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35話 人生はギャンブルの連続ですから

「翔太君、調子どう?」

「……軽く吐きそう。和葉ちゃんは?」

「私も一口程ケロっといきそうです」

「だいじょぶ? 和葉ちゃん、バケツもってくる?」


 両手を器にしてる礼くん。それバケツ? ほんとその愛に癒される。


「だから魔力切れになるまで使いきらなくてもいいんだってば……二人とも」

「一日中調律してるわけにもいかないしねぇ……というかちょうどいい加減の魔力量を維持するのも訓練のうちだし」


 あやめさんとエルネスは呆れ口調。


「そうはいうけど、またすぐ気持ち悪くなるのかと思うともっとやっとけば楽な時間長くなるかもって、ついやっちゃうんだよ……」

「ですよね……」


 今日もエルネスの応接室で、私と翔太君はソファに沈み込んでる。

 昨日おとといと天気が良かったから思う存分訓練してたのだけど、どうやら使いすぎてもリバウンドのように次の朝はさらに絶不調になるらしいのがわかった。どうしろと。


「この後も訓練するんでしょう? 今日こそ丁度いいくらいの消費量をつかむようにしなさい」

「どうやるのさぁ……」

「おなかすきすぎても気持ち悪くなる、おなかすいてるからいっぱい食べたら食べ過ぎて気持ち悪くなる、食べ過ぎたから食べないでいたらおなかすきすぎて気持ち悪くなる、そんな悪循環なのですよ……」


 いわば私たちは満腹中枢も空腹中枢もただいまぶっ壊れ中的な状況になってる。訓練前の今現在は食べ過ぎて気持ち悪い状態だ。悪循環をかさねて日に日に悪化してきていた。さっさと訓練場行けばいいというものだけど、これからザギルと顔合わせなのだ。ザザさんと幸宏さんが連れてきてくれるのを待ってるとこ。


 ザギルが元々私を誘拐したヤツらに雇われていたことは、礼くん、翔太君、あやめさんにも説明済み。心配はないと思ってるけど、私が雇ってるってことで無条件に信頼するのも考え物だからね。


 そうこうしているうちにノックがあり、エルネスが応じると幸宏さんとザザさんに挟まれてザギルがはいってきた。


「やあ」

「……おう」


 仏頂面のザギルを正面に座らせて、勇者陣を紹介する。幸宏さんもザザさんもザギルの背後にたってるんだけど、もうそんなに警戒態勢いらないと思うんだけどなぁ。まあ仕方ないか。


「で、結局よ、あんたは俺を買って何させる気なんだ? ……何させるにしても選ぶ余地はねぇけどよ。犯罪奴隷はごめんだしな」

「ん? 断ればしばらく監視付きとはいえオブシリスタで開放だと聞いてるけど」


 囮や潜入であげた実績に対する取引報酬としてそうなるって話だったと思う。


「信じられっか。……あんたの目の届かないところで抹殺って手もあるだろうよ。それなら勇者サマに買われたほうが生き残る可能性は高い」


 ふむ……ということは私のとこにいれば、少なくとも殺されはしないというくらいの信用はあるってことか。


「あんたが生きてた世界基準ならそうかもしれないけど、この国はそんな手使わないと思うけどね。私には嘘つかないもん。この国は」


 ザギルは鼻で笑って応えたけれども、召喚されてこの方この国は私たちに対して常に誠実だった。そのくらいの信用はしている。


「まあ、ザギルにしてみたら信用する根拠にはならないのも仕方ないね」

「おう」

「というか、この間も言ったでしょう。買ったんじゃない。雇うんだよ」

「どう違うんだよ」

「雇い主と労働者、対等の契約相手ってこと。あんたもロブに言ってたじゃない。契約範囲外のことはやらないって。同じだよ」

「……契約内容は?」

「私はあんたに衣食住と労働内容に見合った給料の保証をする。私はカザルナ王国の法律が許す範囲内でしかあんたに命令はしない。犯罪行為は命じないってことね。当然あんたが勝手に犯罪行為をしたら普通に犯罪者として国に引き渡すし契約は終了。カザルナ王国の法律はなかなか優秀だからね。犯罪行為でなくてもあんたが本当に嫌であれば、私の命令を拒否する権利がある。で、労働内容だけど、それはまだあんまり決めてないんだよねぇ。とりあえず基本は私の護衛と情報収集かな。護衛は騎士団がついてるからサポート的な程度でいいと思うけど……細かいことはおいおい相談しつつって感じでどう? って、何その顔。あ、この国の法律がわからんって話なら、城にいる労働関係専門の文官さんが色々教えてくれるから手配するけど」


 仏頂面からずいぶんと間抜けな表情に変わったザギルは「いや、この国はそのあたり天国だって聞いてる……」とだけ小さな声で答えた。


 うん。この国では当たり前のことなんだけどね。犯罪行為を命じないとか拒否する権利があるとか。でもザギルはそれが当たり前じゃないとこで生きてきた人だから、あえて説明してみた。


「じゃあ細かい内容は後でってことでいい? すごい間が抜けた顔してるけど」

「うっせぇよ」


 私も調子悪いからね。ちゃっちゃと終わらせちゃいたい。大体人を雇うなんてこと当然したことないんだから細かいことはわからないのよ。給食のおばちゃんですし。


 ―――ザギルは最初から最後まで私やリコッタさんを自発的に傷つけようとはしなかった。

 ロブたちの護衛としてしか雇われていないといい、騎士団を敵に回す、つまり勇者拉致など聞いていなかったと主張してた。私に攻撃されたときにも、真っ先にとったのは攻撃姿勢ではなく防御姿勢だ。

 リコッタさんが死んだこともずっと言わなかった。呪文を教えられた時点でリコッタさんは用無しだったはずなのに。

 たとえ私がパニックを起こさないためだったとしても、私が騎士たちへの人質や交渉材料になり得るという打算があったのだとしても、あの時の私の状態なら、リコッタさんを捨てて、意識を奪った私を抱えるほうが楽だったはず。なのにそうしなかった。それどころか、信号火まで与えて立ち去ったのだ。

 

 もちろん状況によっては私を攻撃することをためらわなかっただろうと思う。そこまで甘かったら生き残れていないだろうし。

 けれどオブシリスタのような場所で生きてて、怪しげな組織から怪しげな仕事を請け負って、混じりもんはそういうことでしか稼げないと言いながら、結局私をあれ以上傷つけることなく帰してくれた。


 だったらザギルのいう「天国みたいなこの国」で暮らせるチャンスをあげるくらいしてもいいじゃないか。そのくらいの借りはあると思うのよ。


 ただ、私のそばにおくということは、礼くんたちのそばにおくということ。

 なんの保険もかけないというわけにもいかない。


「ザギル、はいこれ」


 ポケットから取り出した、私の手の中にすっぽり隠れるくらいの小石を、ザギルの手の中におさめてそのまま手をつなぐ。ローテーブル越しに握手してるような状態だ。他の人にはザギルと私の手の中に何が入ってるのかは見えていない。


「―――は? ……おまえこれ」

「カズハはザギルとザギルの大切なものにとって不当なことも不利益なこともしない。カズハはザギルを裏切らない。期間は三年もしくは両者の合意による破棄があるまで」

「てかおまえこれが何かわかってんのか」

「もちろん。あんたは何も賭けないやつを信じないでしょう。私もだよ。いいね?」

「……カズハさん、何持ってるんですか」

「カズハ?」


 ザザさんの顔色が変わり、エルネスが中腰になる。


「……ザギルはカズハとカズハの大切なものにとって不当なことも不利益なこともしない。ザギルはカズハを裏切らない。期間は三年もしくは両者の合意による破棄があるまで」


 手の中の小石は誓石。両者が宣誓して魔力を込めれば、互いの掌に誓の紋が浮かぶ。今のカザルナ王国で使われることはほとんどないけれど、南方ではそこそこ出回っているらしい。

 パキンと小さく割れる音がして、手を離せば掌には誓石の代わりに、直径三センチほどの薄青い蔦模様が刻まれていた。

 

「何してるんだ!! どこからそんなものっ」


 やだザザさん怖い。


「研究所の倉庫にあったのを、きれいだから一個ちょーだいって言ったらもらえましたもん。別に守るのが難しい誓いじゃないですしって、ひゃ、エルネシュひたいっらめっ」

「こ、このお馬鹿! 何してるの何してくれてるの!」


 エルネスに頬を思いっきりひねりあげられた。痛い痛い痛い。


「カザルナでそれが使われなくなったのは悪用できるからなの! そ、それをそんな大雑把な誓いでっ」


 エルネスは頬をひっぱるのをやめた手で、ソファをばんばんと叩く。そのソファにまた体を沈めて息を深くはいた。疲れた。気持ち悪い。


「まあ、悪用できるってのはそうらしいけどねぇ。へいきへいき」

「なんでそんな無駄な行動力あるの!」

「ちょ、ちょっと神官長、それ無効化は」

「まともな方法じゃできないわよっ! 大体両者合意してんだから!」


 ザザさんは貧血起こしたみたいにローテーブルに両手をついてうなだれた。


「俺、破棄しねぇぞ? 面白いじゃねぇか」

「だよね」

「おう」

「なあ、ザザさんとエルネスさんの反応からみて、また和葉ちゃんが素っ頓狂なことしたってこと?」

「またってなんですか失敬な」

「―――誓いを破れば顔に裏切りの紋が出て、魔吸いの首輪よりはるかに弱いですが似たような効果がでます。効果期間は契約期間と同じ三年です……」

「えっと……で、でも和葉が破らなきゃ大丈夫なのよね……?」

「悪用できるってのは、本人がそのつもりなくても破らせられるってことなのよ。個人の主観や価値観が関わってくるから。それを、それをあんたはっ」

「や、やめ、吐く、吐くって」


 ザザさんはもうローテーブルの横にしゃがみこんで突っ伏してるし、エルネスは私の胸ぐら掴んでぐわんぐわん揺らしてる。


 法律なんてものには解釈の違いや抜け道があるように、誓いというものにも解釈や抜け道がある。三大同盟国間での約定が、各国の主観により解釈の変わる緩い約定のように、維持し続けるためには互いの矜持が必要なように、誓石の誓いは誓われた言葉以上のものを必要とする。

 

「んなもん、それなりのチップじゃなきゃでかく勝てないもんでしょ。ねぇザギル?」

「んだな」

「……よくわかんなかったけど、ザギル? は、和葉ちゃんにひどいことするの?」


 礼くんが私の膝から頬を離して、ザギルを見上げる。


「しねぇよ? そういう誓いだ」

「ふうん。まあ、ひどいことしたらぼくがやっつけるからいいよ」


 いつも天使な通常運転が愛しすぎ。



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