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3話 おばちゃんはカタカナに年々弱くなるものなのです

 訓練場では勇者と神官や騎士たちが、それぞれ三つのグループにわかれて模擬戦を始めていた。


 あやめさんは神官二人を相手取り、火の玉や氷の礫を撃ち合っている。

 所謂、詠唱とかいうのは発していない。時々口の中でもごもごさせているのがわかるから呪文かなにか言ってるのかもしれないけど、決め技的なセリフはない。ちょっと残念。

 何も見えないのに地面が弾けるのは風魔法だろうか。テニスか何かのようにその杖を振り、時に火球を打ち返し、時に礫を消滅させる。立ち位置はさほど変わらないので、テニスというより卓球ぽいのかもしれないけど、太い火柱や礫の集中攻撃にはひらりと鮮やかに身を翻す。やだかっこいい……。


 幸宏さんは盾を構えた大柄な騎士とザザさんを相手にしている。

 撃ちだされる矢を盾で弾かれつつ、振り降ろされたザザさんの剣をしゃがんで避け、そのまま盾騎士の足元を掬うように右足で薙ぐ。その足を大柄な体には似つかわしくない機敏さで後方へ跳んで躱す騎士を、吸いつくように追う幸宏さんはクロスボウ・ガントレットがついていない右手の甲で盾ごと殴りつけ、ザザさんの目前に左手を突きつける。

 ガントレットに剣がうちつけられ硬質な音が響いた。後方へそれぞれ飛びのき距離をおく三者は一呼吸のちまた組み合う。


 翔太さんと礼さんは、もう何やってるのかよくわからない。

 縦横無尽に地面を削っているのは鉄球なんだろう。着地の瞬間が見えないって鉄球の重さでありえるんだろうか。あれ本当に鉄球なんだろうか。スポンジでは? 発砲スチロールなのでは? けれどそれでは地面はえぐれない。

 鉄の蛇と化した鎖が礼さんの足首を狙う。軽やかに躱すサイドステップ。その先に待ち構えたように姿を現した翔太さんが振り上げた鎌は、礼さんの剣に防がれる。自在に旋回する鉄球の軌道に、垂直に、平行に、二人の打ちあいも円運動の軌道を重ねていく。それはあまりにも物騒なのに、優雅な踊りのようだった。



 響き渡る銅鑼の音に飛び上がる。私が。

 終わりの合図らしいことに気づいて、詰めてた息を吐いた。

 全員がぴたりと止めるその動きにまたうっとりする。

 慣性の法則がありますからね。勢いづいた動きをぴたりと止めるのはさらに技量が必要となる。

 夢中で拍手喝采する私に、照れ笑いしながらみんな歩み寄ってきてくれた。


「みなさん、武道してらしたんですか……? 剣豪ですか達人ですか」

 登場からすでに場違いっぷりを連発しているので今更なんとも思わないけど、私以外は全員武道家とかここまでくると私そもそも勇者としてじゃなくて勇者のお世話係として召喚されたんじゃないかって気がしてくる。厨房に入り込むのも本来の役割でアリなのではないだろうか。


「僕はサッカーならしてたけど格闘技は全然」と礼さんがいうと、翔太さんも「同じく、というか運動は全くダメだった」とうなずいた。


「そんな汗臭いことするわけないじゃない」と、まとめていた髪をほぐしながらあやめさんも続く。髪キレイですね。私もね、若返って艶とハリと量が戻ったんですけど、元値が違うんでしょうね。シャンプーのコマーシャルみたいです。


「あー、自分は一応経験者ですけどね。さすがにこんな風に動けませんでしたよ」

「経験者! あれですよね。私見てて思い出したんですけど、映画でああいうのみたことあります。なんでしたっけ。そう! バリカタ!」

「それ博多ラーメンね! ガン=カタのことかな!? もしかして!」

 おおう……。





 幸宏さんは剣道と空手の有段者とのことだった。チャラそうだったのにがっつり体育会系。

 でもほかの三人と同じく、こちらに来てから身体能力があがった故の戦闘力らしい。

「そりゃ慣れるのはいくらか早かったかもしれないけどね、我ながらこのレベルだともう元の世界での経験って関係ないんじゃないかなぁ」

 ちょっと砕けた感じになった幸宏さんに他の三人も同意していた。



 すると、ですよ?


 私は今、深夜の訓練場にきています。一人で。


 柔軟は部屋で毎日していた。正確には三日目から。昔のように体が柔らかくなっていることに気づいてから。与えられた部屋は元の家の敷地より広かったけど、やたら高級そうな家具や天蓋付きダブルベッドが幅をきかせ、置かれた花瓶やらなんやら割れたらどうしよういや多分怒られはしないけど悲しそうにされるかもしれないと思うとヒヤヒヤして存分に体を伸ばすことができなかった。

 だからこそ今日の昼に訓練場に来てみたのだけども。


 全くの未経験者があそこまで自在に体を動かせるようになったのならば、ですよ?


 昼間やった柔軟をもう一度。じっくりと筋を伸ばしほぐして関節が温まることを確認する。


 左の踵を右のつま先に添え。

 私のつむじから、天に向かって細い糸が伸びているイメージを描く。その糸にひかれるように、曲げた膝をゆっくりと伸ばす。

 重心はそのままに、左のつま先を真横に滑らせ。その足に同期させ左腕を開く。

 肘も手首もゆるく毛布を抱くように柔らかく。

 左脚を腰の高さまで上げ、伸びたつま先で円を描くよう前方へ回してからそっと地面に降ろす。

 

 訓練場は深い森に囲まれている。

 私からみて左手側にある、夜空に溶け込むその暗い影と月明かりの狭間、大きく紅い、ひときわ明るく輝く星に視点を定めて。

 左足をもう一度、横に滑らせ、今度はそのまま重心をのせた。

 私を吊り上げる糸が緩むことなく、くるりと私を回転させる。

 視点はそのまま残し回転する身体から一拍遅れて、視点を戻す。

 星を目指して、くるり、くるり、回転は加速する。


 ふふっと息が漏れた。


 バレリーナを目指すほどではなかった。

 一年に一度発表会を身内で行う程度の緩いバレエ教室に、四歳から結婚前の二十歳まで通っていた。親の仕事の都合で引っ越しが多くとも、行く先々で教室に通った。

 本当にお稽古レベル。

 けれども。だいそれた夢を見るほどではなかったけれども、踊ることは大好きだった。


 トウシューズはもちろんないけど、バレエシューズの代わりになるような、底の柔らかい革靴をメイドさんに頼んで手に入れてもらった。

 足の指をしっかりと開いて大地を掴めれば充分。


 降り注いでくるような星。

 次に目指すあの緑の星に左の指先を重ねてグランジュテ。

 着地しても勢いは緩まない。くるり、くるりと鋭くピルエットとフェッテを繰り返し。

 ジュテ。ジュテ。アントルラセ。ジュテ。

 

 星は私を追って流れる。

 風は私を押さえつけることなくその身にのせてくれる。


 重力はもう、私の管理下にある。

 


 最後のグランジュテで着地の足がぶれた。

 崩れた重心を取り戻そうと体が勝手に動くのがわかる。

 地についた左手を軸に側転。これはバレエじゃないね。


 ぐらついてしまったのは、ついこの間まで慣れ親しんだ重心と今の重心が変わってしまったからだ。体型、変わったからね。慣れちゃえばどうってことはなくなるだろう。体がそう言っている。何せ昔はこの体で踊っていた。


「ふふっ、ふっ、あはっ……く、くくくくっ」

 しゃがみこんで、両手を口に当てて笑いを抑える。


 この世界に来て二度目の「なんということでしょう」だ!!

 





「何者!」 

「ひぃやぁああああああああああああああ!!!!」


 背後からとんだ鋭い声に悲鳴をあげてとびあがった。

 振り向きざまに照らしつけられた真っ白な強い光が目に刺さる。


「……カズハ殿……?」

「ちょっ! 目! 目がっ目が! いたっ」

「え、あ、申し訳ない。今火を抑えます」

 某大佐ばりに両手で目をふさいで悶えていると、光がすこし和らいだのがわかった。涙がにじんだ目をしばしばさせつつようやく、カンテラの向こうを見上げるとそこにはザザさんの戸惑い顔。カンテラの炎はもう柔らかなオレンジ色を灯してる。電気のないこの世界、光源は当然火なのだけど、その強弱は魔力をもって加減することができる。

 ……訓練場の暗がりでうずくまって笑ってるのがいればそりゃ不審者ですね……光を強くして誰何もしますよね……。



「―――」

 ザザさんは無言で私の隣に座り込んだ。

「……えっと、ザザ、さん? ……こんな時間までお仕事ですか?」

「あ、いえ、えー、まあそうです。これからこの先の宿舎に帰るとこだったんですよ」


 最初目印にした星から少し東側の方角の建物を指さす。四階建てレンガ造りのそれは、昼に見たときには蔦が美しく壁を飾っていた。


「あれ、宿舎だったんですね。騎士団の方たちは皆さんあそこに?」

「若いひとりもんはそうですね。階級があがったり、家庭をもったりすると城下に家をもつものが多いです」

 疑問が顔に浮かんでしまったみたいで、ザザさんが軽く苦笑いをした。


「本当は僕みたいに役職が上の人間も出ていくべきなんでしょうけど、近くて便利なんですよ。若いものには息苦しくさせちゃってるかもしれません。幸い受け入れてもらえているとは思ってますけど」

「便利って、毎日こんなに遅くまでのお仕事なんですか? 言ってはなんですが体力勝負のお仕事なのにきつすぎませんか?」


 あまりに私たちへの待遇がよくて、この国福利厚生手厚いわぁって思ってたけど、ここにきてまさかの身内にはブラック説が浮上するんだろうか。


「いえいえいえ、ここ最近たまたまです。上司が休まないと部下も休みにくいでしょう? その辺は王の意向でしっかり休むのも仕事のうちってされてるんです。……だから内緒ですよ? 数日中には落ち着く予定ですし、残ってるのが続いてるのばれると怒られちゃいます」

 人差し指を口元に立てるジェスチャーってこっちでも同じなのねぇなんて思う。私も人差し指をたてて笑った。てか、あの王様ほんといい上司だなぁ。営業マンぽいのに。



 ためらうように口の中の言葉を何度もかみしめるようにしながら、ザザさんは私の目をのぞきこんだ。ハシバミ色の瞳にカンテラの赤い炎がちらちらと浮かぶ。細面で優し気な顔立ちをしているザザさんだけど、意外に目力が強い。


「僕はですね、割と仕事好きなんですよ。騎士団員はみんなこの仕事を誇りにしてるんで、気持ちは同じではあるんですけど、僕はちょっと入れ込みすぎるっていうか、夢中で任務をこなしていたらいつの間にかこの年になっちゃってて。気づいたら団の独身者最年長でした」

「……おいくつになるんですか?」

 聞いていいのかどうなのか、いやこれはフリだよねと思いつつ問う。というかこの流れ、この空気って。これはイイ雰囲気と呼べる感じではないだろうか。


「四十二になります。すっかりおっさんですよ」

 そっかああああ、ちょっと年下だけど、四十越えちゃったらあんまし年の差なんて関係なくなるよね? どうしよう、これときめいちゃっていい流れかしらどうなのかしら。

 わぁ、経験もさほどない上にはるか彼方の記憶すぎてワンチャンなのかそうじゃないのかわからない。


「カズハ殿」

「殿はそろそろ勘弁してもらえないでしょうか」

「……様?」

「もう一声。なんなら呼び捨てでも」

「や、それはまずいです。いくらなんでも。えー、では、カズハさん?」

「はい。なんでしょう」


 落ち着いて。大人の女として取り乱さないで。


「僕はこの通り、家庭も持ってない未熟者です。親の気持ちなんて想像でしかわかりません。それでも一応カズハさんの父親くらいの年齢の人間として」


 ……? あ、私の実年齢は誰にも言ってないんだった。この世界の適齢期ってどのくらいなんだろう。成人年齢は平和の目安ときいたことがある。


「は、はい」

「それなりに経験を積んできたつもりです。娘を守る父親の真似事をできるくらいには、です」


 ん、んん―――ん?


「不安だと思います。当然です。そちらの世界ではわかりませんが、こちらではカズハさんくらいの年頃の娘はまだ親元にいます。代わりにはとてもならないでしょうが、それでも、こんなところで一人泣くくらいなら」


 え、は……? な、泣くってさっきのまぶしくて涙目になったやつ? え? 


「頼ってください。なんでもききます。僕にできることならなんでも。僕でだめなら、エルネス神官長だっています。だから、子供が声を殺して、こんなところで泣いたりしちゃいけませ」

「いや! 待って! 待って! ほんとごめんなさい違うの! 違うんです! 違うの!!!」


 ああ、なんてこの世界は優しいのか!

 己の身体能力に酔いしれて笑ってたなんて、どう説明できるのか!

 しなきゃいけないのか!? 何その羞恥プレイ!!


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