33話 勇者陣年長組成年的事情
「……おまえ、長命種だったりすんのか」
ザギルの表情からはまだわずかに警戒が抜けていない。
もちろんみんなも警戒は解いてないし、剣も突きつけたままだ。ザザさんが私に答えるかどうか目で問うている。
「違うよ。私のいた世界にはそういう種族は一応いなかったね」
空想の産物でしかなかった異世界に召喚された以上、元の世界に長命種とかがいないとはなんか言い切れない気がする。
「前から思ってたけどよ、その見てくれの割にガキらしくねぇ」
ああ、エルフは成長が遅いとか獣人は成年の身体になるのが早いとかそういうアレかってことか。
「ヒト族だけど、私は身体だけ子どもに若返っちゃったのよ。中身は四十五歳。あんたよりも年上だね。多分」
「勇者はみんなそうなのか?」
「いや、若返っちゃったのは私だけ」
「へえ……ああ、なるほど。そういうことか。試さなくていいのかよ」
試す? 何をだ。ザギルが胡坐をかいたまま右手を突き出してきた。握手か?
ザザさんを見上げると、彼もちょっと戸惑った顔をしている。でもまあ、この状況で何ができるわけでもないし。
壁になってくれている騎士たちにどけてもらって、膝立ちで近寄り手を伸ばして指先が触れた瞬間。
「―――ふ、ぁ……!?」
「貴様!」
「ぐっ、あ、があああっ」
私はぺたりと座り込み、ザギルはザザさんに額を鷲掴みにされ苦悶の叫びをあげた。
え、いや、これ、え? え?
「て、てめ、氷壁か―――っ」
「なんのつもりだ」
ちょっとまってなに、これって
「なんのって、獣人買うってそういうことじゃねぇか! だ、だか、くっそ! だから試させたんだろが!」
「はあ? なに……あ」
「「「あ」」」
私以外の全員が何かに気づいたようだけど、いや、私それどころじゃない。
尾てい骨から脳天まではしって腰の力を抜けさせたこれは、こ、これはっ!?
「ちょ、カ、カズハ」
「え、えるね、いいいいま、わた、こ、こえ、き、聞こ」
さっき変な声だしたよね!? で、出てた、よね!?
さっとほかの面子を見上げると一斉に目をそらされた。
「あ、う、うん! ご褒美だからだいじょうぶ!」
「なあああああああああああっ!」
ダッシュで逃げ出そうとしたら、もう扉は閉まってた。リゼ! 貴様!
エルネス意味わからん!
「か、和葉ちゃん、えっと、落ち着いて……ど、どんまい」
「うああああ! こっちみんなああああ!」
幸宏さんが珍しく、本当に珍しく遠慮がちな声で、いやもうその遠慮が痛いから!
結構前に教えられた魔力の使い方。
座学だし、ほぉ、さすが異世界文化、でも私にはしばらく縁がなさそうだな、くらいの気持ちで聞き流してたんだけども。
魔力というものは他人のそれにも干渉することができる。エルネスの魔力調律は専門家による医療行為に近いものなんだけれども、それとは別にごく一般的な干渉の仕方というものがいくつかあって、それらは親密な間柄でなくては行わないのがマナーだとされる。
代表的なふたつのうちひとつは、元の世界でいえば「手当は患部に手を当てて癒す」みたいなもの。これは親子や家族でよく使われる回復魔法までもいかない癒し。
で、もうひとつは、主に恋人や伴侶同士でしか使わない。恋人や伴侶同士、だ。おわかりだろうか。つまりそういうことだ。
でも教えられたのは愛情表現としてって話だった!
気持ちいいとか聞いてない!
◇
「―――すみません。取り乱しました」
「あ、いえ……」
ひどく微妙な空気の中、アイアンクローを外してもらえたザギルは、がたがた震えながら少し吐いてた。そんな痛かったのか。
「……ザギル、だいじょぶ?」
「大丈夫なわけあるか! ちきしょう……俺悪くねぇぞ……」
「南方と違うんだ。こっちにそんな悪習はない」
南方では種族間差別が激しい地域が多い。地域によって支配種族は変われども、混血やザギルのような先祖返りはどこに行っても同じ扱われ方だそうだ。
で、ザギルの出身であるオブシリスタは、ヒト族が支配種族であり、ヒトが他種族を買うというのはそのまんま奴隷を意味する。それは戦闘用であったり労働用だったり様々なのだけど、自分の視界にはいるほど身近に置くことはまずない。
それをわざわざ身近におくこということは性的なものでしかなく、特に女性が男性を「荷物持ち」とするのはその隠語なのだとか。そしてその場合、魔力の相性で確認するのが常であり、さっきのがソレと。
知らんよそんなこと……。
ザザさんたちも知識として知っていても、カザルナにはないこと故にピンとこなかったと。泣ける。
「ガキならそりゃおかしいけどよ、女盛りの歳でその体になったんなら必要もあるかと思ったんだよ」
「あんたわかってるわね」
「ななななないわっ! エルネスも黙って!」
「ああ? ないってこたないだろ」
「ないよ! そんな大昔のこ―――!」
「「「大昔!?」」」
慌てて自分の口塞いだけど意味なかった。なんかもう死にたい。むしろ殺せ。
◇
「あ、あー、そのロブってののはこの下の部屋だな?」
「おう」
「案内しろ。ユキヒロと、お前ら二人ついてこい。セト、そっちは頼む」
「はい」
幸宏さんと騎士二人を指名して降りようとするザザさんに、エルネスが待ったをかけた。
「あんたら遺跡に何するかわかんないじゃない。私も行くわよ」
私は幸宏さんがなんで降りるのがわからん。思わずシャツの裾引っ張った。
「幸宏さんは行かないで」
「なんで」
「私が嫌です」
ザザさんたちは仕方ない。エルネスは問題ない。
でも、私たち日本人に「あれ」がそうそう耐えられると思えない。あのロブたちの残骸に。
「和葉ちゃんは待ってていいから。てか待ってな」
「いや私は平気なんですけど。自分でしたことですし。でも幸宏さんが行くのは嫌です」
最初は幸宏さんにも私がしたことを内緒にしておいてもらってた。
でもザザさんが「ユキヒロには教えておいたほうがいい」って言うから任せた。聞かされた時の幸宏さんの様子は知らないけれども、聞くのと見るのとじゃ全然違う。
―――幸宏さんの精神的ダメージが心配とかそんなんじゃなく。
前から優しい子たちではあるけど、あの事があってからはもっとずっとみんな私に優しかった。
だからこそ身勝手すぎて、行ってほしくない理由を口にできないのだけども。
見てほしくない。私がしたことを見てほしくない。
情けないけど、怖がられるのが怖い。離れていかれるのが怖い。あんなことして平気な私を見られるのが怖い。
ああ、なんて本当に情けない。ザザさんはあんなに凛としていられるのに。
ぽんぽん、と幸宏さんが私の肩を軽く叩いた。
「俺ね、これでも結構経験豊富なのよ」
「……あー、匂いはかなりマシだぞ。浄化と氷で色々処置してある」
「そりゃ助かるね。あれはなかなかきついしな」
手枷をつけられて立ち上がるザギルの言葉を、軽く受け止める幸宏さん。
「ほんとに行くの」
「おう。年長組なめんな」
「じゃあ私も行く」
「む」
幸宏さんがザザさんをちらりと伺うと、薄い金色の瞳が私を見つめていた。
「―――少し階段が急です。どうぞ」
差し伸べられた手をとって、ザギルを先頭に、騎士、ザザさん、私と続き、
「ちょっと! 私に手を貸す紳士はいないの」
「あ、はい」
「ユキヒロか……まあいいわ」
「妥協なの!? 俺そこそこもてんだけど!?」
「―――ふっ」
鼻で笑ったエルネスの手をとった幸宏さん、最後尾に騎士で長い階段を降りはじめた。
「……長いわね」
「あんまりよく覚えてないけど、これで半分くらいかなぁ。どうだっけザギル」
「んにゃ。あと三分の一ってとこだな」
ランタンの灯りは以前来た時より、長く伸びてる。騎士たち二人と幸宏さんで三つもってる上に、調整してくれてるから。ただ、湾曲している階段の先まではやっぱり見えない。
「ねえ、カズハ」
「ん?」
「大昔ってどれくらいよ」
階段を踏み外した私を、ザザさんがつないだ手で釣りあげてくれた。
「なっなにいってんのえるねすなにいってんの」
「だって気になるじゃない。そりゃブランクあるとは聞いたけどさ。夫がいたわけでしょ。まさかそっちのブランクだとは思わなかったし。ねえユキヒロ、そっちはそういうもんなの」
「どうだろうなー。俺は独身だし。そういうのがない夫婦はよくいるって聞くけどねえ」
「うるさいあんたらうるさい」
「なんでないのよ。年齢? でもカズハまだそんな年じゃないじゃない」
「和葉ちゃんはこっちに来てからの和葉ちゃんしか俺わかんないし。ピンとこないわ。でも子どもできたらなくなる夫婦って多いとは聞いたことある」
「「「「「はあ!?」」」」」
「えっ」
やだ全員、全員びっくりした!? ザザさんまで!?
「あ、そういやこっちと初婚年齢の平均って違うからってのもあるのかな。つっても、俺らの国での平均だけど」
「あああ、アヤメも言ってた! そういえば言ってた!」
「いくつくらいですか」
えええええ……ザザさんまでくいつくの……。
「男は三十前後? 女はどうだっけかな。男より一、二歳若かったかも」
「た、確かにこっちと十歳以上違います、けど、うーん?」
「や、わからんっすよ。俺だって……」
「そうよね。ユキヒロは城下で『そこそこ』楽しんでるし」
「まあそりゃって、いやなんで知っ」
そういえばさっき魔力干渉のアレも幸宏さん、すぐ気づいてた……知ってたんだアレ……。
「なんで! 教えといてよ!!」
「なんでだよ! 聞かれてもいないのにいつ言うんだよ!」
「うううらぎりもの! 同じ年長組なのに!」
「エルネスさんから聞いてると思うじゃん!」
「私はわからない人が何わからないかわからないので」
「エルネスはいっつもそうだ! いっつもだ!」
「愛情表現って言ったでしょ。それが気持ちよくないわけないでしょうに」
「神官長! ちょっと控えて!」
「はっきりいうなあああ! ずるいいいいザザさん幸宏さんにだけ教えてたぁああ」
「僕!? ち、違いますって! ユキヒロにはうちの若いのが」
「なんかしんねぇけどお前らが教えてなかったってことか! 俺悪くないだろやっぱり! なんで俺氷壁にしめられたんだよ!」
「いや、お前は悪いだろ。もう一回か?」
「てめっ、近づくなっあっうぉおわああああああ」
ザギルは終点まで転がり落ちたけど普通に無事だった。
◇
「―――ここだ」
あの部屋の扉をザギルは足で蹴って示した。
「しかし驚くほど頑丈だなお前」
「こいつ、私の蹴りで無傷だったんですよ」
「まじで!?」
「無傷じゃねえわ! 右腕二日動かんかったわ!」
ザギルに扉を開けさせて階段を降りた順に部屋に入ると、それでもやはりどこか甘ったるい割に吐き気を催させる匂いがしていた。
シーツがはぎとられ、藁がばらまかれたベッド周りに血の染みと、その上にとぐろを巻く鎖と南京錠。
ロブ達には霜が白く降りていて、ぱっと見は元が人間だったとはわからない状態だった。複雑で規則性のない模様が円状に広がり、そこからヘスカの胸から上、ロブの肩から下が盛り上がって生えている。
霜でよく見えないけど、服の下から覗く肌がひび割れてミイラっぽくなってた。凍結乾燥?
エルネスは一瞥して「意外と腕いいじゃない」とつぶやくと、すぐ興味を遺跡の壁に向けるけれど、ザザさんに促されて、ロブのはめられたままの指輪に鼻がつきそうなほど近づいて検分しはじめた。
「あー、そうか。和葉ちゃん」
「はい」
幸宏さんは本当に全く平然としていた。
「短剣術、習いだしたのはこのせい?」
「―――魔力に異常が出たとき扱えなくなるんですよね。あのハンマー。攻撃手段がもう一つあるのとないのとでは違いますし、やっぱりヒト型は魔物とは違うでしょう。あの子たちにこれはきついと思って。そりゃ魔族にはハンマーじゃないと無理ですけど」
「そっか」
「はい」
「俺ね、海外派遣も災害救助も経験済みなのよ」
「そ、うですか」
ああ、なるほど。それなら確かにうなずける。様々な状態を見続けてきたことだろう。
「でね、勇者が常に複数召喚されてるのって、なんか意味あると思うんだよ。成熟するまでに結構な時間がかかってるってのも」
「あー、ですね。そのあたりは私も色々思ったりしました」
少なくとも私はこの子たちに支えられてる部分がある。
元の世界の知識を共有できてることだけではなく、
ちょっと場違い感のあった私をそれでも勇者陣の一員として屈託なく接してくれた態度、
何よりベッドから動けなかったあの期間に時間が空けば見せてくれた顔に、
どれだけほっとしたことか。
「うん。だからさ、俺それなりに和葉ちゃんと肩並べられると思うし頼ってくれていいよ。同じ年長組じゃん?」
背をぱんぱんと軽く叩かれて、知らず笑顔がこぼれ出てしまった。
いい子だ。本当にいい子たちだ。
「心強いです。―――同じ年長組なのに教えてくれてませんでしたけど」
「知らないと思わなかったんだってば……で、大昔ってさ」
後半は耳元でひそひそ話。
いやまあ、さっきは流れというか雰囲気で動揺しましたけどね。つか、そんな興味あることかね。
(あー、幸宏さんがさっき言ってたアレですよ)
(え。子どもできたらってやつ……?)
(ですねぇ)
(あ、ごめん。もしかしてそういうの苦手だったりする?)
確かにね、男女ともにその手のことが苦手だったり興味薄い人ってのはいる。
私はそれほど苦手でも興味ないわけでもないというか。
エルネスたちはロブの検証が終わり、ザギルにこの遺跡のことを聞いている。
「この部屋の先はどうなってるの。別の入り口があるって聞いてるけど」
「入口はわかるし呪文もわかるけどよ。通路は迷路だしトラップもあれば魔物もいやがるし」
「ここまでくる所要時間は」
「ガラクタ、あ、オートマタの案内があって一日半ってとこか。でも案内なきゃ見当もつかねぇな。俺ら途中でガラクタ見失ってからここまでくるのに半日はかかった」
「迷路のせいか」
「ロブの野郎がトラップ踏むわ魔物引っ張るわでな。距離にしたら大したことねぇと思うが」
そういや結構くたびれてたなぁ……あいつら到着したとき……。
「道覚えてるか」
「これ、よく見てみろ」
ザギルが壁に手枷で傷をつけると、ヒカリゴケが散った。エルネスが壁にはりつく。
「……ヒカリゴケが修復してる……?」
「来るとき、一応こっそり壁に目印つけてたんだけどよ。この程度だとすぐ消えちまうんだよ。気づいた時にはもう遅かったからわかんねぇ」
大興奮でヒカリゴケを採取するエルネス。気づかなかったなぁ。ほんとあの筋肉ダルマ意外と頭使ってる。
(苦手というかね、あー、あんまり縁がなかったというか、夫がね、もう必要ないだろうって言いましてね)
(ひつよう……?)
(ほら、うち男女一人ずつうまい事できたわけだしって、家族でいつまでもそんなのおかしいだろうって)
私だって今でこそおかしいと思うほうがおかしいとはわかるけれど、その時はそんなもんなのかと思ってしまったのだ。そういう夫婦は割といるとはいえ、それは夫婦で合意の上でなくてはおかしいのだとその時は知らなかった。
気づいた時にはもうどうでもよくなってた。
(は? いやちょっとよくわかんないけど、あれ? 和葉ちゃんちの子って俺と同じ年くらいって)
(下の子は二十三歳ですね)
(にっ)
「にじゅうさんねん!!?? おまっやっぱ必要なんじゃねぇか!」
ザギル! なんで聞こえてるんだ! 耳までいいのか! 叫ぶな!
ひひひひ必要ちゃうわ!!