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28話 先の見えない階段のぼって

ごめんなさい。今朝誤投稿してたので再投稿です。書きかけアップして気づかないとか恥ずかしい……

 手足を怪我したのなら腕や脚の根本を縛るとか患部を心臓より高くあげろとかあるのに、腹部はただ傷口を押さえるしかできることがない。シーツはじゅくじゅくと赤黒く重みを増していく。

 私の震える手は、ちゃんと一般人であるリコッタさんのおなかが耐えられる程度の力加減ができているかどうかわからない。止血どころか潰しちゃいけないものまで潰してないかと不安に駆られる。


「その女が裏切ったせいで、あんたはこんな目にあったんだと思わないのか? 薬漬けだろうとなんだろうとそれはあんたには関係のないことだろう」


 けろりと立ち上がったようだけど、やはりダメージは残っているのか首筋をもみさすりながらザギルは壁に背を預けている。


「……リコッタさんは扉を開ける呪文を知ってるから」

「なるほどね」

「こっち来るな」

「あんたのかわりにシーツを裂いて腹に巻く。近寄らないとできねぇだろ」


 本当に、ほんっとうに面倒くさそうにちんたらと近寄るザギルを牽制するも、確かに私のこの縛られた両手ではそれができなくて困ってはいた。


「変な真似したら本当に今度は殺す」

「呪文がないとここから出られないのは俺も同じだ」


 ザギルから目を離さないように場所を譲り、リコッタさんの手を両手で包んだ。

 なんとなく思っていたけど、ザギルはその見た目の印象や口調に反して理性的だ。リコッタさんの手当ても手際よくすすめられている。まるで枕を整えるかのように軽々とリコッタさんの上半身を支えつつ、割いたシーツをぴったりと胴に巻いていった。


「あんたの傷は―――血止まってるのか?」


 自分の身体を見おろしてみると体中血塗れだけど、これは多分リコッタさんの血だ。両の二の腕、脇腹、それぞれ貫通している小さな穴から新たな出血はない、ように見える。リコッタさんから手を離して、前開きに切り裂かれたシャツを寄せつつ左の乳房を見ると、脇側からすくい縫いしたかのように穴がふたつ空いている。どの穴も臓器は傷つかないようにあけられたのだろう。このささやかな胸でよくうまいこと通したもんだ。血は止まっている。痛いけど。普通にめちゃくちゃ痛い。


「あのピックには、血を固めにくくする薬が塗ってあるって聞いたんだが」

「……だからあんな穴を広げるようなやり方してたの」

「いや、それは趣味だろうな―――ん?」


 ほんと死すべきして死んだのねヘスカは。いやむしろもっと苦しめるべきだったかもしれない。

 ザギルはまじまじと、胸元を凝視してる。このささやかな胸に興味があるのか。お前もかお前もなのか。


「なに」

「ちょっとその鎖みせてみろ」


 胸じゃなかった。シャツから手を離すと胸元がはだけるのだけど、全くもって見られてないのがわかったのでまあいいかと両手首を突き出す。

 何重にも巻かれたごつい鉄の鎖のあちこちを軽く引いていくザギル。絡んでたように見えた部分をするりと私の指先がくぐった。と、けたたましい音をたてて鎖は自重で床に落ちていく。

 がしゃん―――とぐろを巻いた鎖の上に乗った南京錠。鍵はかかったままだ。


「……」

「……手品?」


 自転車のチェーンをかけるとき、しっかり巻きつかせようとするあまりに意味のない部分に錠をかけてしまったりする経験をしたことはないだろうか。あれである。あれである。あ・れ・で・あ・る!!! リコッタさん! リコッタさん!!


「……まあ、人間を鎖で縛るなんて真似、やったことある女のほうがすくねぇだろうしな」

「―――くっ」


 足のほうももしかしてそうだったのか! 縛られているようにみえて絡まってただけか! 足の鎖さえなければと! あれだけ! あれだけ耐えたのは一体! リコッタさん!


 やり場のない怒りのままに床の鎖をヘスカたちの残骸に打ちつけようとしたけど、めまいが襲ってきてしゃがみこむしかできなかった。


「おい、動けそうなら行くぞ―――本当にこの女連れてくんだな?」


 リコッタさんは意識を失ったままだ。浅く早い呼吸は確認できるけど、早くちゃんと手当しなきゃいけないことには変わりない。三回深呼吸して立ち上がる。


「呪文まだ聞きだせてないし」


 小さな舌打ちをして、ザギルはリコッタさんを片腕で抱き上げた。


「変な真似したらわかってるよね」

「こっちはまだ右腕しびれてるんだ。自由になる左腕を塞いでまで担いでんだからわかれ」





 通路もやはり縁の欠けた古い石壁がヒカリゴケに覆われている。ぴちょんとどこかから水滴の落ちる音。右腕がまだきかず、左腕でリコッタさんを抱いているザギルの代わりにランタンを掲げているけど、私の身長ではザギルの顔は下から照らされてちょっと怖いことになっていた。

 リコッタさんが言ったとおり、通路は一本道でしばらく歩くと上へと続く階段に突き当たった。ランタンの灯りの向こうは闇に落ちているけど、階段は緩い弧を描いているのがわかる。


 両手も両脚ももう自由だ。重い鎖などもうない。だけど首輪はさすがに外れていない。その鍵はロブが持っていたらしいから、まあ、ハンマーの下だ。

 ―――きっつい。

 先の見えない延々と続く階段は、今の身体では正直かなりきつかった。ランタンをもっている腕の傷は三割増しで痛い。脂汗の流れる首筋が冷たい。どんだけ深いのこの遺跡。


「なんだっけ。イプシェなんとか? その国に帰るの?」


 朦朧としてくるのを誤魔化せないかと、ザギルに問うてみる。


「……オブシリスタな。かすってるともいいにくいぞそれ」


 ザギルは流石というのか息切れもしてない。私だって普段ならこの程度駆け上がれるし。覚えれなかったわけじゃないし。リコッタさんが言ってた通り言っただけだし。


「ま、そのうちまた変わるだろうけどな」

「なにが?」

「名前だよ。俺が覚えているだけで四回か。頭が変われば国名も変わる。―――国って言えるのかどうか知らんが、国っていえば国なんだろ」


 統合、消滅、乱立が繰り返される南方諸国。確かにその時々の支配者が国だと自称すれば国なんだろう。


「ふうん。で、帰るの?」

「帰るっつってもな。雇い主がアレじゃ戻るメリットどころかデメリットしかねぇな」

「アレは下っ端でしょ? こんなとこに出張ってきてるんだから。その上の人間に捕まったらヤバイってこと?」

「……まあ、どこにでも一時的に潜伏ならできる」

「他の国とか行けばいいんじゃないの」

「俺みたいなんが稼げるのはああいう荒れたとこなんだよ」

「脳みそが筋肉質にみえるタイプってこと?」


 肉体言語のほうが得意そうにしか見えないものなぁ。でも見た目ほど脳筋じゃないように思えるのに。


「くそが。勇者サマは知らんだろうけどな。この国や三大国みたいなんが特別なんだ。違う種族が共生してるとこなんて南にはねぇよ。混じりもんはどこいっても混じりもんだ」

「まじりもん」


 はて、とザギルを改めて見上げる。うん。怖い顔ではある。典型的な悪人面だ。混じってるってハーフかなんかってことかな。


「あ。目。目光ってる―――ひゃあっ」


 ランタンをザギルの顔がよく見えるように高くあげてたら階段にけつまずいた。


「ぜいぜい言ってるくせにくだらねぇことしゃべってっからだ」


 虹色に光る光彩に呆れをにじませて見おろすザギルは、それでも階段をあがる足を止めている。

 四つん這いについた手足は小刻みに震えている。痛い。しんどい。


「この女捨てりゃ、あんたをかつげるぞ」

「―――なんで私は捨てないの」

「ここから出て騎士団と鉢合わせしちまったときに、あんたがいれば交渉できるかもしれねぇ。あんたがいなきゃ、死に物狂いで追われるだろうな。―――ガキのあんたがあんだけバケモンなんだ。他の勇者サマはどんだけだって話だよ。しかも勇者付の騎士団ってザザがいるって話じゃねぇか。冗談じゃねぇ。さすがに逃げ切れる気がしねぇよ。鉢合わせさえしなきゃなんとかなるだろうけどな」

「ザザさん、有名なんだ?」

「氷壁のザザが絡んでるなんて知ってたら、話がきたときに逃げてらぁ。引き受ける奴なんてヘスカみたいな気狂いしかいねぇ」

「氷壁! ははっ、かっこいいなぁ」


 お約束の二つ名! やっぱりこっちにもあるんだ。笑って吐いた息で勢いをつけて立ち上がる。


「ねえ、その目、もしかしてランタンなくても見えてるの」

「夜目はきくぞ」

「早く言ってよね! それ! 気ぃきかないわー」


 ランタンを腰の高さまであげていたのを降ろした。私の足元だけ明るきゃいいんじゃないか。ひとが痛い腕あげてランタン持ち上げてたのに。


「頼んでねぇだろ……」

「わかんなさいよ」

「知るか」


 照らされている段差に一歩足をまた載せる。大丈夫大丈夫。


「で、どんな種族なの」

「あ? 俺か?」

「他に誰いんの」

「あー、俺はまじりもんっつうか、先祖返りだな。どっかで竜人がまざってたらしい」

「りゅうじんって? 獣人とはちがうの」

「知らねぇのか」

「この世界育ちじゃないんで」

「純血はもういないから本当のとこは知らんが、ヒトの姿をした竜だとか竜との混血だとか言われてる。俺はまあ、人より丈夫で夜目がきいてってとかそんくらいだ。寿命も長いかもしれんな」

「それで私の蹴りいれられても平気なのね」

「意識狩られたのなんてガキんとき以来だ。なんだよあれ」

「踵落としだね」

「ほんっとふざけんなだぞあれ」

「仮にも勇者ですし」

「……はあ、ほんっと知ってりゃ逃げたのによ」

「普通に断るってのはないの。仕事選べないの。底辺なの」

「あんな……あの国で仕事選べるヤツなんざ一握りもいねぇよ」

「そうなんだ」

「おう」





「……リゼ」


 いよいよ雑談もつらくて、黙々と階段を上り続けてしばらくすると、リコッタさんが小さくかすれた声でリゼを呼んだ。ザギルの左腕にそうように垂れていた手が力なくさまよう。そっとその手を握ると、わずかに曲げられる指が、握り返そうとしてるんだと伝えてきた。


「もう少しだからね、リコッタさん」

「リゼ?」

「……一緒に帰ろうね」


 ザギルは空気を読んでるのか黙ったままだ。読めるんだ。空気。

 手にぶらさげたランタンの灯りは四方へと私たちの影をたちのぼらせる。ザギルの肩に頬を預けてるリコッタさんの顔色はランタンのオレンジ色の灯りを受けてもなお白い。


「リゼ、もう、いたく、ない?」

「いたくないよ」

「こわくな、い?」

「こわくなんてないよ」

「ごめ、ん、ねえ」


 リコッタさんの夫や娘が、どうして亡くなったのかまでは知らない。そんなものいちいち詮索したりしないから。厨房にいたということは、だんなさんは騎士で殉職したのだろうけれども。

 大切な人間を失ったときの悲しみが何に向かうかなんて、きっと誰にもわからない。

 人によって違うだろう。

 時間が癒してくれるかもしれない。嘆きを憎しみに変えなくては生きていけない人もいるかもしれない。怒りが支えてくれるかもしれない。奪われた己を責め苛むことで立っていられることもあるかもしれない。


 白く冷たい指先で、浅く速い呼吸で、夢うつつの意識で、ただ自分以外の誰かを案じ続けている。もういない誰かに詫びている。


「いいよ。怒ってないよ。帰ろうね」

「―――ああ、そう、ね。帰らなきゃ、ね、パパも、待ってる」

「うん」

「リゼ」

「うん」

「おまじ、ない、ね」

「おまじない」

「そう、照らせ、照らせこのよるを、みちびけ、導け、いくべき、道、へ、我がいとし子をしゅごするものよ」

「照らせ照らせこの夜を導け導け行くべき道へ我がいとし子を守護するものよ?」

「そう、ふふっ、じょうず、ね」


 わずかにひっかかる程度だった指先の力がさらにすぅっと抜けた。


「リコッタさん?」

「―――まだ息はある。意識が沈んだだけだ」


 ザギルは階段を上がるペースを上げも落としもせずに歩き続ける。


 全く関係のない第三者を巻き込んで、請われてもいない優しさを押し付けて、当人が望んでもいない安全を確保して。巻き込まれたほうは迷惑でしかない。自分が楽になりたいだけのエゴだと言われても致し方なかろう。

 自分の行いが何をもたらすのかも考慮できない浅はかで、愚かで、哀れな人間へと、リコッタさんをそう追い込んだのは、そりゃあ直接的にはロブやその後ろにいる輩だけれど。


 リコッタさんは私よりも若い三十なかば。いくら平均寿命が低めのこの世界でも、まだまだこれから先、新しい人生を進めることができた年齢だ。もう一度幸せをつかむことだってできたかもしれない。せめてもう少し、苦しみが癒えた時間を過ごせたかもしれない。それをリコッタさんに許さなかったのは、紛れもなく自身のその深い愛情だ。


「ねえ、ロブのボス? この誘拐の主犯の情報ってなんかもってる?」

「知らねぇ」

「ほんとつかえない」


 たぶん嘘はいってないと思う。なんとなく。



 愛は地球を救うとかね、もうね、みんな愛というものを過大評価しすぎだよね。


 こんなの呪いと変わらない。


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