5話 召喚にはR指定の導入を要望します
ザザさんはオムライスの件をきいて「食べたがる人が増えてしまいますから」とこぢんまりした部屋を用意してくれた。
そうはいっても家具はシンプルながらも高級感を損なっていない。大き目の丸テーブルに真新しいテーブルクロス。華奢で優美なラインの椅子が四つ、テーブルを囲んでる。部屋の端にはゆったりとしたソファ、サイドチェストの上の花瓶にはガーベラみたいな黄色い花と白い小花が活けられていて。
王城には用途が決まってない部屋なんて数えきれないほどあるわけで、ここも使ってない空き部屋だって言ってたんだけど。花やテーブルクロスは使うから用意してくれたんだとしても、使っていないどの部屋にもこんなに調度品が置かれてるんだろうか。置かれてるんだろうな。
テーブルにオムライス、ポテトサラダ、コンソメスープと並べていく。私と礼さんとザザさんの三人分。「勇者様付きの特権です」と悪戯っぽく笑うザザさんにちょっとときめいた。
なかなかやりおる。
厨房の隅っこ借りて作ってるのを料理長も見てたから、今夜の厨房賄いは同じメニューなんだけどね。ポテトサラダ用に作ったマヨネーズも評判良かった。
久しぶりにケチャップもマヨネーズも自作した。子供たちが小さかった頃の一時だけ、自作調味料に凝ったことあった経験が生きましたね。市販の物にはやっぱり敵わないし時間もったいないという結論に達した後はやめてたんだけど、まあ、我ながら上出来だと思う。
「トマトルソースですか?」
「そうですそうです。分けてもらったトマトルソースをさらに煮詰めて、色々調味料足した感じですね。ケチャップっていいます」
「厨房で普段つかってるトマトルソースが元なんですか! へぇ……お、これは」
二人とも無言でスプーンを口元に運び出した。うん。気に入ってくれたようで時々頷きながらも食べるスピードは落ちない。美味しいと思うと真剣さがあふれる食べ方になる男の人って、ぐっときますよね……。
よし、私も、と食べ始めたとたん、ずずっと鼻をすする音がした。
礼さんが食べるスピードは落ちてないのに、ぽろぽろと涙をこぼしてる。
「……え、え? 礼さ、ん? 何か辛いところとかあった? いやそんなはず」
ばっとザザさんを見ると、ザザさんも焦った顔で「大丈夫! 美味い!」と叫んだ。敬語が取っ払われる程度にうろたえてるらしい。
「……ぐず……だ、いじょぶ……お、おいじいで、す」
えーっと。えー……。
礼さんは時々ハンカチで鼻をかみながら、ふぅと息をついては黙々とオムライスを食べ続けた。ホームシック、か、な? いやでもこの年齢の男性がこうもだだ漏れにするものだろうか……。
(……ザザさん、今日の訓練きつかったりしてません?)
(えっ普段と同じで、す、よ……?)
「―――ごめ、なさ、っだいじょ」
声をひそめたけどやっぱりこぢんまりした部屋ゆえに、どうしたって私とザザさんの動揺とやりとりは聞こえてしまうわけで。礼さんの涙が落ちる速度はますますあがってしまった。
「き、きっと故郷の味なんですよね!? 優しい、懐かしい味しますし! 僕だって初めて食べるのにそう思いますから!」
明るい声を努めてあげようとするザザさん。だけど礼さんはもう、スプーンを握りしめたまま両手で目を覆ってしまった。声もたてずに。ただぽろぽろと大きな拳からしずくが落ち続ける。
う、うーーーーーーーん。
勘といえば勘でしかないのだけども。
席をたち、礼さんの隣にひざまずいて顔を見上げる。
きつく押し当てた拳で目は見えないけども。
「――礼くん、本当の年はいくつ?」
「……っ……じゅ、じゅっさい、こ、ないだ、なった」
そうよね、見た目と年齢が違うなんて、私だけとは限らなかったんだ。
礼さん、いや礼くんの大きな背中を抱えるように右腕を回し、もう膝に降ろされた左手の甲をそっとさする。とん、とん、と。子供たちを寝かしつけたときのように。元のサイズなら中腰で辛いところだけど、今の私なら普通に立ってて丁度いい位置だ。若干背伸びはしてるけど。
「和葉ちゃんはしっかりしてるのに……ぼく」
おさまりかけたように思えた涙がまたあふれはじめた。
「いや! 礼くん! 私も見た目と年ちがうの! ね! ザザさん!」
「そ、そうなんだよ! カズハさんすっごい年上だよ!」
すっごいいうな。すっごいだけど。
「ほんと……?」
「ほんと! よんじゅうご! ね!? だから料理もできるし、しっかりしてるの!」
「……ママ、三十二歳だった。ママよりおとななんだね」
ぐはっ……。
そりゃうちの子供が成人してるわけだし当然なんだけど、見た目三十近い男性にママより年上とか言われるとわかっててもダメージがくるわこれ。
ザザさんもなのか心臓を拳で押さえてる。
「そっか……和葉ちゃん、同じ年くらいかなって思ってた」
「う、うん」
ザザさんのほうから、ぶほってなんか爆発したような音聞こえたんだけど。
なに肩震わせてるんだ。というか、あれね。礼くんが親し気だったのは年が一番近く見えたからか。本当なら最年少のはずだったんだものね。最年長の私が最年少に見えて、最年少の礼くんが最年長に見えてた、と。
ザザさんは私にこちらの世界ではまだ親元にいる年頃だと言っていたけど、それは私たちの世界でも当然同じで。礼くんは夜ご飯はおうちで食べるのが当たり前の年だ。そりゃあごはんの連絡もちゃんとする。おともだちや親せきの家でごちそうになるなら必ずそう言われるしね。
整髪料もついてない柔らかな髪を梳く様に撫でて頬を寄せる。初日こそ整えられていた髪は、翌日から洗いざらしだったはず。十歳じゃ寝癖すら気にしない年頃だ。
私だって重心の変化にまだ慣れていない。礼くんが下膳口に頭ぶつけたりしてたのも、車幅わからない性質なんじゃなくて、まだ自分のサイズに慣れていないんだろう。訓練中は気をはっていても、油断してるときには本来の自分のサイズ感で動いてしまうと。
召喚されて一週間。
唐突に親元から引き離されて、誰も子供扱いはしてくれていない。この世界の人たちは優しい人たちばかりだけども、大人に対するやさしさと子供に対するやさしさは当然違うものだ。
そういえば、初日の夜、メイドさんは「一人で眠れますか?」と気遣ってくれた。よければ眠るまでおそばについてますよ、と。
それは本当なら礼くんに向けられなくてはいけないものだったろうに。
「……オムライス、食べる」
「そうね。うん。一緒に食べようか」
ザザさんと視線を交わしてから席に戻って食事を続ける。
きっと食べたかったオムライスは、ママが作ったオムライスだろう。子供が喜ぶ人気メニューだものね。せめて少しでも近い味であることを祈ってしまう。
「ごちそうさまでした。すごくおいしかった」
「はい、お粗末様です」
え? と訝し気なザザさんに「私らの国の挨拶ですよ。料理を作った人間がかえす言葉です」と説明する。
「それはまた否定しなきゃいけない気になる挨拶ですね。全くもって粗末どころか」
「本気で粗末だなんて思ってないですって。自信満々にだしてますもの」
と軽く冗談めかして笑うと、礼くんも少し笑った。
「ほんとにおいしかった。また、つくってくれる?」
「今度は何にしようか。ハンバーグは好き?」
「だいすき!」
「僕も是非またご一緒したいです!」
「わかります。ふふふ、二人とも私に夢中ですね」
ひゃーっと肩をすくめて笑う礼くんは、十歳のころの息子がだぶって見えた。
「最初ね、パパみたいになれてうれしかったんだ」
ソファに身体を深く沈める礼くんは、長い足を持て余し気味に放り出している。私は肩が触れるくらいに身を寄せて隣に座り、ザザさんはテーブルのほうから椅子を引き寄せて向かい合っている。
「あのスーツはお父さんの?」
「うん。パパのと同じだった。かっこいいんだよ。パパ。ザザさんとおんなじくらい」
いきなり引き合いに出されて目を丸くするザザさんはほほえましい。ああ、ザザさんが褒めてたって言ったとき、うれしそうだったもんねぇ。礼くん、パパっ子なのかな。
「……きっと僕よりずっと若いんでしょうけどね。光栄です」
「そうなの?」
「ザザさん……多分礼くんくらいの子には三十歳以上はみんな同じくおじさんに見えてます」
「な、なるほど……光栄で、す?」
いやしかし、どんな仕組みか知らないけど、二十年分ほどの成長期すっとばすとは……いくらなんでも残酷すぎないだろうか。召喚システム。本人が幼すぎてまだそれに気がついてはいないのだろうけど。
ザザさんも若干顔色が悪い気がする。しっかりしてるように見えてたらしい私に対してもあれだけ真摯であろうとしたザザさんだし、むしろ当人が残酷さに気づいてない分も倍率上げての心痛がかなりのものだろう。
「レイさん、訓練はきついですか」
殿呼びは自主的にやめたらしい。多分、礼くんに目線をあわせるためだろう。それでも「さん」をとれないあたりがザザさんなのか。
「ううん? 楽しいよ」
「……もうすぐ実地訓練に入る予定です。城下町近郊の森で魔物を狩ることで慣れてもらうつもりでした」
「うん。前言ってたもんね。覚えてる」
「レイさんは、もう少し先に伸ばしたほうがいいと思います」
「……みんなは?」
ぎりっと礼くんの拳が握られた。
「カズハさん、レイさんと続いてこうも外見と実年齢が違うとなると、念のため他の勇者様の実年齢を確認したいと思いますが、外見と同じであれば予定通りかと」
「やだ。なんで? ぼくできるよ」
「……礼くん」
「だって翔太君にだって幸宏さんにだって、ぼく負けないもん。同じにできるよ」
この子はきっと、普段から自分を抑える子なんじゃないだろうか。
大人の顔をし続けただけあって、この子は黙ってじっと考え続ける子なのかもしれない。
大人と同じに振舞えると、自分は大人と同じにできると、今言い続けてるように、自分に言い聞かせてきた一週間だったんじゃないだろうか。
「レイさん、狩りは今までの訓練と違うんです。魔物とはいえ、命を狩るってことなんです。殺すってことですよ。そちらの世界では、狩りも一般人はしないとカズハさんからききました。こちらでも、地方で多少は違いますが、最低でも狩りは十三の年より前にはめったに経験しませんし、させません」
「でも! ぼくがほんとの年言わなかったらできてたんでしょ!? みんなと同じに狩り行ってたんでしょ!? できるもん! みんなができるんだからぼくだってできる! 年なんて言わなきゃわかんないじゃないか! 言わないで! 黙ってたら誰もわかんない! わかんなかったじゃないか!」
ソファに沈めてた体を起こし伸ばしてた脚も硬く縮めて、握りしめた拳でソファを叩く様は、確かに十歳のものだ。それなのに怒声は大人の男性と同じように低く響く。
「ねえ、礼くん?」
「和葉ちゃん、ぼくできるよ。和葉ちゃんだってぼく強いと思ったでしょう?」
「礼くん、ザザさんが言ってる強さは、その強さじゃないの」
なぜ、こんなにも必死な目をしているのだろう。
なぜ、すがりつかなければならないとばかりの目をしているのだろう。
「ぼくもうパパよりつよいもん! できる!」
「レイさん」
「やだ! ずるいよそんなの! 勝手によんだくせに! いまごろずるい!」
ぐっとザザさんが息をのんだ。
これはだめだ。今はだめ。
「ねえ、礼くん」
「やだ! できる!」
両頬を、両手で挟んで顔をこちらに向けさせる。
「うん。礼くんは強かった。おばちゃんたちだって大人だと思ってたくらいだもんね」
「……うん」
「みんなに大人扱いされて、ちゃんとずっと大人の顔してた」
「うん」
「えらいね。すごいよ」
「うん……うー」
「礼くんはちゃんとがんばってる。すごいがんばってる」
また、ぼろぼろとあふれでる大粒の涙。
そっと額にかかる前髪を梳いて流し、そのまま頬を撫でる。
ゆっくりと、おずおずと、私の肩に顔をうずめてきた。
ああ、この体では抱え込んであげられない。
この子はまだ、毛布にくるまるように抱え込まれていなくてはいけない年なのに。
召喚で組み替えられた礼くんの大きな体が、私の小さな体が、彼を守る邪魔をする。
「ねえ、最初の日さ、ちゃんと一人で眠れた?」
「……平気だよ。いつも自分の部屋で一人で寝てるもん」
「そっかぁ、やっぱりすごいなぁ。うちの息子は礼くんくらいのころはまだ一人で寝れなかったよ」
「……カズハちゃんちの子、いくつ?」
強張っていた肩から少し力が抜ける。
「もうおっきいよ。二十四歳」
「おとなだ」
「うん、でも礼くんのほうが大人っぽいかもね。礼儀正しいし、やさしい。おいしかったらおいしいって言ってくれるもんね」
「カズハちゃんちの子言わないの?」
「言わないねぇ」
「おとななのに変なの」
「ね。変だね」
ふふっと静かに笑う礼くん。まだ肩には涙が流れているのがわかる。
後ろ髪を優しく撫で、背中をゆっくりと軽く叩く。
「だいじょうぶ」
さっきまで礼くんが繰り返していた言葉を、今度は私が耳元でささやく。
「だいじょうぶだよ」
導入すべきなのは異世界文化じゃなくて、召喚の年齢制限だわ。