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51話 半径85センチが

 麻袋いっぱいの小豆が二十袋、厨房の倉庫に積まれている。


「確かに。料理長よろしくお願いします」


 数と中身を確認して、料理長に受け取りのサインをしてもらって、トビアスさんと倉庫を出る。こちらが頼んだとはいえ、仕事として外部の人と接触してるということでザザさんが警護についていてくれていた。ザギルは多分どっか近くにいると思うけど、なんでか最近ご機嫌悪くて姿を現してくれることが少ない。


「本当に三日で運んでくれたんですね。すごく助かりました」

「いえ、どちらにしろ王都まで来たついでに商売しようとしてた分なんです。むしろ私の到着より遅れて到着したといいますか」


 ああ、やり手さんだもんね。


「そしたら渡りに船でした?」

「それ以上、望外の成果でしたね。もっとも一番の望みは果たせませんでしたが」

「あら、そうなんですか。遠くからせっかくいらしたのに―――あ、この先のお部屋に今後の取引とか契約の担当者がいますのでご紹介しますねって、どうしました?」


 倉庫から文官のいる部屋のある棟へ向かう小道を連れ立って歩いてるのだけど、トビアスさんが立ち止まった。なんでそんな微妙な顔してるんだ。

 

「あの……私が王都へ来た目的ってご存知ですよ、ね?」

「え? 小豆以外の―――あ」

「……カズハ様は縁談全てをお断りになってるとはお聞きしてましたが、本当に関心がなかったんですね」


 素で忘れてた。もう完全にお仕事相手というか出入りの業者さん感覚だった。こっそりザザさんの顔を伺ったら、目合わせてくれない。助けてくれる気ないやつだこれ!


「や、やり手さんはやり手だと聞いたのできっとほかにもメインのお仕事があるんだと思ってただけで」

「トビアスです」

「え、はい。トビアスさ、ん……私今なんて言いました」

「やり手さんと」

「ごめんなさい。間違いました。縁談のことも忘れてました」

「潔くきましたね!」

「撤収判断は大事ですから!」


 ひとしきり大笑いされるのに、じっと耐えた。怒られなくてよかった……。


「―――失礼しました。耐えられませんでした」

「ほんと申し訳ないです……」

「……先日のドレスアップも素敵でしたが、今日はまた印象が違いますね」


 すっかり仕事のつもりだったからね! すっぴんにいつも通りのシャツとロングパンツにエプロンして、今はお外だからもこもこのフード付きコートだからね! ちなみにスパルナダウンです。自給自足。


「とても愛らしいです……って、なぜそんな訝しそうな目でみられるのでしょう……」

「いえ、話の流れについていけなくて……えっと、冷えますでしょう? お部屋むかいませんか」

「ふむ……今回の取引と、今後の小豆製品の生産と販売の商談ですよね。カズハ様はご同席いただけるのでしょうか」

「え? もちろん担当の文官がお相手します。私がわかるのはレシピだけですし」

「私、片道で王都まで魔動列車と馬車で五日かけてきたんです」

「うっ」


 怒られる前フリ? ねえ、前フリ? やだーもうー笑ってからのフェイントで怒るとかー。


「意中の方にせめて一目と思いきや、即日振られた挙句に、見合い相手どころか取引業者としてしか見ていただけなかった哀れな男に、食事にお誘いするチャンスをいただけませんか?」

「え。まって。文章長いです」


 ……そんな片膝ついてうずくまるほど笑わなくてもいいと思う。もう君、幸宏さんとのほうが気が合うんじゃないかな? かな?


「―――たびたび失礼しました」

「い、いえ」

「正直に飾らず言いますと、カズハ様ともっとお話がしたいのです」

「ほお」

「縁談を断られてからの申し出は不作法なことは承知の上です。今回の取引で我が領は大変な利益を得るでしょう。その感謝も当然ですが、それ以上にカズハ様を知りたいし、私を知っていただきたい」

「えーと……、ではですね、文官が待ってますので、まずはそちらの御用を済まされたら、えっと、食堂? ザザさん、食堂って使ったらだめですか?」

「食堂」

「はい。食堂……え、やだそんなにしかめっ面するほどだめ?」

「―――っ、一応、関係者用、ですので、手続きが必要ですが、……ええ、取引の間にやっておきましょう」





「い、息できねぇっ……氷壁、お前よくあれにずっと耐えたな……っ」

「……さすがに食堂はもう俺も駄目だと思った―――っ」


 トビアスさんを文官に紹介して部屋から出て、ザザさんと二人で廊下をしばらく歩いてたら、いつものごとく突然現れたザギルが足元に倒れこんできて、同時にザザさんは廊下の壁に向かってしゃがみこんだ。

 なんかザザさん俺になってるし。ザギルお前機嫌直ったのか。二人とも息も絶え絶えだし、やっぱり仲良いんじゃん。





 食堂の一角で、トビアスさんにお茶と小豆とかぼちゃもどきの煮物を小皿で出した。トビアスさんが取引している間につくった。

 ザザさんは私の斜め後ろに直立不動で護衛モード。ザギルは隣のテーブルでくつろぎモードだ。

 ……少し離れたテーブルに、エルネスとか勇者陣や騎士たち数人が陣取ってる。なにしてる。昼ごはんにはまだちょっと早いぞ。


「……どうしてこの豆がこんなに美味しくなるのでしょう。先日届けてくださったドラヤキとヨウカンもとても美味しかったですが、これは甘味とは違う美味しさです」

「お口にあったならよかったです。ちょっと不思議に思って文官に調べてもらったんです」

「なんでしょう」

「先日おっしゃっていたように、そちらでの小豆は、生産量は高いけれど、苦くて渋いため平民にも不人気なものという扱いだそうですね。どちらかといえば貧しいものの食べ物だとか」

「ええ。王都までもってきたのも何か他に活用法がないか探るためでした」

「試食でいただいたときに思ったんですよ。渋抜きが甘いんです」

「しぶぬき」

「あれはそのまま炊いただけでしょう? 茹で汁は捨てるんですよ。試してみましたけど、この豆なら二回茹で汁を捨てたほうがいいですね」


 そっくりでもやはり日本で品種改良されてきた小豆とは違う。この豆は煮崩れしにくい代わりに渋みが強かった。渋抜きしないでスープや煮物にしてたらそりゃ美味しくないだろう。


「……それだけですか?」

「それで苦味と渋みはなくなります。こんな感じに他の料理にも使いやすくなりますよ」

「たったそれだけ……」

「それだけです。ですが貧しいとそれだけのことをする余裕はないと思います。それに茹で汁を捨てることも惜しいと感じるかもしれません。お金がなくても、美味しいものを作ること自体はできますが、お金の代わりに手間も時間も必要なんです。そして手間と時間ってのは余裕がないとできないし、余裕はお金がないとつくるのが難しい。貧しい者の食べ物として位置づけられていたのなら、なかなか試すこともなかったんじゃないですかね」


 思わず実感こもりますけどね! 貧乏暇なしってのは本当で、金で時間を買えなきゃ労力で補うしかないのですよ!


「なるほど……確かにそうです。よかったんですか? さきほどの取引でドラヤキのレシピは買いましたが、そのことは教えていただいてません」


 勇者がもたらした「知恵」は原則貴族層に公開される。利用するなら申請して、あがった利益には税が少し割り増しされる仕組みだ。特許的なものに近いのかな。これまで私が料理長と一緒につくった料理のレシピも公開されているし、ついでに言うならちゃんと勇者のお手当にも反映されている。陛下万歳。

 

 トビアスさんは、渋抜きが知恵として公開されていないのに教えていいのかってことを聞いているのだろう。


「どら焼きのレシピにもこの手順は入ってますし、羊羹の生産と販売の契約は結ばれたんですよね? これから料理長と相談して羊羹のレシピができあがれば、トビアスさんのもとに届けられますし、それにもこの手順は入っています。そちらでも職人が生産しますよね?」

「それはもちろん」

「だったらこの手順が重要だと気づきますよ。個別の知恵でもなんでもないです。……ザギル、食べたいなら厨房にあるからもらっておいで」


 後ろで袖ひっぱってきてたザギルが厨房に向かっていった。はらぺこザギルめ。


「ありが、とう、ございます。―――お分かりですか。これがうちの領にもたらすものが」

「む、難しいこと聞きますね……素人考えでしたら、そうですねぇ。雇用でしょうか」


 今日の取引で、前線へ羊羹を携行食として生産、販売、輸送を一手に引き受けることになったはず。小豆はトビアスさんのところでしか生産してないしね。そうなると作るもの、売るもの、運ぶものの雇用が増える、はず。


「うちの領はけして豊かな土地ではありませんでした。それでも私の代で領地経営は向上してきていると自負しています。しかしあと一手。あと一手が欲しかったんです」


 うんうん。頭角現してきてるって話だったもんねぇ。


「これで雇用が増えます。甘味は嗜好品ですし、購入層は裕福なものですから利益率が上がります。さらに主食としての需要が増えます。利益がさらに雇用を産み、領民全体の生活の底上げを呼ぶでしょう」


 おー、経済の好循環ですね。


「うま! これなんてんだ」

「小豆とかぼちゃのいとこ煮。あ、トビアスさん、そろそろ昼食の準備ができたみたいですよ。ビュッフェ形式なんでお好きなものをおとりください。ちょっとお昼ごはんには早いですかね? おなかまだすいてなかったりします?」


 ザギルがなんか噴き出してむせだした。鼻痛いとかいってるし。


「お誘いしたかったのは……いえ、あの、カズハ様の縁談相手の共通点、お分かりになりましたか?」

「ああっ、わからなかったんですよ。教えてくれるんですか?」

「私は領地経営ですけど、他のものも事業こそ違えどそれぞれの分野で活躍を期待されているものたちです。いいところにきてるんだけどあともう一手が欲しいと思ってるものですね」

「みなさん貴族ですし、私のお相手に限ったことではないのでは?」

「その中でも、スタート地点が今一つなためにあと一手が欲しいものってことです」

「ほほお……」

「現に私はその一手を今いただけました」

「すると……」

「はい」

「王都に来た一番の目的が果たせたってことですね。そうか。渋抜きが決め手でしたか」

「……そうきますか」

「……違いましたか。あんまり難しいこと言われてもわかりませんよ? 私そもそも平民ですし」


 トビアスさんは、顎に指をあててちょっと考え込んだようだった。


「……ザザ騎士団長殿、今代の勇者様たちはみなさん謙虚なんでしょうか」

「……お答えしかねます」

「私見でかまいませんので」

「―――みなさん驕りを知らない方たちです」


 謙虚さは日本人の美徳ですからね。うん。


「なるほど……カズハ様。確かにその通りです。縁談を受けてもらえることが一番でしたが見込みは薄いとも思っていましたので、大量に備蓄があるのに上手く活かせない小豆の扱いを教えていただければとお持ちしました。勇者様たちの知恵の功績の中でも、カズハ様の場合は食に大きく偏っていて数も多い」

「あー、レシピですからねぇ」

「既存のものの再活用や価値の見直しなんです。カカオも利用価値があがりました。スパイスもそうです。塩の……にがりでしたか。それもそうですね。あと今回知りましたが、羊羹の容器、パッケージですか。あの素材開発もカズハ様の案だと」

「開発したのは研究所なんで、手柄は研究所のものです。私は希望を言っただけ。でもあれいいでしょう」


 アルミは無理だったけど、ビニールに近いものを開発できたのだ。浄化魔法と熱を与えることでぴっちりとラッピングできるから、保存期間が大幅に伸びる。


「あれは素晴らしいものです。驚きました」

「んっと、ご期待に応えられたようで何より、です?」


 にっこりと、実に綺麗な笑顔をトビアスさんが見せてくれたから、妙に達成感がわいて笑顔を返した。

 合ってたらしい。


「欲が、刺激されてしまいました。勇者様としてではなく、女性としてのカズハ様と親しくしたいと」

「それはないでしょう」

「いきなりぶった切りましたね。なぜ?」

「だって今の話の流れでそんな要素なかったじゃないですか」

「これから女性としての魅力に移ろうと思ってたんですけどね」

「む。それは展開が見えないですね。んっと、私の縁談相手の共通点は納得しました。要はあれですね。私が優秀な駒になると思われたのですね」

「駒だなんて。あなたたちは世界を救うものですよ? 将になることはあっても駒はない」

「ん? 優秀な駒ですよ? いいじゃないですか。光栄ですし、そのほうがいいです。駒として優秀でも将としては別です。逆もしかり。でも、駒がいないと何もできないのが社会です」

「……」

「優秀な駒は将を選べます。陣地を選べます。最高ですね。でも女性である必要はないです。私がたまたま女性だったからってだけの話でしょう? 駒を獲得するにあたって攻めるポイントとしてはありだと思いますけど……正直それではちょっと惹かれないというか」

「―――私はパートナーとしてありたいと思っていますが、その例えですと、将ですか。私はあなたの将としての魅力はないですか」

「私何気にカザルナ王尊敬してるんですよね。素晴らしい上司です」

「陛下を出されると張り合えませんね……そもそも世界を救う勇者様を女性として独占したいというのもおこがましい願いではありますけど」

「うーん? 世界とかほんとどうでもいいです」

「え」

「そんな世界規模で愛着なんて沸いてるわけないじゃないですか。まだ召喚されて一年たってないんですよ? いやその規模だと何年たっても沸くかどうか怪しいですけど」

「ご、ごもっともです」

「なので、申し訳ないのですけど、トビアスさんの領にも興味ないです。さっきも言いましたけど、私平民なんです。厨房で働くおばちゃんなんです。手の届く距離にいる身内が幸せならそれでいいんです」

「身内、ですか」

「はい。勇者陣はもちろんそうですけど、ここにいるザザさんもザギルも、エルネスや騎士たちも厨房の人間も、陛下たちもですね。この城で一緒に過ごしている人間ってことになりますか」

「思ったより規模が大きかったです」

「私も自分で言ってて結構人数いてびっくりしましたね」

「じゃあ、カズハ様の陣地はもうすでにここなんですね」

「いいこといいますね。そう、陣地はここに選びました。んー、まあそれなら最初から見合いすんなって話でしょうけど、それはほら、見返り、得ましたよね?」


 だからチャラってことで! という意味をこめてエルネス直伝の笑顔をしてみたら、トビアスさんは肘をテーブルついて、両手で頭を抱えた。


 エルネスはこれでごまかせないものはないっつって教えてくれたのに効き目があったためしがない。


「……勝てそうにないどころか完敗です。私があなたの駒になりたい」

「え。そういうのはちょっといらないです」

「まあ、そういわずに。私はかなり役に立ちますよ。……そうですね。もち米でしたか」

「もち米」

「探してきます。報酬として友人の枠をください。城に出入りできる人間の規定枠がありますよね。その枠が欲しい。あなたの友人として連絡をとり会える立場です」



いつも読んでいただいてありがとうございます。

前回の更新キリのいい50話でブクマ100を超えました。

つい、はしゃいじゃいまして、別編アナザーサイドとして「不機嫌なザギル」を公開しています。

支えてくださってるみなさまに感謝をこめてささやかながらですがお楽しみいただけますように。

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