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61話 骨の軋む音が聞こえる

 ……背伸び始めたいつだったかなぁ。

 十四歳くらいの私だと思ってたけど違ったんだろうか。いやでもこの胸のサイズはやっぱりそのくらいだと思うんだけどな。


 両胸においた手をじっと見つめてたら、ため息がでた。

 とぼとぼと医療院から食堂へ向かう。


 本当に十四歳だったときには、そんなに気にしてなかったんだ。

 転校に次ぐ転校で、私本人も印象というか存在薄いから目立たなくていいくらいだったし、友達もそんなにいなかったから誰かと比べることもなかったし。


 ……?


 今私誰かと比べて気にしてるんだろうか。

 いや確かにさっきベラさんうらやましいなぁとは思ったけど。

 ザザさんと並んで絵になってたのは、ベラさんが背高いからってだけじゃないし……。


 最近ミラルダさんとかにやたら子ども扱いみたいなことされたのが、実はすごく嫌だったのかな。そりゃ嫌だったし普通嫌だろと思うけど、自分で思ってる以上に嫌だったんだろうか。

 礼くんやザギルはひょいひょい私を抱っこしたり持ち上げたりするけど、それは全然嫌じゃない。別に子ども扱いってわけじゃないし。


 なんで私こんなしょうもないことでしょんぼりしてんだろ。


「―――様?」


 道を塞ぐように目の前に現れたのは、茶髪のくせ毛。グレイさんだった。いつのまに。


「……あ、はい。こんにちは」


 軽く首を傾げて微笑むグレイさんだけど……この人たちは私に近寄ることを許されていないはず。

 廊下は前後見通す範囲には誰もいない。どっから沸いた。私そんなにぼうっとしてた?


 一歩、グレイさんが私に近づく。


 ―――優し気に微笑んでいるのに、その視線にうなじが逆立った。


「あの、カズハ様は甘いものがお好きなんですよね? よく作られていますし」


 なんだなんだ。そのフレーズ流行ってるのか。

 差し出されたのは紙包み。ついさっきベラさんがザザさんに差し出していたものと同じ。受け取ってもらえてなかったけど。


「城下で流行っているものらしいんです。カズハ様は城下に降りられることはあまりないようですし、よかったらと思って」


 合コンのとき、小豆にすぐ手を出そうとしたのは周囲にみんながいたからだ。正確には完全に油断していた。

 さすがによく知らない人と二人きりの時手渡される食べ物に手をつける気はない。

 学習する女ですよ私。



 ―――知らない人のもののように、その紙包みを受け取る手があった。

 小刻みに震えているその手は確かに私の身体から伸びている。


「ああ、よかった。ありがとうございます。受け取っていただいて」


 ほっとしたようにまた笑顔をつくる人。それはきっと見ている誰もが人の好さそうだと思う笑顔なのだろう。

 笑顔なのだろうと思う。きっと。

 けれど、唇の形がわからない。

 頬の形がわからない。

 鼻の形がわからない。


 のっぺらぼうに彫り込んだような逆三日月の両目だけが見える。


「あの、ミラルダがあんなことになってしまって、同じ砦出身だから仕方がないのですが」


 言葉は届いている。何か音が言葉を形作っているのはわかる。

 けれどこれは誰の声だろうか。


 目の前の唇がないのっぺらぼうから出ている音なのだろうか。


「―――誤解してほしくなくて、ミラルダはカズハ様のことを本当に騎士としてお守りしようと」


 ……誤解?

 ああ、この人はそうグレイさんだ。私を迷子と間違えて抱き上げた人。

 そうだ。あのとき、動けなかったんだ。


 手足の先が冷たい。

 縫い留められたように足が動かないのに、足の裏に床の感触が感じられない。


 なんで忘れてたんだろう。動けなくて、抱き上げられるがままだったんだ。

 今と同じように。


 思考は、動いている。私は考えている。そのはず。いつもと同じにまともに動いているはず。

 ああ、でもそうだろうか。回る思考の歯車にひっかかるものを感じない。

 目の前の出来事を拾い上げて、咀嚼するための歯がない。

 起きていることの意味がわからない。


「―――誤解はまだあるようなんですけど、自分だってカズハ様に危害を加えるつもりなど」


 危害。きがい。

 この目の前の人は私に危害を加えるの?


 この世界の誰よりも膨大な魔力量を誇る勇者の中で、最も総魔力量の多い私を?

 誰よりも速く駆けられる。誰よりも高く飛べる。誰よりも鋭く刃をふれる。誰よりも力強く敵を叩きのめすことができる私を?


「―――誤解はといてみせます。初めてカズハ様とお会いした時から」


 誤解。ごかい。

 何が誤解なんだろう 知りもしないのに誤解なんて そもそもこの人誰だろう



「ああ、そのなんて細くてやわらかい小さな女の子なのだろうと」



 ―――ホソイノニヤワラカイ

 醜悪な愉悦に満ちて歪む三日月



「こんなふわりとした折れそうな方をお守りできるだなんて」



 アア ホソイノニ ヤワラカイ フワットシテ チイサナ



 ざあっと視界を埋め尽くす砂嵐

 明滅するヒカリゴケ

 砂嵐は濃淡を石壁の溝に変えていく



「―――カズハ様」


 呼吸が喉を焼いて痛い

 鼓動が心臓を刺して痛い

 筋肉が骨を軋ませて痛い

 血管をめぐる血が、皮膚の下から突いて痛い


 私を生かす全てが痛みに変わる


 伸びてくる手よりも先に 脳髄を鷲掴みにする何かが





「ぐらぁあああ!」

「カズハさん!!」


 ザギルが踊り出るように視界を埋めた。

 横から抱きすくめたのは、あの安心できる力強い腕。

 私を引き戻してくれる手。



「てめぇこいつに何やった!」


 ザギルが仰向けに倒れている人にククリ刀を突きつけている。


「カズハさん、カズハ、こっちを向いて、僕を見なさい」


 ザザさんの金色の瞳が薄青の環を灯らせている。

 騎士たちがつくるいくつものランタンの道のような、導いてくれる灯り。


「―――どうしたんです? 二人とも」

「カズハさん」

「ザザさん、それあの技ですよね。なんで今それするの?」


 気持ち良いからいいんだけど。


「おい、お前こいつに何言われた?」

「どうしたのザギル。なにもされてないよ?」

「―――お前の魔力が妙に乱れたから」


 ああ、感知範囲が城全部なんだっけ。チートだなぁ。本当に。

 それで何かあったと思って駆けつけてくれたのか。


 何もないのに。


「む。でもなんともないけどな。―――今も? だからザザさんそれしてくれてるの? 今、変?」

「……いえ。変わり、ないですね」

「……だな」

「でしょう? 何でもないもの。みんなもうご飯終わった? 食堂戻ったらいるかな」

「ああ、いるんじゃねぇか」

「ザギルが飛びだしていったから僕も追って来たんですけど、まだいると思いますよ」

「そっか。戻りましょう? ザザさん、スープしかやっぱり食べてないの?」

「あ、ええ……」

「駄目ですよ。ちゃんと食べないと。なんか顔色よくないし。つるっと食べやすいもの作りましょうか」


 緩められたザザさんの腕から降りると、二人は何か目配せみたいなものをして。


「くそが!」


 横たわる人をザギルが蹴り上げた。

 ザザさんがいつの間にか後ろにいた騎士に合図してその人を運ばせる。

 うわぁ。鼻血だぶだぶでてる。回し蹴りめっちゃ決まってたもんね。


「なんでそんなに怒ってるの? あの人何したの?」

「―――俺のもんに手ぇ出そうとしやがった」

「そんな命知らずがこの城に」

「ああ、俺もびっくりだわ」


 ザザさんを見上げたら、少し困ったような、でもいつもの笑顔だった。

 ザザさんが文句言わないってことは、本当にあの人そんなことしたんだな。なんて恐ろしい。 





 食堂に戻ると、礼くんはまだお昼ごはんを食べていた。ハンバーガーとポテトフライ、ミートパイに肉じゃがと、小豆とかぼちゃのいとこ煮だ。重いラインナップだけどもっくもっくと食べ続けている。


「和葉ちゃんおかえりなさい!」

「礼くんただいまー」

「おかえりー、測ったんだろ? どうだった?」

「……まだ慌てる時間じゃないですよ」

「お、おう―――どんまい」


 多分もうちょっとで伸びるもの。翔太君だって伸びてるし。


「……お前、何持ってる」

「ん?」


 いつの間にか手に紙包みをもっていた。あれ。なんだっけこれ。

 食堂に向かう間、ザギルは不機嫌そうに前だけを向いてたし、隣を歩いていたザザさんとは反対側の手にもっていたそれ。


「あ。それ、ザザさんがさっきもらってたやつと同じー」

「……はあ?」


 いや、あやめさんそんなザギルみたいな声ださなくても。


「レイ、僕は受け取ってないですよ……でも同じ包みですね」


 ふむ。ああそうか。確かもらったんだこれ。


「なんかもらいました」

「てめぇ、なんでそんなもん受け取ってんだ。寄こせ」


 返事も待たずにザギルに持っていかれた。


「勢いに負けてつい受け取っちゃったけど、食べないもん」

「当たり前だばかが」


 袋の中を改めるザギルを横目でみて、幸宏さんが眉間に皺を寄せた。


「誰からもらったの?」

「んー、見覚えはあるけどよく知らない人ですね。多分騎士だと思うけど」

「……第二騎士団じゃない人?」

「……カズハさんがわからないなら他の団員かもしれませんね」

「ザザさん、どうし」


 幸宏さんがザザさんの顔を見て、言葉を呑み込んだ。どうしたんだろ。

 ザザさんはザギルから紙包みを受け取って自分でもあらためる。


「ブラウニーだよね? それ」


 礼くんがポテトフライをもぐもぐさせながら会話にはいってきた。食べながら会話にはいってくるのは珍しい。


「ブラウニーって、和葉のレシピじゃないの。なんでそんなの和葉にあげるのよ。馬鹿じゃないの」

「まあ、私のレシピといってもその店その店で色々特色出してるらしいですよ。そんなに流行ってるんですねぇ。これ」

「そうですね……レイ、知ってるんですか?」

「うん。ぼくもあげるっていわれた」


 え? いつのまに。みんながちょっと慌てた顔をした。私のログールのこともあって、みんな誰かから迂闊に食べ物をもらったりしない。そして勇者付の騎士たちは勿論、よく顔を合わせる城の人間も、私たちに食べ物を妙な形で渡そうとはしない。まあ、みんな私がつくったものばかりを食べてるのはわかりきってることでもあるし。


「礼君、誰にもらったのさ。どうしたのそれ」

「もらってないもん。ブラウニーなら和葉ちゃんの食べるからいらないって言った」

「よし、礼偉いぞ。誰がくれるっていったんだ?」

「……うーん、ねえザザさん」

「はい? どうしましたレイ」

「ベラさんはザザさんと仲良しになった?」

「仲良し? そりゃ部下ですけど、仲良しにはなりませんよ? さっきもブラウニー受け取らなかったでしょう?」

「だよね! よかったー!」

「礼、あんたベラにブラウニーあげるって言われたの?」

「うん。でもねぇ、ザザさんとカズハちゃんの仲良しからじゃなきゃ食べ物もらっちゃだめって、前にリトさんが言ったの。だからもらわなかったんだけど、ザザさんと仲良しならまちがえたかなって思っちゃった」


 なんてシンプルで子どもにもわかりやすい説明。


「あってる! あってるぞ! えらいな礼!」

「……リト、いい仕事を……」


 遠隔地からリトさん褒められてる。ザザさんがセトさんを手招きして紙袋を渡した。


「カズハさん、すみません。これ、念のために調べさせますね。―――何もないとは思いますが」

「あ、はい。自分で捨てるのも胸が痛むのでそのほうが助かります」

「……しかしなんだって礼に」

「私多分わかる」


 ものっすごい口をへの字にさせてあやめさんがお茶を一口含んだ。

 

「ほお?」

「……ザザさんが可愛がってる礼を手なずけようとしたのよ。でもそれでブラウニーってほんと馬鹿。オリジナルの和葉にかなうわけないじゃない。きっと自分で料理なんてできないんだわ」

「……あやめさん、あなたも」

「私はできるもん! ばかずは!」

「あ、はい」


 確かに羊羹のために小豆茹でる火加減は上手だった。火魔法も得意だもんね……。


「い、いや、アヤメ、ちょっとよくわからないんですが、なんですかそれ……」

「あー、あー、なるほどね……。ザザさん、あれっすよ。きっと和葉ちゃんに成り替わろうとしたんだってあやめは言ってるんすよ」

「大人の女の人怖い……なにその思考」

「翔太、大丈夫だ。そんな女はそんなにいない」

「いるわよ。たっくさん!」


 あやめさん、何か痛い目でもみたのだろうか……。


「成り替わるって……それとブラウニーがなんの」

「……坊主やら氷壁はこいつに餌付けされてるとか思ったんだろよ」

「はあ!?」

「ほっほぉ……ザザさん私に餌付けされました?」

「されてませんよ! 何言ってんですか!」

「されてないんだ」

「え? いや、カズハさんの料理は美味しいです、よ? し、しかし」


 あ。ちょっと今の顔かわいくて面白い。


「ふふっ、ではもっと餌付けをちゃんとしなくてはですね。茶碗蒸し作ったら食べる人ー!」


 全員の手があがった。いや、礼くんあなたまだ食べるの?

 そしてザザさんとザギルは食べたことないのに迷わないね!





「おつかれー結局翔太寝ちゃったな」

「礼と一緒に寝てる絵ってなんか微妙だけど……」


 膝と足首が痛いという翔太君と、夜ご飯の後にみんなで温泉に行って私と礼くんの部屋に集まって。

 翔太君に幸宏さんがストレッチを教えて、私が少しマッサージをしてあげてるうちに寝てしまったのだ。

 礼くんは翔太君の横に寝っ転がっておしゃべりしてたらいつの間にか寝てた。まあ、もともと時間的に礼くんが眠くなる時間だから私たちの部屋に集まったのだけど。


「回復魔法で和らげてあげたいんだけど、成長痛って結局原因わかってないよね? 私も聞いたことなくて。かけてあげても終わったらすぐまた痛くなるみたいで」

「古傷の痛みを治せないのと同じでしょうかね。温泉で少し楽になったようでしたけど。ユキヒロのストレッチとカズハさんのマッサージ、随分よかったみたいですね」


 ザザさんと幸宏さんはいつもの蒸留酒。あやめさんはなんちゃってミモザを舐めている。私は蒸留酒を注いでもらった。


「勇者補正あるはずなのに妙なとこは残ってるもんだよな。俺はそういうのなかったけど、一応運動してたしね」

「私はなりましたねぇ。あんまり痛くて時々めそめそ泣いてましたよ。息子もなってね、その時に色々調べたんですけど、翔太君にも合ったようでよかったです」

「和葉の息子さんって二十四歳だっけ。早くにお母さんになったんだよね。……こっちの世界では早いってこともないんだろうけど」

「ですねぇ。短大卒業と同時に結婚したんで。あ、ザギルおかえりー」


 少し前にバルコニーに出てたザギルが戻ってきて、幸宏さんがカップに酒を注ぎ足した。


「わりぃな兄ちゃん」

「なんの。雷鳴鳥だろ?」

「ああ、神官長サマ、ほんとに速攻殲滅かけたぞ。怖いねぇ」


 あやめさんが大きくガッツポーズをとって、私と無言のハイタッチ。

 そうよね。エルネスだもの。当然だ。


「―――本当にどうして軍の雷鳴鳥より早く来るんだ……お前は鳥まで腹立たしいのか」

「へっ、出来と躾がちげぇんだよ―――女同士で絡んでんじゃねぇよそこ」


 ソファで抱き合ってごろごろ転がってる私とあやめさんに、ザギルが呆れた顔をよこした。


「雷鳴鳥って、竜人の使い魔とか眷属って言い伝えあるんすよね?」

「ええ、僕も迷信だと思ってましたけど、こうなるとザギルが竜人の先祖返りってのも信ぴょう性あがりますね。南方では時々出てくるっていうんですけどね」

「竜人の先祖返り?」

「まあ、どいつも確信なんてねぇよ。竜人自体いたんだかどうなんだか実際はよくわかんねぇんだしよ。俺もそれっぽいってよく言われてたってだけだ」


 モルダモーデの言葉から、ザギルが竜人の先祖返りらしいというのはもうすでにみんな聞いている。エルネスも当然食いついてたけど、ザギルはいつもどおり完全スルーしてた。


「ねえねえ、ザギル、エルネスさんいつ帰ってくるかな」

「んー、そこまでは書いてねぇけど、状況的にもういる必要なさそうだぞ。すぐ戻るんじゃねぇか」

「やった! やった! ザギルありがとう!」

「おう、よかったな……なんだよ」

「……ザギルが、ザギルがなんかまともっぽいことを!!!」

「お前ほんっと喰らいつくすぞ」



  

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