52話 当たり前なんてみんな違って当たり前
「いやもう笑ったなんてもんじゃねぇな……」
トビアスさんは、もち米の特徴を細かに教えると、さっさと帰っていったのでエルネス達のテーブルに行ってお昼にすることにした。
なんでか騎士たちがやたらとお茶をいれてくれたりおかずをとってきてくれたりして、どうしたのかと思ったけど、好きにさせてやってくれってザザさんが言うからありがたくお世話してもらう。
ザギルは散々笑い転げて、やっと今お昼ごはんを本格的に食べることにしたみたいだ。こんなに笑い続けてるザギルも珍しい。
逆にザザさんはなんか妙に無表情だ。何故。
「どうしたのザギル。ご機嫌なおったの?」
「ああ? 別に機嫌悪かねぇよ」
「うっそだぁ。最近ずっとご機嫌斜めだったもん」
「んあー、……気のせいだろ。つーか、こんだけ笑えば大概のことはどうでもよくなるわ」
「やっぱ機嫌悪かったんじゃん……もういいならいいけどさ。すっごい笑ってたね。幸宏さんみたいだった」
「あんだ? てめぇ喧嘩売ってんのか? 買うぞコラ」
「いやまって、なんで俺そこで流れ弾くらうの。俺みたいだとダメなのかよ。てか、俺もさっき苦しかった……あの人すっげぇやり手ってだけあって強いね……」
「―――やり手っぶはっ、て、てめぇ思いださ」
「―――っ」
ザザさんもまた無言で椅子に座ったまま丸くなった。あ、やっぱり笑うことは笑うんだ……無表情に思えたのは気のせいか。エルネスもずっとにやにやしてたけど、身を乗り出してきた。
「なになにどうしたの。何よザザまで」
「こ、こいつ、な」
「ちょ! ザギル! 内緒っていったのに!」
「ひっひひっ、くっ、約束したの氷壁だろ。お、俺返事してねぇし」
◇
「―――見合い相手どころか取引業者扱いしてるのばれた上に、脳内あだ名で面と向かって呼んで、ジョークを交えたつもりの渾身の口説きを完全にスルーして、食事の誘いで食堂を指定したと。……あんたすごいわね。どんだけ外堀深いの」
「そう聞くと、ひどい話だね」
「本当は違うみたいな言い方してんじゃねえよ! そのまんまだわ!」
微に入り細に入りのザギルの説明で、あやめさんと翔太君は震えてるし幸宏さんは悶絶してる。納得がいかぬ。
「いや、待ってほしい。確かに取引業者と間違えたし、やり手さんとうっかり呼んだ。でもそれだけだし。口説きとかじゃないし、食堂美味しいし」
「おう兄ちゃん、口説くつもりの女メシに誘ったら職場の食堂で昼飯のついでとかどうだよ」
「おー、笑ったほんと笑った……まあ、折れるね。俺は無理。あの人まじ強いよ」
立ち直った幸宏さんが、お茶を一息で飲み干して自分で新たに注いだ。礼くんはいとこ煮が気に入ったらしくておかわりしてる。試食用だからお鍋一杯分しかないので、テーブルにどんとおいてあって各自適当によそってた。エルネスも気に入ったみたいだ。
料理長とも後で相談することになってるし、またメニューにいれれるかなぁ。
「かぼちゃ美味しいよ和葉ちゃん」
「でしょー? 食堂美味しいよねー」
「ねー」
「いや、美味いけどね……口説く場所としてどうよって話でね……」
「普通に仕事の話だったじゃないですか。そりゃね? 私だって途中から、あれー? とは思いましたけど、でもあれは、うーん、そう、引き抜きでしょ? 私が有能だから、引き抜くのに口説く体をとっただけじゃないですか。有能だから」
「二回言った」
「大事だったので。ま、まあ、それは冗談としてもですよ。万が一口説きであったとしても、ちゃんとそれは断ってる感じになってたでしょ? 私めっちゃ頭使いましたよ疲れましたよ」
一応最初に無礼な間違いもしたわけだし。その分角が立たないようにちゃんとしたしね。
「感じもなにも滅多切りだったよ……。かなり笑った俺が言うのもなんだけど、少しかわいそうにも思えたぞ」
「僕、やり手の大人ってすごいなって思っちゃったよ……負けないんだもん」
「完敗だって言ってたじゃないですか」
「……えー」
「でもあんなにぐいぐい来られたら、私ならちょっと怖いかも……」
「あー、ぐいぐいっていうか、あの人最初会ったときとちょっと印象違った、かも」
「そうなの?」
「うん、最初はもっと居心地のいいというか適度な距離感っていうかもっと話しやすかったですよ。すごいなって思いましたもん」
「へぇ。和葉ちゃん的にどうすごいと思ったの?」
むぅ。なんだろう。言葉にするのはちょっと難しいなぁ。適度な距離感とかそういうのって、幸宏さんのほうが敏感なような気がするんだけど。
「あのねぇ、他の人はね、私が農作物や文化に興味があるとか調べて話振ってきたみたいなんですけどね。あの人は、みんなのこととかを教えてって感じに話をもってきたの。んで、農作物に興味があるんじゃなくて、何かを探してるって気づいて小豆もってきてた。だからやり手だなぁって。今日はちょっと違ったみたいですね。どうしたんでしょう」
「ほっほぉ……あー、なるほどねぇ。確かにそれは随分と……たらしだね」
「やだカズハ、あんたそれはわかったの? ほんとに?」
「失敬だな。私空気読める女よ?」
「空気読めたら、なんでなのかもわかるだろうよ……」
「ザギルに言われたくない。ザギルに言われたくない」
「てめぇ……、まあ、焦ってがっついたんだろ。思ってた以上に獲物がでかいのに気づいてよ。確かに最初のうちはもうちょっと余裕かましていやがったしな」
ザギルはすごくご機嫌なのかまたにやにやしてる。悪人ヅラ凄い。
焦ってがっついたねぇ……、それだけ領の利益が予想以上に上がりそうだったってことなのかな。よい取引だったってことか。
「ザギルさんって、本当に気配消すのうまいよね……最初からそんなにわかるくらいはりついてたんだ。忍者みたい」
「ニンジャ? 知らねぇけど、護衛なら当然だろ。表の護衛は騎士がいんだからよ……さすがに今日はちょっと気配消すの耐えられなくなって出てきたけどな」
「あ、お昼ごはんだったからじゃないんだ」
「お前……ほんと考えてんだか考えてないんだかはっきりしろや……」
「ザギルははっきりと常に失礼だね!?」
「しかしそれでも友人枠の交渉してったしなぁ。すごいよ。俺だったらあそこからそこまで持ち直せない。ザザさん、あれきっと探してくるっすよ。そしたら友人枠の許可だすんすよねぇ?」
「条件はカズハさんにもち米を一番に探し出して見せたら、ですよね。そのうえでカズハさんが承認するなら出しますよ。一番に探せたら、ですけどね―――くっ」
すっかり持ち直してお茶飲んでたはずのザザさんが、また何かにツボったらしくて握りこぶしの手の甲を口にあてて顔をそむけた。な、なんだ。
「ふはっ、無理だろうなぁ。さっき近衛が走ってったしよ」
「……ほんとお前、近衛の動きまで押さえてるとか腹立たしいのも限りないな」
ザギルもそうだけど、近衛も近衛っていうよりもう忍者みたいでいつどこにいるのかわからない。だけど、やっぱり同類なのかザギルにはわかるみたいだ。
どうやったらわかるようになるんだろ。魔力感知なんだろうか。……私も魔力操作の訓練したらわかるようになるのかな。訓練意味ないってザギルには言われたけど、一時的なもんだっていうし。落ち着けば上達するようになるかなぁ。
「―――カズハさん?」
「へ?」
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっとぼーっとしちゃいました。頭使いすぎましたかね」
いかんいかん。今できないこと考えてもしょうがない。えへへと笑うと、ザザさんが少し首を傾げて話を続けてくれた。
「小豆ももち米も、おかしいと思ってたら要望出してなかったんですね? てっきり専門の奴らが探せないくらい希少なんだと思ってました。欲しいものがあるならいつでも何でも要望だしてくれって前から話してるじゃないですか」
「いや、要望だしてますよ。塩のにがりだってそうだし、研究所には保存用フィルム開発してもらったし。ただ、あるのがわかってるものとか、明らかにないけど作ってほしいものはお願いしますけど、あるのかないのかもわからないってものは探すの大変じゃないですか。研究所だって人手不足だし、どう活用できるかも未知数なわけですしって……なんでため息なんですかそこで」
「カズハ、ないことを知るってのも研究のうちなのよ? そこはあんたが気にしなくていいわよ……まあ、人手不足は確かだけどね」
いやそれは一応研究者の娘として理解はしてるけどもさ……それとこれとは別じゃないかな。あくまで私個人の希望だし。
「まあ、もち米は管理部なり資料部なり適切なとこが結果をすぐ出しますよ。いくらやり手でも所詮個人の力です。負けはしません」
「え? でも」
「近衛が走ったってことはそういうことです。もち米の詳細情報もって報告にいったんですよ。もう探せって指令でてますね間違いなく」
「ええええ?」
「カズハさんに尊敬する優秀な将と言われて、陛下が張り切らないわけがないでしょう」
「ま、そうね。ふっ……トビアス氏もお気の毒に」
……なんかザギルはともかく、ザザさんもエルネスもちょっと変というか。同じようなことを感じたのか、翔太君とあやめさんも不思議そうにしてる。
「ザザさん、もしかして怒ってるの?」
「……そう見えますか? ショウタ」
「うーん? トビアスさんのこと嫌いなのかなってなんとなく」
「エルネスさんも、いつもなら和葉をもっと煽ってそうなのに……」
「別に私は怒ってないわよ。ただあの男はあの扱いで十分ね。ザザ、なんなのあれ。合コンの相手はみんなあんなんだったわけ?」
「……アヤメたちの相手はみんなまともに見えましたよ。でもカズハさんの相手については程度の差こそあれ軒並みいただけませんね。担当官にはもう苦情いれました」
え? なにが……?
エルネスとザザさんのお眼鏡にかなわなかったってことなんだろか。え。パパ? ママ? どっちがパパ? エルネス?
「ど、どうしたの二人とも……私別にトビアスさんもそうだけど他の人にも嫌なことなんてされてないよ? そりゃちょっとトビアスさんには戸惑ったこともないわけじゃないけど」
「……トビアス氏はちょっと途中から改めてたようだけどね」
「遅いですね。僕は見合い直後に苦情いれましたので。今日はカズハさんの小豆の件がありましたから対応しましたが、もう彼の扱いは縁談相手じゃありません。だから僕も近衛もついてたんです」
「あやめさん、私ちょっと話が見えないんだけどわかる?」
「え。わかんない」
「よかった。私だけじゃなかった……」
エルネスは前に言ったでしょうって顔で片眉をあげてみせた。
「―――勇者に対して常に誠実であること。これが大前提よ。利用価値のあるものとしてしか見ないなど言語道断。ましてや縁談という場を使ってるの。アヤメ、恋愛や結婚をしましょうといってきたはずの相手が、実はあなたを利用することしか考えていなくて恋愛感情は二の次だなんて許せる?」
「え、やだよそんなの。……そういうこと? 和葉の相手はそういう人たちばっかりだったの?」
「女性としてのカズハさんと親しくしたい、と。それは最初にあるのが当然です。縁談なんですから。あの男は自分で言っていたでしょう。勇者としてというのが先にきてたんですよ。僕がみたところ他の男もそうでした。……共通点をあの男は「あと一手が欲しいもの」と言っていましたけど、何よりも野心のみが強いものと言うべきでしょうね」
あー、そっか。それで二人ともざまあみろみたいな顔してたんだ。「勇者に対して常に誠実であること」は、彼らの矜持でもあるものね……。言われてみれば納得だけど。そっかぁ。
……なんか気を使わせちゃって悪いなぁ。
というか、勇者じゃなきゃ私の相手くるわけないじゃない。そんなので誠実さははからないのにな。
「何よカズハ」
「や、なんか、私の思ってた縁談と違った。そんなの全然気にしないのに」
エルネスもザザさんも、そろって眉をしかめて首をかしげる。揃わなくても。
「縁談なんて利益求めてするものでしょと思ってたんで、別に私は恋愛二の次でも気にしないというか、まあそうよねーっていうか? むしろ断るつもりなんだから気が楽なくらいで? ていうか、やっぱりほら、トビアスさんは領地の儲けのために私を引き抜こうとしてたってだけで、口説いてたわけじゃないでしょ? 合ってるじゃない。やだなぁもうみんな」
「やだ、ザザ、私どこから突っ込んだらいいのかしら」
「神官長が無理なら僕も無理ですね」
「えっと、和葉は平気なの? 利用しようとしかしない人とその」
「んー、私が欲しいものをくれるならそれもありだろうって思いますよ。利用したきゃすればいいんです。さっきも優秀な駒でいいって言ったじゃないですか。それと同じです。お互い納得してるならいい話でしょう?」
むしろ利用価値があるってんならそれもまたうれしいといえばうれしいし。勇者補正ありがたや。
「……まあそれはそうだしカズハがそうしたいってんならいいんだけど」
「したいわけじゃないよ。今幸せだから欲しいものないし」
「和葉ちゃん、じゃあ逆に恋愛結婚したいとかそういうのは」
「む? 私が? ……ちょっと想像つかないですね。現に見合いの相手はみんな利益優先だったじゃないですか」
みんなほんと何言ってんだ。
そしてみんななんでお前が何言ってんだって顔してんだ。
そんなの、当たり前じゃないか。
「っつぅことであれだろ? 氷壁、あのやり手殺しにいくんだろ? 俺にもやらせろ」
「「「何言ってんだお前」」」
「はあ? そういう話じゃねぇのかよ」
「なんでそういう話にお前の中でなったのかわからんぞ」
「むかついたじゃねぇか、あいつ。お前だってさっき」
「それだけじゃ殺さないんだ。そろそろ覚えろお前は!」
「……くっそめんどくせぇ」
「ザギル……あんたなんでむかついたの?」
「ああ? いや、あんだけ笑わせてくれたからもうどうでもいいんだけどよ、あいつ俺を値踏みして威嚇しやがったからな。氷壁が殺すんなら俺だってついでにやったっていいだろ」
「そんなのしてた……?」
「お前にはわかんねぇよ。してたんだっつの。氷壁にもしてたぞ」
「……ザザさん? そなの?」
「まあ、してましたね」
「えー、やだ私全然わかんなかった。空気読める女なのに」
「お前それ勘違いだからな。言っとくけど」
ほんとザギルに言われるの納得いかない。