」
「ん? ザザさんは最初からザギルの能力だけは認めてたじゃないですか」
「……そっちではないです」
「どっちですか?」
「どっちだろうなあ?」
のしっと頭が重くなった。にやつくザギルがひじ掛けにしている。筋肉重いです。そしてザザさんがものすごい不機嫌な顔。
「……沸くな」
「へっ、おい、俺そろそろ行くからな。使いやすいからって魔力使いすぎんなよ。晩飯までには戻る」
「はあい。いってらっしゃい」
軽い音を立てるキスをしてから訓練場脇の木立へ姿を消したザギル。あいつに道はあんまり必要ないらしい。最近は礼くんも挨拶のキスというものを理解したらしく、このくらいなら怒らなくなった。
「というか、あんだけお餅食べてまだ小腹減るって、やっぱり魔力と胃袋関係ないんですねぇ。いまだにちょっと意味がよくわからないんですけど、ザギルは全部ひっくるめて腹減ったとしか言わないし」
「……カズハさん? 今のもただの魔力補給、ですか」
「そうですよ?」
「いや……えっと、出かけるって」
「ああ、花街の取引相手から呼び出しがあったらしいです。最近ほら私のごたごたで顔出せてなかったからって」
……なぜそんな怒ってるんだか困ってるんだかよくわからない顔してるんだ。
「あいつ、まだそれやってるんですか」
「まだもなにもザギルの情報網には必要なことなんでしょう?」
「それは、いやでも……え? あれ、知ってるん、ですか?」
「何をでしょう」
「あいつの取引の仕方というか、条件というか」
「お姐さんたちに魔力交感と魔力調整の訓練してるんでしょう? 網作るときのとっかかりと維持に一番いいって。思えば軍人に訓練するお姐さんたちに教えるってのもまたすごいですよねぇ……」
……ザギルのあれで訓練とかできるなんて、さすがお姐さんたちはプロなんだと思う。
「えええ……? あ、あの、カズハさん、平気なんですか?」
「何がですか」
「……ちょっと頭を整理させてください」
ものすごいしかめっ面で考え込んでるんだけど。なんだなんだ。しばらく眺めてると意を決した風に、まっすぐ私の目を捉えた。
「ザギルとは、おつきあいというか、恋人の関係になったのでは?」
「初耳ですが!?」
「え」
「え?」