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22話 いつもどおりであろうとするひと

 父の会メンバーのリトさんと、騎士団長補佐役のセトさんは親戚らしい。だけど、リトさんはドワーフの血が入っていて、セトさんはエルフの血が入っているということで見た目は全く似ていない。ずんぐりとした体格に若干低めの身長のリトさん、すらっと長身でどちらかといえば女顔のセトさん。性格も多分正反対といっていいように見える。


「えー、あー、リト」

「団長、無理ですわ俺にはあの神官長は無理です」

「だな。よし。セト行け」

「……危うい方向になったらすぐ呼びにきます。おねがいしますよ団長。ここか部屋にいてくださいね」

「た、頼んだ」


 きりりと涼やかな目を細めて、セトさんはあやめさんの後を追っていった。


 てっきり自分で追いかけるかと思ったのだけど、ザザさんはセトさんを差し向けることにしたようだった。エルネスどんだけ騎士団に警戒されてるんだ何やったんだ。


「―――ザザさんが気を遣うようなことじゃないでしょう」


 幸宏さんは先ほどまでとはがらりと違う空気を纏わせて呟いた。


「どうしました。チョコチップ苦いとこでもありましたか」

「それこそこっちじゃ『行き遅れ』な程度にあやめは大人扱いされる年齢っすよ。あんま甘やかさんでいいっす」


 毅然とスルーされた。

 笑い上戸の幸宏さんは、感情の起伏が激しそうにみえてなかなか怒りを露にすることはないのだけど、苦々し気に吐き捨てる今の表情は隠そうともしていないのがうかがえる。


「甘やかしてますか? いやでも神官長のあの手の行動を手本とされるのはちょっと」

「だっていつもならザザさんは自分で止めにいくとこだろうに、わざわざセトさんに向かわせてるじゃないっすか。それっていつまでもあやめがぐずぐずびくびくしてっからでしょ」

「―――あー、そっちですか」

「ザザさんたちがいなきゃ、あやめは殺されるか攫われるかしてるとこだ。なのに守ってくれたザザさんを怖がるとか筋違いにもほどがある」


 そりゃそうだ。頷かざるをえないくらいには、私もここのとこのあやめさんの反応には思うことがある。とりあえず重々しそうに頷いてみたけど、誰も見てなかった。背が低いと人の視界に入りにくい。


 あやめさんを襲撃したのは五人。騎士団長を筆頭にした精鋭騎士三人を相手取るにはあまりにお粗末な人数で、しかも個々の戦闘能力までお粗末なものだったらしい。

 ファイアボールの奇襲は、魔力を素早く感知したザザさんの障壁で防がれ。

 武器を持って襲いかかってきた三人はそれを振うこともなく瞬時に騎士二人に制圧され。

 死角からあやめさんへ忍び寄ろうとした二人はザザさんの剣で斬り捨てられた。らしい。

 目的はなんだったのかはわからない。捕獲した三人は雇われただけらしく、あやめさんが勇者であることすら知らなかったそうだ。雇い主は残りの二人。一人は首を刎ねられ、もう一人が刎ねられたのは手首だったけれど、仕込んでいた毒で自害してしまった。訛りから南方諸国の出身らしいことが推測されているだけだ。


 そのザザさんが怖かったと。いつもあんなに優しい人が平然とためらいなく人間を斬り捨てたことが、人間を斬ったのにいつもと変わらない穏やかさが怖かったと、城に帰ってきたあやめさんは私たちにだけそう告げた。

 一応彼女もわかっているのだ。その恐怖感をみせるのは筋違いで失礼であると。ただ理性では抑えられない部分が、振舞いにでてしまっている。一定の距離から近づけない、不意に視界にはいると一瞬硬直してしまう、そして申し訳なさそうな顔をしてしまうことが却ってその恐怖心の存在を見せつけてしまっていた。


 ザザさんはそれを悲しそうにするわけでもなく、ただいつもどおりの笑顔でいつもどおりの振る舞いで、気がつかないふりをしながらあやめさんが強張らないであろう距離を保っている。

 だから今も自分がエルネスを抑えにいくのではなく、セトさんを派遣したのだろう。


「ユキヒロ、慣れてなきゃ怖くて当たり前なんです。こちらの人間だって同じですよ。特に荒事が身近じゃない女性はね。アヤメだけなわけじゃない。そして慣れる必要もない環境をつくるために僕らがいるんです。追いついてないので理想にすぎませんし、みなさんには慣れてもらわざるを得ないのが実は悔しいんですけどね」


 いつもどおり優しい笑顔で、いつもどおり柔らかな声で、ザザさんは言う。

 あやめさんが怖かったというその瞬間を、私も見てみたかったなと思った。


「それにアヤメだって充分気遣ってくれています。隠そうとしてくれてるじゃないですか。時間が必要なんです。大丈夫ですよ。―――でも、ありがとうございます」

「そんなイケメンなのになんで独身なんですか。もしかして荒事が身近じゃない女性に振られたんですか」

「カズハさんやめてください。なんですかその切れ味。カズハさんも隠そうとしてくれていいんですよむしろ隠してください。少し」


 情けないほどに眉尻を下げた幸宏さんは、どうかすると礼くんよりも幼くみえるような表情をしていた。





「あ、そういえば、カズハさん。明日、給食事業の報告がありますよ。同席されますか?」

「ほんと仕事早いですよね。もうザザさんは内容知ってるんです?」

「今のとこ王都にほど近い地域での試行結果ですけどね。概ね好調で少しずつ授業に加わる子どもが増えてるそうです」

「……給食って、あの学校の給食?」


 翔太君がブラウニーの最後のかけらをお茶で飲み下して訊く。


「ええ、こちらにはその制度がなかったんです。カズハさんにきいて導入したんですよ」

「学校に来るのと給食となんの関係があるの?」

「この国は南方諸国に比べ豊かではありますけど、辺境まで行き届いているわけじゃないし、餓死こそ少ないですが比較的貧しい地域もあります。それでも国内では子どもに対する教育は欠かせないとして学校は無料なんですよ。字の読み書きや計算もそうなんですが、何より魔物や賊からの自衛のために護身術を指導しなきゃいけませんからね。騎士団からも年に一度は指導役に派遣します」

「うん。それ習った」

「でもね、貧しければ貧しいほど、子どもも労働力です。どうしても通わせられない家庭もあるんですよね。だけど学校で子どもに食事をとらせることができるならということで、なんとか昼食時間とその前後くらいの時間は学校にあてさせる家庭が増えたんです」

「へえ……、えっと、学校に通わせるために給食が役にたつって和葉ちゃんのアイデアだったってこと?」

「そういうわけではないです。ザザさんに給食の話をしたときにはこちらの学校の状態を知らなかったですからね。カザルナ王にも話を聞きたいと言われて話しただけですよ」

「あー、俺もきいたことあるな。学校給食の成り立ちだったか、途上国の支援方法だったかかで。どっちか忘れたけど」


 幸宏さんも、お茶のおかわりをすすりながら、もういつもどおりの軽い風情だ。


「私、前は給食のおばちゃんだったじゃないですか。まあ、子どもたちの個々の事情は知らないんですけどね。個人情報ですから。でもね、いるんだって話はやっぱり聞こえてくるんです」

「なにが?」

「給食で食いつないでる子ですよ」

「……は?」


 翔太君は眉間に深い皺をよせて私をにらみつけた。いや私を睨んでもねぇ。


「おうちでは満足に食べられなくて、給食でやっとおなかを満たしてる子ども」

「それは、貧乏だから?」

「さあ。どの子がそうなのかもわかりませんでしたし。ただ、私二十年近くやってましたけどね、絶えず常にいるんです。学校全体のうち一人二人は。でもそれぞれ理由は違うというか、貧しいからだけが理由とは言えないこともあるらしいですね」

「うーん……社会問題としてそういうのがあるってのは聞いたことあるけど、ほんとにあるんだなやっぱり」

「まあ、現代日本においても、学校給食にはそういう側面があるっていう話です」


 仲間内にそういった子どもがいない限り遠いところの話にしか聞こえないだろう。それくらいに現代日本は豊かではある。私だって職場柄小耳に挟んでなきゃ違う世界の話くらいにしか思わなかった。


 いくら子ども好きではないといっても。

 おなかをすかせてる子どもが身近にいるという現実は容赦なく胃を締め付けるし、何をしてあげられるわけでもないことに罪悪感が苛んでくる。


 生き物は、小さくて丸々とした生き物を庇護したくなる性質をもつという説があるそうだ。犬が猫の子を育てたりといった種の違いをこえた育児はそれによるものだとか。だから大抵の生き物の子どもは、自衛として小さく丸々とした愛らしさをもつのだと。科学的に正しいのかどうかは知らないし、都市伝説かもしれない。けれど体感として納得できる説だと思う。


「同席は遠慮しておきます。私はほんとに制度があることを話しただけですし。でも教えてくれてよかった。うれしいです」





 大樽いっぱいの生ごみふたつを重力魔法で浮かせて、厨房裏口からゴミ置き小屋へ運ぶ。これが終われば今日はおしまい。このまま部屋に帰って、お風呂も終わってるであろう礼くんと軽くおしゃべりしてから私もお風呂だ。今日は訓練の合間に、父の会メンバーからカードゲームらしきものを教わっていたようだからそのお話かもしれない。

 鼻歌に合わせながら大樽をふわふわ躍らせつつ、小屋の奥に積み上げてから、浄化魔法をかけなおす。


「確かに重力魔法は手品っぽいけども、その曲をサビまで鼻歌う人初めて見た」

「うひょうっ―――あ、びっくりした。翔太君か」


 扉の外から覗き込んでる翔太君は少し気まずそうな顔をしてる。ノリノリなの見られて気まずいのは私のほうだよやめてよ。


「で、どうしました?」


 何事もなかったようにとりすまして小屋から出る。


「……あの、ちゃんと謝ってなかったから」

「うん?」

「前にさ、魔動列車で」

「あー、やっぱり気にしてたんですか」


 そりゃそうよねぇ。あれからろくに口きいてくれてないし。


「ごめんなさい。僕、勝手だった」

「ふむ」

「ほんとはすぐちゃんと謝ろうって思ってたんだけど、言い出しにくかった」

「私そんなに怖そうでした?」

「ううん。気にしてなさそうだった」

「うん。怒ってないですからねぇ。しれっと普段通りに戻ってくれてよかったんですよ」


 あやめさんなんかはそのあたり上手なのよねぇ。キャラの違いってやつかな。


「和葉ちゃんは大人なんだね。やっぱり」

「こんななりですから、うっかりしちゃうでしょ」

「うん」


 くるりと回って両手をひろげてみせると、安心したように翔太君は微笑んだ。


「でもやっぱりきっと、和葉ちゃんは優しいからつい甘えちゃったんだとおもう」

「優しかぁないでしょ」

「だって、さっきすごいうれしそうだったもん」

「さっき?」

「給食のこと。うまくいってるってのきいて、すごくうれしそうだった」

「いやまあ、うれしかったけれども」

「子ども好きじゃなくても、優しいのはかわんないんだなって」


 買いかぶりではないかな? なんか居心地悪いな?


「僕さ、多分思い出した」

「あー……そりゃまた……そっかあ。聞きましょうか? なんならお茶でも飲めるとこ移動する?」

「ううん。礼君待ってるし。でも、そのうち聞いてもらってもいいかな。教えてほしいこともあるんだ」

「答えられるかどうかわからないけども」

「うん。でさ、それでさ、僕ピアノ習ってたことあるって言ってたでしょ」

「うんうん」

「和葉ちゃん、踊りたくなったらさ、伴奏させてよ。今度」

「まじですか。いいの?」


 生演奏で踊るとかなんて贅沢な。


「僕がお願いしてるんだってば」

「じゃあ明日」

「はやっ! うん、楽しみにしてる」



 痞えがとれたような笑顔で部屋に戻る翔太君を見送って、小屋の扉に閂をしっかり降ろす。浄化魔法で腐敗は遅れるにしても食べ物のにおいは防げない。城の裏手は切り立った崖に囲まれてるとはいえ、それなりに樹が密集した森だ。紛れ込んだ野生動物がにおいにひかれて荒らさないように戸締りは徹底されている。


 しっかしほんとよく出来た子達だなぁ。ことあるごとに、そう思う。

 礼くんがとびぬけて天使なのは当然としても、みんなそれぞれ自分の内面をしっかり見つめようとする根性がある。あやめさんだって今は恐怖心をもてあましているけど、制御しようとしてる。そのうち折り合いをつけて自分なりの答えをだすだろう。

 あまりに遠い記憶すぎて定かではないけれど、私はあのくらいの年齢のときにどうだったかなぁと思うと、もうちょっと馬鹿で甘ったれだった気がする。


「カズハさん」

「うひょうっ―――あ、びっくりしたリコッタさんか」


 なんだなんだ。暗がりから人を驚かすのが流行ってるのか。

 リコッタさんは、ずっと厨房にいてくれたらいいのにと言ってくれた人だ。細身で儚げな女性。三十代半ばくらいだろうか。


「驚かせちゃった? ごめんなさい」

「いえいえ。驚きましたけど。あれ? 今日は夕方で上がりじゃなかったでしたっけ?」

「あのね、私の郷里の果物が手に入ってね。王都じゃあんまり出回らないからお裾分けと思って」


 小屋の戸口を照らすぼんやりとした灯りの下に差し出された小ぶりの籠には、大ぶりの巨峰の粒くらいの果実がおさまっていた。瑠璃色桔梗色藍浅葱と熟し具合で鮮やかなグラデーションが創り上げられていて、美味しそうというより鉱物の美しさがある。


「綺麗ですねぇこれ」

「でしょう? あんまり数がないから、こっそり。ね? 一粒どうぞ?」

「おお……ではありがたく。これ、皮のままいけるんですか?」


 こくこく頷くリコッタさん。濃い色のがやっぱり熟してるのかなと、遠慮なく一番藍色の一粒を頬張る。ぷつりと柔らかく弾ける皮から甘い果汁が口内に広がり。


 ―――え?


 視界がぐるりと暗転した。



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