54話 勇者付は特権だそうです多分パフェとかプリンアラモードとかのこと
騎士に女性は少ない。制限があるわけではなく、希望者が少ないそうだ。特にザザさんの率いる国内の魔物討伐、北の国境線防衛を管轄する騎士団にはほとんどいない。近衛騎士団にも、王都や王城警備を管轄する騎士団にもザザさんのところよりは多いけれど、やはり少ない。
魔法があるこの世界では総合的な戦闘力に性差はさほど出てこない。ただ、魔法による戦闘力をのぞけば、やはり身体能力で女性は平均的に一歩及ばないのは確かだ。その代わりエルネスが管轄する神兵団は魔法使い集団のためか逆に女性が多いと聞いている。
希望者が少ないのは、単純に遠征が多く、さらに配置換えで国内を転々とするせいらしい。むさいからに決まってんでしょってエルネスは言ってたけど。
以前リトさんが夜間の警備巡回をしていたのは、私たち勇者陣の暮らす棟だったから。本来王城の警備は、それを管轄する騎士団がほかにちゃんといる。ザザさんの騎士団に所属する全員が勇者付ではもちろんないけれど、勇者たちの生活圏の警備は騎士団で別途担当していた。
だから今まで私たちの身近にいる騎士は全員男性だったのだ。
そしてリトさんたちの後任として配属されてきた騎士たちの中には、その数少ない女性が数人いる。今回の大規模編成変更には、新人の育成強化もはいっていたらしく、本来エリート中のエリートであるザザ騎士団長直属の隊にも新人が配属されていて、その中に彼女たちがいた。
ザザさんの直属隊とはいっても勇者付ではないのだけど、
「―――なにしてんの?」
「……髪をいじられてます」
すでに本日の魔力禁止が出てしまった私は、大人しくみんながおやつの時間に帰ってくるのを食堂で待っていた。料理も禁止されてるから本読んだりとかテーブル拭いたりとかして。
そうしたら件の女性騎士二人と、彼女らと同じ班らしい男性騎士二名が寄ってきて、なぜか私の髪をいじりだしたのだ。いやなんでそうなったのかほんとうによくわからない。おやつにきたあやめさんに聞かれてもまったくもって説明できない。
食事する場所である食堂で髪をいじるとかちょっと駄目だろと思うんだけど、彼女たちは全然気にしてくれなかった。
おやつにプリンと果物をとってきて同じテーブルについたあやめさんに、挨拶する新人騎士四名は実に快活で朗らかだ。
「私たち、今担当巡回が終わって休憩時間なんです。そうしたらカズハさまがテーブル拭いてるんですもの。やめていただいて、で、御髪も乱れてたのでお願いして少し整えさせていただいてるんです。綺麗な黒髪ですよねぇ。以前から触らせてもらいたかったんです」
女性騎士のミラルダさんは熱魔法を少し使っているのか、丹念に梳いてくれている髪は艶が出てきている。いつまでやるんだろう……。
「……そ、そう。和葉あんた大人しくしてろって言われてなかった?」
「大人しくテーブル拭いてたんですよ」
「ザギルに怒られなきゃいいけどね」
「えー……、魔力使ってなきゃ怒られませんて」
「私が出てくるとき、ザザさんやエルネスさんと話してたけど、きっともうすぐ戻ってくるよ。―――いただきます」
「そのイタダキマスって、勇者様たちの世界での食前の挨拶なんですよね? こちらに配属になってから団員みんなが使っていて最初驚きました」
「世界でっていうか、私たちの国での挨拶ですね」
こちらでは御馳走様という食後の挨拶はあっても、食前の挨拶という習慣がなかった。私たちが使っているうちにいつのまにかみんな使うようになってたのだ。
……なんか髪まとめられはじめたぞ。何するんだ。
「カズハさまもいかがですか。これ、すごく美味しいですよ。どうぞ」
男性騎士のグレイさんが差し出したのは、カウンターにいつも置いてあるブラウニー。そうですか。美味しいですか。よかったです。
「あ、はい。ありがとございます」
あやめさんがすごく反応に困ったような微妙な顔をしている。うん。そうね。わかる。
「ここに配属になって驚いたことのうちの一つが食堂なんです。すごく美味しいし種類も多いですよね。さすが王城だと感動しました。ずっと配属希望出し続けてたんですけどここまですごいなんて」
「ねぇ、憧れの団長の隊に配属されただけで夢のようなのに、食事にお風呂、豪華すぎる!」
もう一人の男性騎士ディンさんと、女性騎士のベラさんも続く。源泉から湯を引く大浴場はまだ完成していない。露天風呂のほうのことだろう。
「あ、やっぱりザザさん憧れの的なんですね」
「そりゃあそうですよ! 私たちみんな団長に憧れて金翼騎士団希望してたんですもん!」
金翼っていうのはザザさんの率いる騎士団の名前だ。正式には第二騎士団らしいのだけど。ザザさん自身が金翼と呼んでるのは聞いたことない。第二騎士団って言ってる。
できましたよ、とミラルダさんが艶やかな紅をひいた唇できれいな微笑みをつくって鏡を差し出してくれた。
……ツインテールときたかぁ。しかもめちゃくちゃ耳の上の高いところに。いやね? 私の外見年齢では確かに普通といえば普通の髪型ですけどね?
しかもどっから出してきたのかベビーピンクのサテン生地のような幅の広いリボンまでつけられている。
「えっと、このリボン、は」
「差し上げます。是非受け取ってください。こちらに来て驚いたのはカズハ様やアヤメ様に侍女がついていなかったことなんです。身の回りのお世話をするものもつけないなんて。憧れの配属でしたけど、こればかりは男性だけだと駄目ですねっ」
「え、いや、メイドさんにお世話していただいてますよ? ねえ? あやめさん」
「うん。困ってないですね」
「侍女とメイドは違います。お二人とも身分の高い女性なのですから、身支度にしろ何にしろ専門の教育を受けたものがつかなくては」
「ああ、確かに最初の頃につけていただいてましたね。でも、身分高いといっても……」
「う、うん……私たち自分で自分のことできますし。舞踏会とか正式な場にでるときの衣装とかはエルネスさんが助けてくれるものね……」
そもそも私はジャージやらだし、あやめさんは自分の気に入った服を着たいからデザインを伝えて作ってもらっている。私たちの感覚で好みの服というのは手伝いの必要がない服なわけで。
そりゃ中世ヨーロッパ風の文化なので、貴族層の女性が普段着る服や日常の過ごし方ならば侍女は必要だろうけど、私たちの日常は訓練や研究がほとんどを占めるわけで。……正直びっちりそばにいられるのも息が詰まるわけで。
必要がないからすぐに断ったのだと言っても、ミラルダさんは納得のいかない顔のままだった。
「でも、やっぱり女性ならではの視点って必要じゃないですかっ。せっかくこうして配属になったんです。私たちがもうカズハ様にもアヤメ様にも不自由はさせませんからっ」
あ、これめんどくさいやつだ。女性ならではとか自分で言っちゃうあれだ。あやめさんを伺うと、ほんっとうにものすごく微妙な顔をまるで隠していない。
そして私の頭の上のリボンをみて「女性ならでは……」と呟く。腹パンされたみたいにぐふぉってなりそうになった。やめて。ツライ。
「カズハ様、すごくお似合いで愛らしいですよ。ミラルダはずっとカズハ様を着飾りたいと騒いでたんです」
「ちょっと、グレイやめてよ。でもやっぱり女の子ですもの。本当はこういうのお好きですよね? しかも勇者様に下働きのような恰好や仕事をさせて放ってなんかおけませんよ」
得意気に鼻を鳴らすミラルダさんに、どこから突っ込んでいいのかわからない。女の子って。下働きのようなって。させてって。下働きってとこであやめさんが顔をそむけて肩を震わせた。いいじゃないか! ジャージ楽だし! 動きやすい服いいじゃないか!
「……なんでお前そんな頭してんだ。またけったいなこと企んでんのか」
「出会い頭に言いがかりつけないでいただきたい! おかえりなさいザザさん」
ザザさんとザギルが連れ立って食堂にはいってきた。ミラルダさんたちが一斉に立ち上がって礼をとる。顔つきがきらっきらだ。憧れだもんね。
エルネスはおやつの時間に食堂に来ることはあんまりない。今日はザギルの協力日だったし、多分いつもより忙しいだろう。
「ただいま戻りました。……レイたちはまだですか?」
リボンに一瞬だけ目をとめたザザさんの華麗なるスルーはいりました。隙のない紳士なはずなのに!
「翔太君は楽団で、礼くんはお勉強、幸宏さんは……何してるでしょうね。でももうすぐ戻るんじゃないでしょうか。プリンですし」
あやめさんの皿にあるプリンを見て、ザザさんの目が緩んだ。ザザさんもプリン好きだもんね。
「よかったらプリンアラモードにしますよ。あやめさんはちっちゃいチョコパフェつくりましょうか」
「あ、うれしいです。ありがとうございます」
「やったー」
「俺両方喰う。でかいやつな」
「はいはい―――えっと、みなさんはどうします?」
「―――お前ら、休憩時間はそろそろ終了じゃないのか」
「は、はいっ失礼します!」
新人騎士四人に振ると、ザザさんが団長の声で促した。
「別にかまわなかったのに」
「勇者付は特権です。新人なんぞ甘やかさなくていいんですよ―――すみません。あいつらちょっと浮足立ってるようなんで指導しておきます」
退室する彼らを見送ったあと、ちょっとザザさんは憮然とした顔してた。ザギルが私の頭のリボンをしゅるりとほどくと、髪も一緒におりてくる。しばっていた紐が切れて膝に落ちた。
「え? あれ? あ! 何も紐まで切らなくても!」
「ふん、おう、姉ちゃん、こいつの髪結んだのどっちの女だ」
「―――お前、女性の髪を気軽に触るな」
「ミラルダさん。赤毛のほう」
ザギルは私の髪を手で梳きながら整えてくれる。ザザさんの注意は耳にはいっていないようだ。いつもだけど。
「ふぅん。氷壁、あの新入りどもこいつに近寄らせんな」
「指導はするが、―――何かあるのか」
「気に入らねぇ」
「あれでも一応優秀者として配属されている。お前の好みなど知らん。だが、そうだな。考慮しよう」
「え、えっと? 別に怒ってないよ?」
「お前は関係ねぇんだよ。おら、さっさとつくってこい」
ぱんと軽く後頭部を叩かれて追いやられた。何故今の流れで私関係ないんだ。
◇
あの四人は、着任当日に廊下ですれ違った私を、宿舎に住む使用人の子どもだと思って追い出そうとしたんだよね。ここは勇者様の住む場所だからといって。
平謝りしてたし、後で色々勇者陣のことは教えられているはずだし、私の実年齢も知ってるはずなのだけど、何か、こう、距離感がおかしいというか。妙に子ども扱いが抜けないというか……。
「あの人たち、っていうか、ミラルダさん、私もやだ……ザギルと一緒なのも嫌だけど」
チョコパフェをつつきながらあやめさんがぽつりとこぼした。
むぅ? 普段からきつめの発言が多いけど、こんな風な言い方は珍しい。それにどちらかといえばこの手のことは直接本人に言うタイプだ。だからそう言った。
「どうしたんです? あやめさん。そんなこというなんて珍しい」
「まさかアヤメにも何か無礼なことしたんですか」
「もっていうか、私もさほど無礼なことはされてないですよ」
「ううん。そういうんじゃないんだけど、……なんか嫌なの。何もしてないし好意的なのはわかるから悪いんだけど」
口を少し尖らせて、もごもごと何か言い続けてる。どうしたどうした。つんつん腕つついて促してみる。
「……なんで和葉の髪にあんなだっさいリボンつけてドヤ顔してんの。全然似合ってなかった」
「お、おう。そこでしたか……あやめさんおしゃれだしセンスいいものね」
「和葉の服のこと下働きみたいだっていうし」
「あなたそれ笑ってたじゃないですか見てましたよ」
「だってちょっと面白かったんだもん! でもやっぱり嫌なの!」
「そ、そう」
「てか! なんで和葉が怒んないの! おかしいでしょ!」
「えっ私!?」
「うー……ばかずは!」
ザギルがぶはっとパフェのクリーム吹き出して私の顔にまで飛んできた。
「ごちそうさまでした! おいしかった!」
「あ、はいおそまつさまでした」
トレイを下膳口へと片づけて、あやめさんはちょっとぷりぷりして出ていった。
「えっと、あれ? 私なんで怒られたの……」