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53話 見苦しい私をお願い誰も見ないで

 もち米は毎日のように候補が資料部から届けられて、なんと四日目にはものすごく近いものが見つかった。教国の一地方で作られているらしくて、まとまった量と苗が一か月後には届くという。

 ほんとにザザさんの言うとおり素直にお願いすればよかった話だった。……結構図書館とか色々通って調べてたんだけどな。文字の壁厚い。というか、資料部が優秀すぎるのを私が舐めてたといえる。ごめんなさい。


 そして当然のごとくやり手さん友人枠ゲットならず。


 探し続けてたら可哀そうだから、一応お知らせと礼状を送ろうとしたら、城から報告だすから要らないとカザルナ王陛下に言われた。ザザさんとエルネスに同じこと言われてるところに、ひょいっと現れたのだ。後、頭ぽんぽんされた。なんで。

 でもまあ、陛下に言われちゃしょうがないよね?





 勇者陣パワーで、大量の携行用羊羹もでき、勿論保管用シーリングも完璧にこなした。リトさんたちの出発は明日になる。

 だから今夜は礼くんの初めてのお泊りだ。礼くんの部屋の窓から見える距離にある騎士の宿舎ではあるけど。向こうにはザザさんもいるし、なんなら部屋にいつだって戻ってこれるからなんの心配もいらない。

 私は久しぶりに自分の部屋に戻ってもいいんだけど、いつも一緒に寝てる礼くんの部屋にきて、やっぱりちょっと寂しいなぁなんて思いつつ寝た。


「―――けほっ」


 そして真夜中にまた目が覚めて、そのままトイレに駆け込んで吐いている。

 多分悪夢を見た。全く覚えてない。

 耳鳴りと頭痛がひどい。心臓も痛い。

 吐くものがなくなってもえずきが止まらなくて胃が痛い。


 なんなのなんでなんでなの


 一人で眠れないのは私の方じゃないか。なんて情けない。


 部屋の空気が重たくて、息が苦しくて、広い部屋を恨めしく感じながらバルコニーまで這っていって、手すりのそばに積もっている雪に顔をうずめた。


 うつぶせに寝転がったまま宿舎のほうを見れば、明かりはいくつかしか灯ってない。どの部屋で礼くんは寝てるのかな。宿舎のベッドはシングルベッドだと聞いているけど、リトさんと一緒に寝てるとしたらぎゅうぎゅう詰めなんじゃないだろうか。それとも何人かで雑魚寝なのかな。


 冷たさが頭をすっきりさせてくれたら、ベッドに戻らなきゃ。

 風邪なんてひいたら心配かけちゃうし。

 勇者補正の身体が風邪ひくかどうかわからないけど。


「てめぇ、なにしてんだ」


 バルコニーの手すりの上にザギルがしゃがんでた。ザギルの部屋、隣なんだよね。うるさかっただろうか。声が、出ない。


「……ばっかじゃねぇの」


 私を抱き上げて部屋に入ったザギルは、雪に濡れた貫頭衣を手際よく着せ替えてくれた。ああ、リコッタさんに裂いたシーツを巻き付けてくれたときの手つきだ。髪もふかふかのタオルで拭いてくれた。


「調律してやるから寝ろ」


 こいつはきっと私が覚えていない悪夢を知っている。

 悪夢の元は間違いなくあの古代遺跡でのことにある。それをこいつは目の前で見ていたから。

 聞いたら教えてもらえるだろうか。思いだせば悪夢は消えるだろうか。


 思いだすことで、悪夢が現実になったりはしないだろうか。

 

 すっぽりと腕の中におさまれば、今度は朝までちゃんと眠れた。





 死角に入り込んで踵落としと見せかけて、空中で体を倒して短剣を横薙ぐ。

 軽く受け流されても、そのまま片手倒立からひねり蹴り。

 躱された。

 即座に張った障壁を踏み台に裏回し蹴りからの払い蹴り。全部躱され続ける。

 重力魔法を駆使して、雪玉もあらゆる角度から降らせて、雪煙で視界を塞いで、ありえないはずの角度から狙っていってるのに。


「そこまで!」

「くそおおおおおおお! ザギルのばかああああ! くやしいいいい!」


 組手の時間制限三分をフルに使って、有効打どころか掠らせるのが精一杯だった。

 礼くんが持って待ち構えていてくれたダウンコートに飛び込んで着せてもらう。


「前は決めれたのに! 落とせたのに!」

「へっ、二度もくらうか」

「……強いとは思ってたけど、これほどかよ。和葉ちゃん今かなり本気だったよな?」

「―――三割くらいです」

「和葉……そんだけ悔しがってから張る見栄に意味あんの」

「ザギルさん! 次! 次僕!」


 幸宏さんが唖然として、あやめさんが私に呆れ、翔太君が挑む。

 

 訓練場で、ザギルに組手してもらっていた。

 いつも私の魔力量を見張っているザギルが参加するのは初めてだったりする。

 最近あやめさんは戦闘訓練自体に参加することは少なくて、私たちや団員の魔力を観察する訓練のほうに集中している。研究の一環なんだそうだ。


 以前にザギルがあやめさんに返すといった「借り」は、ザギルが三日に二時間研究に協力するということで決着がついた。今日はその日で、エルネスとあやめさんとクラルさん、あと数人の研究員がじっとザギルの動きを注視している。


 ザザさんの審判で、翔太君とザギルの組手がはじまった。


 生きている蛇のように四方から飛びかかる鉄鎖と不意に現れる鉄球を、その筋肉量からは予想できない俊敏さと柔らかさで躱し続ける。ザギルが反撃することはない。三分間躱して受け流していくだけだ。掠らせもしない。


「そこまで!」

「くそおおおおおおお! ザギルさんのばかああああ! くやしいいいい!」


 翔太君が幸宏さんの胸に飛び込んだ。翔太君の頭をぽんぽんしながら、幸宏さんが眉を寄せる。


「ザギル、お前、コピーしてる?」

「コピー?」

「模倣。翔太には翔太の動きをコピーして、和葉ちゃんには和葉ちゃんの動きをコピーして合わせてる。……和葉ちゃんの動きはかなりトリッキーだから難しいはずなのに」

「それだけじゃなくて鏡合わせの模倣だな。お前ほんとにどこまで行っても腹立たしくないところがない」


 ザザさんは苦そうなため息をつく。かがみあわせのもほう。


「へっ、存外やりにくいもんだろ。てめぇそっくりの動きなのに左右上下逆の癖だ。三分逃げ回るだけなら、広さと小細工があればなんとかならぁな。さすがに攻撃までは手が回らないし、時間無制限ならこうはいかないけどよ、それにしたってお前ら勇者補正に頼りすぎだ」


 軽く弾んだ息を整えながら、魔乳石を一粒口に放り込んでる。バングルを両腕に二本ずつつけるようにして、絶賛大量生産しているから食べ放題だ。

 エルネスたちはぼそぼそと何か報告しあってた。


「念のために聞くけど、魔力、使ってるわよね?」

「使ってなきゃ石喰ってねぇよ」


 エルネスの問いに、挑発的ににんまり笑って答えるザギル。


「―――使ってないように見えるの?」

「……元々ザギルの魔力は見えにくいのよ。こう、体にぴったりと薄く一枚布が巻き付いているような感じかしらね。普通魔力を使えば、私には色の濃淡や動きが見えるんだけどそれがほとんど確認できない」

「私は色じゃないけど、……ほとんどどころか全然わかんない」

「あやめさんにはどう見えるの?」

「んー、灰色で、形は人それぞれかな……翔太は蜘蛛の糸や蛹の糸みたいに身体の周りに渦巻いてるし、和葉は線香花火みたいな火花が散る。ザギルは粒がみっしり身体にはりついてる感じだけど、動かないの」


 クラルさんをはじめ、他の研究員も似たような感じらしい。


「魔力制御が完璧だってことなんでしょうね……なんなのほんとに」

「はっはっはあ、ケンキュウしてみろしてみろ見えるもんならなぁ」

「くっ……あんたが教えてくれればっ」

「知るかよ口でなんか説明できねぇしぃ」


 魔力制御。習得が遅いものは花街を使ってでも身につけなくてはならないものなのに、私はその訓練すらも無駄だといわれているもの。

 制御ができなければ、私はいつ魔力切れで倒れるかわかったものじゃない。いくら高い攻撃力があったところで敵陣ど真ん中で倒れれば、足手まといにしかならないし、もしそうなったら騎士たちはたやすく自らの命を盾に使って助けようとするだろう。


 私は自分の力を早く完全に制御したいのに。


 続いて幸宏さんが挑んで、有効打とはいえないまでも腕に一撃入れたけど、そのまま引き倒された。大の字にひっくり返ったまま地団駄踏んで悔しがってる。

 礼くんは、三分たつ前に剣を飛ばされてきょとんとしてた。鞘にはいったままのククリ刀がうねったと思ったらもう礼くんの手から顕現された剣が離れてたのだ。


「巻き上げ―――っなんでザギルがそれすんだよ!」

「お前がこないだやってただろうよ。騎士相手によ」

「ねえ! 今のかっこいい! ザギルねえぼくにも教えてそれ教えて!」

「兄ちゃんに習え」

「今は礼相手なんだから礼のコピーじゃなかったのかよ!」

「だぁれがそれ決めたんだぁ? 俺ァ、必ずそれで相手するなんて言ってねぇぞ? あん?」

「えー、今のザギルのがかっこよかったもん。ザギルが教えてよ」

「ぐがあああああああ!」


 十八番らしいその剣道の技を、以前騎士に教えていたのを見ていたそうで……幸宏さん、更に大暴れだ。何気に礼くんがトドメ刺してる。


「ねえ、ザギル、誰のでもコピーできるの?」

「一回みりゃ大体な」


 魔乳石を二粒口に含むザギルの息はもう落ち着いてきている。


「モルダモーデは?」

「ああ? ありゃ化けもんだ。上っ面くらいならなぞれるけどよ。劣化版にもほどがあっから訓練にはなんねぇぞ」

「それでよろしく」





 ワルツのようなモルダモーデのステップは右に左に、風に吹かれる木の葉みたいに上半身をそよがせる。本人の軽薄さを体現するようなその動き。

 追っても、追っても届かない。

 先回りしたくとも、次にどこにくるのか予想できない。

 揶揄うように、嘲るように、誘うように、目前に現れては次の瞬間気配ごと消える。



 早く、強くならなくては。

 誰にも庇われることにないように。

 ザザさんやザギルの背中を見ながら何もできないなんてことがもうないように。

 力を持たないのなら、別の方法なりを探すけれど。

 力があるのに使いこなせないなど怠惰にすぎる。


 もっと早く。



 硬く均された雪の地面が、弾丸を撃ち込まれたかのように弾ける。

 ふくらはぎにパリパリと紫電が走り始めるのを感じた。

 何枚もの鏡合わせをつくるがごとくに障壁を張り巡らせて、死角を狙って跳び駆ける。

 劣化版だというのに、モルダモーデより筋肉があって的も大きいはずのザギルをとらえられない。



 礼くんがリトさんたちを交互に抱きしめて涙目で見送った日から、いつもと変わらず一緒に寝ている。

 そろそろ一人で寝ようかなんて思い浮かんでもいない礼くんだけど、もしかしたら本当は私のほうが危ういのだと無意識にでも感じているのかもしれない。

 私がうなされていても、自分がそばにいれば落ち着くから大丈夫みたいだと、礼くんはそうエルネスに言っていたのだから。



 もっと重く。


 指先に紫電が散る。

 辺りに直径一メートルほどのクレーターが鈍い音とともにいくつも現れる。

 透明な球体を圧しつけられたようなそれは次々と、飛び跳ねるザギルがいた場所を抉っていく。



 飛び立とうとする鳥を押さえつけるかのような行為は依存と同じ。

 私から巣立つ礼くんを歓びをもって見送りたい気持ちに嘘はないのに、まだこの子を抱えていたいとしがみつこうとする私がいる。

 そんなものは毒と同じだ。呪いと同じだ。いつか愛しい子を自分で蝕んでしまう。

 そんなものは許さない。そんなものになりたくはない。

 私がなりたいのはそんな姿じゃない。



 もっと高く。


 回り込み、死角をくぐり、頭上をとる。


「カズハ!」

「和葉ちゃん!」


 鼻先を走っていった魔力矢と眼前に展開された障壁。


 邪魔。


 咆哮が喉を震わせれば粉となるほどに砕けたけれど、

 その向こうにはもうザギルの姿も気配もない―――




「おし、終了」

「んなああああああ!!?」


 肩と首の付け根に突如生じた違和感が全身に鳥肌を泡立たせて硬直した。


「なっなっんなっ! ちょ! やめ! あっあはっあはははっうわあああんごめん、ごめなさんがあああいやあああ!」


 がっしりと背後から抱きすくめられて身動きのとれない私の首元に、ザギルが顔を埋めてる。

 いや、喰われてる! かじられてる!


「いやあああ! くびやめ! くびだめっな、舐め、にぎゃああああ!」

「ほお。首が弱点、と。てめぇ覚えてろよ―――坊主、このバカ抱えてろ」


 ぽんと雑に放り投げられた私を、礼くんが慌てて抱き留めてくれた。

 駆け寄ってきてくれたザザさんは、額にかかった髪をかきあげてくれて、金色の瞳が覗き込んでくる。


「か、和葉ちゃん、大丈夫? 減ってない? 首減ってない?」

「―――大丈夫、ですね?」

「……うっうっう、なんか、色々喰われた……」

「和葉ちゃん、首くすぐったいんだもんね……」


 よしよしと礼くんが頭を撫でてくれる。天使。ほんと天使。


「下限まで喰ったからな。お前今日はもう魔力禁止だ。おう兄ちゃん助かったわ」


 幸宏さんの魔力矢が、私を一瞬足止めしたおかげで背後をとれたとザギルが幸宏さんに言い、幸宏さんは手を振って応えた。


「いやー、びびったよ。どうしたの和葉ちゃんアツくなった?」

「く、くやしいのぉくやしいのぉ」

「お、おう」

「―――カズハさん?」


 真正面からとらえようとする金の瞳を見返すことができなくて、噛まれた首をさするふりして俯いた。

 これはない、これは、ちょっと顔を合わせられない。訓練で我を見失うだなんて情けない。


「ザギル? 障壁を出した僕に礼はないのか?」

「……いや別になくてもいけたしよ」

「ほお? ……神官長、まだ予定時間余ってますよね」

「ええ、まだあるわよ」

「じゃあ次は僕が相手しましょう。僕が相手ならザギルも攻撃する余裕あるでしょうし」

「はあ!? てっめ、んな立て続けにやってられっか」


 鞘からロングソードを抜いて払うザザさんが微笑んだ。


「カズハさんから魔力補給しただろう? ああ、そうか。無駄な筋肉は重いからな。持久力に問題があったか」

「あ"ぁ"?」




 ザザさんとザギルの激しい剣戟は、三分の間みっちりと勇者陣の目を奪い、エルネス達研究者陣の固唾をのませ、集まってきた団員を湧き立たせ。



 私は全力ではしゃいだ笑顔をつくりつづけていた。


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