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25話 馬鹿はなにやっても馬鹿

 蹴り開けられた扉から、男が三人つんのめりつつ飛び込んできた。小柄な初老の男と若い二人の男だ。一人はがちがちの筋肉で肩をもりあげている大きな男で、もう一人は背こそ高いけど影の薄いやせ細った男。なんか典型的な悪役三人組。おっきいのちっさいのほっそいの。


「……や、やっと、あ、当たった」

「ったく、どうなってんだあのガラクタ。大丈夫なのかよ帰りよー」


 影の薄い男が見たまんま気弱げに呟き、筋肉男が忌々し気に吐き捨てる。もしかして迷子か?

 初老の男が筋肉男に警告するように軽く咳ばらいをしてから、リコッタさんへ向きなおる。


「すみません。待たせてしまったようですね。―――そちらは順調に?」

「ええ、ええ、ご紹介しますね。カズハさんです。カズハさん、ロブさんです。この方が色々と助けてくださったんですよ」


 助けてって、この鎖で両手両足つながれた上に首輪まではめられているのに。

 抗議がわかりやすいように両手を軽く上げ眉間に皺を刻んでみせる。もちろんロブさんとやらに、だ。リコッタさんにはわからない。


「ああ、はじめまして。―――本当に可愛らしい勇者様なのですね。ひどい話です。こんなに幼い方を戦場においやるとは」


 華麗なるスルーを決め込んだロブさんは、リコッタさんへ優し気な笑みをみせた。彫刻刀で切り込んだような薄っぺらな笑顔。


「ねえ、ロブさん? これ、外してもらいたいんです。あと首輪も」


 じゃらじゃらとこれ見よがしに鎖を鳴らして注意をひいてみる。ロブはその場で中腰になり、薄っぺらな笑顔をさらに深め、


「ごめんねー、もうちょっと我慢できるかなぁ? これからぁ、とーってもいいところに行くからねー、ついたらはずしてあげようねー、もちろん、ほら、このおにいさんが抱っこしてくれるから重くないよー」


 きもっ!!!!!!

 なにそれ!!!!


 思いもよらぬ猫なで声に鳥肌が立った。反射的に身体が縮こまって体育すわりになってしまう。


「あんた子どもに嫌われるタイプだろ」

「―――お前ほどじゃない。……ところでリコッタ、リゼを知らないかい? 実は来るときにいつの間にかはぐれてしまってね」

「まあ、それでリゼだけ先に帰ってきてたのですね。リゼなら……さきほどまでここにいたのですけど」


 この部屋に扉はひとつしかない。ロブたちが入ってきた扉だ。その反対側の壁に向かっていたリゼはいつのまにかその姿を消していた。あれね。手品の初歩よね。他の何かに注意をひいてトリックをしかけるっていう。この場合の他の何かっていったらロブたちなんだけど。―――一瞬じゃん。ないわ。イリュージョンにもほどがある。


「リゼったら遊びにいっちゃったのねぇ」


 のほほんとした声に、筋肉マンがおいおいおいおいと小さく突っ込んだ。わかる。わかるけどお前がすんな。

 リゼが道案内だと言っていた。てことは、リゼが戻ってこないとこいつらは私を王都から連れ出せないわけだな? はぐれてからこの部屋まではたどり着けたようだけど、随分と迷ったぽいし。ここから迷わず出られるのは、リコッタさんが私を連れてきた道、王城の裏に続く道を行くしかないとみた。ざまぁ。


「……あのガキ今すっごいむかつく顔しやがったぞ」

「そ、そんなこと、か、か、かわいい、よ、ね、ねえ、おやつ、たべる?」


 おいおいおいおいなんかほっそいひとこわいこわいこわい。おやつってその干し肉のかけらか。今それどっからだした。むき出しでポケットにいれてたのか。

 怖気の立つイベントの連続に魔力が乱れて、目がまた回りかけるのをこらえた。


 すぐに連れ出されないとして、どこまで抵抗できるだろうか。細い男は扉のすぐそばで外を警戒してる位置。ロブはリコッタさんのそばに立ち、筋肉マンは私とロブとの間に立ちふさがっている。

 今の身体の状態で一気に殲滅は厳しい、と思う。いつもみたいに動けそうにない。どこまで動けるのか、確かめる前にこの三人組が来てしまった。





「―――みなさんと対等に戦えるものなど、魔族以外にはいないでしょう。けど、だからこそ、魔族や魔物以外とは戦わないでください。例え、みなさんを守ろうとした僕らが傷つけられてもです。戦うのは、僕らが殲滅され、かつ、敵がまだみなさんを傷つけようとしたときです。させませんけどね。そんな状況には」


 勇者を政治的に外交的に利用することは許されない。それは召喚を五十年ごとに交代で行う三大同盟国間での約定のうちのひとつだ。これが守られているからこそ、同盟は過去破棄されることなく継続している。

 大陸を南北に分断する三大同盟国の北側には魔族の国。南側にはたくさんの小国家群。小国家群とはいえ、国の体をなしていない地域も多いらしく、小競り合いのあげくに消滅や吸収、分離、乱立を繰り返している。

 南方諸国に比べ、はるかに安全で国民の生活が安定している三国。それぞれ王国、教国、帝国と政治体制が違うため、南方諸国に対する姿勢も違う。帝国は南方の地から要請があれば、併合することもある。宗教国家である教国はその教義ゆえに、どこかと紛争が起こることもある。カザルナ王国は基本的に不干渉。けれども、三国とも勇者に対する姿勢は変わらない。


 優先順位からいえば、召喚の儀は五十年ごとに交代で行われること、どの国が召喚したかに関わらず勇者に対して常に誠実であること、魔族との戦いへの参加も含め勇者の行動は勇者の意思によってのみ行われるものであること、そして魔族以外への戦力としないこと、など―――「世界」を守る勇者という存在を召喚することができるのはこの三国だけであり、強大な戦力ともなりえる勇者をめぐる諍いを回避するために必要な約定だった。

 礼くんの中身が十歳の子どもだからと戦闘への参加を止めようとしたのは、「常に誠実であること」が「勇者の行動は勇者の意思によってのみ行われること」よりも優先するためだそうだ。最終的には、勇者である礼くんの意思のとおりに「保留」として落ち着いているけれども。


 主観により解釈の変わる緩い約定だと思う。何が誠実であって、何が誠実でないのかはそれこそ主観の違いで変わってしまう。どんな教義かは知らないが、素人目にみたって、宗教国家である教国の考える誠実とカザルナ王国の考える誠実が同じとは限らないのは予想できる。

 けれどこの三国は、このきれいごとともいえる約定をもって、衰退も崩壊もすることなく国を維持し続けている。そこが南方諸国とは違うところです、と、誇りと威厳をもってカザルナ王は言った。魔族と魔物以外とは戦わないでくれといったザザさんと同じ表情だった。





「なあ、どうなってんだよ。帰りどうすんだぁ?」


 筋肉マン―――ザギルがベッド寄りの壁にもたれながら、ロブに問いかけた。こいつは私から一定の距離を常に保っている。私から手が届かないけれど自分からはいつでも手が届く位置。私を見たままの年齢だと侮ってはいつつも、まるで警戒していないわけでもないらしい。足運びひとつとっても、体術を得意としていそうなことくらいは私にもわかるようになった。


 リゼは戻ってこない。そろそろ焦り始めているのか、ロブはザギルに答えようとしない。


「あのー、そろそろお尻冷たくて痛いんです。ベッドの上にあがるの手伝ってもらえますか」


 侮られているなら、今はそのほうがいい。できるだけ無力の子どもの顔で見上げてみると、ザギルはちらりと一瞥してロブをまた見やる。あしらうように片手を振るロブに小さく舌打ちをして、ザギルは私の首根っこをつかまえてベッドにひきずりあげた。


「……ありがとうございます」


 いくら小さめだとはいえ両手両足に鉄の鎖つきの身体を片手で持ち上げるのは、筋肉がお飾りではない証拠だ。まあ、お飾りの筋肉を育てる文化はこの世界にはないけど。

 どこか羨ましそうな声をあげている細い男は視界にいれないようにした。ヘスカといったか、こいつは何の役割なんだろう。おそらくリーダーはロブで、他の二人は雇われの護衛だ。ザギルが見たまま近接主体なら、ヘスカは魔法使いだろうか。もっとも、三人とも腰には剣をさしているので、ザギル以外は戦闘ができないってわけじゃもちろんないと思う。そりゃそうだよね。


 リゼの道案内なしでは、王都を出ることもできないのは結構なんだけども、いつ戻るかもわからないリゼをただ待っているだけの時間はかなり重苦しい。というか、もしかして馬鹿なんじゃないだろうか。一番重要な逃走経路をそんな不確定な手段のみに頼るだなんて。

 王城の裏手に出るのは一本道だそうだから、こいつらを無力化してしまえばリゼの案内はいらない。王城に帰れるだろう。けれど、三人を一瞬で制圧しないとリコッタさんを人質にとられると思う。


「どうして私をつれていくの? なんのため?」


 ただ時間がすぎていくだけなのもなんなので情報収集をしてみることにする。


「きみはねぇ、戦争に利用されるところだったんだよ。ひどいだろう? だからね、助けてあげるんだ。私たちの国には魔族なんて来ないからね」


 ロブはまた猫なで声でこたえた。魔族が来ない? ふぅん? それは南方と北の間には三大国があるからだと思うけどねぇ。


「でも、勇者がいなくてカザルナ王国が負けちゃったら、魔族はそっちの国にも行くんじゃないの? そっちの国だって困るんじゃないの?」

「ああ、かわいそうに。そう教えられたんだね。本当にひどい。戦うだけで問題は解決しないだろう? 戦争などするものか。愚かなことだよそれは。うちの国はね、対話を大事にするんだ。外交で解決するからね、君は何も心配しなくていい」


 ……わぁ。会話できる魔族と会えることもほぼないってことすら知らないのか? モルダモーデとの接触が、百年以上ぶりの「対話」だったのに。


「戦わないのに、なんで私をつれていくの? なんのために勇者がほしいの?」

「きみのような小さな女の子に戦わせるなんて許されることじゃないだろう」

「きもっ!」

「え」


 あ、しまった。つい本音が。

 いやだって、問答無用で少女誘拐拘束監禁とかしておいて、どの口が対話だの許されるだの抜かすのかと思ったら、ねぇ?


「やっぱガキに嫌われるタイプなんじゃねぇか」


 胸の筋肉を震わせて嘲り交じりの豪快な笑い声を立てるザギルは、すぐにその笑いを引っ込めて目を細めた。


「雇い主の狙いなんていちいち詮索しねぇけどよ、勇者とかいってもガキはガキだろ。俺はここからどうやって出るつもりなのか知りたいねぇ。俺らはあんたらの護衛で雇われただけだ。迷宮みたいな古代遺跡の探索も、この国の騎士団とことをかまえるのも契約にねぇぞ」


 ほお。古代遺跡なのですか。ここは。


「……おまえらのようなごろつきにはわからんのだ。勇者というものの価値もな」

「価値?」

「三大国の繁栄は勇者を召喚できるからだ。技術も富も権力をももたらす勇者がいるから繁栄できてるのだよ。勇者さえいれば、我らの国が並び立てる」

「へぇ、こんなガキに何ができるんだ? まあ、俺らの金になるわけじゃないなら関係ねぇけどな?」

「ああ、関係ないとも。だから黙ってろ」

「出る方法を言うなら黙ってやらぁな」


 技術も富も権力もって、心当たりないわぁ……。なんだそれ。異世界チートとかそういうアレ? まあ、確かにジャージとか給食とか持ちこんだけども。


 ジャージを実際に開発したのは研究所の人たちだし給食は王が制度化したものだ。過去もちこまれた蒸気機関を使った魔動列車だってそう。運用し続けていられるのも、この国が自分たちでしっかり管理しているから。浄化魔法だって汎用化させたのはエルネスたちのような研究者だ。

 勇者が異世界の概念を持ち込んだとして。それを有益なものにしているのはこの世界の住人にほかならないわけだけれど、果たしてこのロブたちの国に同じことができるのかね?


「あのオートマタはすぐ戻る。今までだって呼ばずとも我らが望めば現れたんだ」

「来ねぇからいってんだろ。あのガラクタ」


 おーとまた。西洋からくり人形。こいつら、それはわかってるんだ。


「あなたたちの国がつくったの?」

「オートマタを? まさか。あれは古代遺跡に住まうもの。愚かな他の国はゴーストなどと呼んでいるがね。我らはあれが古代につくられたものだと知ったのだ。他の国とは違う、選ばれたのだよ」


 選ばれたという言葉に陶酔のにおいをにじませるロブは、気色の悪い猫なで声をやめたようだ。正直助かる。魔力が乱れてしょうがない。


「……つくれるの? つくれないの?」

「―――古代文明は勇者の知恵でつくられたものと言われている。その文明でつくられたオートマタが我らを選んだのだ。次に勇者の恩恵を授かるべきなのは我らの国だ」

「つくれないんだ」

「今は勇者がいないからな」

「私あんなのの仕組み知らないよ? つくれない」

「まだ三大国は我らが気づいてないと思ってるのだろうなぁ。勇者の存在は、存在そのものが恩恵であり、繁栄をもたらすものだと、とうにばれているのに。だからこそ独占し続けてきたのだと」

「えっ、ほんとに馬鹿なんだ」

「え」


 あ。いかん。また本音が。

 でも馬鹿だとしかいいようがないでしょ。まさか何もしなくても、勇者がいるだけで知恵がどこからか降ってくると思ってるだなんて。大体、勇者の知恵でつくられたものといいながら、勇者がいる「だけ」で万事オーケーとかなにをどうしたらそうなるのよ。


 ―――そうか。だから私みたいな「子ども」でも「勇者」なら用は足りると思ってるんだ。勇者であればそれでいいなら、誘拐するのは無力そうなほうを選ぶに決まってる。


「ロブさん、あの、リゼもまだ戻らないですし、カズハさんの鎖を外してあげるわけにはいかないでしょうか。ここは床も冷えるし女の子の身体にはよくないです」


 リゼを人の娘として扱わない会話は認識できなかったのか、脈絡もなくリコッタさんが待遇改善を申し出てくれた。そうそう。女の子は腰を冷やしちゃいけない。せめて両足首をまとめてくくっている鎖だけでも外したい。


「いや、リコッタ、それはちょっと無理だねぇ。どうやら勇者様はまだ私たちの誠意を疑ってらっしゃるようだ。国まで戻れば、おわかりいただけるとは思うが」


 ―――他人を馬鹿といったものが馬鹿。私の馬鹿!!!

 ほんのちょっと漏れてしまった本音を根に持たれてしまうとは。


「カズハさんは私とリゼと暮らしてくれるといいました。鎖を外したって問題ありません」


 これまでの柔らかで物静かな風情から一転して毅然とした態度をとるリコッタさん。いや言ってないけどね? 一緒に暮らすとは言ってないけどね?


「リコッタ、勘違いしちゃあいけない」

「はい?」

「問題があるかどうか決めるのは君ではない。私だ」

「な……きゃっ!?」


 鈍い音とともに、リコッタさんの身体が壁に叩きつけられる。

 平手打ちなんかじゃない。拳で、リコッタさんの顎を殴りつけた。


 ほんとにどの口が「対話を大事にする」とぬかしたんだ。

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