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16話 きみは地上におりた最後の天使

「つまり、ブランクがありすぎるってことよね?」

「だねぇ」


 別に詳しく説明などしなくても、エルネスは端的に理由付けをした。


「じゃあお試しから慣らしていけばいいじゃない」

「……詳しく」

「お試しっていったらお試しよー。体から慣らしていけばいい。減るもんでもなし、そのうち当たり引くかもしんないじゃない!」


 ふふん、と訳知り顔のエルネスが続ける。

 ……まあ、それもアリといえばアリでしょうけども。

 

「相手のいることなのでね? 相手がその気にならないだろうって前にも言ったでしょ」

「後腐れのない手ごろなの紹介するわよー、好みとかある? 金髪がいいとか」

「女性同士の話に割り込むのは無粋ですけど、うちのやつらは数にいれないでくださいね」


 いつの間にか後ろにザザさんが立っていた。いやー、さすがの騎士団長、気配消すのうまいね! ちょっと飛び上がっちゃったよね!


「そもそもカズハさんを毒婦への道に誘い込まないでください」


 訓練でもそうそう見せない威圧感をまとわせてエルネスを見おろす。

 毒婦て。


「あんたんとこの子じゃなきゃいいんでしょ? 私の人脈なめるんじゃないわよ?」

「神官長、あなたのその人脈とやらは信用できない」

「あんたの信用なんていらないの。カズハが決めることよ」

「……いや相手にも選ぶ権利はあるよ?」

「私の紹介する男が見てくれ気にする男なわけないでしょ!」


 今の私の見てくれならちょっと気にしてほしいよ!? 十歳ボディは気にするところだよ! 十四歳のときの体だけど!


「カズハさんなら黙ってても良縁があります! あなたの嗜好に巻き込まないでいただけますかね」

「黙り続けて独り者何年やってんのよー説得力ないわー」

「くっ……僕のことはいいんです! とにかく勇者様付としてカズハさんに妙な虫がついてもらっては困るんですよ!」

「カズハだって小娘じゃないんだから」

「ちょっと二人とも待って」


 いい年して異性関係をとやかく言われるのもいたたまれないが、ちょっと場にそぐわない人に気づいて二人をとめた。

 私たちの一歩後ろ、低めの位置に、くるりとカールした金髪。


「話は終わったか? カズハ殿、授業が終わったのなら一緒に散歩でもどうだろう?」


 二十五年ぶりのデートにお誘いしてくれたのは、ルディ第五王子御年十一歳だった。

 ……確かにボディサイズを気にしなくても問題のない人材ではある。





 がたたん、ごとん、がたたん、と列車は心地よい程度の振動とともに走る。

 魔動列車は蒸気機関車と同じような仕組みで動くらしい。大きな違いは蒸気は石炭を燃やすのではなく、魔法によってつくられることだ。

 こちらの世界でのエネルギー源はほぼ魔力のみといっていい。石炭も石油もない。ないというより、多分あるけど利用してない。だって魔力のほうがエコだし早いんだもん。

 なので、蒸気機関という科学的な機械を作り上げたとしても、それを動かす力は魔法という名の人力だ。

 機関士たちは交代で魔法を使い蒸気をつくる。魔石という魔力の増幅機能を持つアイテムはあれども、それは所詮増幅させるだけのもの。そもそもの魔法は、やはり人間が直接行使することになる。これは人力と同義といっていいだろう。何せ交代要員含めて、機関士は車両一両分の人数が乗り込んでるのだ。

 適切な労働時間と労働環境という王の方針がここでも生きている。


 横長の風景。さっきまではパッチワークのような丘陵が広がっていて、今は黄金色の穂が波打っている。


「豊かな国ですね」


 そうひとりごちれば、向かいの席のザザさんが、はい、と誇らしげにうなずく。


 私たちは予定通りグレートスパイダー討伐のために魔動列車で移動中だ。この遠征のために国で貸し切りにした車両は三両。騎士団員とその装備だけで二両分を貸し切りにしている。


「なぜだ」

「おや、ルディ王子。今日のお勉強は終わったんですか?」

「なぜレイ殿はカズハ殿を抱っこして寝ているのだ」


 残り一両を貸し切りにした原因が、ひどく不服そうに腕組みして通路に立っていた。


 初めて乗る魔動列車に期待をふくらませてゆうべは寝付なかったうえに、今日列車に乗り込んでからは余念なくすべての車両と機関部分を探検した礼くんは、もうすっかり疲れて眠っていた。

 いつも通り私を抱きかかえて。


 礼くんが、泊りがけの遠征に躊躇した理由がこれだ。日中のべったりはかなり収まっていたけれど、眠るときには私を抱き枕にしないとまだ落ち着かない。

 今は二人掛けの座席に座ってるので、私は礼くんの膝に乗って抱えられている。


 勇者陣や騎士団員は慣れたものなので普通の光景だけれど、やはりこれまで交流があまり多くなかったルディ王子には奇異に映るらしい。そりゃそうだ。見た目三十歳近い成人男性が見た目十歳(十四歳だけども!)の女児をしっかりと抱え込んで眠っているのだから。


「ルディ王子、私と礼くんの実際の年齢のことはお聞きでしょう?」

「聞いたが、俺だって十一歳だ。レイ殿とそんなに変わらないし、添い寝も必要ないぞ」


 まあ、もっともだ。

 男の子って成長具合に個人差がかなりあるのを差し引いても、十歳にしてはちょっと幼いといえる。

 ただ、礼くんの場合は召喚前は一人で寝ていたと言っていた。ということは、今の礼くんには「ライナスの毛布」が必要になってしまったのだ。そしてそれは異世界に召喚されるというイベントだけとってみてもひどく自然なことだろう。

 元々の個性もあるだろうけど、礼くんの言動そのものは基本的に幼い。ところがその反面、物事を静かに深く考えている。

 ―――ならば、したいようにさせて見守るのがオトナであろうと、私はそう思ったわけだ。


「礼くんと私は仲良しなのでいいのです。座り心地もなかなかですし。で、ルディ王子、今日のお勉強は?」


 しかしそれを王子に説明する義理はなかろうて。


「……問題ないぞ」

「ありますからね殿下。休憩時間はまだです」


 ルディ王子は家庭教師に引きずられていった。列車内なんだから逃げたところですぐ見つかるのは当たり前だろうに……。


 この間不意に訓練場に現れたときも、すうっと背後に現れた家庭教師に回収されていた。お誘いの返事をする間もなかった。このやりとりを数度繰り返し、業を煮やした王子が駄々をこねて遠征に同行と相成ったそうだ。


「和葉ちゃんモテモテだねぇ」


 幸宏さんがにやつきながら茶化してくる。


「別に勉強終えてから誘いに来たら済む話だと思うんですけど、なんだって抜け出してくるんでしょうね。しかも逃げ場のない列車内で」

「男の子は障害あるほうが燃えるもんなんだよ。な? ザザさん?」

「まあ、わからないでもないですね」

「ほほぉ。幸宏さんはともかくザザさんも?」


 それはちょっと意外だ。ザザさんは苦笑いでそれ以上答えない。


「俺はともかくってなんだよ。っつうか、和葉ちゃんって子供好きなのかと思ってたけど王子にはそっけないね?」

「別に子供好きなわけじゃないですよ」

「礼には甘々じゃん」

「礼くんがかわいいから甘々なんです。子どもだからじゃないですよ」


 だな、うむ、と車両のあちこちから頷く気配。レイさま父の会メンバーか。ですよね。

 というか、あの王子、礼くんにああいう張り合い方するならちょっと今は近寄らせたくないなぁと思うんだけど、それが過保護なのかどうなのか迷うところだ。


「……んー」


 礼くんがもぞもぞ身じろぎをして、私の頭に頬ずりしてまた落ち着く。つむじあたりのほつれ毛が寝息でふわふわ揺れている。この体勢だとちょっと邪魔になるかもしれないなと、後頭部でひっつめて丸めた髪をほどいて片側に寄せ、ついでに礼くんの頭もひとなでする。よしよし。


「……和葉ちゃん、子供好きじゃないんですか」


 翔太君が幸宏さんと同じ問いを繰り返す。けれど込められたニュアンスには棘があった。


「だから子ども残してきたのに帰りたくないんですか?」





 モルダモーデのいう「絶望」と、不自然なほどに「帰りたくない気持ち」について、他の三人にも話しておこうと言い出したのは幸宏さんだ。


「俺ははっきりと思い出せてないし、本当に関連性があるのか、それこそモルダモーデの適当な口車なのか、まだわからないけどな」

「それこそトラックにはねられてもう向こうの世界では死んでるだけなのかもしれないですしね」


 トラックのくだりで翔太君が吹き出した。わかるかね。君も。


「まあ、少なくとも俺と和葉ちゃんは元の世界に帰りたいとは思っていないし、もしかしたらそれが絶望とやらが原因なのかもしれない。てことは、お前らもそうである可能性があるわけだ。あー、別に思い出せってわけじゃないぞ。ただ、もし思い出したときに、話したいと思うなら聞けるぞって話」


 もし、絶望とかいう重い意味をもつ単語にふさわしい記憶ならば、思い出さないほうが本人のためかもしれない。でも思い出してしまったらきっと辛いだろう。その時に同じような立場の人間がいるとわかっていたら、少しは何かの足しになるかもしれない。


「まあ、話す相手が俺らじゃなくてもかまわない。ザザさんや他の人だっていい。自分が話したいと思ったときに、話したい相手に話せ。だけど話そうとしていない奴に聞き出そうとするのはなしだ。いいな?」


 もし未成年の三人が記憶をもてあましたら、そのときどうするかの選択肢をつくってやりたいと、幸宏さんは思ったそうだ。召喚仲間のよしみってやつだ、と。特に反対する理由もないので了承した。

 

 礼くんは、ふぅん? とぴんと来ない顔をして、あやめさんと翔太君は若干目を泳がせながら頷いていた。





「だって母親が子どものいるところに帰りたくないなんて、おかしいじゃないですか。僕、和葉ちゃんは礼君にも優しいし、子供好きで大人だから黙ってるけどほんとは帰りたいの我慢してるんだと思ってたんですけど」

「おい、翔太、そういうのよせって」

「でもそうでしょう普通」

「―――ショウタ、僕はそちらの世界の普通を知りませんけど」


 幸宏さんが声を強張らせ、ザザさんは逆にいつもよりもさらに柔らかな声を挟んだ。


「こちらでは、個人がどうあるべきと他人が勝手に決めつけないのが普通ですよ。大人が相手ならね」


 そう、確かにザザさんはそうしてた。子どもは成人してますからと言った時も、帰りたいと思わないと言った時も、それ以上聞かなかった。

 そりゃまあ、召喚した立場からは言えないというのもあるだろうけれど。でも、ザザさんは奔放なエルネスの振る舞いに怒ることはあっても、いい年してるくせにとか女性としてとか、そんなセリフは吐いていないのだ。

 エルネスもそうだ。あやめさんに同じようなことを言っていた。食堂のマダムたちは、まあ、そこまで凛としてはいないけども、口が過ぎた人がいればさらっと窘める人もいる。

 だから本当に、これがこの国の「普通」なのだろう。


「うちの子はみんな成人して手が離れてると言ったと思うけど?」

「でも」

「普通なら、いくつになっても母親なら我が子が心配なはず? で、私が普通でないとして、それで翔太君に何か不都合があるの? それとも私に普通でいてほしい理由があるの?」


 翔太君は何かを言いかけては口を閉じるを繰り返す。直情的に言い返せないあたりは翔太君の美点でもあるかもしれない。


「親は順当にいけば子どもより先に死ぬの。うちの子は成人してから母親がいなくなった。これは普通のことよね。むしろ幸運と言える。独り立ちするまで親の庇護下にいられて、それを当然として暮らせてたのだから。正直うちの子たちは私がいなくなっても問題ないだろうと思ってる。幸か不幸かそう育ったのでね。父親だってまだ生きてるわけだし」


 礼くんの髪をもうひとなで。よしよし。


「というか私に普通であってほしいわけじゃないよね? 私は翔太君の母親代わりになれないし、ならないよ」

「―――そんなこと言ってない」


 翔太君はそう言い捨てて、隣の車両に続くドアから出て行った。


 ―――車内の空気悪っ。

 

「ほんと逃げ場のない列車の中でどうしてやらかしちゃうんでしょうね」


 あえて他人事の顔をしたままつぶやいてみる。


「……言い過ぎ」


 あやめさんの非難まじりの声。ですよね。


「先に仕掛けたのは翔太だろ。―――お前らいい度胸してるな。俺の中で怒らせちゃいけないランキング第一位はぶっちぎりで和葉ちゃんだぞ」

「心外です。別に怒ってないですし」

「怒ってなくてそれならなおのこと怖いわ」

「大丈夫ですよ。きっと優しいお兄さんかおじさんがフォローにいってくれます」

「あー、多分適任は優しいお兄さんのほうですね」

「……うーーーーわ、すっげぇ無茶ぶりきたわーないわー」


 いってらっしゃーいと手をふる私とザザさんに見送られて、幸宏さんは隣の車両へ向かった。


「それでもやっぱり言い過ぎは言い過ぎじゃない。翔太だってまだ十六なんだし」


 あやめさんはまだ納得してない。納得しなきゃなんないわけじゃないけどね。


「だから私は別に子供好きってわけじゃないんですって」

「―――そんな言い方……少し優しくしてあげたって」

「んー、よくわかんなかったけど翔太君は甘えん坊なの?」


 礼くんがすりすりとまたつむじに頬ずりしながら、きゅうっと私を抱きしめなおした。うん、やっぱり起きてたかぁ。


「そしたらあやめちゃんが翔太君に優しくしてあげたらいいじゃん。優しくしてほしかったら優しくしてあげなきゃいけないんだよ。ぼくは和葉ちゃんに優しくしてるもん」


 知らないの? と、まるで含むことのない口調で礼くんが続ける。そうだよね。君はいつだって私に優しい。


「それに和葉ちゃんは駄目。和葉ちゃんはぼくのお世話で忙しいんだからね」


 不覚にも鼻水が出た。父の会あたりから(自分で言った!)(自分で言った!)と堪え声が聞こえる。

 

 もうどうしようこの天使。

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