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40話 ばばんばばんばんばん

 ザギルが来てから一か月ほどたった。

 前までおやつの時間は食堂にいたけれど、今はエルネスの応接室で過ごすようになっている。エルネスは毎日接頭語のようにザギルを勧誘していた。成果はない。


「小僧はもうすっかり順応できてるんじゃね」

「やった!」

「おう。ただ前ほどじゃないとはいえ、総魔力量がゆっくり成長中なのは変わんねぇし、いつもと違う感触がないかどうかだけは気ぃつけとけ」

「頑張ったもんなぁ。翔太」

「動きも格段に良くなってますしね。操作技術が上がったせいでしょう」

「えへへへ。ザギルさんありがとう!」

「美味いなこれ。なんだこれ」

「フォンダンショコラ」

「へええ」


 ザギルは気に入ると必ず料理の名前を聞くけど、素材とかは聞かない。多分興味ないんだろう。名前聞くのは、次にリクエストしやすいからかも。


 訓練時以外は姿を見せないことが多いザギルだけど、食事やおやつの時間はいつもいるし、そうでなくても呼べばすぐ現れるので多分いつも近くにいるんだと思う。そして妙に馴染んでる。みんな慣れたのかもしれない。人格に問題がなければ近衛に推薦できるんですけどねとはザザさんの言。ザザさんですら、言い合いしながらも、その光景はトムジェリなので実は仲が良いんだと思う。それを言ったら二人で凄い嫌な顔してた。


 合格認定をもらった翔太君は、最初のうちこそ何度かザギルのストップがかかったけれど、ここ最近は全くそれもなくて、結局花街には行かないで済んだ。少し複雑な顔をしていたので興味がなかったわけではないと思うんだけど。そりゃお年頃だもんね。


「前から思ってたんだけどさ、翔太と和葉ちゃんの魔力酔いってさ、総魔力量の急成長に身体が追いついていなかったからってことなんだよな? でも、そもそも総魔力量の急成長って身体の成長期だから起きたってこと? だって俺らには起きてないんだよね?」


 フォンダンショコラをぺろり平らげてから、魔乳石を一つ口に放り込むザギルは少し眉間に皺を寄せた。


「成長期と急成長のどっちが先でどっちが原因なのかは俺にはわかんねぇよ。神官長サマのほうがそのうち答え出せるんじゃねぇの」

「だからね、ザギル、あなたがうちで」

「断る」

「一日おきに二時間でどう」

「つか、お前ら全員成長は続いてるぞ。普通は十三歳くらいまでに成長終わるんだけどな。成長の仕方もそれよりか急激だしよ。アレじゃねぇの。勇者の成熟? とかなんとか」


 それも十三歳なんだ。成人年齢ってそれもあってのことなんだろうか。スルー半端ない。


「……ちょっと待て。それを言うならユキヒロたちにも起こる可能性がやっぱりあるってことか」

「知らねぇっつの。今んとこその気配はねぇよ。ついでに見てる、けど」

「けど?」

「残りのやつらが残り三割切ったところをまだ見たことねぇんだよ。でもまぁ、自分で気づかねぇのは小僧たちと同じ気がすんぞ」

「なんで」

「勘」

「ほお」

「大体小僧だって自分の身体の変化を気づけるようになったわけじゃねぇだろ。下限切らないようにする調節を覚えただけだ。知りたいなら試してみてもいいんじゃねぇの? 二割切っても自分が気づかないかどうかよ」

「試す。いっすよね。ザザさん」

「私も」

「うーん……、ザギル、二割でストップかけられるんだな?」

「それは問題ねぇな。まあ、ほんとにやろうと思って切れるかどうかはお前ら次第かもしんねぇけど」


 エルネスまで首を傾げる。メモはすでに準備済みだ。


「お前ら上手すぎるんだよ。特に兄ちゃんと姉ちゃん。無意識っぽいから性質悪ぃ」

「えぇー……そんなん言われてもな」

「兄ちゃんは配分が上手い。常に四割切らねぇな。姉ちゃんは威力調節が上手い。三割切らない」

「ぼくは! ぼくは!」

「あー……坊主なぁ……、坊主はちょっとおかしいんって、うぉっ」

「なにそれ!」

「急にしがみついてんじゃねぇよ!」


 礼くんがおかしい言われてびびらないわけないでしょ!


「なんでか知んねぇけど五割切らねぇんだよ。調節も何にもしてる気配ねぇのに。そうだな。回復速度のほうが残り五割切らないように調節されてるって感じかね。だから坊主は下限切ろうと思っても切れねぇと思うぞ」

「ということはつまり?」

「坊主に限っては今の状態が続くなら、少なくとも戦闘中の心配はいらねぇよ。こいつ、身体はしっかり大人なのに、ガキみてぇにぱったぱったと昼寝すんだろ」

「あ、うん」


 子どもってリミッターないから、体力なくなるまで遊んでぱたんと寝るよね。私にとって礼くんは子どもだから違和感なかった。そういえば。


「多分それで調整してんだよ。回復速度を常に変えるなんてできる奴ぁいねぇから確実じゃねぇけど、疲れることは疲れるんだろ。けど、安全地帯でやる分にはそれは問題ない」

「よかったあああ」


 ローテーブル横のいつもの定位置にいる礼くんの頭を思わず抱え込むと、うふーと蕩けるような笑顔をむけられた。


「なんでそれいわないのはやくいわないのおしえてくれないのだからうちで働いてって」

「断る」

「ねぇねぇ、ザギル、私は? 私は?」

「ああ?」


 ぴくりと片眉があがった。


「聞くか? 一日おきにしか訓練してねぇのにきっちり毎日ストップかけられてるやつが聞くか? あ?」

「え、や、だって、ザギルが下限はもう覚えなくていいって、ストップかけるからいいっていったじゃ、ん」

「毎日ストップ必要なほど気にしねぇで使えとは言ってねぇよ! なんで訓練以外でストップいんだよ!」

「あ、そういえばですね、ザザさん」

「聞けや!」


 聞いたら怒ったくせに。解せぬ。


「さっきね、訓練場から裏山みたらですね、なんか煙でてたんですよ。ふわーって」


 ストップかけられて、ぼーっと見学してたら見えたのだ。裏山の向こう側から立ち上る白い煙。


「山火事かな?ってちょっとわくわくしちゃって」

「いや、それならすぐ教えてくださいね? 山火事消さなきゃいけませんからね?」

「ううん。違うんですよ。障壁渡って見おろしてみたんだけど、水蒸気、みたいな? 何かが燃えてる感じの煙じゃなくって。あれなんでしょうね?」

「てめぇ、ストップかけたばっかりなのに、とんでもない高さまで行きやがったのそれか!」

「すぐ降りたし。寒くなってきたから少し動こうかなって」

「そうじゃねぇよ! くそが!」

「……和葉ちゃん、高いトコいったらもっと寒いだろ? な?」

「寒かったですね。失敗しました」

「カズハさんはもっと自重するとして、煙ですか」

「あぁ、あれじゃないの。ほら、熱湯でてるところあるでしょう。今日は特に冷えたからよく見えたんじゃないかしら」

「あぁ、そうですね」

「「熱湯!? 熱湯といいましたか!?」」

「それってっ!」


 私と幸宏さんが食いつき、あやめさんが瞳を輝かせた。


 温泉では! それ温泉では!





「なぁ、俺ァ、言ったよなぁ? やめろって言ったよなぁ?」


 ザギルが仁王立ちしてる足元に蹲る私を見おろす。虹色の光彩がぎらついている。


「うー……けほっ、言った、言い、ました」


 吐き気とめまいと関節の痛み。ぐるぐると回り続ける視界。ごつごつとした岩の角が頬に痛い。


「てめぇ、坊主が心配しねぇようにしてたんじゃねぇのかよ。なんだぁ? そのザマァ、あぁ?」





 裏山にあったのは本当に温泉だった。鬱蒼とした森の中に突然岩場が現れて、切り立った低めの崖の途中から滾々と源泉が湧き出て小さな滝と池を作っていた。

 このあたりの木は常緑樹で、どっさりと雪をその枝に載せているのだけど、それが湯けむりにさらされて時折ばさばさと塊を湯に落としていく。


「うぉおおおおお! 温泉だっ!」

「ほんとに熱湯ですね。どっかから水引いて冷ませないかな」

「ああ、ちょっと先に小川がありますよ。水脈が違うのかそちらは普通に水です」

「任せろ。俺に任せろ。きっちり極楽つくってやる!」


 テンションあがりまくった幸宏さんの指示に従って、勇者パワー集結とあいなった。

 翔太君が鉄球で池の隣に新たに穴を掘って、私は邪魔な岩や土を重力魔法でどけて、礼くんが小川と岩場の間の木を間引き、あやめさんはその木を板にしていく。幸宏さんは全体をとびまわって水路を整え、ちょうどいい湯温にするべく調整して。


「す、すごい情熱ですね……」

「温泉ですからっ」

「そんなに楽しいもの?」

「温泉ですし!」


 この世界、お風呂はちゃんとある。私たちに与えられている部屋にも浴室はそれぞれちゃんとある。メイドの人が毎晩バスタブに湯をはってくれてるんだけど。

 基本はシャワー文化なのだ。私たちの部屋こそそのようにしてくれているけど、使用人たちや騎士たちの宿舎は合同のシャワールームが設置されている。浴場なんてものは当然ない。

 部屋のバスタブだって、欧米タイプの洗い場が一緒の使い方なので、日本人的に物足りない。

 あやめさんが切り出した板は、翔太君が掘った穴の横に洗い場や脱衣場になるべく待機している。あと男湯と女湯の間の仕切りね。


 懐かしくてね、温泉大好きでね、だから、まあ、ちょっと調子に乗っちゃった。


「おい。お前そろそろ終了」

「うんー。わかった」

「……おい」

「もうちょっとだけもうちょっとだけ」


 あとほんの少し岩をどかせておきたかった。


「んだとコラ」

「もうちょっとだから」

「ほほぉ……」


 気がつくとザギルの声がしなくなってて、たまーに、「和葉ちゃん、やばいって」って幸宏さんたちが言ってた気もする。ザザさんもなんか言ってた気がする。


 言い訳するならほんとに少しだけの間でいたつもりだった。岩どけちゃえば後はみんながどんどんできるし任せちゃえって思ってたし。で、ふぅ、いい仕事した、と我ながらいい笑顔で振り返ったら、ザギルが無表情で立ってた。


「えと、ザギル、さん?」

「おう。今残りどのくらいだと自分で思ってる?」

「えっとえっと、四割ちょ、いや三割ちょっと……?」

「神官長サマ、今こいつの残量どのくらいに見える」

「う、うーん……枯渇はしていないように一見見えるけど、いや……なんかおかしいわ、ね?」

「二割切ると回復速度が上がりだして、三割まで回復したら魔力酔いが始まる」

「は、はい」

「やめた時点で一割ぎりぎりしか残ってねぇ」

「え」

「今がんがん上がってるぞ。さすがに減らした分だけ早ぇな。そら二割半だ。あと三十秒、いや十秒で三割」

「えと」

「三割なった」


 糸切られたように自分の身体が崩れ落ちたのがわかった。





「う、うぇ、けほっ」

「か、和葉ちゃん和葉ちゃん」


 えずきをこらえては噎せて、礼くんが背中をさすってくれてるけど関節も痛くて身動き取れない。


「神官長、調律は」

「い、いえ、待って、ちょっと」

「やめろ。つか、できねぇよ。追いつかねぇだろ」

「ザギル、ザギル、ねえ、和葉ちゃんどうしたの」


 礼くん、ザギルのこと呼び捨てにするようになったんだよねぇ。大好きなザザさんはザザさんなのにね。


「心配しなくても死にゃしねぇよ。ただ死ぬほど苦しいだけだ。吐き気、めまい、関節痛か? もう全身痛ぇころか。あとは熱も出るかもな。でも死にゃしねぇ」

「ザギルが食べちゃってくれたらいいんでしょ? なおしたげてよ」

「今は足りねぇんだよ。俺が喰って治せるのはあふれてからだ。なぁおい主サマよ。俺が完全に見切ったといえば言葉通り完全なんだ。なめてんじゃねぇぞ」


 うむ。これは私が悪い。どう考えても私が悪い。視界はすでに真っ暗でちかちかと光が飛んでいる。


「……ごめっ、げほっ」

「一晩そうしてろ。おい坊主、かあちゃん運んでやれ。城に帰んぞ」

「―――かあちゃん?」

「あん? かあちゃんみてぇなもんだろが」


 ふわりと体が浮いたのは礼くんが抱き上げてくれたかららしい。


「和葉ちゃんは和葉ちゃんだよ。ママじゃない」

「……?」

「ママなんかじゃない。ママなんかと一緒にしないで。ザギルのばか」


 なんか……? あれ、そいえば礼くんはパパっ子だったのかなと思ったことはあるけど、ママの話ってあんまり聞いたことないな。そもそも親のことそんなに話さないけど、時々口にする言葉は、別に嫌いな感じでもなかった。でも嫌いなのかな。でもオムライスで泣いてたよね。あれはママの味じゃなくてパパの味だったのかな。違うのかな。

 何も見えないけど、手探りで礼くんの頬のあたりを撫でる。泣いてないよね。大丈夫だよね。


「―――ああ、そうだな。別モンだったな。俺が悪かった。すまん。……カズハ運ぶの頼めるか」


 うんいいよと答える礼くんの声を最後に意識が途切れた。



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