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15話 楽しかった(たのしかった)ブトウカイ(ブトウカイ)みんなでおどった(みんなでおどった)コサックダンス(コサックダンス)

 私の中では舞踏会でぶっちぎりの勝利はザザさんの礼装だったと思う。

 礼くんたちだって素敵だった。白地に金の刺繍が施された幅広い立襟、金の飾尾。赤地に金のラインがはいったサッシュとハイウエストに絞られてから広がる燕尾は胸板を厚くたくましく見せていて、


「いやー、制服三割増し……」


 と呟かざるを得ない。


 ザザさんは、その濃紺バージョンの上着で、左胸に並ぶいくつもの勲章と鳳凰の刺繍がされた肩章。白い細身のパンツに磨かれた黒い皮ブーツ。騎士団長だもんねぇ。あんなに物腰柔らかなのに。肩から背中にかけてのラインがなんと綺麗なことか。


 私はといえば、「地味な顔は化粧映えするって!」とエルネスとあやめさんに散々いじりつくされたあげくに微妙な顔をされるというイベントをこなし、結局自分でそれなりに見れる程度に顔を整えた。

 あんたらみたいな派手な顔と地味顔じゃ化粧の仕方は違うのだよ。これだから元のいい奴は!


「和葉ちゃん、今日、顔はっきりしてるね! かわいい!」

「あ、うん。アリガトウ!」


 礼くん最大級の賛辞は冷静にみれば微妙ではある。はっきりって。

 今後のためにしょぼいツラの褒め方を指導すべきかとも思ったけど、群がる令嬢たちの華やかさを見る限り不要だろうとも思う。しょぼいのいないもん。


「おー、和葉ちゃん、今日顔はっきりしてんじゃん! さすが!」


 年長組、お前もか。

 幸宏さんはひっきりなしにダンスに誘われていて、私に一声かけた後はまた大広間に踊り出ていく。礼くんも翔太君ももじもじとしながら、でも断れずといった具合で。

 こちらのダンスの主流はやはりウインナワルツだった。楽団の楽器もさほど向こうと変わらない。

 驚くことに曲までショパンやシューマン、リストといった有名どころがアレンジされている。


「アレンジっていうか、音楽やってるわけじゃない人がまた例のごとくふわっと伝えたからじゃないかな。小節ごと抜けたりしてるし。でも面白いね。それはそれでいいアレンジに仕上がってる」


 習ったことがなければ踊れるはずもない社交ダンスを教えろと勇者陣には言われ、いやまずはどんなのか知らないし、こっちの世界の人に教わったほうが早いでしょうと、レッスンの時間をつくってもらったときに、ピアノを習っていたという翔太君が言っていた。

 まあ、教えるもなにも勇者補正の身体能力でさらっとみんな踊れるようになった。ほんと勇者補正ずるい。


 宣言にたがわず妖艶さを振りまくエルネスは黒地に黒いビーズを刺繍されたマーメイドラインのイブニングドレス。複雑に結われた髪にはカトレアに似た優美な花が一輪。清楚なあやめさんとともに、大広間を華やがせている。


 まあ、私は壁の花ですけども。


 厳粛な式典の後のこの舞踏会。そりゃ一応勇者の端くれ。第五王子が最初にダンスを申し込んでくれた。御年十一歳だ。うん、背が釣り合う男性はこの子くらいである。

 ちなみに王子は六人、王女は三人。側室をもたないカザルナ王がんばってる。本当にがんばったのは王妃だろうけども。何気に熱愛夫婦だ。

 次は、普段国境に駐在している第二王子。初対面だったけれども、にこやかにリードしていただいた。どうやら私の実年齢はご存知ないらしく、踊り終わった後、こんな可愛らしい勇者様だとはと社交辞令とともにジュースをくれた。冷たくて美味しいです。


 ザザさんは何やら忙しそうに楽団のほうや、広間横のカーテン奥のほうへと動き回っていた。


 エルネスには、スタートしたことだけでも褒めてもらいたいと思う。多分こけてはいない。ダッシュはできなかったけど。


 音楽がやみ大広間中央から引きあげる華たち。休憩タイムかなー歓談タイムかなー。勇者陣も私のほうへ戻ってきてくれる。もうほんとごめんなさいね、気をつかわせちゃってるのかとなんかいたたまれないわ。


「和葉ちゃん、和葉ちゃん、次の曲はじまったらさ、ぼくと踊ってくれる?」


 ああ、天使おる。ここに天使がおるっ。しかし天使よ、君はまだ令嬢たちと踊る約束ノルマをはたしていないのでは。


「でも礼くん、練習の時、私とは踊りにくかったでしょう? それにほら、まだ踊ってもらうの待ってる女の子たちいるでしょ」

「えー、だってきりないし。和葉ちゃん、王子様と踊ってたじゃない」


 第二王子は流石に上手なリードだったけれども、初心者の礼くんにはちょっと難しかったように思う。

 と、広間の壁際に騎士礼服の一団が並んだ。赤バージョンだ。セトさんもいる。やだーみんなかっこいい。汗臭いなんてエルネスには言われてるけど、やはり制服マジックはパワフルだ。



 セトさんが指揮者に目で合図を送ると、軽やかな四分の二拍子の曲が始まった。


 これ―――っ


「あ、これ知ってるあれだ」


 幸宏さんが気づいたようだ。


「コサックダンスです! なんで! ウクライナからも召喚されてたの!?」

「あ、あのおじさんが足パタパタさせるやつ?」


 あやめさんが相槌をうつ。違う! いや違わないけどそうじゃない!


「ちょ、私もっと近くで見たいです!」


 スカートたくしあげて急いで人垣を抜ける。エルネスににらまれてた気がするけど!


 横一列の隊列がふたつ向き合い広間の端から行進をはじめる。

 高く足をあげてカツカツカツとブーツでリズムをとりながら。

 交差する隊列。セトさんを中心に三人肩を組んで、膝を曲げた片足をあげ、軸足の前で左右に振っては降ろしてを繰り返す。


 騎士たちはかわるがわる、両手をひろげながら爪先をひざにあてくるりとピケターン、両脚を揃え鋭くくるくると回るシュネ、片脚を横に九十度まっすぐにあげて回るアラセゴンターン! 高く遠くへ跳び回し蹴りのマネージュで広間を縦横無尽に駆け踊る。一番有名なしゃがみこんで足を交互に前にだすアレもしっかり組み込まれてる。

 なんという速さ。なんという練度! 開脚ジャンプの高さといったら! 


 しゃらんっと銀色にひらめくサーベル。剣舞まで! 剣舞まではいってる!

 

 いやあああああ! かっこいいいいいい!


 これ、こっちに伝わってたんだ。コサックダンスは武術が元になってるけど実はバレエとも相性がよくて、組み込まれている演目だってある。ああ、そうか、だったらほんとにみんな私の踊りを楽しんでくれてたのかもしれない。


「どうです? うちのやつらもなかなかでしょう?」


 いつの間にか隣にザザさんがいた。


「すごい! すごい! あれ私も試したことあるの! でもやっぱり脚力が足りなくて男性にはかなわなくて! ああ、でも今ならできるかな!」

「じゃあ、ご一緒に踊っていただけますか?」

「へ」


 コサックダンスは群舞だ。普通は群舞に飛び込みなんてありえない。

 けれど、元々が民族舞踊で即興が前提といってもいい踊りでもある。

 できるでしょうと、挑戦的に眉をあげられれば受けて立たないわけがない!

 なんという! なんと、いう、イケメン!



 ザザさんが合図を送ったのか、曲が切り替わりテンポが落ちる。空けられたセンターに、ザザさんが私の手をとって恭しくあげながら歩みだす。お互い腰に手をあて胸をはり向かい合う。


 コサックダンスは男性の踊り。だけど女性と踊ったりもする。カチューシャダンスみたいにテンポよく靴音を響かせて、腰を浅くひねりながら、肩を左右交互に上げ下げしてリズムをとる。コケティッシュでありながらどこかコミカルで鋭さのある踊りだ。


 ワルツのように身体を添わせるわけではないから、身長の差も気になりはしない。


 触れ合う寸前ぎりぎりのところで、私の右脚がザザさんの右に伸びれば、ザザさんも右脚を私の右に伸ばす。左、右、左、右。シェネでホールの左右に分かれ、イタリアンフェッテ。固定する視点はお互いの目。そしてまたシェネで中央で合流する。


 ザザさんたちのそれは、厳密には足先や手の動きもバレエとは違う。でも私は合わせられるし、彼らのその身についた軸がぶれない体捌きはバレエで必須とされるもの。


 テンポはどんどんあがっていく。ギャラリーの手拍子が音楽を圧倒する。


 たーのーしーぃいいいいい!





「いや、よかったわよ? 確かにあんたがぶっちぎりだった。でもね? ドレスで! 足は高々とあげまくるわ、両足ひろげて飛び回るわ、男たちとまったく同じ振り付けで踊らなくてもいいでしょうに!」

「……やー、できると思ったら楽しくてね……」

「あんだけぶっちぎって、一人の男も釣れてないなんてどういうことよ! そういうことよ! ザザばかりか騎士たち全員とかわるがわる激しく踊りまくったのに一人でけろっとしてるとか、そら貴族の男たちは面食らうわ!」

「楽しかった……みんなかっこよかった……」

「聞いてんの!?」


 舞踏会の次の日はエルネスにたっぷり説教された。

 いつものように朝一番のエルネスの講義。訓練場では礼くんが騎士たちにコサックダンスを教えろとねだっている。かっこよかったもんねぇ。


「というか、ザザはどうなの?」

「ん?」

「や、仲良いじゃない。ザザ狙い?」

「仲良いっていうか、ザザさんは礼くんのお父さん役らしいから……」

「ああ……まあ、あの男はヘタレだしねぇ」

「エルネスのほうが仲良い気がしないでもないけど」

「やめてよ! 堅物は全くもって好みじゃないし!」


 おお。そうなのか。だからといって私にワンチャンはないと思うけど。


「でもまあ、舞踏会としては成功らしいわよ」

「そなの?」

「他の国に、勇者とうまくやってますよーのアピールもあったからね」

「あー、そゆことかー」

「そっそ。勇者と一番組んで動くのはやっぱり騎士団だし。他の国も来てほしいわけだからさ。実は水面下で牽制しあってたりもするわけ」


 なるほど。カザルナ王はやり手だしその辺は抜かりないのだろう。


「過去の勇者って、国渡り歩いたりしてたりしたの?」

「そりゃあね。戦況によっては応援に行ったりするし、魔族の勢いがおさまったりした後は旅に出る勇者もいたらしいよ。―――国としてはさ、自国におさまって子孫残してほしいって気持ちもあるのよ」

「へえ」

「だって世界のために力を捧げてくれた人には自分たちのところで安住してほしいじゃない。それに勇者様たちの子孫も、何かしらの功績残してくれたりするから」

「え。この能力が受け継がれたりするの?」


 それはちょっとぞっとしないな……一代限りならともかく、なんだかんだと私たちは異常な存在なんだし。


「ううん。なんていうんだろう。物事のとらえ方や考え方が違うというか、魔法とかね、技術の革新者になったりするのよね。今のあんたたちのとびぬけた魔力や戦闘能力とは別物でありがたい存在というか」

「向こうじゃごくごく平凡な平民なんだけどねぇ。召喚の組み替えで血も変わるってことなのかな」

「あ、でもあれよ? もし私たちと変わりない平凡な子どもであっても全力で国をあげて支援するわよ? それは変わらない」


 言い方がまずかったと思ったのか、珍しく慌て気味に付け加えるエルネス。うん。そうだろうなぁ。そういう気風の世界だと、しみじみ思う。


「そのあたりは心配してないよ。―――私は子をまた持つかどうかわかんないけどね」

「ふうん? じゃああんまり色事に積極的じゃないのはそのせい?」

「いや、単純にその気になり方を忘れたってだけ」


 ミーハーに心躍ることはある。ただそれは気に入った芸能人をテレビでみかけるようなもの。スマホの小さな画面でバレエの舞台動画をみているようなもの。

 自分の生活に組み込まれていく様は、全くもってどういうものだったか覚えていない。


 長い時間をかけて乾き干からびたものは、そうそうまた潤ったりはしないのだろう。


 思えば大恋愛の末の結婚というわけでもなかった。

 年上の社会人だった夫にプロポーズされて短大を出てすぐに結婚した。

 家計を預かるようになってすぐに、夫の結婚前の気前の良さは独身で実家住みだったからということに気づいた。フルタイムで働くことは許さないのにパートは当たり前にしろと言われた。


 パートなら、家事も育児もちゃんとできるだろう?


 とても、とても、よくある夫婦のごくごく平凡な家族の光景だ。

 それなりの女にはそれなりの男がつく。ただそれだけのこと。



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