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【書籍全3巻発売中】給食のおばちゃん異世界を行く  作者: 豆田 麦


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44/100

44話 目の前にあれば満腹でも食べずにいられない、それがサガというもの

「どうなのアヤメ、そちらの世界じゃこれそういう文化? そういう風習?」

「これっていうな」

「えっとえっと、二十三年の意味はわかったけど」

「もうそれはいいよ!」

「正直ね、和葉四十五歳でしょ? 不思議じゃないっていうか、あんまり想像できないっていうか……でも、二十三年前って和葉二十二歳? 幸宏さんと同じ年で、私と三つしか違わないでしょ? それからずっとっていうのは……ああ、でもやっぱりちょっとわかんない……」

「アヤメって恋人いたことなかったんだったかしら?」

「え、そうなの?」

「彼氏いたことはあるけど……図書館で勉強したり、とか」

「とか?」

「……学校で勉強したりとか」

「やだかわいい……」


 きゅんときた! きゅんときた!

 そうだよね! あやめさんは派手顔美人だけども、これでなかなか奥手なのよ!

 わかってる! わかってるよ!


「よし、わかった。あんたたち今度のゴウコン、気合いれていきなさい。私が仕立て上げるから!」

「こないだエルネスに化粧任せたら微妙だったよ……?」


 というか、なんで今の話から一気にそこにとんだ?

 なんか私のわかったとエルネスのわかったは違うね?


「あんたみたいに素顔が地味な子が花街にいるのよ! 化粧のコツきいてくるわ!」

「えー……花街にも人脈あるんだ」

「私の人脈なめんじゃないって言ったじゃないの」


 いや聞いたけども。


「あんたたちは恋愛経験そのものがそもそも少ないの! 数こなしなさい! 数!」

「「えぇ……」」


 エルネスさんが怖い。

 広い湯船なのに、若干あやめさんと寄り添って小さくなった。





「礼くん、ちゃんとあったかくした?」


 屈ませた礼くんのネックウォーマーを整える。湯冷めしちゃうからね。ぽかぽかだし、みんな湯気立ってるし、私たちが走れば城までは十分ほどで戻れるのだけど。


 エルネスは幸宏さんの背中に悠然と乗っている。


「ちきしょう! なんかいい匂いすんのが悔しいな!」

「堪能してもいいわよ。ユキヒロ」

「ちゃんとあったかいよ! あのね、和葉ちゃん、ザギル凄いんだよ」

「んんっ!?」


 ちょっと笑顔が固まってしまった。それさっき叫んでたアレかしら? 今説明しちゃうのかしら? 大丈夫なのかしら?


「なんかね、黒くて硬い鱗がね、羽根みたいに何枚も背中にあるの!」

「背中」


 ほお……。

 そういえばぱっと見ヒト族だけど、竜人の先祖返りって言ってたから獣人の括りなんだよね。竜だから鱗なのかな。竜って何類? 何科? なんだろう。


「力いれたらね、鱗立つんだよ! 恐竜みたいなの!」

「ああ……ゴジラみたいな」

「和葉ちゃん、恐竜と怪獣違うからね、一応言っとくけど」


 ししし知ってるし!


「なんだと思ったんだ?」

「え」


 にまぁっとザギルが笑ってる。


「なあおい、なんだと思ったんだ?」

「さあ、みんな湯冷めしないうちに帰りますよ! おうちに帰るまでが遠足です!」





 エルネスの応接室や自室は暖炉に火が入っていなかったからまだ寒いので、食堂でお茶をすることにした。エルネスとザザさんはまだお仕事の時間だからね。さっき雪見酒しちゃってたけど、まあそのあたりはあんまりぎちぎちではない。


「なんだこれ。草か」


 ハーブティがお気に召さなかったらしいザギルは、蒸留酒の続きを呑むことにしたようだ。幸宏さんがつきあってる。


「しかし温泉すごいですね……」


 ほぉっとハーブティで息をついて、ザザさんが脇腹というかあばらのあたりを軽くさする。


「ユキヒロに聞いたんですけど、古傷にもいいんですってね。痛みはさほどないんですが、強張りというか引き攣りがたまにあるところが、なんかほぐれて楽になった気がするんですよ」

「ああ、そうですね。神経痛なんかにもいいといいますし」


 回復魔法は万能ではない。あやめさんが特殊で強力な回復魔法を使うだけで、傷によっては完治までもっていけないし、後遺症だって残るって話だ。


「ザザさん、脱いだら凄いんだぜ」

「詳しく」

「ユキヒロ、言い方おかしくないですか。なんですかそれ」


 どう凄いのだろ。確かに騎士たちの中では細身ではあるけど。

 鍛えているわけだし……短剣術や体術を教えてもらっていた時とか、革鎧ごしにがっしりとたくましいのは伝わってきた。のだけど、その感触を見た目に反映させて想像するには私ちょっと妄想力足りないかもしれない。


「夜にでも、団員の有志つれてもう一度行って来ることにします」

「私も行く! 行く! 絶対昼とは違ってまた素敵だろうと思ってたの!」

「お。ちょうどいいね。俺もそう思ってた。行く行く」

「……もしかしてカズハさん、深夜に一人で行こうとか企んでませんでしたよね?」

「えっ、いや、そんなこと、やだなーないにきまってるじゃないですかそんな、学習する女ですよ私」


 ねえ、そんないっぱいみなさんに心配かけた身の上で、ねぇ。ちょっとしか思ってなかったよ。


「ならいいですけど、アヤメもそうですが、女性だけで行くのは絶対駄目ですからね」

「なんで私には言わないのよ」

「神官長は全裸のところに敵襲を受けたとしても、怒りで殲滅しこそすれ動揺しないでしょう」

「しないわね。納得したわ」


 エルネスによく男前だとは言われるけど、エルネスだって大概だと思う。


「でも本当に凄いわよね……温泉効果……肌ももっちもちよ」


 だよねぇ。ゆで卵になってるもんね。頬を満足げに揉んでいる。なんでほっぺたむにむにしてるのに美人のままなんだろな。今礼くんが私のほっぺを後ろから「もっちもちー」って言いながら揉んでるけど、多分あっちょんぶりけにしかなってない。


「和葉ちゃん、ちょっとそれ気にしようよ……」

「みなさんが気にしないでください。見ないふりするのも大人の嗜みですよ。翔太君」

「そうだ。カズハさん、夜は酒とか各自持っていくんで大丈夫ですからね」

「ほらね、ザザさんをごらんなさい。この見事なスルーっぷり」

「おお……」

「―――本当はちょっと厳しいですからね? レイ、そろそろやめてあげなさい」

「はあい」


 ほっぺから手を離した礼くんは、おもむろに私を抱き上げて膝にのせた。


「女性は荷物多いものかとは思ってましたけど、あんな食器から何から出てくるとは予想外でした」

「和葉ちゃん流石だよね」

「私もいい仕事したと思ってます。食器、向こうに置きっぱなしですからね。次は食材だけで大丈夫ですよ。食器おいておけるスペースあるとか幸宏さんもナイスでした」

「そのつもりだったスペースじゃないんだけどね……ただの脱衣場だから」


 使った食器は、男性陣がささっと片づけてくれた。意外なことにザギルまで。

 ちなみに、私が大荷物を持ってたりするのは、みなさんいまだにちょっと抵抗あるらしい。重力魔法があるし、それも直接触れていたほうが楽だから私が自分で持っていたほうがいいと何度も説明してるのだけど、どうにも落ち着かないんだとか。


「そうだ。ねえザギル、あなた混血だとは聞いてたけど、水棲系だったの? 鱗あるのでしょう? 見たいんだけど」

「ほんとあんた折れねぇな……。あー、混じっててもおかしかないけど、特徴は出てねぇぞ。鱗以外はな」

「かっこいいんだよ。びゃって」


 礼くん、擬音で説明するくらい気に入ったのか。びゃってなんだろうね。


「エルネスが見たがるってことは珍しいの?」

「水棲系の獣人は生活圏が違うからねぇ。あまり交流もないのよ」

「海に住んでたりとか?」

「そうそう。水棲系の鱗は綺麗なんですって」


 竜人の先祖返りだったら、もっと珍しそうだなぁ。もう純血はいないっていうくらいだし。ザギル的にはあまり公言したくないのかな、さらっと前に教えてくれたけど。


「神官長! 人に会議押しつけてなんでゆったりしてんですかぁ!」

「ひっ!?」


 クラルが現れた! エルネスがびくっとした!


 言い訳する間もなく拉致されるエルネスを見送る。エルネスはちょっとクラルさんに弱い。


「ザザさんのセトさんに、エルネスさんのクラルさんか……」

「ユキヒロ、なんで僕がそこに並んでるんですか」

「ねえ、クラルさんを引き込めば、少しは勧誘やむのでは?」

「は? 囲い込まれる光景しか浮かばねぇ。同類だろアレ」

「そっか……がんばれ」

「てめぇ、ほんと他人事だな」


 あれ? とあやめさんが首をかしげた。


「ザギル、私たち魔力の流れいつもと違う?」

「お。気づいたか。伊達にアレの弟子じゃねぇな」

「うふー、ちょっと調子良い気がするもの」

「あ。俺も」

「僕も」

「私わかりません」

「ちょっとだけ流れがよくなってんな。魔力回路、太くなってんぞ。氷壁も同じだから温泉効果なんじゃね」

「ああ、全体的に調子が良かったから気付かなかったが確かにそうだな」

「正直、俺こっち来てから体調悪いことないからさ。温泉はいっても極楽感半減かなぁって思ってたんだけど、きっちり極楽だったしなぁ。そっか。魔力回路にも効果あったか。万能かよ」

「やっぱちょっと調子悪いとこがあるほうが、よくなった感わかるもんね。病気の時に健康の大事さに気づく、みたいな。僕も体調崩したのって、魔力酔いのときだけだし」

「ほほぉ」

「……和葉、あんただけだからね? しょっちゅう怪我したり寝込んだりしてるの」

「若い者にはかないませんな、あっやめてエア指弾やめて」

 

 極楽だったし、体調はよいけど、魔力回路の調子はわからない。

 礼くんはどうかと見上げると、うとうとと船をこいでた。あらら。ぽかぽかだもんね。


「一応、お前も流れよくなってんだけどな。ほんと鈍いな」

「魔力調子よくなってきた。めっちゃ良くなってきた」

「手遅れ感満載の見栄はろうとすんじゃねぇよ」





 勇者の成熟。

 それが何を示すのか、文献には残っていないらしい。

 結果として、その強大な力を自在に扱いこなせるようになるために自ずと戦闘力があがるとはわかっているのだけど。では、具体的に何をしたら成熟していくのか、成熟とはどんなことなのか。

 身体能力や顕現武器の扱い、魔法の習得など、訓練で可能なことをしていってるだけであって、それが成熟を促すものなのかどうかがわかっていないのだ。

 研究の不足、情報の不足などというものではなく、単に過去の勇者たちは語らなかったから。


 絶望を思い出せとモルダモーデは言った。

 敵対する魔族の言葉が助言であるとは考えにくいことのはずなのに、多分それは成熟のために必要なことなんだと思えてしまう。


 絶望を思い出した翔太君と礼くん。


 翔太君は、思い出して葛藤したのだろう。

 大切にしなくてはならない、期待に応えなくてはならないと刷り込まれた「普通」に抗いたくなる自分をもてあまして。そもそも元の世界に戻ることはできないのだから不可抗力なのにも関わらず、「普通」は自縄自縛となる。

 けれども彼はそれをいつの間にか一人で乗り越えて、あの伸びやかな音色を奏でる様そのままの晴れやかな顔つきを手に入れた。


 多分礼くんはすごく早い段階で思い出している。私たちにこれまで伝えなかったからわからなかったけれど、そう考えれば、その言動には納得できるものが多々あるのだ。彼には自分の中のものが絶望と呼ばれるものだという認識がなかったから、伝えようとすら思わなかっただけ。

 ただただひたすらに大切な人は守らなくてはならないと、そうでなくては失ってしまうのだと、何から守るのかも曖昧なまま、礼くんは私にしがみついている。それは思い出したからこそのことだろう。

 その在り方は強迫観念や恐怖の種の存在を心配させるけれども、礼くんはまだ十歳だ。たとえ奥底に何かがあったのだとしても、それがどう育っていくのか、どう育てられていくのかで違ってくる。

 己への好意をしっかりと受け止め、己の好意を真っすぐに伝えられる、そのしなやかで柔らかな強さはきっと彼の成長をよりよく導いてくれる助けになるはず。


 総魔力量の急成長とその制御を手に入れた翔太君、すでに五割を切ることがないという実質無制限の魔力量をもつ礼くん。

 これらが勇者の成熟の結果だとするならば、そして絶望を越えた先にあるものだとするのならば、確かに符合はするのだ。


 仮にそうだとするなら、過去の勇者たちが語らなかったというのも頷ける。もしかしたら親しかった人には伝えていたのかもしれない。私たちにとってのザザさんやエルネスのような人になら伝えていただろう。けれどそのような人たちならば、やはり勇者たちの内面を記録としてあえて残さなかったというほうが自然だ。


 幸宏さんとあやめさんはどうだろう。幸宏さんは思い出してはいるらしいけど。


 ―――私は、どうなんだろう。

 確かに勇者陣の誰よりもパワーとスピードに特化しているとは言われる。総魔力量もとびぬけているとは言われる。けれど使いこなせないばかりか、誰よりも不安定で、今だってザギルに頼らなければ魔力酔いで一日の大半を寝て過ごすことになりかねない。


 思い出しているのに、自分の中で折り合いだってついているのに、まだ足りないんだろうか。

 そもそもとして絶望と成熟が関連しているということも確定ではないし私の憶測にすぎないのだけど。


 焦るとか、他のみんなに張り合ってどうこうっていう気持ちは多分そんなにはない。


 ただ自分が持つものを制御できないという一点が腹立たしい。





 ほんの一瞬、答えの出ない思考にとらわれていたら、ザギルの唇が軽い音をたてて私の唇をかすめていった。


「もうおなかすいたの?」

「―――おう。小腹がちょっとな」


 首を傾げたかと思うと、食堂のカウンターにあるスコーンや果物に気づいたのか悠々とそちらに向かっていく。温泉には朝早くからいったから、お昼ごはんにはまだちょっと時間がある。


「ねぇ……和葉、今のは」

「おなかすいてくるととりあえず何かつまみたくなるそうですよ。礼くんが見てるときは自重してるみたいなんだけど、今寝てるからでしょうね」

「と、とりあえず何かて」


 割とちょくちょくあることなんだけど、そういえばみんなが勢ぞろいしてるときにはなかったかもしれない。大体礼くん起きてその場にいるからね。


「非常食というか携行食らしいですから……」

「よくあることなのか……和葉ちゃん的にありなのかそれ」

「もう慣れましたね。礼くんがとりあえず私を抱っこするのとさほど変わらないです。礼くんと違って全く可愛くないですが」

「和葉ちゃんやっぱり大人なんだ……」


 翔太君が僅かに頬を赤くしている。


「和葉ちゃんが大人というか、ザギルが自由すぎんだろ……」


 当の本人、我関せずにもっしゃもっしゃとスコーン食べてるし。


「あー、一応ね、魔力見たりするのはそれなりに疲れるんですって。で、おなかすきやすくなると。それをほぼ一日中私を見張るのに使ってるわけですから、仕方ないでしょう」

「……カズハさん、魔力喰いは嗜好品だそうですし、あのように普通に何か食べればすむ話なのでは。というかあいつ手で魔力喰えるじゃないですか」

「!?」

「気づいてなかったんだ……和葉ちゃん……」

「いいか。翔太、大人ってのはもうちょっと頭回る人間のことをいうんだからな」


 ひどくない!? 幸宏さんひどくない!?

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