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18話 あなたはやきとり派? それともからあげ派?

「ね、お願いお願い」

「えー……」


 早朝、まだ西の空は藍色の時間で、出発間際の馬車の中。乗り合いバスみたいな馬車が二台、荷馬車が一台、あとは王子用の馬車だ。本当に狩り場までついてくる気らしい。


「はよー……ってなにしてんの」


 まだ少し眠たげな幸宏さんに挨拶を返して説明する。


「ピアスの穴、開けてほしいんですよ。ちょちょっとやってくれればいいのにあやめさんがきいてくれないんです。こっちにきたときに穴塞がっちゃってたんです」

「だってピアッサーもないじゃないの。私だって自分でやったことないのに、人の穴なんて開けたことないし」

「へぇ? 俺やってやろうか?」


 そういえば幸宏さんの耳にはみっつピアスの穴があいている。右にふたつ、左にひとつ。


「いいですか。布団針とかないからとりあえず太めのピンは手に入れたんですけど」


 幸宏さんは私の顎を持ち上げ、右耳、左耳を確認する。開けてほしい場所にはもう印をつけてある。


「準備いいじゃん。ああ、でもピンはいらないな」


 パンっと右の耳たぶに弾かれた痛みがはしった。


「―――っ! は!?」

「ほい、左」


 今度は左の耳たぶに。


「えっ、えっ、今? 今のでもう?」

「うむ。終了。見事な手腕だ俺」

「あれ? 心の準備とかは!? え!? あっ、痛い!」

「用意してんだろ? ピアスつけてあやめに回復してもらえばホール完成」

「いやそうでなく、一応久しぶりなのでちょっと緊張してたというか心構えしなきゃと思ってたというか! あれ!? ピンも消毒してあったのに! 何で開けたの何したの!」

「矢も針も変わらんもん。魔力なんだから消毒もなんもないじゃん」

「なるほど!?」


 クロスボウ・ガントレットで魔力の矢を使いこなす幸宏さんには、矢を針の細さにするのも自在らしい。

 朝起きてからいれてた気合の行き場がなくなった。握りしめてたピンの行き場もなくなった。

 妙な理不尽さを感じる!

 躊躇いなさすぎじゃないこの人!


「か、和葉ちゃん痛い? だいじょうぶ?」

「ああ、礼くん、大丈夫。ただちょっとあの人がいきなりすぎたから……あんなこと、急に、そんな」

「言い方やめて! こういうのは不意打ちで一気にやったほうが穴曲がらなくていいんだって! ちょっ! なんで俺、礼ににらまれてるの!」





 昨日、街を探検したときに買ったピアスをつけて、あやめさんに回復してもらった。

 穴の傷はすぐに皮がはり、ファーストピアス要らずでらくちんだ。


「さすがあやめさん、いい仕事です」

「―――確かに楽だわね。穴開けてすぐに好きなピアスつけれるようになるとか」


 手鏡でもう一度、欲しい場所にちゃんとおさまった石を確認する。

 ルチルクォーツに似た透明な石の中に金色の針が羽毛のように散っている小さな石。花びら型の台座が石を囲っている。


「これね、身に着けていると私の魔力を吸い上げてちょっとずつ、色や、この中の針みたいなのの形を変えていくんですって」


 ザザさんが昨日教えてくれた。ほんのちょっと気取った店構えの宝飾店で、入りにくいなと見てたらエスコートしてくれた。王都ではもっといい品を選べますよ? と、ひそひそ声で耳打ちしながら。


「へえ、魔力の色って人それぞれ違うんだっけ。……私も欲しいかも」

「まだお店開いてる時間じゃないですしねー。王都ではもっといい品を選べますよってザザさん言ってましたよ」

「……帰ったらエルネスさんに店教えてもらお」


 あやめさんはもう昨日のわだかまりを見せていない。彼女はこう、切り替えが上手だなぁと思う。翔太君は挨拶してからずっと無言だけど。


「準備できましたか? 出発しますよ―――ああ、昨日のピアスつけたんですか。やっぱりお似合いです。どんな石になるか楽しみですね」


 最後に乗り込んできたザザさんが、目ざとく気づいてくれる。見たかね勇者男子諸君、これが紳士の嗜みだよ。


「和葉ちゃん、めっちゃ嬉しそうだな」


 幸宏さんが冷やかし声をあげるほど顔に出てただろうか。


「嬉しいですよ。誰にも遠慮せず許可も要らずに、自分が働いたお金で自分だけのもの買えるなんてすごい久しぶりです」


 学生の時以来かもしれない。初めてのバイト代でファーストピアスとピアッサーを買ったのを思い出す。うん。うれしいよ。ついにやけ顔になってしまうくらいうれしい。





「やっぱ無理これは無理なにこれひどい」


 あやめさんは首をふるふるさせて後ずさった。


「クモどころか、すっごいクモじゃないこれ!! ちょっと! こっちに寄らせないでよ! いやあああ!」


 グレートなので、すっごいであってるんじゃないかな。


 森からうぞうぞと群れをなして這い出てくるグレートスパイダーの群れ。一匹一匹が子牛ほどの大きさで、私の胴より太い関節の脚にはみっしりと黒光りする毛が生えている。


「あの足の毛は、糸とかに使えないんですか」

「ほんと無駄なく使おうとするね。狩人の鑑か」

「あー、あれは毛に見えますけど棘状の甲殻なので無理ですね」


 ウニの棘みたいなものか。


「あやめさん、あれ、毛ガニだと思えばいいのでは」

「ばっかじゃないの! ばっか! カニに謝んなさいよ!」

 

 確かにクモと聞いて嫌な顔はしていたけど、想像をはるかに超えすぎていたらしいあやめさんは、今回は後衛よりももっと後ろに陣取ることに決めた。ルディ王子の前衛と言ってもいいくらいの位置。回復は届くから! 届かせるから! と叫んでる。


「……節足動物としてなら、クモもカニも仲間なのに」

「まじやめて。俺もカニ好きだからやめて」


 私たちはこれまでの訓練を経て、基本陣形はもう整っている。礼くんが前衛、幸宏さんは前衛と中衛を状況に応じて移動、翔太君は基本後衛で回復職に落ち着いたあやめさんの護衛にあたる。

 ただ、今回はあやめさんは護衛もあまり必要じゃないくらいに後ろに下がっているし、魔物の数が多いため、比較的広範囲に攻撃が届きやすい翔太君は中衛になる。礼くんや幸宏さんが撃ち漏らしたものを狩る担当だ。

 私は常時狩りにはいっているわけではないのもあって遊撃となる。どうしても連携がとれないからではない。はず。昔からチームプレイが苦手だったからとかそういうわけではないのだ。


「まあ、突破力としての前衛と考えるとカズハさんが飛びぬけてるんですけどね。ただ誰もついていけない可能性がでてきちゃうので……」


 礼くんがぐずってたけど、回復魔法の得意なセトさんが私専属としてフォローに回るということで納得した。というか、私が礼くんの前衛にぐずりたいくらいだった。ただ礼くんが得意とする戦闘スタイルであることと、オールラウンダーの幸宏さんがついていることから意外と安定すると聞いて、私も渋々納得した。ザザさんのセリフにはちょっと納得いかなかった。



 私たちの陣営から森へ向けて、扇状になるよう一定間隔で篝籠が置かれている。グレートスパイダーが嫌がる香を焚いて拡散させないためだ。グレートスパイダーの生態はクモというより蜂に近い。

 クイーンを頂点とした集落をつくり、繁殖期になると新しいクイーンと増えたグレートスパイダーで新居を求めて移動し、通りがかりの村を襲うのだ。狩るのは森の周縁に近い場所に集落をもつ群れ。奥までは狩りに行かない。殲滅させてしまうと生態系が崩れ、新たな魔物が脅威となってしまうからだ。大体移動する群れは五百体前後。次々と森から這い出てきてるのは、扇形の頂点に位置する私たちの陣営に誘導するために香を炊いているせいだ。

 誘香と嫌香を組み合わせ、騎士たちがつくる障壁でさらに進路を操作する。



 障壁はグラスウォールという六角形のパーツがいくつか組み合わされて空中に築かれる薄い曇りガラスのようなものだ。展開する人によってパチパチと火花や電光が散り、色も半透明ながら個人で違う。

 私たちを獲物と見定めて、ぶぉんと羽音を立て舞い上がるグレートスパイダーの群れ。糸を編んだような薄羽を鳴かせる。あまり高くは飛べないそうだが、空中での機動力は高い。後方の森の緑が黒く塗りつぶされるほどのそれは、確かに広範囲の魔法で殲滅したほうが楽だろう。というか、したくなる。生理的に。


 グラスウォールが何枚も進路をふさぐように展開され、その重なり方とあえて開けた隙間で、グレートスパイダーは群れのまま突進することができない。展開指示はザザさんが出している。時に暗号のような指示を出し、時に自分のグラスウォールで方角や角度を示す。目まぐるしく張りなおされる障壁、グレートスパイダーの動きに合わせて角度、位置、高さを変えていき、前衛の礼くんたちのもとには狩りやすい数だけが順番にたどりつくよう展開されていく。

 もうすでにクモの首狩っては、落ちた胴体を蹴って脇に捨て、の流れ作業のようになっていた。


 今回は特に障壁操作や遠距離攻撃の得意な騎士を選抜したそうだけど……。


「ザザさん、すごくないです……? なんですかあの指示と判断の速さ。実はクモ使いなんですか」

「クモ使いって。団長は個人の戦闘力の高さは勿論ですけど、何よりもあの指揮能力と判断力でのぼりつめた人なんですよ。団長が率いると人的損失率が異常に低いんです」


 あやめさんよりは前方、ザザさんたちよりは後方の少し空間のあいた位置でしゃがみこむ私の横で、セトさんが誇らしげに教えてくれる。セトさんは勿論ちゃんと立ってる。


 非常に不本意ながら、私は開始直後に退場命令がでた。

 ちゃんと糸腺を壊さないように頭だけハンマーで潰したのに、衝撃は甲殻の中を伝ってグレートスパイダーの内臓を壊滅させていたらしい。糸腺もろとも。ザザさんの慧眼によりそれはすぐに判明して離脱とあいなったわけで。ほんと笑わせんのやめてと幸宏さんが叫んでた。そういわれても。


 ちなみに私たちも全員障壁はちゃんとはれる。ただ、私はザザさんの指揮の暗号が全く覚えられなかった。暗号というか、位置を碁盤の目を指すように記号にあてはめてるだけなんだけど、角度や高さも組み込まれてて三次元どころの話ではなかった。あんなの出すほうも出すほうだけど、即座に指示通り展開できるほうもできるほうだ。


「精鋭とはいえ、今回も臨時編成なんですよね……? みなさんもすごいですよね……」

「あー、確かに精鋭ですけども、士気がいつもより高いせいもありますね」

「ふむ? グレートスパイダーそのものは雑魚ですよね? なんでまた」


 セトさんは、頬をちょっと掻いてから、前方の様子を見ながら少し屈みこんだ。悪戯小僧みたいな笑顔だ。


「カズハさんが見てるからですよ」


 なにいってんだこのひと。

 表情に出てしまったのか、セトさんはちょっと吹き出してから、ひどく優し気な顔をした。


「魔族が突然現れたあのときにね」


 モルダモーデのことが急にでてきて、つい目を瞬かせてしまう。


「カズハさん、怒ってくれたでしょう。ちょっとした手違いとかいうなって。自分たちの仲間の死が軽く扱われたことを怒ってくれた。自分たちはそれなりに強者の自負はあれども、勇者様たちに比べればはるかに弱い。あの時は殿をつとめて勇者様たちを逃がせるかどうかも危うかったくらいです。しかもあの時はまだ一人一人と親しくなってもいなかった。なのに怒ってくれた。もうそれを団員で知らないやつはいません」


 いや、それは、あなたたちこそじゃないか。私たちのために盾になってくれてたからじゃないか。


「それにね、カズハさん、食堂でごちそうさまっていうとすごく元気に返事してくれるじゃないですか。訓練や巡回から戻るとおつかれさまとかおかえりなさいって迎えてくれる。あれね、すごくうれしいんです。……厨房の女性たちは、少し自分たちと距離があるので」


 王城内で働く女性たちは殉職した騎士の遺族というか未亡人が多い。厨房は特に。本人が希望さえするなら優先的に雇用するからだそうだ。彼女たちは亡くした夫や子どもと同じ騎士たちの力にはなりたくて勤めるけれど、ある程度以上親しくなることを避けがちだ。どうしてもまた失ってしまうことが頭をよぎるらしい。騎士たちもそれをよくわかっている。どうしようもない距離なんだろう。


「家に帰ってきたって感じるんです。今日も帰るぞ、今日も帰ってこられたって。だから増えたでしょう? 厨房に声かけるやつら。だからね」


 ―――確かにごちそうさまと言ってくれる人が増えてきてた気がする。

 セトさんは、また悪戯な表情に戻して。


「いいとこ見せたいんですよ。自分も今日はそのつもりだったんですが」

「そ、それはかたじけない」


 セトさんは私の専属扱いなのでこうして一緒に退場しているわけで。



 くそぉ。こんなの不意打ちすぎる。


 セトさんは、また姿勢を正して真っすぐに立ち、私は色々とこみあげるものをごまかそうと空を仰いだ。翼を広げた影が太陽を横切っていった。―――でかいな。



「……セトさん」

「はい」

「あれはなんの鳥でしょう」


 手で日除けをつくってセトさんも上空を見上げた。


「スパルナですね」

「強いですか。魔物ですか」

「そこそこ強い魔物です。ただひどく慎重なやつでして、少数の獲物じゃないと襲ってこないんですよ。グレートスパイダーを狙ってるんでしょうけど、自分たちのこの数じゃ降りてきませんね。弓も届かないのでなかなか狩りにくいやつです」

「美味しいですか」

「え? そう、ですね。一応そういった理由で出回りにくいですが、美味な高級肉として有名です」

「じゃあ食べましょう」

「え? あ、あれ? 降りてきてる……?」


 スパルナを重力魔法で引き寄せてみるけど、敵もさるもの、ふらつきながら高度を半分ほど落としつつもそれ以上落ちてこない。


「うーん、さすがにちょっと遠かったですね。でもあそこまで降りてきたならいけますかね」

「えっ、あっ、じゃ弓持ってきますっていや、射手一人つれてきま」

「や、ちょっと行ってきます」


 障壁を二メートルの高さに展開して飛び乗る。

 私の障壁は薄墨色で雷光が走るタイプだ。


「ザザさーん! 私ちょっと肉とってきます!」

「へぁ!?」


 聞き慣れない抜けた声を出す指揮官に報告して、またさらに二メートル上に障壁を展開して飛び乗り、またさらにと繰り返す。


 自主トレ名目の礼くんとの鬼ごっこで編み出した秘技・障壁渡り。餌を見つけたと思ったのか糸を吐き出しながら飛びかかってきたグレートスパイダー一匹の頭を回し蹴りで落として、さらに上へ。ハンマーじゃなきゃ内臓は無事だろう。



 専業主婦になるのが夢だった。早く自分の家庭をもちたかった。

 だから短大を卒業して渡りに船とばかりにプロポーズを受けた。

 家族が帰る場所、居心地のいい場所、丁寧に巣を編む鳥のように、家を整えて食事をつくって、そうして家族を迎える場所になりたかった。



 重力につかまってもがくスパルナまであと六メートル。



 見返りを求めない愛などとよく言うけれど。

 欲しいものは欲しいのだ。

 褒められたかったとかそんなことではなく、ただ、私がすることや思うことを大切に受け取ってくれることが。



 あと四メートル。



 ―――生まれた世界からこんなに遠い場所で、まさかこんなふうにもらえるとは予想のつくはずがない。



 ここからは少し小刻みに障壁を展開して一気に駆け上がる。


「やきとりか!」


 顕現するハンマー。スパルナと目が合う。なにそれって顔してる。


「照り焼きか!」


 実に丁度良く現れた鳥肉の頭をめがけてハンマーを振り下ろし、そのまま宙がえりして背に飛び乗る。頭は弾けて飛んで行った。



 ひろげられたままの翼は落下の風を受けて滑空を始める。重力を操作し速度を調整しつつ、地上のセトさんのそばに降り立った。


「からあげがいいですかね! やっぱり!」

「え、あ、ごめんなさい」

「何が!?」




 いやなんかほんと心当たりはないんですけど、首のないスパルナの背に仁王立ちしたカズハさんが降臨したときにですね、子どもの頃悪さして隠そうとすると必ず見つかって言われた「悪い子は首なし騎士が見てるぞ」って祖母の声がきこえてきた気がしたんですよね……とセトさんの言。ちょっと納得いかなかった。


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