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30話 夢の中のユメのナカのゆめのなかの

 城へはあっという間についた。時々意識なかったからのような気もする。

 ザザさんの腕の中はあったかくてとても安心できて、ふわふわとした夢心地は体中の痛みを少し和らげた。


「神官長は!」

「今こちらに向かってます!」

「―――和葉ちゃんみつかっ、なんだよそれっ」

「ちょっやだ」


 自動ドア並みに開かれた扉をくぐると、幸宏さんたちが出迎えてくれた。

 なんだそれってそんなひどいかなひどいよねそりゃね。血まみれだし。ほとんど私の血じゃないはずだけど。


「アヤメ、回復はやめろ!」

「なっ」

「まだだ! ショウタ! レイのとこにいけ! 呼ぶまで来させるな!」

「は、はい!」


 向かってるのは医務室かな、研究所のほうかな。ザザさんは何故か回復魔法をかけようとしたあやめさんを制止した。痛いのになんでかな。

 連れていかれたのは、入ったことのない部屋だった。幾分簡素なベッドだけど、普段私たちの使ってるものに比べてってだけで平民な日本人には豪華な部類に入る。


「―――あ」


 ベッドに寝かされそうになって、つい声が出てしまったら、ザザさんは抱きなおしてベッドのそばの椅子にそのまま腰かけた。わぁ。なんか恥ずかしい。名残惜しくなってたのがわかったのかどうなんだそうなのか、やだもうなんでわかったんだ。どうしてこれでまだ独身なんだ。

 身もだえしそうになるも、手足は相変わらず全く動かない。なんでだろう。ここまで動けないだなんて。おっかしいなぁ。緊張の糸が切れたってやつかな。


「カズハ!」


 部屋に飛び込んできたであろうエルネスの声に、首を回すこともできない。


「大丈夫ですから。神官長に見せますよ」


 ザザさんが巻き付けてくれたマントを少しはだけさせ、エルネスが首輪に手を添わせて息を呑んだ。


「―――カズハ、何か飲まされたりしたわよね? 何かわかる?」

「えっと、ログール、の薬」

「何色だった」

「赤。左胸に、埋められた」

「なっ―――」


 ザザさんの筋肉が強張るのがわかった。てか、エルネスさすがだなぁ。なんでそんなすぐわかるんだろやっぱプロか。

 幸宏さんは事態を呑み込めてないからか苛立たしそうにしつつも口をはさめないでいる。大丈夫わたしもわかんない。あやめさんは両手にオレンジ色の光をともして回復魔法を待機させてる。

 エルネスが、やたら優しい手つきで頬を撫でてきた。


「カズハ」

「え、やだわたし死ぬ?」

「死なないわよ!」

「おおう……びっくりした。きもちわるいんだもの……」

「あんたね……あのね、まずね、その首輪」

「うん。魔吸い」

「そう、魔力を吸うんだけどね、効果は、わかるわよね。つらいでしょう」

「うん」

「でね、相当無理したわね? あんたの今の身体の中、見た目よりずっとズタズタなの。言ったでしょう? 魔力が蝕むって」

「ほんっとちゃんと訓練すべきだったよね」

「訓練どうこうじゃないからね? 無茶するなって話だからね?」

「あ、はい」

「どんどん吸われていく魔力に追いつこうと、あんたの身体はこれまでになく魔力を産みだそうとしてる。それもどんどん吸われていってる。で、そこでこの首輪を外すと、勢いづいてるのに行き場のなくなった魔力が暴れまくるの」

「あー、それは」


 あれだな、遺跡のあの部屋で何度もなったアレだ。あれはつらい。


「本当なら、私が魔力調律するから痛みはほぼ無効化できる。あんたの魔力量はバカげてるから少し時間はかかるかもだけどね」

「うん。よろしく」

「話はこれから。ログールの赤はね、本来痛みを緩和させるためにあるんだけど、真逆の使い方もできるの。そして他人の魔力の干渉をうけつけない。首輪も似たような効果があってね、ログールと相乗効果が出てるの」

「つまり?」

「魔力調律ができない。回復魔法も使えない。一番痛みが少なくてすむのは、ログールが完全に抜けるまで首輪はつけたまま。ログールが抜けてから首輪を外して、それから治療することになる」

「えー……抜けるまでどのくらい? ってか、もう抜けてると思ってた」

「普通なら完全に抜けるまで十日はかかる。正直、時間的にいって今この程度しか残ってないのが不思議なくらい。あんたが魔力使いすぎて効果薄めたのかしらね。そんな症例当然ないんだけど。この具合なら多分あと数日で抜ける」

「……なんで回復魔法もつかっちゃだめなの?」

「効果がほぼない上に激痛だから。拷問に使われるくらいね。しかも今のあんたのぼろぼろの身体じゃ五割増しどころの痛みじゃないと思う」


 うぇえぇ……。そうか、だからザザさんはあやめさんを止めたのか。


「でも、ログール、今効いてないよ」


 幻覚も見えてないし。おかしかったのはヘスカにいたぶられていたあの時だけだ。

 エルネスは、眉間に皺をたてて、なんだかひどく悲しそうな顔をした。


「あんた、自分が今ずっと涙をこぼし続けてるのわかってる?」

「へ」


 エルネスは、もう一度私の頬を撫でて、それから濡れたその手を見せた。ザザさんを見上げると、自分が痛いような顔をしていた。


「いつから?」

「―――目を覚ましてからずっとです」

「うそぉ」


 頬が濡れてるのもわからないのに? そんなのある?

 あれなの。そんな顔して私ずっとザザさんと普通に話してたの? それこわくない?


「ピークこそ幻覚が強くでるけど、それを超えると発作時以外は認識のずれ程度におさまるの」

「にんしきのずれ」

「何か違っていてもおかしいと思えなくなる、周囲も気付かない程度にね」


 それは。それは、


「せん、のうに、つかう?」

「―――大丈夫よ。私たちがそんな後遺症残させない」





 心臓が、冷たい氷の塊になったようだった。


 ―――欲しいものは全て目の前にみえるようになりますからねぇ


「や、だ」


 認識のずれ? 欲しいものは目の前に?


 ――― 紹介しますね。娘のリゼです


 じゃあ、今目の前にいるエルネスは? ザザさんは? 本当のこと?

 認識のずれではなく? 


 このザザさんの体温は? 痛くないように、それでもしっかりと掴んでくれている手は?


 ―――リコッタは幸せそうだったでしょう?


 私が今リコッタさんになっていないと、誰がいえるの?


「やだ、とって」


 自分が涙を流していることすらわかっていなかったの? 私が? この私が?

 そんなことすらもわからないのに、今この目の前にいる人たちが幻覚でないと、いえるの?

 

 私はまだあの地下の部屋にいるんじゃないの?


 視界がテレビの砂嵐のようにざらつく。

 耳鳴りが部屋の空気を埋めていく。

 確かに感じられていたぬくもりが遠ざかっていく。

 煌々と照らされていたはずの部屋はヒカリゴケの薄闇へと。


 動かせないこの体をおさえつけているのはだれ―――脳髄をわしづかみにするこれは恐怖。






「カズハ! カズハ!」


 エルネスの、いつもは落ち着いた低めの声が硬く上ずっている。

 遠ざかる耳鳴り。


「こっちを見て! 見るんだ!」


 私の顎を掴んで、覗き込むハシバミ色の眼。

 ピントが合いはじめる視界。


「息を吸って、そう、吐いて、もう一度ゆっくりでいいから」


 喉は細く空気を塞いでて、ひゅうひゅう甲高い音をたてていた。

 ザザさんの大きな手が、私の頬を包んでる。

 エルネスの細い指が、私の指に絡んでる。


「な、に、いまの」

「発作ね。薬のせい。怖かったね、つらいね、でも薬のせい」

「大丈夫ですよ。僕らがついてる。こちらが現実です、必ず引き戻します」

「慣れてる、ね?」

「残念ですが、ええ、慣れてますよ。たいしたもんです。帰ってくるのが早い」

「任せなさい、ね?」


 二人から視線を外せば、幸宏さんの青白い顔とあやめさんのくしゃくしゃの泣き顔。

 ああ、うん。そんなにひどかったか。


「エルネス」

「なに?」

「ログール、私の魔力で早く効果薄まってるっていったね」

「……そうね。薬効と今の状態から見て間違いないと思う」

「暴れさせりゃ、早く抜けるね?」

「やめときなさい。確証はないし、発作はつらいけど、それよりは」

「首輪とって」

「カズハ」

「こんなのが続くんじゃ礼くんと会えない。とって」

「……うちの精鋭が根をあげる痛さですよ。魔力量がある分それ以上です」

「仮にも勇者ですから」


 あの幻覚よりマシだ。私が私でなくなる恐怖よりマシ。


「あんなものに私を支配なんてさせない。さあこい」

「あんた、ほんっと男前……」





 やっぱいまのなしって多分覚えてるだけで三回ほど叫んだ。

 普通さ、無事帰着できた段階でめでたしめでたしじゃない。次の章へいくじゃない。私が読んだ異世界ものはそうだった。うん。甘かったよね。

 エルネスが首輪を外した瞬間からログールが抜けるまでの三時間ほど、ずっと痛みで叫ぶ私をザザさんが抱えていてくれたらしい。後半は暴れだしたから、幸宏さんの手もかりて。ほら勇者パワーあるから。

 ログールが抜けてエルネスの魔力調律が始まってすぐ失神して、そのまま昏睡状態で丸一日。

 目が覚めたら礼くんがしがみついたまま眠っていた。目の周り真っ赤に泣き腫らして。私も目の周りどころか白目まで真っ赤になってた。私のは内出血だけど。おそろいだねって笑った。


 寝たきりになってかれこれ一週間になる。

 外傷だけはあやめさんが綺麗に治してくれたけど、血管にそうように全身に張り巡らされている魔力の通り道、魔力回路は自然治癒に任せるしかないそうで、おかげで全身が攣ったような痛みに二日ほど悩まされた。


「幸宏さんって呼ぶから何言うのかと思ったら『クスリ、ダメ、ゼッタイ』ってつぶやいて落ちるんだもんな……」

「記憶にありませんけど、まあ、大事ですよね」

「なんで俺名指しなんだよ。言うだけ言って落ちられた俺どうなるの―――あやめ、それ貸せ? な?」


 あやめさんが真剣に削っていた果物を、幸宏さんがとりあげて続きを剥いてくれる。なにその愛らしさ。あざといくらいだよあやめさん。

 みんな訓練の合間にちょいちょい顔を出してくれていた。礼くんはおとといまでずっと離れなかったけれど、もう訓練だけは参加している。それ以外はまだべったりだ。


「ほい、どうぞ」

「はい! 和葉ちゃん、あーん!」


 礼くんが素早く私の口元に果物を運んでくれる。いやもう普通に自分で食べられるんだけどね。トイレも一人でいけるし。せっかくだから食べさせてもらうけど。


「おいしい?」

「おーいしー」

「皮剥いたの俺なのに」

「もってきたの私なのに」

「二人とも大人げない。ねえ、和葉ちゃん、コッペリアとせむしの仔馬どっちがすき」

「どっちもめっちゃすき!」

「おっけー、定番もいれたいよね。チャイコフスキーかな」


 翔太君はベッド横のサイドチェスト使って、大き目のノートになにやらせっせと書き付けてる。


「くるみ割り人形のワルツとか?」

「いいね、それもいっとく」

「翔太さっきからなにやってんの」

「譜面つくってる。僕は覚えてるけどお城付きの楽団用に」


 え。まじで。最近楽団の人たちのとこに出入りしてるってのはきいてたけど、部屋のピアノ借りてるだけかと思ってた。


「あれ。翔太君やってたのピアノだけだよね」

「うん。でもオーケストラの音も覚えてるし、曲教えたら楽団の人も一緒につくってくれるよ。プロだもん」

「天才おる」

「天才いるぞここ」

「うーん。すごいのは楽団の人たちだよ。流石ってかんじ」

「なあなあ、ジャズとかやれっかな」

「あ、どうだろ。でも面白がってくれると思う」

「翔太、クラシックだけじゃないの?」

「音楽ならなんでも好き」

「どっどらくえとかは!」

「いいね! あ、でもそれじゃ和葉ちゃん踊れないよ」

「まかせなさい。セトさんたちを仕込めば」

「まじか」


 あやめさん、真っ赤な顔して満面の笑顔だ。やだもうどうしたのかわいい。スライム好きだもんね。

 翔太君も幸宏さんも楽しそうだ。礼くんもドラクエの曲をくちずさんでる。たーたたんたんたんたんたんたーん。


 風がカーテンをふくらませて、窓枠が切り取る青空がのぞく。小さく小さく遠くからスパルナの鳴き声。

 なんて穏やかな日々。


「スパルナいますね。からあげがいいですかね」

「「「「狩りなんてまだ駄目!」」」」


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