6話 冷蔵庫にいれてカチカチにしちゃお
「あの……どうしましょう」
今や完全に眠り込んでしまった礼くんに抱きつかれたままで、私は若干斜めになった苦しい体勢でソファに埋もれている。
ザザさんは、礼くんを抱きあげようか、しかしそうすると眠ったものを起こしてしまうと、両手をあげたりさげたりしながら迷っていた。
「あー、このサイズの体でも、丈夫ですし力はありますから問題ないです。もうちょっと眠りが深くなるまでこのままにしましょう。……ザザさんも 座ってください」
ためらいながらも椅子に戻ったザザさんは、貧血起こしたときのように両ひざの間に頭がはいるまで丸くなった。
「……さすがにちょっとこれはないですよ。召喚って年齢も何も条件なしなんですか」
ザザさんにいってもどうしようもないのはわかってる。私とザザさんではどうしたって罪悪感に埋もれてるのはザザさんだろう。何せ召喚した側だ。
「召喚条件があるのかどうかもわかってないんです。ただ今までの勇者様たちは、少なくともこちらの世界での成人には達していました。……一応、そちらの世界でも成人だったと聞いています」
ああ、百五十年前なら確かにこちら側でも十三歳くらいで成人扱いかもしれない。なんなら今でも戦時下の国では少年兵がいるという話だし。
「実はカズハさんのことも、王はかなり動揺してたんです。もちろん僕らもですけど」
「十歳くらいだと思ってたんですもんね。戦わないことを許してくれたのはそれで?」
「いえ、それは最初の言葉通り、勇者様の意向に従います。ただ、カズハさんは望んでもらえたとしてもやめてもらってたでしょう。先にカズハさんから辞退していただけただけで。まさか勝手に呼んでおきながら、そんなつもりではなかった、予定とは違うなんて言えるわけがありません……」
「そっすね」
ああああああ、詫びたところで何の役にも立たないことを知ってるからこそ、詫びる言葉ももてない人に、とる態度ではない。ザザさんのせいではない。
「……ごめんなさい。嫌な言い方でした」
「いいえ。もっと罵られたとしても当然です。伝え方を悩んでるときに先に断っていただけて、王もほっとしてました。――僕も日を改めるべきでした」
礼くんの後ろ髪を梳きつづける。
「……直近の問題として、魔物狩りですか」
「連れて行かないです。王にもそう話しますが、間違いなく同じ判断でしょう」
「それは同感ですけど、年齢のことは言わないでくれと言ってましたよ」
「それでもです」
「まあ、そうですね……こちらの世界でも狩りには十三歳まで連れて行かないんですよね?」
「はい。もちろん戦闘の訓練はもっと幼い頃からします。特に王都から離れた地方では魔物も多くでますし、いざというときの護身に必要ですから。でも狩りという実戦には十三歳からです。命を奪うことに慣れさせるには、十歳は早すぎます」
「成人年齢が十三歳?」
「未熟者として、ひよっ子扱いでもありますけどね」
「なるほど……」
確かにねぇ、日本だってほんの百年ちょい前までは十五歳か? 労働力になれば成人扱いの時代もあったと習った覚えがある。戦国時代の武将の初陣は十代前半が多かったとか。
だけど私たちは現代日本人だ。感覚的に受け付けない。―――ただ、この子は。
「礼くん、声出さないですね。泣くとき」
「……はい」
「十歳のこどもが、この親元から離された状況で、こんな泣き方しますかね」
「……」
意味を図りかねるように、ザザさんは片眉をあげた。
「この年のこどもが、こんな泣き方をしてちゃいけない。そうでしょう?」
◇
この世界の魔法は、夢見てたほど万能じゃない。
天候は変えられないし、天災は防げない。蘇生はしないし、ちぎれた腕はくっつかない。
けど誰もがちょっとずつ魔法を使える。魔法というか、持ってる魔力で操作するといえばいいのか。ランタンは火力調節を魔力でするし、水は水道管から蛇口まで魔力で引き上げる。さほど魔力量のない平民でも使いこなせる程度に、生活に根差している。
なくてもなんとかなるけど、あると便利だよね、ちょっと楽だよね、くらい。
もちろん魔力量が多ければできることは増える。それこそ騎士になったり神官になったり。けれど大多数はそこまでの魔力量はないので、誰もができる程度が「ちょっと楽だよね」くらいなのだ。
さて、今日も私はじゃがいもの皮をむき続けている。いつもの倍むき続けている。
昨日のポテトサラダは厨房での賄いでとても評判よかったらしく、今日の食堂のメニューにはいってた。ビュッフェ形式なので、作っては空に作っては空にの状態で盛況だ。で、私は皮むき班と。
マヨネーズねぇ、作るのはちょっとコツというか慣れがいるのだけどね、魔力で撹拌というチートっぷりを発揮されて少しばかり悔しかった。ドヤ顔できるかとうっすら期待したのに、みなさん、さらっとできるようになってしまう。分離知らずの電動ハンドミキサーいらず。魔力すごい。ちょっと楽どころじゃないじゃん……。
はるか昔、腕だるくなりながらがんばった挙句に卵と油が分離したり、はしゃいだ娘に抱きつかれて油をそっと注ぐどころかどぽんと投入して分離したり、かまってほしくて癇癪おこした息子の相手をしてる間に分離した日々を思い出す。手早くできるようになったころに、うん、労力と秤にかけたら市販のほうが美味しいねって思うようになった。
「ごちそうさまでした! 和葉ちゃん!」
顔をあげると下膳口に頭を突っ込んだ礼くんが笑ってた。
ゆうべは結局ザザさんに礼くんの部屋まで運んでもらい、そのまま添い寝したのだ。目覚めたときの礼くんの笑顔のかわいらしさといったら。新妻か。
「お昼、こっちで食べたのね」
「うん。ザザさんと一緒にきた…った」
後ろにいるザザさんを見せようと身を引いてまた天井に頭をぶつけてる。
「この後はまた訓練?」
「ううん。午後は字の勉強だって」
私は午前中にすませている。みんなが訓練してる間にしているせいで私はちょっと進みが早い。
「そっか。じゃあ一段落したらまたおいで。おやつつくってあげるから」
「おやつ! なに!?」
「んー、プリン好き?」
「プリン! 生クリームがのってるのがいいな!」
プリンアラモードをお望みか。撹拌、撹拌がまた必要ですね……。
どうも私はなかなか魔力の使い方に慣れない。実はマヨネーズも魔力で撹拌するのを真似しようとして見事に飛び散らせた。魔力ですむせいか、泡立て器は少し使い勝手が悪い。電動ハンドミキサーが恋しい。
「ぷりん、ですか」
ザザさんが、ふむ、と首をかしげる。
「そう。つめたくってねーつるっとしておいしいんだよ」
何故礼くんがドヤ顔なのか。
もうなー、そんな顔されたらなー、がんばるしかないじゃなーい。
「やばいわー懐かしいわー。和葉ちゃん、ほんとになんでもつくれるのな」
幸宏さんがプリンを一口で半分消化する。そうだろうそうだろう。蒸し器でつくったプリンはきめ細かく柔らかい味に仕上がった。果物と生クリームをふんだんにのせたプリンアラモードは、昔懐かしいデパートの食堂風だ。
レシピを教える体で厨房の人たちに、撹拌や火加減の調節、冷やすための氷の精製を手伝ってもらったプリンは、デザートとして今夜の食堂に並ぶだろう。
勉強が終わった勇者陣も、礼くんにくっついて食堂に現れたので、厨房巻き込んで多くつくっておいたのは実に丁度よかった。
「材料って、なんでもそろってるの? ゼラチンとか」
あやめさんはメロンと似た味の緑色の果肉に生クリームを少しのせて味わう。
「少しずつ違いますけどね。このプリンはゼラチンつかってないですけど、似たような食材や調味料は一通りありますよ」
厨房に出入りしはじめるようになってから、調味料棚から倉庫までいろんなものを味見したり教えてもらったりして把握したのだ。ケチャップやマヨネーズのように作らなければないものはあれど、原型になるものや似たようなものはある。
翔太君は黙々と食べてる。そうか。君も美味いものは無言で食べる口か。時々頷いてるもんね。
礼くんはにっこにこだ。時々ザザさんと私の顔を交互にみては満足そうに、プリンは大事そうに味わって食べている。
子どもの美味しい顔って、なんともいえない安らぎをもたらすものだけども、まさか見た目が三十前くらいの男性であっても有効だとは思わなかった。細面を緩めてるザザさんと、多分私は同じ表情をしてしまっていることだろう。
「―――和葉ちゃんと礼さんって仲良いですよね」
何故か翔太君はためらうような顔をしていて、礼くんはプリンを口に運ぶ手を休めないままうなずいた。
「はい、仲良しです」
礼くんは私以外の勇者陣の前では敬語を崩さない。これは前からで、てっきり私は一番幼い私に合わせてるんだと思っていた。今にして思えば、礼くんにとってはみんな年上で、かつ、大人のふりをしようとしたためだったんだろう。……ちょっと今は口元にクリームついてるけど。
「……今朝、礼さんの部屋から和葉ちゃんがでてくるの見たんだけど、泊まったんですか?」
うわ。見られてたんだ。幸宏さんは「へ?」と間の抜けた声をあげて、あやめさんは眉をひそめた。
「はい」
礼くんはさらっと認めつつ、ぶどうの皮をむいて食べるかどうか悩んでた。それ皮柔らかいからね、そのままいけるよって、あー、さらっと認めちゃうかー、まあみられてたら嘘ついてもしょうがないしねぇ。というか、私自身、嘘つかなきゃならない気は全くしない上に違和感まるでないんだけど。しかし、礼くんの実年齢を知っている私とザザさん以外には、礼くんは立派な成人男性、しかも最年長に見えてるわけで。
「和葉ちゃん、ちっちゃく見えるけど女の子だし、その、あんまりよくないんじゃないんでしょうか。そういうの」
翔太君は少し頬を赤らめてうつむきつつ私から目をそらした。
「い、いやいやいや、そんな、ねぇ? 礼さんにしてみたら父親でもおかしくはない年の差でしょうし」
「……きもっ」
強張る幸宏さんとあからさまに嫌悪感あらわすあやめさんの空気を感じ取ったのか、礼くんはプリンから顔をあげてきょとんとした。いやちょっとあやめさんきっつい顔しすぎ。あなたたちそっちに直結するの早すぎ。礼くんに意味がわかるわけないじゃない。ほらちょっとびびりはじめた顔してきた!
「私! ゆうべちょっとこわくなって! で! 礼さんの部屋にお邪魔したんです! そしたら寝ちゃって!」
「……こわくてって?」
幸宏さん、聞かれても困る。
とっさに飛び出した言い訳をどう広げるか、子どもたちは昔何を怖がってたっけ。
「えっと、なんかほら、……外になにかいる気がして?」
なんというか、わかるだろうか。自分の柄ではないよねという素振りをあえてすることの恥ずかしさというか、やだいい年して「こわーい」とか言っちゃうわけ?的なセルフ突っ込みが脳内駆け巡る恥ずかしさというか。
いい年してといっても今の私はそれがおかしくはない外見ではあるはずなんだけど、それはそれ、これはこれ。少なくとも私はこちら側にきてからも、年は言っていないにしろ、自ら子どもぶった態度はとっていないのだ。嘘は言いたくない、けどわざわざ説明もしづらい、といったなかでの妥協線を一応守っていたのに。
ああ、顔が熱い。これは恥ずかしい。予想以上に恥ずかしかった。やだもう、私なにもじもじしちゃってるの。ザザさんが微妙な顔してるのも拍車をかける。その顔やめて。
「あ、あはは、和葉ちゃん、しっかりしてみえてもやっぱりかわいいところあるんだなあ」
もう、チャラ男ほんとやめて。
「なにかって、……どんなのよ」
ど、どんなのだろうね? あやめさんもしかして苦手ですか。睨まないで。
「お、おばけ、的な?」
「えっ」
こら、礼くん、そこで君がびびらない!
「いくらこっちの世界でもおばけはないですよ。大丈夫ですよ。和葉ちゃん」
「おばけ? ゴーストでしょうか。いますよ?」
「「「「え」」」」
なにいってるのって顔してザザさんが翔太君にかぶせた。いやあなたがなにいってるの。
「古い建物には大体いますよ。僕は見えない性質なんですけどね。この城にいるのは、暗い紫色の髪の毛がばさっと顔を隠してぼろぼろのドレスでずるずると這って歩いてるらしいですね。見える奴がいうには」
「「「「なにそれこわい」」」」
え、魔法の世界なのに結界とかお祓いとかそういうのないの。
「……? 何も悪さしませんよ? ああ、ただ、ほら、廊下のあちこちにクッキーとか小さいカップのミルクとかあるでしょう。あれはゴーストのためのものなんで触らないであげてくださいね」
座敷童? 座敷童なの?
やだこの世界、妖怪にも優しいのか。