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32話 冬がはじまるよ

 一度滅んだ文明があるらしい。らしい、というのは、大陸各地に存在する遺跡や長命種族が語る伝承から、あるにはあったのに間違いないとわかるけれども、それがどんなものだったのかも、どんなレベルだったのかも不明なのでかなり神話に近い状態だからとのこと。


 ゴーストが城に現れたら捕獲するか壊してほしいとお願いした。

 これまで姿は見せども「悪さ」もせず、ただそこに存在するだけだったゴーストが、やるにことかいて他国の策略に関与していたというのは王城にかなりの衝撃をもたらした。

 城中におかれているミルクや菓子を撤去すべき、いや、今まで通り置いておいて捕獲のための餌とするべき、などとちょっと小耳に挟んだ程度ならなんだかほのぼのとした会話のようにすら思えることで激論があったりしたそうだ。


 あれは、ロストテクノロジーといえるものなのだと思う。ぜんまい仕掛けの音をさせてはいるが、その行動は「からくり人形」におさまらない。私たちの世界での科学文明を超えているものが、この世界では得体が知れなくなるほどはるか昔に存在していた。


 エルネスをはじめ、研究所員が「滾る!」と叫ぶのも無理からぬこと。





 王都は大陸中央部からみて北側にあり、四季もちゃんとある。大陸全土の気候や暦をみても、地球とそんなに変わらないように思う。緯度的には日本に近いあたりじゃないだろうか。


 右からはロングソードが振り降ろされ、正面からは槍が迫り、左斜め後方からは足元を薙ぐショートソード。

 左手で槍の柄を捕えてロングソードに穂先をあてさせ、左前方へはった障壁を足場にして横跳びに。身をかがめたショートソード持ちの背後から脇腹を、刃引きした短剣で撫でつつ回り込んで槍持ちへ突き飛ばす。ロングソードが体勢を戻したときにはもう、その背にしがみついた私が首に短剣をあてている。


「お、猿いる」

「私今蝶のように刺したでしょう!?」

「刺すのは蜂な?」


 おおぅ……。自分の訓練の小休止中に茶々を入れてくる幸宏さんの方へと、私が抱え込んでいる頭が向く。


「教えたのは短剣術なのに、何故僕はラットマンと戦っている気分になるんでしょうね」


 ロングソードを鞘に納めるザザさんは、おぶさっている私を降ろしもしないで背を伸ばす。

 ラットマン、討伐にいったことはないなぁ。てか、ラットマンて。


「単体では雑魚でしょ?」

「俊敏かつ小回りがきいて手数が多い。大群でこられると結構きついですよ。大群になる前に間引きますけどね」

「あ! いいな! 僕も和葉ちゃんおんぶする!」

「ききっ!」


 駆け寄ってきた礼くんの背中に飛び移ると、「やっぱ猿じゃん?」って声が背後から聞こえた。ラットマンと猿、どちらがマシだろうか。選ばせんな。


「わーい!」

「わーい!」


 おそろいのあずきジャージで、私をおぶったまま走り出す礼くん。元気だ。

 空は高く乳青色。裏山は黄色から紅にへとグラデーションで着飾っている。襟元をかすめていく風は心地よくさわやか。

 階段状に障壁を張れば、礼くんは一段とばしに駆け上がる。歩幅違うからね……私と同じ感覚で張ったらそうなるよね……。自力での障壁渡りは三枚の礼くんも、私が軽くして障壁を張ってあげればどこまでも登っていける。

 音楽室の窓から流れてくるのはピアノコンチェルト。ショパンかな?

 あやめさんは最近回復魔法の研究に没頭している。今の時間はきっと研究室かな?

 

 城の尖塔の先にたどり着けば、眼下に広がる王都の色とりどりの屋根、裏山から両翼を伸ばす森が広がり、地平線まで続くのは、右手に草原、左手に小麦畑。


「もうすぐ冬なんだってー雪降るかなぁ」

「降るらしいよ。礼くん、うどんすき?」

「すきー!」

「ふふふ。今夜はきのこ煮込みうどんでーす」

「やったー! 雪降ったら雪だるまつくろうねぇ!」


 生地はもう寝かせてある。足踏みしなくてもコシのあるつるつるうどんだよ。そう、重力魔法でね!




「ふざけるな!」


 ザザさんの怒声に、ドアノブへ伸ばした手が思わず止まる。びっくりしたぁ。

 執務室のドアの向こうから、どうやらザザさんをなだめているようなセトさんの声もする。


 出直したほうがいいかなと、差し入れにもってきたマシュマロとくるみのチョコファッジを見おろす。翔太君のアイデアにより、カカオからカカオバターの分離に成功して舌触りはかなり改善できた。結構自信作なんだけども。

 ザザさんは最近とても忙しそうで、訓練後のおやつの時間を一緒に過ごせないことが多くなってた。礼くんたちは今訓練中だし、その前にと思って持ってきたけど仕方がない。引き返そうとしたときに聞き覚えのあるフレーズ。


「オブシリスタ政府は知らぬ存ぜぬですし、先日見つけたアジトももぬけの殻、現状手詰まりな以上今は警護を厚くするしか」

「だからうちが出張るといったんだ! それをあの情報部がっ」

「……あそこは慎重派ですからね……」


 強めにノックして返事を待たずに乱入した。


「チョコいかがですか! 新作です!」





 ザザさんもセトさんもなかなかチョコファッジに手を付けてくれない。


「首輪からたどって王都近郊の町にあったアジトまでは突き止めたそうなんです。しかし監視期間中に人の出入りもなく」

「踏み込んでみたけれど、ここ最近使用していた形跡もなく?」

「―――はい。申し訳ありません」

「あのっ団長は自ら指揮をとろうと」

「セト」

「いやいや、管轄が違うのでしょ? ザザさんのせいじゃないじゃないですか。もちろん情報部の方たちだって悪くないでしょ」


 科学的捜査手法もなく、アジトとやらにたどりついたのだってすごいじゃないか。どうやったんだ。王都近郊の町っつったって結構捜索範囲は広い。情報部以外でも周辺警護の騎士団や、町や村の衛兵たちも日常任務と並行して不審人物や不自然な物資の流通まで調査してくれてたそうだ。

 そんな中、どうやらザギルは上手いこと逃げていったらしく。いや、逃げ回っている、のかな。


「捕えることができた人、いないんですよね?……ってやだもう。ザザさんたちのせいじゃないですって、てか、チョコ、食べてみてくださいよ」


 また詫びようとするザザさんたちを制してチョコを勧める。


「直接いためつけてくれた二人は私が始末しちゃったんですよ? ほんとなら最低一人は確保するべきだったんです。いやまあ、最初は無力化だけでおさえようと思ってはいたんですけども」

「いやそれは」

「うん。仕方ないです。私の状態ではあれだけでも上等だと自分でも思ってます。なので、今、主犯へとたどりつけないのも仕方ないです。ね? 確かに、私一人ならともかく他の子たちの今後に関わるのでたどりつけるにこしたことはないのですけど、まあ、さっさと私たちが成熟しきればいいのかなと」


 異議ありな顔したザザさんを制して続ける。


「それにね、多分あの系列? あいつらの一派はもう動かないと思います。私を狙ったのはどうやら私が一番非力にみえたからのようでしたし、オブシリスタ政府? に関わるものだとしても主勢力じゃないんじゃないかなって」

「なぜですか」

「馬鹿だったから。ものすごく」


 政治のことなんてさっぱりわからないけども、いくらなんでもあの狂信じみた思想は政府中心部にいるとは思えないんだよね。


「ただ、勇者を狙う輩ってのは複数いるんでしょう?」

「―――はい」

「こちらでマークできてる団体も、未確認団体の存在も含めて、ですよね? だったら今後動く可能性の低いのは監視にとどめて警護を厚くするってのは妥当だと思います」

「しかしそれでは」

「そりゃあ私が拉致されたのに根っこを叩かないとなれば示しがつかないでしょうけども、そもそも私が拉致されたこと内緒にしてるじゃないですか。それならおおっぴらにこれ以上追う必要ないです。あ、内緒にするのは私も大賛成ですしね?」


 なめられるからね。コケにされても反撃しないと認識されると。しかしコトが公になってないなら問題はない。ザザさんが言ってたとおり、勇者が直接ヒトを害するというのはできれば避けたほうがいいし、何より他の勇者陣にも私が「どうやって逃げたか」を教えていない。私がそう頼んだ。

 黙ってりゃいいんですよ。黙ってりゃ。


「ザザさん、セトさん、あなたたちこの王城の人たちを、私は変わらず信頼していますもん。不逞の輩から、また守ってくれるでしょ?」


 ここでエルネス指導の小首傾げた笑顔だ! どうだ!


「それは当然でしょう。そうじゃなくてですね」

「ふむ」


 駄目か! 駄目だったか。エルネス嘘つき。


「まあ、要は団長がめちゃくちゃ怒ってるんですよ。自分を含めた騎士連中もそうですけど、害虫を叩き潰したくてしょうがないんです。ユキヒロたちもその時は連れていけと言い張ってますし」


 言い淀んだザザさんの後をセトさんが引き継いでくれた。やだほんと私もしかして結構愛されてる。これはついにやついちゃってもしょうがないよね。しょうがないよ。


「幸宏さんたちもって」

「それは却下してますよ。もちろん。それに討伐があるとしても今のとこ自分らに任せてもらえないことになってます」

「管轄違うから? もしそうなったら情報部が動くんですか?」

「そうです。それに自分らが動くのはあまりに派手になりすぎるので」


 なるほど。ちらりと時計をみれば、礼くんたちの訓練が終わるまであと一時間ってとこか。


「あー、そろそろ厨房に戻りますね。おやつの準備しなきゃ。そのチョコ、後で感想くださいね」


 立ち上がりかけた私の手首を、がっしりとザザさんが掴んだ。


「……二人って言いましたね?」

「え」

「さっき、始末したのは二人だと。事件の数日前にアジト周辺でうろついていたのは三人だとわかっています。カズハさん、賊は何人でしたか。今日のおやつはこれでしょう? もうできてるじゃないですか。今、どこに行こうとしたんです?」


 えへ? と小首傾げた笑顔してみたけど、やっぱり通用しなかった。





「 照らせ照らせこの夜を導け導け行くべき道へ我がいとし子を守護するものよ」


 岩壁は微動だにしない。


「神官長達も調べてましたけど、やっぱり開かないんですよね?」

「なのよねぇ。全くとっかかりがないわ」


 ザザさんとセトさんと数人の騎士、こっそり訓練を抜け出した幸宏さんとエルネス。勇者未成年組は色々口実をつけて城に足止めをしている。さすがにねぇ。あの子らに見せるのは私が無理。


「まあ、想定内です。―――リゼ! 開けなさい!」

「ちょ、ちょっとカズハやめ」


 ハンマーを顕現させて。


「開けないならぶち破るからね!」

「いやあああ! 遺跡があああ!」


 振り降ろせば、手ごたえなく空振りして勢いのまま、姿を現した部屋へ転がり込む。


「えぇぇー」


 開ききった入り口のほうから納得のいかない声がするけど、かまわず中を見回す。リゼは―――


「いないか。ほんと逃げ足早い」

「呪文の意味は」

「あれねぇ、多分、ゴーストを呼び出す呪文なんですよ。きっと。実際に入り口を開けるかどうかはゴーストが選別してるんです」

「ゴースト、脅迫に弱いんだ……」

「人聞きの悪い。交渉です」


 前に叩き崩した側の壁の周りには、その時の瓦礫が転がったまま。みんなそれぞれランタンを高くあげて部屋の隅々を確認している。エルネスは壁に張り付いてる。


「この階段で―――っ」


 すらりとザザさんが剣を抜いて、全員に音をたてるなと指示する。


(気配しました?)

(石を蹴ったような音が)


 うん、やっぱりか。階段脇から階下を伺うザザさんの横に仁王立ちして大きく息を吸い込んで。


「ザーギールーくぅーん! あっそびーましょー!」


 ましょーましょーと木霊が先の見えない下り階段へ吸い込まれていく。

 ザザさんの貴重な驚愕シーン。まん丸に目を見開いてちょっと口開いてる。


「んー、そっかー。お返事ないかー。いないのかなーどうかなー」


 壁際から一抱えの瓦礫を持ってきて、階段入り口で手を離せば、緩やかな弧を描く階段にそって転がり落ちるのではなく、「空中を落下」していく。


「途中でとまらないよーこれー、あの部屋まで一直線に落ちてくよー! だいじょーぶー? いないならだいじょぶかー! じゃあ次々いってみようかー! 瓦礫いっぱいあるしー!」


 セトさんが壁際から順次瓦礫を私の足元に置き始めてくれる。さすがセトさん。

 立て続けに三個ほど落としたところで、罵声交じりの回答が階下から返ってきた。


「くそがああああ! わぁったよ! 今行く! うぉっおおお! 行くっつってんだろ!」

「ごめーん。勢いあまったー。もう落とさないよーおいでー」

「っざけんなほんと!」


 騎士たち全員に突きつけられた剣先に、両手をあげて不貞腐れた顔のザギルはランタンの灯りに目を細めていた。髭も伸び放題で隈もできて少しやつれたか。

 私とエルネスの前に騎士たちは立ちふさがって壁になってくれているから、しゃがみこんでその隙間から問いかける。


「……野生化した?」

「人里もいけねぇでいたからな! ちくしょう!」

「リゼ、扉あけてくれたんだね」

「おう、逃げ回って三日目くらいか。どうにもならんくて試してみたら開くようになった。ああ、でも姿は見てねぇぞ」

「食料とかどうしてたの」

「隙見て森ん中でとっては戻ってきてた」

「―――その都度扉は開いたのか」

「ああ? 誰だよあんた」


 ザザさんの問いにザギルが反抗を見せると、幸宏さんの矢がザギルの頬をかすめていった。


「くそっ、そうだよ。なんかしらねぇけど開いたよ」

「お前が主犯か」

「はあ? んなわけあるかよって、まあ、そうくるわな」

「―――ねえ、ザギル」

「おう」

「リコッタさん、いつ死んだ?」

「……おまえ、全然後遺症のこんなかったのか」

「うん。ばっちり。頼りになる人らがいるんで」

「そうかよ。……呪文教えた後すぐだ」


 ザギルは両手を降ろして胡坐をかいた膝に載せた。


「なんですぐ教えてくれなかったの? つか、左手塞いでまでなんで運んでくれた?」

「―――うっせぇよって、あー」


 今度は耳をかすめる矢。


「ああいうとき、自分がそう思いたくないこと突きつけるとパニック起こすことがあんだよ。少なくともヘスカはよくその手を使ってた」

「ふうん。そっか。うん、ザザさん」

「はい」

「これ、私にちょうだい」

「は……?」

「ザギル、あんた、私に雇われるといい」

「馬鹿か?」

「この提案を蹴るほうが馬鹿だと思うけど。ああ、まあでも知ってることは洗いざらい話してもらってからだけどね。でもまあたいしたことは知らないんでしょ? 取り調べ? なんかそんなのしてもらって、それが終わったらあんたは私の、そうだなぁ、荷物持ちってことで」

「そんなもん信じられるかよ」

「信じるも信じないも好きにしたらいいけども。私はあんたに借りがあると思ったからそう提案してる。あんたがあの時ああしてくれたから、私は帰ることができた」

「解放ってのはないのかよ」

「あんた行くとこないんでしょ? それにさすがに野放しは無理なんじゃないかな。選べばいいよ。私と契約するかどうか。しないなら知らない。提案で借りは返した」

「……あああ! くっそ! ロブの指輪が符牒のはずだ。手は潰れてなかった。それ使えば大元にたどりつくんじゃねぇか」


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