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4話 夕食有無の連絡は五時までに

「……えーっと、つまりカズハさんは見た目通りの年齢ではない、と」

「ですねぇ」


 子供の強がりをなだめるような顔から微妙な表情へ変えつつ、ザザさんは納得してくれた。

「確かに過去の事例にあったようななかったような……女性に聞くのは憚られますが、あの……」

「四十五です」

「それはまた……戸惑ったことでしょう」


 ザザさんはほんと優しいね……。

 若返ってよかったとかのフォローをしないあたりもまた素晴らしく紳士だ。

 お互い体育すわりで星空見上げつつ微妙な空気醸してるけど。


「隠しておいたほうがよいですか?」

「あー、隠してるというか、言いにくかっただけなんですよね。王様に報告したほうがよいならお任せします」

「ありがとうございます。そのほうがきっと色々と行き届いた配慮ができると思うので。僕では多分気の回らないこともあるでしょうし」

 

 ―――王城の中でしか過ごしていないけど、この世界の人たちはみんなこんなに優しいんだろうか。


「もしかして厨房で働きたいというのも前の世界での仕事と関係ありますか」

「特に調理が好きとかってわけじゃないんですが、小学校の給食室で働いてたんです。ここの厨房とね、空気が似てるんですよ。同年代の女性たちばかりですしね」

「学校に給食?」

「あ、こっちではないですか? 六歳から十二歳まで通う学校で、昼食は学校が用意するんです」

「こちらでは弁当ですね」

「元々はね、国が貧しかったころ、子供たちになんとか栄養をとらせるために始まったそうです」

「ほほお……」

「もう国全体としては貧しくはないのですけど、家庭ってそれぞれ事情があるでしょう。毎日お弁当を用意するのが難しい環境の子もいます。私の住んでる地域は特に子供の食事を重視する方針でして」

「子供は宝ですからね。なるほど。いい制度です」

「細かな問題とかいろいろないわけではないのでしょうけどね」

「王に報告してみます」

「へ?」

 そ、そんな変わってること!?


「勇者様たちの文化は、こちらの世界をも豊かにすると言われてるんですよ。どの国でも積極的に取り入れてきてるんです。これまでも」


 意外だ。こちらの世界のほうがはるかに人権意識高くみえるのに。というか、もしかして戦わなくても優遇してくれるのってそのせいもあるんだろうか。やだどうしよう。すごい庶民文化しかわからない。

 内心ちょっと焦ってきてると、ザザさんはまた少し考え込んでから顔をあげた。



「……あの、ご家族って」

「ああ、息子と娘がいます。一応夫も」


 ザザさんは深いため息をついて肩を落とす。


「―――僕たちは本当に罪深いです。なんといったらいいのか」


 本当に真摯すぎて、かえって罪悪感すらわいてくる。正直に言ってもいいものか、私はこの世界にとって異物すぎるのではないだろうか。異世界人ですから異物このうえないことは今更だけど。


「子供たちは二人とも成人して手が離れてますので。夫は、ほら、まあ、ねぇ、いつまでも仲睦まじい夫婦ばかりではないでしょう?」


 それともこの世界の夫婦はおしどり夫婦ばかりなんだろうか。そうだったらどうしよう。


「それは、まあ、色々と聞きはしますが」

 あ、よかった。そのあたりはやっぱり同じなんだ。そうよね、と厨房の奥様たちの会話を思い出す。


 際立って険悪な夫婦だったわけでもない、と思う。多分、まあ、どこの夫婦も多かれ少なかれお互いに不満は抱えてるものでしょう、くらい、だと、思う。そりゃあ困ってるかもしれない。心配もしてるかもしれない。けど。


 私という「おかあさん」は福神漬けみたいなものだなと、時折思ってた。あればカレーがとても引き立って美味しい。そのくらいの自負はある。だけど、なくてもカレーは美味しい。なくてもカレーは成立する。

 そしてカレーの鍋はからっぽになっても福神漬けは余るんだ。これが。で、他の料理にはあまり合わない。素材として使いまわせるメニューも、これといってさほどあるわけでもない。


 崩壊した家庭だったわけじゃない。極々標準的な家庭だと、それなりに築いてきていたと思う。それなりに築いてきたから、多分もう私が抜けてもひどい崩壊はしないんじゃないかなと思うのだ。――どちらにせよ親なんて子供より先に死ぬのだから。


「ちなみに、今の姿がカズハさんの子供のころの姿ですか?」

「ええ、十四歳くらいですかね」

「……え?」

「……成長するのが遅かったんですよね。十五歳くらいで身長十五センチ伸びて標準に追いついたんです」


 そう、中学生の頃の私だとわかったのはそれがあったから。女の子は大体十歳から十二歳くらいで第二次性徴がはじまるものだけど、私は遅かった。毎週踊っていたのに重心の変化に慣れが追い付かないほど急激だった。

 後は胸のサイズだ。せっかく標準サイズに育ったのに、非常に心もとないサイズに戻っている。かろうじて、かろうじて板ではないくらいのこのサイズは、確かに十四歳くらいの頃の私だった。


「あ、あー、そ、それで。い、いやほら、随分ぴったりと年齢特定できるなって驚いたというか、ほら」

「いくつくらいに見えました?」

「――十歳くらい、かと……なんか、すみません」

「こう……若く見られて嬉しくないのが久しぶりで新鮮です……」

「しっかりしてるなぁとは思ってたんですよね……そりゃそうですよね、うわぁ、僕恥ずかしいです。あんな偉そうなこと言っちゃって」


 顔を背けて片手で口を抑えてるザザさんの耳の赤さに、つい吹き出した。

 素敵な人だ。こんなに素敵なのにねぇ、私の今の姿ではね……完全に対象外よね。対象内だったら後ずさっちゃうよね。恥ずかしいのはこっちだわ。何がワンチャンだ。


「あんまり笑わないでくださいよ……って、そうだ。踊ってたんですよね!? 見せていただくわけには」

「やめて! その話に戻さないで!」





「あと私も十歳ほど若けりゃねぇ」

「あんた十歳程度で追いつくとおもってんのかい!」

「そりゃあんたは二十じゃ足りないだろうさ」

「何しれっと倍にしてんの!? 同じ年でしょ!」

 今日も厨房はげらげらと下品一歩手前の笑い声で賑やかだ。出入りの若い商人の品定めをしてる。多分あと五分ほどでその一歩を踏みぬくだろう。


 ―――落ち着くわぁ。

 夕食の仕込み分のジャガイモの皮を黙々と剥き続ける。厨房に紛れ込みはじめた当初は、結構遠巻きというか勇者様という肩書にびびられてたけど、さすがのマダムたちは順応が早い。わかる。


 厨房には気が向いた時に出入りしてもいいことになった。作業の前と後に料理長に声だけかけてくれ、働いてもらった分給料を出すとまで言ってくれた。生活の面倒全部見てもらってるのにそれはちょっとと言えば、それはそれ、これはこれ、労働には対価を、なんだそうだ。

 ――やっぱこっちの世界のほうが文化レベル高いと思うんですよね……。



「ほんとにいた! 和葉ちゃん! 和葉ちゃん!」

 下膳口から顔を出す礼さんがいた。そんな窮屈そうなとこに頭突っ込ませなくても隣に扉あるのに。

「ひゃあああああ! ゆ、勇者様!?」

 マダムたちの嬌声に、たじろぐ礼さんは下膳口天井に頭を打ちつけた。すごい音したわ。今。


「……大丈夫ですか。天井」

「ひどっ!」

「だって私らの体、かなり丈夫でしょ……」

「確かに」

 礼さんは上半身をひねって天井を撫で「だいじょぶそうです」と生真面目に確かめた。でも下膳口から頭は抜かずに中腰のまま私を見返す。

「カ、カズハさま、ここはもう大丈夫ですから」

 二十歳ばかり若返った嬌声の中、料理長が気をきかせてくれた。



「お仕事の邪魔しちゃった……?」

 礼さんは食堂のテーブルでその長身を少し縮める。うーん、子犬感増す。下膳口から頭を抜くときにまたぶつけてたけど、車幅わかんない系なんだろうか。いや訓練のときはそんな感じしなかったし、うっかりさんなのかな。

「勇者の特権ですね。自由にさせてもらってます」


 セルフで用意されているポットから陶器のマグカップにお茶を注ぐ。私と礼さんの二人分。このポットも保温性高いんだよねぇ。一見ただの陶器なんだけど、魔法だか魔石だかで何やらしてるらしい。すごいエコ。私らの文化の必要性がますますわからない。


「さっき、おひるごはんのとき、一緒じゃなかったでしょ。午後の訓練の時に騎士団の人が和葉ちゃんがここでご飯つくってるって言ってて」

「今日はお昼前から手伝ってて、昼食は厨房の人たちと一緒に賄いを食べたんですよ」

「料理、好きなの? すごいね。料理できるなんて……ちっちゃいのに」


 う、うん……ザザさん、勇者陣には伝えてないんだね……どうしたものか。いいんだけど、いいんだけども、ただでさえ場違い感強いのにさらに平均年齢あげてそれを加速させるのもなんだかなぁって思うのよねぇ。


「えーと、ほら、私訓練してないし、暇なんでね……」

「騎士団の人たち、美味しかったって言ってた」

「それは勇者補正だね! お昼は材料刻んでただけよ!」

 こんなところにまで勇者威光すごい。

「そ、そなんだ……あのね」


 やっぱり二十代半ば、いってても三十くらいかなぁ。育ちがいいのだろうか。もじもじっぷりが幼くてなおのこと若く見える。黙ってたらきりっとしてるし、確か他の人と話してるときももうちょっと落ち着いて見えるんだけど。


「料理、なんでもつくれる?」

「うーん、家庭料理なら大抵はつくれますよ。味は保証できませんけどね。大量に作るのに慣れてるだけなんで」

「こっちの世界のごはんさ、美味しいんだけど、毎日立派でさ」

 あーー、勇者陣のごはんは別の厨房で作ってるからねぇ。フルコースなわけではないけど家庭料理でもないよね。


 建物や服装もそうだけど、食文化もどちらかといえば西洋風だ。前回の勇者が召喚されたのが百五十年前で、その時持ちこまれたものが色濃く残ってるらしい。よばれたのが西洋の人だったんだろう。


 召喚は五十年ごと、三大国持ち回りで行う。儀式をすればよべるってものでもなく、前回、前々回は外れ、たまたま二連続でこの国カザルナ王国が召喚に成功したとゆうべザザさんが言ってた。


 ただ、それよりも以前に東洋から召喚されたこともあったのか、調味料には醤油や味噌らしきものもあるんだよね。最初は見た目洋食なのに、味は色々混じってるなとは思ったんだ。とても美味しい。

 けど、家庭料理ではないんだな。王様たちと一緒の食事ですし。平民な日本人にはこっちの食堂のほうが気楽ではあると思う。メニューも雰囲気も。


「……和食が恋しかったり?」

「……オムライス食べたい」


 そっちかーそっかー。トマトっぽいソースはあるけどケチャップはないんだよなあ。まあ、煮詰めれば作れるか。


「ちょっと時間かかるけどいい?」

「いいの!? できる!?」

「食材も調味料も少しずつあちらとは違うから期待通りってわけにはいかないかもだけど。とろとろタマゴのほう? それとも薄い卵焼きで包むほう?」

「えっと、えっと、夜ご飯いりませんってザザさんにいってきます! あ! たまごで包むほう!」


 ガタタッと勢いよく立ち上がる音で注目されたことにも気づかず、礼さんは駆けていった。

 もちろんザザさんがごはん支度してるわけじゃないけど、まあ、向こうの厨房には伝わるしね……というか、なに、育ちがよいってああいうことなの? うわぁ……うちの息子なんて夜ご飯いるかどうかの連絡してきたことない! どれだけ言っても! どれだけ言ってもだ!



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