60話 To infinity...and beyond!
「なんで!? なんで私ついてっちゃ駄目なんですか。私はエルネスさんの弟子なのに! っていうか、そもそもなんでエルネスさんが出なきゃいけないの!」
昨日来たザギルの雷鳴鳥が運んできたのは南方の情報だった。ザギルにとってというか、私との契約で必要なのは勇者に関する情報なのだけど、何がどう関係してくるのかは知らないとわからないといって情報網に引っかかるものは無差別に集めている、らしい。なんで一個人であるザギルが集められるのかはさっぱりわからないけど、それは今更なのかもしれない。
そして今回引っかかったのが、オブシリスタではない別の国というか自治区と王国との国境線で発生しそうな紛争。ザギルの知らせに遅れて半日後の深夜、それを裏付けする軍の雷鳴鳥が城に到着した。
南方諸国それぞれとの国境線のうち、近年もめごとが少なかった地域で防衛線が手薄なところだったそうで。カザルナ王国は南方へは不干渉。だけど向かってくる敵は徹底的に叩きのめして国境をまたがせない。
予想されている敵方の中心勢力は魔法使い集団であること、近隣の防衛戦力から増援を出すのが難しい状態であること、装備等比較的運搬資材が少ないため進軍が一番早いのが神兵団であることから、エルネスが大隊を率いて布陣することとなった。
通常神兵団は、王都と北の国境線防衛が主な任務となる。南方に常駐するのは後方支援としての少数のみ。神兵の数そのものが軍や騎士に比べて少ないせいと、南方勢力に魔法使い集団はあまり現れないせいだ。
神兵団はエルネスの管轄とはいえ、直接指揮するのはその部下である神兵団長になる。職位から考えてもあやめさんの言う通りエルネスが直接出るようなものではないし、混乱する南方で出来上がったばかりの集団に対するにはあまりに過剰戦力なのだけど。
「今回はザギルの情報のおかげで、すごくいいタイミングで効率的に動けそうなのよ。私が出るのが一番早く終結させられるの」
「私も行きます」
いつものローブ姿でトランクを脇において、クラルさんが支える書類に片手間でサインしながら、ちょっとした小旅行に行く風情で答えるエルネスに食い下がるあやめさん。
「アヤメ、あなたは研究所所長エルネスの弟子なの。神兵団総司令エルネスの弟子じゃない」
あやめさんを連れていけない理由の一番は、勇者だからだ。
外交とは戦争も含めて外交。他国との外交に勇者を利用することは許されない。あやめさんも知っているはずなのだけども、師匠であるエルネスについていきたい一心なのだろう。勇者だからとは言わない。そしてエルネスも、勇者だからとは言わず、同じ弟子でも立場が違うせいだと答えた。
「エルネス役職多いよねぇ」
「神兵含めて高位の魔法使い自体が少ないからね」
「―――和葉! 和葉なんでそんなっ……」
飲み込まれた残りの言葉は私の冷静さへの非難なんだと思うけど、ちょっと前なら飲み込んでなかっただろうなぁ。成長、なんだろうね。すごいなぁ。
「んー、エルネス出たら一瞬で終わりなんでしょ?」
「そうね」
「じゃあ別に私らついていっても観光くらいしかできないのでは。というか護衛騎士つく分進軍遅くなるよね」
「ふふっ、そうなるわね。まあ、魔道列車と馬車で片道五日だし、二か月もしないで帰ってくるっていうか、ある程度片付いたら私だけさっさと帰ってくるからもっと早いかも」
「でもっでもっ」
騎士たちは前線に行くものだと最初からわかっていた。見送ることも、そして私たちが成熟したときに望むなら一緒に戦線にでられることもわかっていた。だからリトさんたちを見送れた。
でもエルネスは違う。あやめさんの中では、エルネスはずっとこの王城にいる人のはずだった。
望んでも私たちが行けないところに行く人だとは思っていなかったから。
だからこれほど動揺してるんだろう。
大粒の涙をぼろぼろと拭いもしない。
「私だって手伝えます! 私だって強い! エルネスさんは強いけど! でも」
「そうね、あなたにはうちの優秀な神兵だって及ばないかも。でもね、師匠たるもの弟子に助けは求めない」
エルネスは慈母の微笑みであやめさんの髪と頬を撫でて、私とあやめさんの間に入るように一歩寄り添う。そしてするりとその笑みを妖艶に変えて、私たちだけに聞こえるようなとびきり甘い囁き声。
「アヤメ、いい女ってのはね、いい男だけじゃなくて、いざってときに頼れる女友達も持ってるの」
あやめさんが瞬きをして、また涙がいくつも転がり落ちる。
「私の友達は助けを呼んだら『飛んで』きてくれるわ。ついでに私の可愛い弟子も連れてきちゃうかもしれないわね。可愛い子にはとても甘い人だから」
ゆっくりとあやめさんの目が、私とエルネスを交互に見つめた。いや、何も言ってないし。ほんとなんでこの人は知らないはずのことをいつも知っているんだろう。
幸宏さんに計算してもらったことなんて、戦支度で動き回ってた彼女が知っているわけないはずなのに。
「二日。魔動列車で休憩挟みながらになるけど、二日で行ける」
「そ。わかった。じゃあ行くわ。でもね」
いつものように自信に満ちた笑みを浮かべて、御付きの神兵が開いた扉をくぐる。……神兵さん、前に城下で呑んだ時に連れていた美青年だ。
この人は誰よりも矜持の高い人。勇者に関わる約定を守り抜く人。
本来ならこんなことを冗談でもけして口にしたりはしないし、実際には何があっても絶対に私たちを呼んだりしないだろう。
だけど、ついていきたいあやめさんや、並び立ちたい私の気持ちをも大切にしてくれている。
「この私に殲滅と完全制圧以外の勝利はありえない!」
ぞろぞろと付き従う神兵たちの先頭で風切りながら、高笑いして廊下を進んでいくエルネスを見送った。
本当にこの人ぱねぇっす。
◇
まあ、それはそれ。これはこれ。
私たちにはザギルという情報網がある。何かあればわかるし、どこにだって行けるのだ。
勇者の約定? ばれなきゃいいんですよばれなきゃ。
「無限の彼方へさあ行くぞ! ザギル号!」
「どこだよ……」
「和葉ちゃんかっこいいいいい!」
「―――くっこんなことでっ」
ザギルの背中に飛び乗って空高く指さしてかっこよく叫んだのに、ザギルはノリ悪いし幸宏さんは片膝ついた。礼くんは天使。
高速飛行訓練は、渋る幸宏さんを説得し、ザギルとザザさんをうまいことなだめすかして行われた。
ザザさんにはエルネスのことは言ってないけど、察してはいるのかもしれない。手強かった。まあ、エルネスのことがなくたってやりたいんだけど。
「……えーとね、和葉ちゃん、おんぶじゃなくって、ザギルに抱きかかえられたほうがいいね」
「えー」
「俺もうっかり忘れるけどね、ザギルは勇者補正の身体じゃないんだよ? エンジンになる和葉ちゃんを抱きかかえたほうがいい。魔力計の役割もあるんだから和葉ちゃんにすぐ意思伝達できたほうがいいでしょ」
「私がザギルをおんぶとか抱っこでは?」
「それなら俺絶対手伝わねぇぞ」
「えー」
「……なんでそここだわるの」
「だって私が飛ぶのに、抱っこされてたらザギルが飛んでるみたいじゃないですか。ずるい」
「ザギルに抱っこしてもらって。はいケッテイ」
ザザさんはまだ心配そうな表情を隠さない。大丈夫なのに。同じ失敗は繰り返しませんよ。
「ユキヒロ……本当に大丈夫なんですか」
「……和葉ちゃん普段はお行儀いいけど、基本的に『ばれなきゃいい』って思ってる人っすよ。隠れてやられるより見張ってたほうがマシっす」
ばれてた!
「手順と注意事項は頭にはいってるね?」
「加速はゆっくり! Gもなくさない! 目印の雷鳴鳥より高くとばない! 魔力三分の一減ったら降りる! ザギルが駄目っていったら降りる! 翔太君が音魔法で駄目って伝えてきたら降りる! ザギルは一応普通の身体!」
「ザギルは?」
「……こいつの魔力が三分の一減ったら降りろの合図、異常を感じたらそれに応じた防御魔法、やばいと思ったら降りろの合図」
「よし。いってみようか。まずは垂直にあがるだけだからね。どのくらいの速度だと何が起こるか、ザギルが慣れること優先」
両腕をザギルの首に回して抱きしめられれば、翔太君とあやめさんが補助用革ベルトで私とザギルをくくりつけ幸宏さんがそれを確認。準備完了だ。
幸宏さんのカウントダウン。
ザギルの両脚がふわりと地面から離れれば、重力は相殺されている。
吊り下げられた人形が、空から自らに伸びる糸を手繰り寄せられるように。
ザギルの雷鳴鳥が頭上で旋回しているその中心点目がけて重力の方向を定めて。
「…………Three, Two, One, Lift off!」
「―――ぅぉおおおおおおお!!!!」
雷鳴鳥の高さまであがってから降りてきたらザギルがそのまま崩れ落ちた。
「…………おう兄ちゃん、お前らんとこのゆっくりってのは、あれでいいのか」
「い、いや、ごめん。和葉ちゃんのゆっくりは違ったみたいだ」
「ザギル……ごめん。こわかった?」
「―――こわくないわ!」
「そっか! よかった!」
「鬼だ、鬼がおる……」
◇
スピードメーターもない世界では、どのくらいの速度で何が起こるかを説明しにくいため、少しずつ実体験で確認しながら対策をとっていき、私の魔力消費に合わせてではあるけども、毎日順調に飛行訓練は進んでいる。
今日はあやめさんと初めての試験飛行をしたんだけど、「マンティコアより怖かった……」って言いながらふらふらと先に食堂に戻っていった。
「まあ、慣れりゃなかなか悪くねぇな」
「でしょ?」
「ああ、訓練場の連中がゴミみてぇなのがいい」
さすがザギル。某大佐の感性。
「和葉ちゃん、和葉ちゃん、明日はぼくも飛びたい」
「そうだねぇ、幸宏さんに後で相談しよっか」
「うん!」
そんなことを話しながら棟を繋ぐ渡り廊下を食堂に向かって歩いてたら、訓練場脇のほうから緊張気味の少し上ずった声。
「団長は甘いものがお好きと聞いてっ―――」
団長、ザザさんは確かに甘いもの好きだよね。ベラさんがザザさんに紙包みを差し出していた。
ミラルダさんは追放されたけど、他の三人は班解体後は特に問題起こしてないから当然そのままいる。ザザさんに言わせれば要観察扱いで再教育中ではあるらしいけど。
何か話してるけど最初のその一言以外は聞こえてこない。いやまあ、勇者補正で耳をすませば聞こえるかもだけど、そんな、ねぇ?
「ほぉ……ありゃあ、城下で今流行ってる菓子だな」
「へえ、食べたことあるの?」
「おう。取引相手が寄越してきた」
「こないだの女の人? 美味しかった?」
「いや、別の女。―――お前のが美味い」
「ふふーん。ザギルは私らと味覚が似てるんだね」
「和葉ちゃんのつくるのが一番おいしいもんねー」
基本私だけで作ったものは、勇者陣好みに味を合わせている。食べるのは私たちだけだしね。私の料理は勇者付の特権らしいし。
「―――かもな……お」
「「あ」」
ザザさんの胸に飛び込むベラさん! 衝撃的瞬間! これなんて家政婦は見た!
ザザさんはしかめ面の仁王立ちのままでベラさんに手も触れない。
触れないといってもベラさんはザザさんの肩に顔埋めてるんだけども。
こっちにまで聞こえそうなほどの深いため息をついたのが肩の動きでわかって、その瞬間に目が合った。
……何もそんなこの世の終わりみたいな顔しなくても。
さすがにこれで二人が怪しいなどと誤解なんてしませんし、誰にも言いませんってば。
そんな気持ちを込めて力強く親指を立てて頷いて見せてあげてから、ザギルと礼くんを促して食堂に向かう。
ミラルダさんもそうだったけど、ベラさんもグラマラスな美人だ。背もすらりと高くてザザさんとは十五センチくらいの差で、いわゆる男女の理想の身長差ってやつ。
いくつっていってたっけかな。十八とか十九とかあやめさんとあんまり変わらなかった気がする。
あの人は騎士だから当然一緒に隣で戦えるし、しかも並んだ姿が絵になってた。……いいなぁ。
「……ザギル、すごい大受けしてるけど、あんまり言いふらしちゃ駄目だよ?」
「くっ……ふひっ、ひっひっ、わ、わかってるって、これだろ? これ。ふっ、お、俺も合図送っといたからよ、ふっふははははっ」
「ぼくも真似しといた!」
ザギルも礼くんもサムズアップして見せたらしい。
「なら、いいけど……いくら仲良しだからって意地悪しすぎないでね」
「お前ほんとそれやめろ」
しかし後から食堂で合流してきた翔太君と幸宏さんも、普通にそのシーンをすでに知っていた。お気遣い無意味でした。
騎士団情報ネットワークすごい。
というか、食堂に翔太君と幸宏さんが並んではいってきたんだけど。身長差が……?
「いやしっかし堂々としたもんだよね。訓練場から丸見えだしさ。俺ならちょっと勘弁だな……」
「というか、甘いものって和葉と張り合ってるつもりなわけそれ」
「いやいやまさかそんな中学生じゃないんだからさ」
「……ねえ、翔太君、背伸びました?」
「あ、うん。なんか袖短いし最近関節痛いんだ……」
「大学で普通にそういう女子いたよ……」
「まじか」
「なんかいらっとする……」
「あ。それ成長痛ですよ。痛いんだよね」
「まあまあ……どう考えてもザザさんが相手するわけないんだし」
「やるだけやっちまうってのもありだけどな」
「……お前と一緒にするな」
なんか遠い目をしたザザさんが昼食をトレイにのせて現れた。なぜスープだけなんだ。
「お、おつかれっすね……ザザさん……」
「ほんともう疲れますというかやっぱり皆さん知ってるんですねもう……って、カズハさん?」
「ちょっとザザさんそのまま立っててください」
テーブルにトレイをおいたザザさんを座らせないまま近寄って並んでみた。
「え……ちょ、ちょっとカズハさ」
「……ザザさん、最近背伸びてないですよね」
「へ……、さすがにこの歳では……」
向かい合って目の前には皮の胸当て。というか鳩尾。自分のつむじに手をあててザザさんのどのあたりに来るか確認した。
「……前に舞踏会で踊った時と変わんない気がする」
「僕身長計ですか……」
「そういやお前もうすぐでかくなるんだっけか? どんくらいでかくなんだよ」
「じゅ、じゅうごせんち」
「へえええええええええええ」
「くっ……」
「……和葉、来たばかりのころ医療院で身体検査したじゃない。計ってきたら?」
「! ちょ、ちょっといってきます」
「俺もいこっと」
「くんな! ザギルくんな! ばーか! 誰もついてきちゃだめ!」
一ミリたりとも伸びてなかった。