19話 きみとぼくとではんぶんこ
普通のもも肉五十枚分ほどのスパルナのもも肉は、やきとりと照り焼きチキンとからあげに。胸肉はグリルチキンとチキン南蛮、手羽先と手羽元は骨や野菜とともに大なべに突っ込んでスープ。
解体をセトさんに手伝ってもらって、やきとりの串刺しはルディ王子と王子の護衛である近衛騎士たちに手伝ってもらって。みんながグレートスパイダーの狩りと解体を終わるまでにはちょうどいい塩梅に準備ができていた。王子に串刺しを頼んだら近衛騎士はちょっと動揺してたけど、本人が手伝いたいって言ったし楽しそうだし。
そういえば王族の護衛は近衛騎士団の人がしているのだけど、普段その姿を見かけることはあまりない。見た目いかつすぎるからお前らちょっと隠れとけとの王命で、目立たないように影に控えているそうだ。忍者か。てか、いかついってカザルナ王ひどい。今回は道中隠れてる場所がないので、堂々と護衛している。串刺しもしている。
「カズハ殿! 俺の刺したヤキトリは美しいだろう!?」
「お上手ですよ。王子は楽しそうですね」
「うむ! 楽しいぞ! しかしカズハ殿は準備がいいな」
「ええ。抜かりはありません。コシミズ・セットです」
狩りに行くときは必ず持ちこむ調味料一式と油に小麦粉等のコシミズ・セット。鍋や鉄板は騎士団も常備の荷物にいれているけども味付けの類は少ない。なので一通り持ちこんでいる。
◇
「だからさ、あんま笑わせないでって言ってんじゃん!」
幸宏さんが照り焼きチキンとマヨネーズを挟んだパンにかぶりつきながら抗議してくる。言いがかりでしょう。それは。
地上に戻ってからのセトさんの意味不明な謝罪と同時に、後方から「ラスボス!?」と叫んだのはあやめさんだ。幸宏さんは膝から崩れ落ちて、翔太君は少したたらを踏んで、ザザさんの一喝が飛んでた。
「幸宏さんは少し心頭滅却を心がけるといいと思います」
「ラスボス降臨してきたら無理だからね! 俺よく持ちこたえたよ! くっそテリヤキバーガー美味いな!」
「ラスボス言ったのあやめさんですし」
「私のせいにする気!?」
「和葉ちゃんかっこよかったよー! すっごい強そうだった!」
「ねー!」
「ねー!」
礼くんは乱れることなく、幸宏さんと翔太君の守備範囲までフォローしていた。見習うといい。うちの天使を。
「ご機嫌かよ!」
「そうですよ。今日は最高の鳥肉日和ですしね」
「ねー!」
「ねー!」
そうとも。こんないい日はそうそうない。ピアスはかわいいし、みんな美味しい肉ににこにこだ。
「カズハ殿! これはもう焼けただろう!? 次焼いていいか!」
「いいですよー。素晴らしい焼け具合です」
「うむ!」
ルディ王子は、やきとりの焼き台前に陣取り、焼きあがったものを木の大皿に移し次にとりかかる。焼き鳥から足が生えて逃げ出すのではないかとばかりに目を離さない姿は職人の風格だ。ルディ王子もご機嫌。
「殿下、そろそろ私どもが代わりますから落ち着いて召し上がってくださいっ」
「うつけ! これは食いながら焼くのがいいのだ! わかれ!」
「いやしかし」
「いいから食え。俺の焼いたヤキトリが食えんのか!」
近衛騎士たちは、ルディ王子から受け取る焼き鳥を両手に持ちながらも、手持無沙汰な風情で困り顔だ。
鉄板に並ぶのは大きめに切り分けた照り焼きチキン、網にはグリルチキン。みんなセルフでさらに切り分け、パンに挟んだりして食べている。そばにはマヨネーズとレタスぽい葉っぱ。ちょっとレタスは消費が遅い。野菜食え。野菜。二個目に手を出そうとしている騎士には強制的に葉っぱをのせてあげる。
「よし、からあげ終わり! こっちのチキン南蛮にはタルタルソースも合うからねー」
と、声をあげると、そこかしこから「はい!!」といい返事。揚げても揚げてもなくなっていくからあげの皿に最後のからあげを載せる。
「パンやら卵やら、めちゃくちゃ準備万端ね……」
「ゆうべのうちに手配しておいたんです。本当は来る途中でグレイバーソンを狩る予定だったんですが、いなかったんですよね。結構見かけるって話だったしハンバーグにするつもりでした」
「ゆうべ言ってたのほんとに本気だったんだ!?」
「でも、ちょうどよかったです。スパルナのお肉美味しいし。王都の周りにもいるのならちょいちょいとってきてもいいかもしれませんね」
脂ののった味の濃いスパルナの肉は、確かに高級感あふれるお味だった。地鶏的な。
「ちょっとりんごもいでくるみたいな気軽さでいいますね……。確かに王都周りにもいますけど、一応なかなか手に入らないんですよ? そもそも攻撃の届くところに降りてくることはめったにないので」
「ふふふ。私にかかれば」
「やめて。そのラスボス顔やめて」
テリヤキバーガーを無言で完食したザザさんがスープを一口飲んで、ほおっと息を吐いてからスパルナ肉の希少さを説けば、あやめさんが私を窘める。ひどくないかな。グリルチキンとチキン南蛮をしっかり小皿にキープしてるくせに。
「ま、まあ、カズハさん、狩りの時は、あんまり突拍子のないことは控えてくださいね。我ながらグレートスパイダーごときの狩りで動揺すると思いませんでした。不覚です」
動揺したんだ。わかんなかった。てか、ほんと心当たりないんだけど。
「ほら! ザザさんだって言ってるだろ! やめてよほんとに!」
「ユキヒロは、うん、そろそろ少し慣れてください」
慣れてってなんだ。
◇
肉は大好評のうちに綺麗に片付いて、糸腺は予定量確保できたし、残りの死骸は全て焼却し終わっている。若手の騎士たちが淹れてくれたお茶で一服しながら、あとは帰るだけだというとき、障壁のことなんですけどね、とザザさんが切り出してきた。
「あれ、どうやったんです? カズハさんの障壁は雷光タイプでしょう」
辺りの岩や土を魔力で構築させるストーンウォールは、その性質ゆえに地面から一定以上離して顕現させることはできない。空中に自在に顕現させるのはグラスウォールなんだけど、それはほぼ魔力の塊と言っていいもののため、物理的な強度はあまり強くない。その代わり、触れたものを燃やしたり凍らせたりしてダメージを与えることができる。だからグレートスパイダーは進路をふさがれていたのだ。
物理的な強度をあげれば消費魔力も嵩むし展開も遅れるけど、与えるダメージも強くなる。私の場合は雷光タイプなので、触れたものを感電させる感じだ。ちなみに雷光タイプの人は割合としては少ないらしい。
「ちょっとびりびりっとしますね」
「ちょ、ちょっとですか……」
「ちょ、びりびりって、ラスボスがびりって」
引き気味のザザさんに、何にツボったのかまた笑い転げる幸宏さん。
「ぼくもできるよ!」
はいっと元気よく片手をあげる礼くん。彼の障壁は凍らせるタイプだ。
「一緒に練習したんだもんねぇ」
「ねー!」
「ほお、レイまで」
……なぜ礼くんだと食いつくんだ。身をのりだしたザザさんに、嬉しそうに続ける礼くんが立ち上がる。
「でもねぇ、ぼくは三枚しかまだできないの。最後の一枚はどうしても踏み抜いちゃう」
きぃんっと張り詰める音とともに現れる薄碧のグラスウォールが三枚。高さと方角を変えて現れたそれに向かって、礼くんは三角跳びの要領で障壁渡りをするけれど、三枚目の障壁は踏み抜かれて礼くんを素通りさせてしまう。三枚目くらいになると勢いがかなりついてるからねぇ。
「足が凍る前に次に渡るか、凍っても振りほどける程度に強くすればいいんだけど、あんまりうまくいかないの。和葉ちゃんみたいに次々だしてずっと動いてるの難しい」
礼くんはちょっとふくれっ面だ。それでも最初は一枚だったところを練習して渡れる枚数を増やしたのだ。自分の重さに脚力を加えてそれに耐えるだけの強度をもつ障壁は、そこそこ受けるダメージもあがる。ダメージを弱くしすぎると今度は強度が足りない。ちょうどいいバランスの障壁を素早く展開し続けるのは技術が必要となる。
「私の場合は、自分を軽くできますからねぇ。強度に集中しすぎる必要がないんです。まあ、障壁使わなくても空中移動はできますけど、やっぱり障壁使うと踏ん張りがきくし楽です。あ、あと靴かな」
実は召喚されたとき、あずきジャージにばかり目がいっていたけども、靴も学校指定の上履きだったのだ。安物のバレーボールシューズ。
「底がゴムだからですかね。これ履いてるとびりびりがちょっと軽減されますね」
「そうか、魔法耐性のある靴を使えば……後は強度に気を配って……すみません、もう一度見せてもらっても」
おまかせくださいと意気込んで障壁を三枚階段状に出して、一歩、二歩、四枚目は方角を変えて展開、三歩、五枚目もさらに方角を変えて、と、らせん状に上空を渡り続ける。みんな真剣な目で見上げている。ちょっと恥ずかしくなってきて飛び降りた。
「こんな感じです」
がたたっと一斉に団員たちが立ち上がり、各自様々な方向に展開する障壁。
腰から落ちる音、あっつい!と叫ぶ声、勢いあまって近くの人に飛び蹴りしてしまう者、なんか変な音まであちこちから起こる。なんだ。変な音大丈夫か。
なんで帰り間際に怪我するの! とあやめさんが回復して回ることとなった。
◇
王都に帰ってきてからは空前の障壁ブームだ。
ザザさんは四枚渡れるようになった。さすがだ。今日の夕食のとき、もう少し体重落としたら五枚目行けると思うんですというザザさんの控えめな皿に、生姜焼きを一枚追加してちょっとやな顔された。ザザさんは平均的な男性よりはるかに鍛えてある体つきだけど、騎士の中では細身だしハードな仕事なので下手なダイエットはよくないと思う。
「お肉増やされたときのザザさんの顔おっかしかったよね」
くすくす笑う礼くんの肩までかかるように布団をかけなおす。豪奢な天蓋付きベッドにはたくさんの枕。いつもどおり私たちはもこもこと暴れる枕を整えるように巣作りしながら寄りそった。
「ね、おっかしかったね」
「でも悔しいなぁ。ザザさんに追い抜かれちゃった。ぼくまだ四枚できないのに」
「礼くんのほうがちょっと背高いし、脚の力あるからねぇ。ああ、あとザザさんは障壁つくるのがもともと得意なんだって。騎士団で一番って」
「むぅ」
「礼くんが三角跳びとかして見せたでしょう。あれができると動き方に幅ができるから取り入れたいって言ってたよ。だから枚数はほんとは多くなくてもいいんじゃない?」
「じゃあなんで五枚目増やしたがってたんだろ」
「……限界に挑戦したいんじゃないかな。そこに山があるからみたいな」
「えー、なにそれ」
楽しそうに笑う礼くんの目はもうとろんとしている。
「ぼくももっとつよくなりたいなぁ」
「礼くんはもう強いじゃない」
「だめだよ。まだ和葉ちゃんのが強いもん」
「えー、だめなの?」
「だめ。ぼくが和葉ちゃん守ってあげるの」
うーん、前からちょっと気になってたんだけど、どうしてこんなに守ってくれたがるんだろう。まあ、男の子はそういうものだと言えばそうなんだけど。
「そっかぁ。うれしいなぁ。でもさ、私も礼くん守りたいからなぁ。困っちゃうな」
前髪をそっと横に流しながら撫ぜると、気持ちよさそうにまたくすくす笑う。もうまぶたはほとんど閉じている。
「じゃあ、はんぶんこにしよ」
はんぶんこってなんだとこちらもつい吹き出してしまう。
「うん。じゃあそうしよう。はんぶんこね」
「うん」
満足そうにすうっと寝入る礼くんの髪をなで続ける。
分厚いカーテンのかかる部屋は燭台の灯りを消すと真っ暗すぎて巣づくりができなくなってしまうので、つけっぱなしだ。オレンジ色のあたたかな灯りは穏やかな眠りに誘う。
でもね、大人はね、嘘つきだからね。まだまだ守り手は譲れないよね。