49話 その輝きは赤いダイヤ
最初に我慢できなくなったのが翔太君。
えへへとピアノににじり寄り、いいの?って顔したピアニストと並んでの連弾から始まって、あれよあれよとオンステージ。楽団の人らも最初は苦笑してたけど、やっぱり楽しんでるのは隠しようもない。
ご令嬢たちも、にっこにこできらきらしてるのでいいんだろう。音楽好きな女性ばかりだというしね。
ジャズからレゲエ、ヒップホップ、パンクロックに果てはJ-Popまで。いつものアレンジしまくりで。本当にレパートリー広すぎる。何気にこの世界の人たちがついてこれるように選曲していってるし、しっかりみんなついてきている。どんだけエンターテイナーなんだ。
しかも途中から幸宏さんにアイコンタクトを送りはじめた。誘ってる誘ってる。はじめのうちは、いやダメだろって顔してた幸宏さんだけど、彼の好みはすでに翔太君に押さえられている。Shape of You のイントロを三回繰り返されて堕ちた。
この世界の自動翻訳システムで不思議なとこなんだけど、いや、勝手に翻訳されてる時点で充分不思議なんだけど、おそらくどの言語でもこちらの言語として伝わっている。だけど歌はそのまま聞こえているようなのだ。英語の曲は英語の音に、日本語の曲は日本語の音に。ちなみに私たちにもこちらの歌の意味はわからない。原語の音で聞こえてくるから。楽器判定なのかもしれない。
幸宏さんの少しハスキーな色っぽい声で、呪文のように Come on, be my baby, come on 歌われたらば、そりゃ、ねぇ? もうご令嬢たち真っ赤ですよ。真っ赤。意味通じてないはずなのに真っ赤。
私は耐えた。踊るの耐えていた。
「ユキヒロ様の歌声も艶っぽいですけど、カズハ様もそれそのまま本気で踊ったらどうなるんです?」
くすくす笑いでやり手さんに囁かれて、肩が揺れていたことに気づく。耐えれてなかった。
あ。あやめさんが福山雅治に食いついた。メモ握りつぶしてるよ! なんだよスライムじゃないのかよ!
こちらを見てにっこり笑った翔太君のLiberian Girlで私も堕ちた。
ボディウェーブとヒップシェイクで、歌う幸宏さんと踊った。
ツイストスネークキックスシーウォーク織り交ぜて。
ゆったりと粘るような波に飛沫は鋭くキレを持たせて。
肩と腰で誘って脚で弄ぶ。
かなり合わせて練習したから息もぴったり。
跳んでないよ! そんな曲じゃないからね! だからセーフ! 怒られない!
◇
「こう言っていいのかどうかわからないですが、扇情的な踊りでしたね」
「……多分怒られない、と、思いま、す?」
「私にはとても魅力的でしたし、エルネス様もお好みの踊りだと思いますよ?」
気が済んだらしい翔太君も、つらーっと平常心の幸宏さんも、より一層ご令嬢たちにきゃっきゃされてる。あやめさんはまたメモとってる。お相手もみんなメモとってる。なんだあそこ。
やり手さんはさり気にエスコートに現れて隣をキープしてる。や、さきほどまでお話していた紳士たちも一緒に歓談してますけども、こう、なんというか、近いね? やり手さん、さっきより近いね?
この人のおかげで逃げかけてた魂半分帰ってきたし、少し話しやすくなって居心地よくなったんだけども、あれだよね。断るのは担当官さんだもんね。言えば断ってくれるんだもんね。ザザさんそう言ってたし。今日は警護で会場のどこかにいるはずのザザさんを目で探すと、礼くんとルディ王子とでにこやかにお話してた。アイコンタクトならず。
「ああ、そうだ。私の領地は北にあるんですが」
やり手さんが何か思い出したらしい。領地持ちさんか、この人。
「カズハ様は穀物や豆類に興味がおありと聞きまして、うちの特産品を少しお持ちしたんです」
あー、大豆とか米とか色々探したしねぇ。
特産品といっても領民がよく食しているもので、単にうちでしか生産していないってだけなんですけどねと、差し出された巾着はじゃらじゃらと小さめの豆が詰まっている感触がした。覗いてみれば、つやつやとした赤茶の輝き。
「―――これっ、どうやって食べてます?」
「普通にスープや粥にしたりとかですかね」
「これっこれっ頂いていいんですかちょっとこれ炊いて味見してきていいですか」
「今ですか!?」
「あ……ですよね」
結構本気の爆笑をいただいた。この会お開きまだかな。二時間くらいって言ってたはずだから、もうそろそろ予定時間だと思うんだけども。
「す、すみません。そんなに興味を持っていただけるとまでは思っていなくて。一応味見用にと用意はしてますよ」
やり手さんがお付きの侍従らしき人に合図を送ると、さっと差し出された蓋つきの容器。速攻手を出そうとして、
「あ」と、慌てたようなやり手さんと、その手と容器を押さえるザザさん。
「ふがっ」ザギルが私の鼻を抓んでひっぱった。お前今までどこにいた。
「失礼、先に試させていただいても?」
「ええ、どうぞ。城の検査は受けていますが、今お呼びしようと思っていたところです」
ザザさんが先に容器から一粒つまんで口にして頷く。
「い、いらい、ざぎ」
「てめぇ、ついこないだ痛い目みなかったか? あ?」
ザザさんとやり手さんは一見穏やかだけれど、今までお話していた紳士たちはそれまでの和やかさをかなぐり捨てて、ザギルにきつい視線と警戒の姿勢を見せている。まあ、正装した彼らの中で浮きまくっているザギルの普段着が、どっから沸いたってくらいに唐突に現れたしね。
しかし噂に違わず即座に戦闘モードに入れるのは流石にカザルナ王国貴族だわぁ。
「……ザギル、いいぞ。問題ない」
「……」
ザギルさん離してくれず。
「ご、ごめらしゃいらいいらい」
ギブギブとザギルの腕を叩くと、舌打ちしてやっと離してくれた。せっかくエルネスが化けさせてくれた鼻をさする。イタイ。
「……随分と手荒な護衛ですね」
「アレはカズハさまが個人的に雇っている者です。騎士ではありません」
「も、もういい? 食べてもいい?」
めちゃめちゃ深いため息とともに許可をもらって、一粒つまむ。
ふわり広がる素朴な味わい、もさっとした歯応えと舌触り、少し渋くて苦いのは渋抜きが甘いせいか、けれど、やはりそうこれは、A・ZU・KI!!!
君をずっと探してた!!!
「これこれこれこれぇぇぇ! ずっと探して……でもちょっとしかない」
「よろしければご希望の量を数日中に届くよう手配し」
「ほんと!? ありがとう! ありがとう! 請求書私にください!」
「せ、せいきゅ……? いえ、贈りますよもちろ」
「それはだめです!」
「……ちょ、ちょっとすみません」
やり手さんは背を向けて自分のお腹と顔を押さえた。うん。ものすごく肩が震えてる。もういいよ! 笑うならちゃんと笑えよ! あともち米ないですかね!
◇
黄金色のきめ細やかな生地、表面はほかほか暖かそうな濃い茶色、ふわふわの衣に挟まれているのは艶光りするぷくぷくの小豆が混じったアンコ。
粒あんのどら焼き出来上がりました!
頂いた小豆は両手いっぱいほどしかなかったから、あんこだけのどら焼きと生クリームも一緒に挟んだどら焼きの二種類。エルネスの応接室で試食会である。
「いい出来だったのに、あっという間に化粧落としちゃって……」
「顔窒息する」
「しないわよ!」
どら焼きは勿論好評だ。そうだろうそうだろう。
合コン終わってすぐにドレスも化粧も脱ぎ捨てて厨房走りましたからね!
「後はもち米があればおはぎつくれるのに……」
「そんなことはいいのよ」
「何言ってんのよくないよ」
「いいの! で? 戦果はどうなのよ」
「ほら、小豆が」
「違う! トビアス氏とまた会うんでしょう!?」
「誰それ」
そんな全員で、なんなのあんたって顔しなくても。礼くんはいつも通り天使でほくほくとどら焼き食べてるけど。
「―――この小豆をもってきた人ですよ」
「あー、なるほど」
「カズハさん、今日のお相手連中の名前なんてその様子だと」
「やだな! 覚えてますって! 礼儀じゃないですか! ははっ……いやもしかして自己紹介してないかも?」
「してますから。間違いなくしてますからね。彼らが何しに来たと思ってるんですか」
「あんた私がどれだけがんばって飾り立てたと」
「ありがとうエルネス! おかげで探し求めた小豆が!」
「もうそれはいいから! アヤメ、あんたは」
「聞いてくださいエルネスさん、ほら、魔力回復と回路の関係性についてって最新の」
「あんたも何してきたの!」
「めっちゃメモとってたよね。そらもうエルネスばりに」
「私はちゃんと相手の名前覚えてるもん! 次また会う約束した人何人かいるもん!」
「どこで?」
「図書館」
「やだもうほんとこの子かわいい」
「カズハ、あんたはどこでトビアス氏と」
「厨房」
「それ取引よね!?」
「そうだよ!? 当たり前じゃん! ちゃんと払うよ!」
健全な取引は健全な経済を支えるからね。陛下もきっと喜んでくれるであろう。
「……ザザ、トビアス氏ってあれよね。三十過ぎのエルフ系で」
「そうですね。領地経営で最近頭角を現してきてます」
「あ、やっぱりあの人やり手さんだったんだ」
「やり手さんって……確かにそういう評価ですが」
「なっかなかの美丈夫だったはず」
「そうねぇ。きれいな顔してて頭切れそうだった」
「カズハの好みだった?」
好み……好みねぇ……前半魂飛んでたし、そりゃ話しやすかったけど。そもそもあやめさんのための合コンにお付き合いしただけだしなぁ。私の相手くるとか思ってなかったし。
「そんな悩むこと……?」
「うーん、断ることには変わりないし、それにあの人」
「なんでよ!」
「興味ないもん。あ、でもこうして特産品情報がくるなら合コンも悪くないかも」
「カズハさん、それなら普通に城の高官や文官使ってください。なんでも調べてきますから……」
「ですよね」
「和葉ちゃん、それにあの人ってなに?」
「ああ、やり手すぎてちょっと怖い。外堀から埋めて気がついたら囲い込まれてそう」
「……囲まれてるのに気付かないまま突破してそうな奴が何言ってやがる」
「そうね……カズハはそうね……」
「ほんと君ら失敬ね!? あ、そうだ。ねえザザさん、トビアス、さん? が言ってたんですけどね」
「はい?」
「みんなそれぞれの好みに合いそうな人を選別してるって。翔太君には音楽好き、あやめさんには研究畑、幸宏さんには社交上手って」
「ちらっとは聞いてますよ。今回の形式が形式ですからね。会話の糸口があったほうがみなさん楽でしょう」
やっぱり本当だったんだ。みんなも納得顔してる。
「まじか。それで今日随分話しやすかったんだ」
「僕も舞踏会のときより話しやすかった……」
「担当官さん凄い……」
「私のところにはどんな傾向があったんですか?」
「……カズハさんの好みがわからなかったそうで、通常の基準だったはずです」
「ほほぉ……トビアスさんは共通点あるって言ってましたけど」
「どんな?」
「ううん。内緒って。ライバルにアピールさせたくないからって教えてくれなかった」
「なるほど……確かにやり手だわね。次会うときに聞いてみたら?」
「なんでエルネスそんなやらしい笑い方してんの」
「カズハの外堀が埋められるかどうか興味深くて」
「怖っ! まあ、三日後に小豆と一緒にくるはずだから聞いてみるよ。覚えてたら」
「……小豆がメインですね。すっかり。確かに美味しいですけど」
「そりゃそうですよ! ずっと探してたのが最高のタイミングできましたもん!」
「タイミング?」
「リトさんたちの出発が十日後でしょ? 料理長と相談しながら作っても余裕で間に合います」
もともと前線は定期的に要員交代が行われていて、私たちが来る前はザザさんも年に数か月配置されていたそうなんだけど、今回、前線やあちこちの配備見直しも兼ねて結構な規模の入れ替えがあった。
リトさんを含む父の会メンバーや私たちに馴染みの騎士たちも何人か前線に配置されて、その出発が十日後になる。
礼くんはちょっと不貞腐れてた。それがまたかわいいと、今日の合コンの間もリトさんたちにちやほやされていたのだ。
「え? 作るって」
「携行食です。チョコバーよりも優秀なんですよ。羊羹っていうんですけど」
「優秀だよな。確かに。俺も非常食用に常備してた」
「それの素材なんですか? 小豆って」
「栄養豊富で日持ちがして即座にエネルギーになる優れものです! しかもちょうど保存方法も最近研究所でいい感じの結果だしてきてもらってるんです! チョコバーとか元々作るつもりだったというか、もうほとんど準備できてるんですけど、羊羹もリトさんたちに持って行ってもらおうかと。すっごいベストタイミングですよ! それにトビアスさんの領地って、前線のあたりに近い位置なんですよね? レシピをトビアスさんにも渡すことになってるんで、上手くいけば補給の足しにするルートができるかなって―――ザザさん?」
その話したらトビアスさんの目が一瞬めちゃくちゃ鋭くなって怖かったのだけど。
「……あ、いえ、驚いて……ありがとうございます」
「お世話になってますもん。礼くんも手伝ってね。いっぱいつくるからリトさんたちに一緒に渡そう」
「リトさんたち喜ぶ?」
「礼くんがつくるんだもの。そりゃ喜ぶよ!」
「がんばる!」
「わ、私も混ぜて」
あやめさんもおずおずと名乗りを上げる。
「うんうん。包丁も使わないからね! 大丈夫だよ!」
「そんな心配してないもん!」