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38話 カレーは箱の裏のレシピ通りが一番美味しい

「や、だって、あの時、エルネスが死なないっていったもん」

「……カズハ、そうじゃなくて」


 だめ。今はだめ。気づいて。

 礼くんからは、私の表情が見えないように視線を送る。

 

「それに普通の人なら一割切ったら死にかけでも、私たちは一割切っても動けるんだから、それはつまり死にかけのラインがもっと低いからってだけなんじゃないかな」

「回復速度が上がらないならそうだろうよ。でも違う。身体を生かしておくために必要な分が足りなくなるから速度が上がるんだ。お前らはきっちり二割切ったところで速度があがってらぁ」

「でも生きてるしっ生きてたし!」


 気づいて気づいて気づいて。


「おま……あー、ああ、そうだな。まあ、俺も神官長サマみたいに色々調べてわかってるわけじゃねぇし」

「そ、うね。まだこれから色々検証しなきゃだし、ね」

「でしょ。ね? ほら、だいじょうぶだよ礼くん」


 振り向いて、唇を強張らせている礼くんに笑って見せる。

 みんな気づいてくれた。

 引きずり上げんばかりに翔太君の襟元掴んでた幸宏さんも、掴んだままとはいえ力を抜いた。

 ザザさんはそっと礼くんの背中へ手を伸ばしてさすってる。


「だいじょぶ? 和葉ちゃんだいじょぶ?」

「ええ。大丈夫ですよ。レイ。ほら、カズハさんは今日も元気でしょう?」


 おやつを食べるためにローテーブル横の床にそのまま座り込んでいた礼くんは、ザザさんを見上げて、周りを見回して、それから私をもう一度見て。


「和葉ちゃん今元気?」

「めっちゃ元気。あ、そうだ。後で温室連れて行ってよ。お花いっぱい咲いてた?」

「―――うんっすっごいきれいだったよ。あ、でも、和葉ちゃんをごしょうたいするまで内緒って、ルディいってたんだった……」

「あー、じゃあ、ルディ王子には内緒ってことで」

「うん、えへへ、ないしょー」

「ないしょー! ほら、ババロア、食べちゃいなさい? ザギルにとられちゃうよ?」

「!」

「とらねぇわ!」


 慌ててババロアに集中する礼くんだけど、礼くんって普段から割とちまちまゆっくり食べる子なんだよね。大切に大切に味わって食べる姿がまた可愛らしい。


 ザギルにはさっき礼くんの実年齢を説明してあったのだけど、気づいてくれてよかった。ツンデレ万歳。


 この世界では死が割とすぐそこにあると、私たちはとっくに実感してきている。というか、礼くんに実感させてしまっている一因は、私にあるといっていい。好きでそうしたわけでもないけど、なんせついこないだ死にかけた。なんならモルダモーデにも惨敗している。


 だから礼くんは私に必死にしがみつく。

 礼くんが一人で立てるようになるために、一人で立てるようになるその時までは、私がちゃんとここにいると思わせなくてはいけないんだ。


 あの時死にかけてたってのは、私自身ちょっと実感がないってのも本当なんだけど。





「そういえばよ、お前なんで訓練中あんな騒ぎまくってんだ? いつもなのか? 狙ってくれっつってるようなもんじゃねぇか」

「あれやると幸宏さんが笑い崩れて戦力外になるから」

「は!? 俺それ初耳なんだけど!」

「ふっ……頭脳プレイですよ」

「ユキヒロが悪いですね。僕は前からそろそろ慣れろと言ってます」

「くっ……」


 幸宏さんにならわかるけど、ザギル、なんで私にまで残念そうな目を向けるのか。心外だ。

 エルネスはまたメモを取り続けている。てか、ほんとメモ好きね。もうすでにメモの範疇を超えた量なんじゃないかと思う。何やら頷いて、きりっとした顔をあげた。


「ねえ、ザギル」

「あ? 断る」

「違うわよっ違わないけどっ、それじゃなくて! ねえ、味って違うんでしょう? 男はつまんないんだから違うのよね? 人それぞれで違うの?」

「違うな」

「カズハの味は? ショウタの味は?」

「「その言い方やめて」」

「私はどう? 私の味はどうなの? さあ、どんな味!」


 かかってこいのポーズなのか、どんとこいなのか、両手を広げて迎え入れんばかりのエルネスはきらきらしている。そのぶれなさがほんと好きだわ……。


「喰えってか?」


 胡乱げな顔でのけぞるザギル。ザギルにまで引かれるとかねもうね。


「魔力交感でもなんでも来なさい!」

「おい、氷壁、これはいいのかよ、つか、この存在はありなのかよ」

「好きにしろ。管轄外だ」

「……見た目だけなら割と好みなのによ、いやそんながっつり掴むなっ」


 ザギルの差し出した手を両手で握り返すエルネス。ぶれない。ぶれなさすぎる。


「どう? どう? 是非、ショウタやカズハの味とともに教えて!」


 すぅっと手を引きつつ視線をそらしつつ。


「勇者サマらは喰ったことないくらい美味いっつか、基本魔力量の多いやつは美味いんだよ」

「ほお!」

「あんたも美味い、けど」

「けど?」

「……もたれる」


 わぁ……。


 幸宏さんが翔太君のソファの後ろにしゃがみこんで隠れた!

 ザザさんが自分の肩で顔を隠した!


「え……何……私今何かに負けたのかしら……」

「おい、坊主、さっきから何食ってんだよそれ」


 ババロアを食べ終わってブラウニーに手をだしてる礼くんの横にザギルがしゃがみこむ。

 みんな実は結構よく食べるので、ババロアみたいなつるっといけるものがおやつのときは他にも用意するんだよね。テーブルの籠に山盛りなのは、小さめに切って蝋紙に包んだ三種類のお菓子。

 礼くんは目の前に全種類二個ずつ並べて端から食べてた。


「んとね、緑のリボンがクルミとマシュマロのチョコ。赤がブラウニー青がキャラメルナッツタルト」

「今食ってんのは?」

「ブラウニー」

「予想外の方向から敗北感が来た気がするわ……」

「あ、あの、エルネス、さん……?」

「美味い? どれ一番美味い?」

「ぼく一番すきなのはクルミとマシュマロのチョコ。だから最後に食べるの。でもみんな美味しい」

「へえ」


 ひょいと籠から緑のリボンがかかった包みをとりあげる。自由か。


「ほ、ほらっ、別に魔力の味です、し! 本体の味じゃないですし!」

「カズハなんであんた敬語なのよ」

「いえ……」

「うまっ! なんだこれ! なんだこれ!」

「何あれ口直し!?」


 翔太君が両手で顔を覆ってソファに体育すわりのポーズで横たわっている。

 あやめさんは絨毯の端の房整えてる! 何それ!


「ふふーん、ぼくらのおやつは全部和葉ちゃんがつくるんだよ。これぜーんぶ」

「はぁ!? これぜんぶ!?」

「さっきのババロアもだよ」


 あ、ごめん。礼くん、レシピは私だけどババロアは料理長が作りました……。

 最近調子悪かったからね……。

 他のは作り置きとはいえ、私が作ったから嘘じゃない。


「おいおいおいおいおい……美味いもんが美味いもんつくるってどうだよ正気かよ……」

「私食材なんだ!?」

「そもそも、もたれるって味なのかしら!?」





 私はカレーは箱の裏のレシピ通りが一番美味しい説信奉者である。


 子どもの好きなメニューランキングに必ずはいるカレー。

 みんな食べたいとは言ってたのね。でもね、ほら、こっちにはルーがないんですよ。スパイスだけならかなりの種類が厨房にあるのを確認してるし、なんならインドカレーとか本格カレーなものは作れる。ただみんなが求めてるのはそれじゃないと思ってね、手を出していなかったんだよね。タンドリーチキンなら作ったことあるけど。


 レシピ魔改造国日本。あのルーで作るカレーの味はとても私には再現できない。

 こうね、違うんだよね。日本人的に馴染み深さが。


 でもはたと思い出したのです。バターチキンカレーならどうだろうと。確かにルーのカレーライスとは違うんだけど、あれはスパイスから作るカレーの中でも優しい味だから。

 本場あたりではものすごい種類のカレーがあるというので、優しい味のカレーだっていっぱいあるだろうけど私が作れるのはバターチキンカレーだ。

 ヨーグルトもある。勿論浄化魔法の適用外で。浄化したら菌死んじゃうからね。


 そんなことを礼くんと手を繋いで温室をお散歩してるときに思ったのよ。

 だって温室のガラス天井からスパルナ飛んでるの見えたから!


 速攻で狩って、首なしのスパルナとともに地上に戻ったら、護衛らしく私たちについてきていたザギルが「ええぇ……」ってひいてた。なんでよ。





「そろそろスパルナ情報網で王都ヤバイって回ってると思うぞ」

「あいつらきっと三歩歩いたら忘れるから大丈夫ですよ」

「カレーライスおいしー!」

「僕、スパルナが希少な肉だって、最近つい忘れてしまいがちになっちゃいましたね……」

「最近獲ってなかったじゃないですか。いなかったし」


 バターチキンカレーは目論見通り好評だった。

 いつもなら新作は勇者陣で試食してからの食堂メニューデビューなんだけど、匂いが立ちこめすぎて「出さなきゃ暴れる奴が出ます……」って料理長がいうから、そのまま大量につくって夕食メニューの一つに緊急追加した。カレーの匂いは食欲刺激するからねぇ。匂いに誘われたとクラルさんをはじめとする研究所の人までふらふら現れてた。

 エルネスは夜の城下に踊り出し済み。


「美味いぞ! 美味いな! カズハ殿!」


 ふらふら現れたうちのもう一人がルディ王子。王族が住む棟まで匂いは行ってないはずなんだけど現れた。あの陛下の息子なだけある。


「内緒だっていったのに温室教えたのはダメだが、カズハ殿の手料理食べられたから許す」

「ルディ、ごめんね?」

「うむ。またいい場所探すからよい」


 スパルナの獲れたとこの話から芋づるでばれたらしい。ごめんね。内緒だけど温室の場所は結構前から私も知ってた。というか、あなたお勉強抜けれなくていまだにデート叶ってないじゃないの。場所探しだけ続けてたのか。


 ザギルは「なんだこのガ」まで言ってザザさんに口塞がれてた。一国の王子がひょいひょい臣下用の食堂来て一緒にカレー食べてるとか思わないよね。普通。これはしょうがないかもしれない。


「……ねえ、翔太、これから城下いくの……?」


 頬を少し赤らめてあやめさんがこそっと小声で訊いた。


「い、行かない。僕がんばるし自分で」


 お。なんだなんだ。なんか展開するのか? 

 ザギル以外の成年組全員、聞こえてないような顔してるのに口に運ぶスプーンが止まった。


「そうなんだ……どうわかりやすかったとか違いを教えてもらおうと思ったのに」


 えぇー……さすがエルネスの弟子……。

 みんな微妙な顔しつつ食事を再開する。


 ザギルもいるし、翔太君の習得状況を見てからでも遅くないだろうと花街は一旦保留にしたらしい。


「ところでな、カズハ殿」

「なんでしょう」

「縁談がいくつも来てると聞くので、俺もちゃんと皆のように正式に申し込もうと思うんだが」

「いりません」

「いくつも来てたらひとつくらい受けてみたりするかもしれないではないか。それが俺のかもしれないではないか」

「くじ引きじゃあるまいし。全部断ってます」

「……家庭教師も同じことを言っていた」

「正しいですね。しっかり先生に学ぶといいです」

「そうだな。散歩にいい場所も一緒に探すことにする」


 それあの家庭教師が一緒に考えてくれるんだろうか。多分、城内にカズハの知らないところはもうないって教えられるだけじゃないかな……。


「ねえねえ和葉、お見合いってどんな人たちのが来てる?」

「どんなとは?」

「年とか?」

「うーん……?」


 前にザザさんが言ってたとおり、ちょいちょい見合いの話は確かに来ている。文官の人が釣り書き持ってきて読み上げてくれるから、一応聞くだけ聞いて断ってるんだけど。


「覚えてませんね」

「なんで!」

「年とると興味のないことに割くメモリはなくなるのです」

「あんた脳も若返ってるはずじゃない! ザザさん、ザザさんなら知ってるでしょう? どうなの?」

「あー……報告は受けてますけど、カズハさん断ってるんでそれなら覚えておく必要が……」

「ザザさんまで!」

「色々だぞ。俺と同じ年のやつもいたし、三十歳のやつもいた」

「さすが王子! 脳みそ若い!」

「惚れた女性のことだからな!」


 ルディ王子、結構イケメンの素質あるとは時々思う。


「というか、どうしたんです? あやめさん」

「私もいくつか来てるけど……どうしたらいいのかなって思って」

「興味があるなら会ってみるだけでも会ってみたらいいじゃないですか」

「だって写真もないのよ? 似顔絵? 肖像画? そういうのはあるけどそんなのわかんないじゃない」

「写真があったところで、盛ってりゃわかんないんだから同じですよ」

「えー……会ってからだと断りにくいかもしれないじゃない」

「そうなんですか? 王子」

「俺はカズハ殿に断られ続けてるからな! わからんな!」


 幸宏さんが噎せた。ザギルが流石一国の王子強ぇなって呟いてる。


「ザザさん知ってます? どうなんでしょう」

「間に立ってる紹介人がいるので全部してくれます。気兼ねなく断ってくれて構いませんよ」

「ですよね。ほら、あやめさん、大丈夫だって」


 貴族は数こなしてるだろうしね。そりゃそうだよね。


「うーん、幸宏さんと翔太はどうなの?」

「僕も最初から断ってる……」

「俺、結構会ってるぞ?」

「えっいつのまに! どうしてるのそれ!」

「気が合うかもしれないじゃん。でも合わなかったから断ってる」

「ザザさん、ほら、仲間候補がいます」

「いつでも歓迎しますよユキヒロ」

「いやそこまで覚悟決まってないっす……」

「僕も覚悟してたわけじゃないですよ!」

「まあ、ヤってみねぇとわかんねぇよな」

「見合いでそこまでせん! 何いってんだお前は!」





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