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57話 あちらとこちらの境目の 境界線のその上で

「ああ、記憶なくすなんて誰でも何度かはやるって。別に変なことしてなかったし。和葉ちゃん、酒弱くないけど、初めての外飲みでペース崩れたんだろ。気にしない気にしない」

「外飲み初めてじゃないですよ。なんですかそれ」

「……直近の外飲みでは誰と飲んだの?」

「……夫の親戚」

「和葉ちゃんの見栄はるポイントってほんとわかんないね……それ接待じゃん……」


 ソファで軽く背伸びしてから勢いつけて立ち上がった幸宏さんは、テーブルを軽く片付けはじめた。ザザさんはバルコニーの窓を開けて換気してくれる。ザギルは大きなあくびしてまだ眠たそうだ。


「カズハさんはむしろもう少し城下に下りたほうがいいくらいですよ。楽しかったのは覚えてるんでしょう? ならいいじゃないですか」


 うん。すごく楽しかったってことと、エルネスがエロかったってことは覚えてる。


 それに、悪夢をみないですんだ。礼くんがお泊りだから覚悟してたんだけど。

 ザギルはわかってて誘ってくれたんだろうなぁ。


「―――あんだよ」

「……お誘いいただきましてありがと―――うございま、―――す?」


 ザギルに抱きかかえられたかと思ったら、手品みたいにザザさんに掬い上げられて床に立たせられた。なんだこの一連の流れ作業。雑技団か。


「手配しておきますからね。今日は貨幣の授業もう一度受けてくださいね」

「え、なんで」

「忘れたんですよね?」

「なんで知ってるの!?」





 二日酔い知らずの勇者仕様だけど、貨幣のお話は全然頭に残らない。

 わかったふりは上手にできたと思う。

 元の世界ではそこそこやりくりに頭悩ませてたけど、生活に必要なものが苦もなく手に入る現状では全くもって興味がわかないんだ……。というか、悩まなくてよくなった幸せを満喫しすぎちゃってね……。


 脳みそがぷしゅーってなっている感じがするから、厨房仕事はお休みして温泉行こうかなと思ったけど、ザギルが見当たらない。一人で行ったら怒られるしなぁ。

 訓練場に行こうかなとも思ったけど、ザギルいないと訓練できないし。


 棟と棟をつなぐ渡り廊下から、外を見上げながらぼんやりしてて、よし、やっぱり厨房行こうと振り返ったら鼻に衝撃があった。


「……お前はほんとに動きが唐突だな」

「いたの!?」


 鼻ぶつけたのはザギルの鳩尾だったけど、ダメージは私の鼻だけにきた。鳩尾は急所だという常識がザギルにはない。


「いるだろいつも」

「いないから温泉も訓練もいけないなーって思ってた」

「で? どっちいくんだよ」

「厨房」

「……」

「……まちがいました。ザギルがいるから訓練場いく」

「よし。温泉いくか。支度してこい」





「ほぐれますなぁ」

「んあー」


 男湯と女湯の仕切り板の端に蒸留酒と薄めた果実酒、グラスがふたつ。それからみかんぽいオレンジ。一応手を伸ばせば届くところにバスローブ。それぞれ短剣とククリ刀も重ねてある。


 自分は入らないと最初言ってたザギルだけど、「やっぱり間に合わないほど近くに敵がくるまでわからない?」って聞いたら「あ"?」って入った。ちょろい。

 自分だけのんびり浸かってるなんて落ち着かないしぃ。


 温泉の周りにはいつのまにか休憩小屋と簡単な炊事場までできていて、騎士たちも満喫してるらしい。春になったらきっと厨房の人らも使えるかな。


「思ったより騎士のみんなも使ってくれててうれしい」

「あー、魔力回路調子よくなっかんなぁ。結構日中もひっきりなしに誰かつかってんぞ」

「そなんだ」

「誰もいねぇとはおもわんかった」

「女性だけで来ちゃ駄目っていうから、あんまり私これないもんなぁ。知らなかった。カップよこしなよ」


 空のカップが仕切り板の向こうから突き出されたから、蒸留酒と果実酒で割って炭酸軽く仕込んでみる。


「来たきゃ俺に言えばいいじゃねぇか。騎士の女どもは普通にきてんぞ。お。なんだこれ結構いけるな」

「えー、なんでー」

「あれなんだとよ。女扱いしちゃ駄目なんだと。戦線が崩れるもとになるってよ」

「あー、なんか聞いたことある。女かばっちゃうからだっけ」

「男の本能らしいぞ」

「なんであんた他人事なの」

「俺別にそんなんおもわねぇし。ほれ」

「なるほど」


 突き出されてきた皮をむいたオレンジを受け取る。美味しい。


「ゆうべもしかして調律してくれてた?」

「眠れたろ」

「うん。ありがとう」

「おう―――おい、ローブ持て」


 残りのオレンジを口に押し込んで短剣を掴むと、道の奥から人の声がきこえた。


「女だな。いいぞ―――バスローブ持てっつったよな? なんで短剣もってんだ?」

「からっぽひかもれらいも」


 オレンジつっこみきれなくて、あふれた分手で押さえたら片手しかあかなかった。

 ククリ刀をまだ身構えたままのザギルの上半身が仕切り板の向こうから覗いてる。にゅっと片手がでてきてはみ出したオレンジをもいでって、そのままザギルに食べられた。私のなのに。


「……なんでオレンジ優先だよ」

「美味しかった」


 樹に隠れていた道から顔を出したのは、まさかのミラルダさんだった。


「カズハ様! なんでそんな男と!?」


 この人ほんとに優秀なのかな。馬鹿なんじゃないのかな。


 もう一人の女性騎士はベラさんじゃなかった。名前はまだ知らないや。休憩時間とかずらして配置してるって言ってたもんなぁ。なんか慌ててミラルダさんを制止してる。あの人はまともそうだ。


「ねぇな……おい、戻るぞ。服着ろ」

「えー」

「あんなのと風呂はいんじゃねぇ。それともあれを追い返すか? それでもいいけどよ」

「んー、はぁい」


 追い返すほうがめんどくさそうだから上がることにする。もう一人のほうがかわいそうだし。


「―――お前ら、こいつが着替えるまでそっからこっちにくんな」

「えっそんな急かさないでよっ」

「急かしてねぇよ。お前は普通に着替えろ」

「急くわ」


 慌ててバスローブはおって脱衣所に向かおうとしたら「そんなはしたない!」って叫び声。ロッテンマイヤーかお前。スルーして着替えはじめたけど、不機嫌そうなザギルの声がきこえてきた。


「くんなっつってんだろうが。てめぇ、謹慎中だって聞いてたけどなぁ」


 おおう。そうなのか。ザギル情報早いなぁ。さすが本職。……本職でいいんだろうか。


「あなたにそんなこと言われる筋合いじゃないでしょう!」

「ちょ、ちょっと謹慎ってなに。聞いてないって、やめてよあの人」


 うはー、あのもう一人の人完全にとばっちりなんだ……。


「おわったー」

「おう」

「え。もう服着てる! 早着替え!?」

「手元においてるにきまってんだろが」


 さすがです。堂々とあの二人の前で着たんですね。だよね。ザギルだもんね。

 髪はあげてたけどほつれ毛とかが湿ってるのを見て、ザギルが暖かい風魔法送ってすぐ乾かしてくれた。


「カズハ様、そんな男に髪を―――っ」


 ミラルダさんの身体は真横に飛んだあと、女湯に落下する。湯飛沫は二メートルはあがったと思われ。

 ザギルも、もう一人の女性騎士さんも目を丸くしてた。ザギルまで驚かなくてもいいじゃん。


「おい。浮いてこねぇぞ」

「うん。押さえてる」

「ふはっ、もういい。上げてやれ」

「ザギルの貴重な慈悲のシーンだ」


 重力魔法を解除すると、くじらみたいに湯面から上半身が伸びあがり、おぼれそうになってるのをもう一人の人が引き上げた。むせ返ってるのが落ち着くのをちょっと待ってあげてたら、ザギルに抱き上げられる。子ども抱っこだ。いいね。はいつくばってるミラルダさんをさらに見下せるのがいい。


「あのね、ミラルダさん。この人はザギル。あなたにそんな男呼ばわりされる筋合いはないです。誰をそばにおくのかも誰に触らせるのかも、私が決めます。もう二度と私を含む勇者たちとザギルに話しかけないで。あ、あとそのカップとお酒、片づけといて」


 反応も待たずに踵をかえして、私を抱き上げたまま走り出したザギルが高笑いしてご機嫌だから、ちょっと重力魔法で軽くしてあげた。





「ザギルばっかり和葉ちゃん抱っこしてるのずるい。もう降ろしてよ」

「お前まだ昼飯喰ってんだろが。終わったら代わってやらぁ」

「むー」


 訓練終わって戻ってきた礼くんたちはお昼ご飯。礼くんの前にはナポリタンにグラタン、ハンバーグ。今日は子どもの大人気ラインナップだったね。もっこもっこと礼くんなりに気持ち早く口に運んでるけど、残念ながらあまりスピードはあがってない。皿から口まで運ぶスピードは上がってるんだけど、口の中に入ってる時間が短縮されてないんだよね。よく噛むいい子だから……。


 一緒にご飯食べようと思ってたけど、口にスプーン突っ込まれる勢いでザギルに食えと言われて先に食べてしまった。ご機嫌ザギルはそれからずっと私を膝にのっけたまま寛いでる。


「礼くん、ゆっくり食べなさい。ね?」

「ほれ、礼、茶も飲め。ザギルもなんでそんな機嫌いいんだよ」


 幸宏さんが呆れ顔で礼くんのお茶をつぎ足した。


「べっつに―――ん?」

「な、なに」

「……ちょっと、なに」


 目を眇めてじろじろと見始めるザギルに怯む幸宏さんとあやめさん。


「……お前ら、できた? っつうか、やった?」

「「はあ!? な、ななななにいってんの!?」」


 え。まじで。まじで。翔太君とアイコンタクトしてお互い横に首を振る。だよね? わかんないよね?

 礼くんは真剣にナポリタンと向き合っている。かわいい。


「おまっ、俺いっくらなんでもそこまで鬼畜じゃないよ!?」

「え。幸宏さん少しは鬼畜なの?」

「やめて和葉ちゃん、綾だから言葉の綾だからね」

「エルネスさんが幸宏さんはやめとけって言ったし」

「あー、エルネスがいうなら少しは鬼畜なのかもね」

「もう何がどう伝わってるのかわかんないの怖い。ザザさんの気持ちわかった」

「まあ、そんなこたぁどうでもいいんだけどよ」

「よくないよ!? お前発端だからね!?」

「―――大騒ぎですねって、ザギルお前何してる」

「ザザさん! ひどいの! ぼくが食べ終わるまで駄目だってザギルがかわってくれない!」

「てめっ、食うのが先だろが!」

「……ほら、レイ、ゆっくり食べなさい」


 お? と思う間に、ザザさんが私を違う椅子に座らせていた。雑技団再び。


「うん! ……ふふーん」

「うわ。このクソガキむっかつく」

「……クソガキ度はお前のがはるかに上だろうが」


 深いため息つきながら、セトさんと並んでテーブルにつくザザさんのトレイには、ハンバーグとパンとサラダとスープ。大人らしい組み合わせだ。セトさんはハンバーグの代わりにグラタン。


「カズハさん、ミラルダは騎士格剥奪で除名にしました。今は部屋に監禁してます。正式な手続きが終われば、そのまま城から追い出しますので」





「ザザさん、訓練中に呼ばれたと思ったらそのせいだったんすね」

「カズハさんたちが降りた後すぐに、一緒にいた者が報告に降りてきたので」

「……あの人、結局お風呂入れなかったのねぇ。とばっちりお気の毒に」

「カズハさんをあんなに怒らせるなんてって取り乱してましたよ」

「あの人はまともそうだったし、別にそんなに怒ってみせてないと思うんですが」

「……和葉ちゃんは淡々と怒ってなさそうなのが怖いんだよ」

「わかる」


 翔太君まで頷かなくても。


「別に怒ってないですって。あれですよ。軍事的G活動ってやつですよ」

「今発音違ったよね。示威だからね。作戦名かよ」

「……ほんとお前わかってんだかわかってねんだかわかんねぇな」


 使い方あってたのに! あってたのに!


「しかし即決っすね。幹部会とか普通かけるんじゃないんすか」

「団長権限ありますから。度重なる命令違反に謹慎中の外出、勇者に対しての執拗な付き纏い行為。充分すぎる理由です」

「あ、やっぱり温泉は外出扱いですよね。敷地内判定かとも思ったんですけど」

「そこまで許したら謹慎の意味ないですよ。……カズハさん、温泉行くことを巡回中の騎士に伝言してくれたじゃないですか。その申し送りや報告をしているのを漏れ聞いて追いかけたようなんです」

「え。偶然じゃなくて?」


 ザギルがいるとはいえ、勝手にいなくなるわけにもいかないから行先は通りがかった騎士に伝えてもらうよう頼んだんだけど。


「……ザギルがいることに驚いてたってことは、私が一人でいると思って追いかけてきたってことでしょうか」

「そうらしいです……」

「「「「なにそれこわい」」」」

「行動理由も素直に供述するんですが、理解しがたいんですよね。検査も異常でませんし、僕も診ましたが正気は正気のようなんですよ」


 ザザさんが診るってのはあれだよね。私にしてくれた魔力操作だ。正気に引っ張ってくれるって言ってたけど、引っ張るためには正気かどうかわからないとできないし。


「あれは本人の性質だっつってんだろ。あの仕上がりで正常なんだ。南方ではよく見たぞああいうの」

「ああ、そういうことなんだろうな。普通は見習い中に資質で撥ねられるんだが……ゲランド砦もあまりにも全般的に質が悪いと報告がきた。今砦ごと再教育中だ」

「……理解しがたいってのは?」


 おずおずと聞くあやめさんに、ザザさんの視線を受けてセトさんが答えた。


「どうもカズハさんが戦闘に不向きな子どもだと強固に信じてるようなんですよね。なぜそう思いこんだのかはわかりませんが」

「訓練とか見る機会はありましたよね?」

「それでもなんです。つい先ほど温泉に叩き込まれたのも、ザギルがやったと言い張っています。……何かを探すように空を見上げているか弱くてかわいそうな子どもがそんなことができるわけがない、自分が守って導かなくては、と」


「何かを探すように……」


「空をみあげて……」


「「「「スパルナかー……」」」」



 そうね。私もそれだと思う。



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