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63話 ぼくをはこんで チッタカタッタッタア

 リトさん言ったもん。

 リトさんに何かあっても恨むな憎むな悔やむなって。

 したいことをしにいくんだから俺は満足なんだって。

 だからレイは今と同じように自分がしたいことを考えろって言ったもん。


 北の国境防衛線から届いたリトさんの訃報に、礼くんは一晩泣いてからそう言った。



 前線は相変わらず動いていない。

 魔族こそ姿を現していないが、魔獣はその数を減らすことなく暴れている。

 押し返すことは可能、致命的な殲滅だって受けはしない。

 モルダモーデの言っていた通り、鍛え上げられた騎士団と神兵団の人的損失率が上がってはいない。

 けれどそれは何も失わないわけではもちろんなくて、失ってしまったものの上に成り立っている。





 魔力の急成長が落ち着いて、あやめさんは以前に増して回復魔法の研究に打ち込んでいる。

 以前ザギルの治療で魔力を残量二割切るまでもっていかれたのが地味に悔しかったらしく、同じ効果で魔力消費を四倍は少なくすませられるようになったと高笑いしていた。師匠譲り。


 幸宏さんは、現代兵器についての知識は教えないことを貫いているけれど、できることはしておくと新魔法を開発済みだ。高速飛行訓練だと言って、遠くまで行っては練習してる。翔太君も時々そうしてた。ザザさんたちにも伝えていない。運搬役の私とザギルだけが知っている。




「―――葉ちゃん?」


 瞬きをしてる間に、景色が変わっていた。

 食堂手前の廊下を歩いていたはずなのに、もう雪解けの訓練場へ続く渡り廊下で礼くんが私を覗き込んでいる。


「なあに?」

「どうしたの? 具合悪いの?」

「ううん? ―――変だった?」

「うーん、元気なく見えた」

「えー? じゃあ、礼くん訓練場まで運んでくれる?」


 とんと、背を向けたまま礼くんの足の甲に乗って、後ろ手に手をつなぐ。

 仰向けば、ひらめいた笑顔の礼くん。


「みっぎあしくーん、ひだりあっしくん!」


 歌いながら、笑いながら、私を足の甲に乗せて渡り廊下を行進していく。チッタカタッタッタア



 いつからだろう。

 数日に一度は記憶が途切れる。意識が途切れてる。

 どっちなのかわからないけど、多分まだ気づかれてはいない。

 ほんの一瞬だと思う。ぼうっとしてるように見えてるだけだと思う。


 ふとした弾みに、何か面白くて笑ったり、何か楽しくて笑ったり、そんなときにちりちりと体中が痛む。

 前は胸の奥にだけあった桃の産毛にこすられるような痛みが、今は全身の皮膚の下にある。

 我慢できないことなどない、素知らぬ顔をしていられる程度の、ただ煩わしいだけの痛み。

 それだけのはずなのに、多分その痛みが、意識を遠ざけている。




「ぼーくをはこんでチッタカタッタッタア! ―――あっ」

「ん?」

「う、ううん! 行ってくるね!」

「……ふふっ、いってらっしゃい」


 まだ渡り廊下の途中で私を足から降ろして、そそくさと訓練場へと走っていく礼くんに手を振る。


「おはようございます。―――レイはどうしたんです? なにか慌ててたようですけど」

「あ、ザザさん、おはようございます。ほら、あそこ」


 渡り廊下から見える王族が住む棟の三階バルコニーあたりを指さすと、ザザさんが目を眇めて追う。金色の巻き毛と淡いドレスがちらりと風になびいて見える。


「王女殿下?」

「最近ね、ちょっと意識してるみたいですよ。内緒」


 十二歳の第三王女は、ルディ王子の一つ年上。ルディ王子の部屋にお泊りをしているうちに仲良くなったようだ。

 人差し指を唇にあて内緒の仕草をすると、ザザさんも同じ仕草でどこか眩し気に笑った。


「私たちの棟にいるときもね、ちょっと私と手を繋ぐのとか恥ずかしがってるときもあるんです」

「変わりなく抱きついているようですけど」

「それは別枠みたいですねぇ―――でもきっと、もうすぐそれもなくなると思います」


 隣に立つザザさんは、私の手では届かない距離。

 これもいつからだろう。

 前にあやめさんがザザさんにおびえていた時のように、なぜか距離がある。

 私何かしたのかな。心当たりないんだけどな。


「そうですか?」

「子どもってそんなものだと思いますよ。突然するりと成長しちゃう。それにあの子は本来中身が大人びてる子ですから」


 礼くんがべったり甘えていたのは、こちらに来てライナスの毛布が必要になってしまったから。安定してしまえばまたしっかりと歩き出す。その時がそろそろ来てるのだろう。

 リトさんのことでまだ時々少し泣いてしまったり、夜寝ているときにしがみついてきたりとかはあるけれど、ちゃんと気負いなく前を向こうとしているのがわかる。


「……そういえば最近僕の後ついてくるの減ってきてますね」

「でしょう?」

「―――ちょっと、わぁ、これは」

「どうしました」

「……結構さびしいかもしれません。今気づきました」


 片手で口を塞いで、少し顔を背けて、耳が赤い。あまりのかわいらしさに笑う。軽く憮然とした顔がまたかわいい。


「そんなに笑わないでください……、アレはどうしました?」

「ザギルですか? なんか出かけていきましたね。城下に行ったみたいですよ。―――もう訓練中の監視が必要なの私だけですし。なのでザギルが戻るまで待機です」


 みんな制御できるようになったからね。見張ってなくても訓練中に下限を切ることはまずない。

 相変わらずなのは私だけだ。


「……まだ、風冷たくないですか?」

「これ、中に結構着込んでるんですよ。だから平気。ザザさんは訓練? それとも部屋でお仕事?」


 薄手のショートマントの下は、ボートネックとパフスリーブのシャツ。ローライズのぴったりしたパンツ。最近はあやめさんデザインの服を半強制的に着せられている。かわいいけど甘すぎず動きやすいから問題ないというかうれしい。結局まだ身長は伸びてないけど子どもすぎない、と思う。


「朝飯の前に身体はほぐしたので部屋ですね。今頃セトがいそいそと書類積んでますよ……」


 本当は身体動かしてるほうが好きなんだよねザザさん。うっすら遠い目しててまた笑う。

 偉い人はそうもいかなくて大変だねぇ。


「ねえ、ザザさん?」

「はい?」

「ザザさんて、魔力調整の訓練ってできますか?」

「―――それは、教える側ってことですか」

「はい。教わるのは私です……ザギルには無駄だって言われてるし、本当に無駄に終わるかもですが」

「ゆっくりすることにしたんじゃないんですか」

「もう、春になります。ゆっくりしたんじゃないかなって」

「過去の勇者たちも数年単位で成熟してます。焦る必要なんてありません」


 向き合えば、やっぱり私の手では届かない距離。伏し目がちで少しそらしたハシバミ色は、私の背ならしっかりと覗き込める。


 ―――そっかぁ。駄目かぁ。ですよねぇ。


 ザザさん紳士だしね。そんな誤解されかねないことしないよね。


 どうしよう、かな。本当にちょっと時間なさそうなんだけどな。

 意識の途切れる頻度が、あがってきてる気がするんだよ。


「……そですかね」

「そうです。それにあれは……わかってるんですか。本当に」

「ん? ああ、魔力交感ですよね? そりゃあさすがに……忘れちゃうんでしょ。コレだから。でも一応私大人なので」


 少しおどけてくるりと回って見せてみる。

 ほら、これでも二回の出産を経て、ささやかながら経験ないわけでもないわけですし。いやこの身体ではもしかして未経験カウントかもしれないけど。……そういえばピアスの穴も埋まってたな。まあいいや。黙ってればわかんないだろう。


「……ヤツに頼もうとか思ってませんか」

「えーっと、でも駄目でしょうね。無駄だって」


 探りはいれてみたんだ。少しはましになるかなって。でも、無駄だと鼻で笑われた。ひどい。


「大人だからたいしたことではないと?」

「……まあ、そりゃそう、でしょう? あやめさんとか本当に若い娘さんとは違いますよ」

「何がですか」

「何がって……こう、価値、とか?」

「……はあ?」


 なんだかいつもより声が硬く厳しくなったなって思ったら。


 私の手が届かない距離でも、ザザさんなら一歩と動かず手が届く。

 両手で顔を挟んで引き寄せられて、屈んだザザさんの短い前髪が私の額をくすぐる。

 ハシバミ色が目の前にあって、息が止まった。


 顔が一気にあっつい。いやいやいや待って。待って。近い。これは近い。


「……このくらいたいしたことないのでは?」

「あ、の……」

「僕があなたを子ども扱いしたことありますか」

「ない、です」


 うん。いつだってザザさんは私をちゃんと大人の女性として扱ってくれてた。時々雑技団だったけど。

 体中、ちりちりして胸が詰まる。

 返事するたび、漏れる息が震える。


「僕はあなたを成熟した女性として接してます。でもカズハさん、その矜持も魅力的ですが、それにつけこむ男もいるんです。往々にしてその手のは性質が悪い。この程度もあしらえないならやめなさい」

「あしらう」


 あれ!? もしかして今これ私あしらってみせるとこだろうか!? そういう流れ!?

 あしらうってどう? 難しいな!?

 

 私の顔を仰向けさせているザザさんの大きな両手に触れようと手を伸ばしてみるけど、指先が震えてしまって無理だ。

 俯いて視線を外すこともできない、と、しっかりと私を見据えていた瞳が不意に揺らいだ。


「魔色、出てます」

「え?」

「魔乳石の色に、変わってます、ね」

「あ、そ、そうです、か?」

「アレが、あなたの魔色は本当のことを言っているときに出る、と」


 んん!? 今? 今そうくる?

 アレってザギルだよね。本当のことってなに。魔色って魔力使うと出るってやつでしょ。そんな嘘発見器みたいな機能まであるの?

 いやちょっと情報量多い!


「初耳ですよって、なんですかそれ……そんな嘘つくと鼻動く癖みたいな」

「……僕に触れられて、平気、ですか?」

「へいきとは」

「怖く、ないですか」

「ザザさんを?」

「ええ」

「そんなの思ったこと、ないです、よ?」


 今すっごい動揺はしてますけど!


 ザザさんの左手が、ゆっくりと頬からうなじに回り、右手は離れて腰へ伸びる。

 こつん、と額と額がぶつかって。



 訓練の始まりを示す銅鑼の音が響き渡った。


 

「すみません! 近かったです!」

「はい! 近かったです!」


 ばっと我に返ったような顔で、背を伸ばすザザさんは万歳のポーズ。


「こっこれはですね! いまのは!」

「今のは」

「―――今のは、ですね」


 片手だけ額にあててもう片手は万歳のまま、固まってしまっている。

 すっごい汗噴いてるんだけど。多分私もだ。史上最大に顔赤い自信がある。

 しかしだ。ちょっと気づいてしまったんだ。


「ザザさん」

「……はい」

「めっちゃ見られてます」

「―――はい?」

「訓練場からめっちゃ見られてます」

「―――っ!!??」


 丸見えなんですよ。ここ。訓練場に集まった全員から。

 ほら、前にベラさんがザザさんにブラウニー渡したときもそうだったじゃないですか。

 全員、ガン見も甚だしいんですよ。見ないふりとかしてる人いないんですよ。しようよそこは。


「撤収っ!」

「はいっ!」


 お互い反対方向へ猛ダッシュした。





 礼くんは十三歳になったら前線に出るのだと決めた。

 それまでできることをいっぱいして強くなるのだと、そうしたいのだと。


 ゆっくりと、まっすぐに、戦うかどうかいっぱい考えてから決めたいといったその時と同じ顔で、カザルナ王へ告げた礼くんに、王は頭をたれて「仰せのままに。―――それでもどうかそのままずっと考え続けて欲しい。我らはいつでも勇者の決定に従う」と、そう答えた。





「和葉ちゃん、ぼく、今日から一人で寝れると思う!」


 きりっとした顔で宣言した礼くん。


「そなの?」

「うん! ぼくもうおっきいからね!」


 礼くん身長はもう伸びきってるんだけどね。羨ましいことに。

 誇らしげに得意げに決意をあらわにする礼くんが眩しくて愛しい。


「そっか。ちょっと寂しいけどなぁ?」

「……うっ」

「ふふふ。でもうれしいな。すごいね。礼くんお兄さんになったんだね」

「―――うん!」





 のっぱらへつれていけ チッタカタッタッタア


 私はどこまでこの子を連れて行ってあげられたのだろうか。

 できることならどこまでも手をひいてあげたいと思ってはいても、それは大人のエゴなのだ。

 時がきたら手を離してあげなくてはいけない。


 時が来たら、背を押して見守るか、先に立って背を見せるか、どちらかを選ばなくては。


 表向き前線に出るのは保留としていたけれど、それは礼くんに前線へ行くかどうかを私の決定とは関りなく決めてほしかったからだ。私が出るとなれば礼くんはついてこようとしただろうから。


 もう私自身は結構前に決めていた。

 別に勇者としてとか国を守るとかそんな御大層なことではなく。



 モルダモーデ、あいつは私が殺す。

 


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