14話 天下一ブトウカイで勝利を我が手に
「というか、何気に今ブトウカイって言わなかった?」
あやめさんがこてんと首をかしげる。
うむ。言っていた。ブトウカイ。でもエルネスからこの間聞いた時と何かニュアンスが違う気がする。
「……言いましたけど、ご存じですよね? 神官長からきいてませんか?」
私は聞いたけど、あれ?
「武闘会ですよね?」
私も首をかたむけてしまう。
私以外の勇者陣は聞いてないと声を揃えた。あれ?
「十日くらい前ですかね。エルネスが食堂に来て、『カズハ! 勝つよ! ぶっちぎりで!』って宣言していったから、てっきりザザさんが取り仕切る会だと思って、みんなもザザさんから聞いてるんだとばかり」
「カズハさん、どんな会だと?」
「試合するんでしょう? 体術なのかなんなのか知らないですけども」
「あー、天下一みたいな」
幸宏さんに、それですと頷く。
ザザさんは、悟ったように瞑目して天井を仰いだ。
「それじゃないです―――踊るほうです。舞踏会。日程が決定した会議で神官長がみなさんに伝えることになってたはずなのですが。踊る方なので僕はほとんど関与してないですし」
「え、でも舞踏会ってあれよね? 勝つとか順位とか関係あるの? え、てか聞いてないよ! どっちにしろ! 服は!? 何着たらいいの! そんなの出たことない!」
年頃の女性らしくうろたえるあやめさん。ザザさんが、くわっと研究所の方角をにらみつけた。
「ああああんのおんなはほんとに! 社交の場は女の戦場だと言って憚らないんですよ! 理解できない! ほんっとうに意味がわからない! 誰と戦ってるんだ!」
おおおう……ザザさんの貴重な罵倒シーン再臨に、礼くんをのぞく全員が数歩後ずさった。
(前から思ってたけど、ザザさん、エルネスさんと仲悪い……?)
(さ、さあ? 相性は、よくなさそうだな……)
幸宏さんと翔太君がひそひそしてる横で、あやめさんは「服……」と考え込んで、礼くんは窓の外を見ながら「まどうれっしゃ……」とうっとりしてる。だから方角違うからね。そっちじゃないからね。
はあっと残心するようなため息をついて、ザザさんが気をとりなおした。
「すみません。取り乱しました。衣装ですけど、サイズ測りに担当の者がいきませんでしたか?」
「……あ、きた。きてた! 何のためかと思ってたけどそれだったんだ!?」
「そのはずですよ。正装を準備中です。―――女性用にはちゃんと流行にのった最新の型が用意されますよ」
紳士の顔を取り戻したザザさんに、あやめさんはほっとした顔を見せるも、今度はデザインが気になって仕方がないとそわそわしだす。
正装ってどんなのだろ。
食事の時くらいしかお会いしないけど、カザルナ王妃や王女が着てるような中世のドレスだろうか。やっぱり。女子たるもの一度は憧れるやもしれない。
「王室お抱えの仕立て屋が張り切ってますから、多分そろそろ仮縫いが終わって合わせに来る頃だと思いますよ。……縫製部屋も覗けますしね」
見てくる! と宣言してあやめさんが飛び出していった。
「―――場所知ってるのかな」
「そのへんにいるメイドさんたちに聞くんじゃね? 和葉ちゃんは行かねぇの?ってなんでそんなしょっぱい顔してんの」
「あー……仮縫いのときでいいです……」
私はバレエの発表会でそれっぽいドレスは着たことあるけど……顔が地味だとね、うん……。そりゃ舞台化粧はバカみたいに派手だからまあいいかってなるんだけど、いくらなんでも舞台化粧はしないだろうし……。
というか、もしかして私はエルネスに舞踏会のことをみんなに伝える係を託されていたのだろうか。わからんて! エルネス! あれじゃわからん!
◇
「えー、舞踏会って言ったじゃないって、あ、伝えてはいってなかったっけ? まあいいでしょ。アヤメみたいな若い女なんて何着たってそれなりに見れるんだし。男? そんなんもっと何着たって脇役だし」
エルネスは全くもって伝言役を果たす気がさらさらなかった。
ザザさんの言っていたとおり、あの後すぐに仮縫いが終わったと連絡がきて、今はあやめさんの部屋で一緒にドレスを合わせてみてる。エルネスもしれっと同席してる。
「それなりって何!」
「そのぷりっぷりの肌とつやっつやの髪があればどんなドレスも添え物だってことよ。うん、似合うじゃないの」
形のいい乳房と脂肪のついていない背中を引き立てるぴったりとしたベアトップ。腰にはたっぷりとしたギャザー 。パールピンクを基調としたグラデーションが裾に向けて広がり、金の刺繍はグラジオラスのような花を象っている。あやめさんらしい華やかさに加えて、清楚さまで演出するいい仕事だ。さすが王室お抱えの仕立て屋が張り切っただけのことはある。
ひらひらとあしらうように手をふるエルネスを軽く睨みながらも、ちょっとにやついてるから本人も気に入ったんだろう。
「それよりあんたよあんた! そのしょっぱい顔でふりふりの少女らしいドレスになるのを阻止してあげたんだから! どうよ!」
「くそ! ありがとう!」
どうやら張り切る仕立て屋さんは、私の見た目年齢に合わせた実にスイートなデザインにしようとしてたらしい。
そもそも平均的日本人の顔で中世ヨーロッパ風のこてこてドレスなんて、そうそう似合わないってば。そりゃあやめさんは派手顔美人だからいいけども。
黒に近い紫のドレスはフリルもレースも控えめで、ハイネックの胸元はベロアで細かいギャザーが覆っている。肘から先は緩やかに広がる袖。バッスルラインがドレープを綺麗に見せている。派手過ぎず、子ども過ぎずのぎりぎりを保っているといった具合で、これならば一人羞恥プレイせずにすみそうだ。地味な顔がドレスに負けていることには変わりないが、まあ、ちょっと気合いれて化粧をしたらなんとか、なんとか。
「あんたの場合、確かに肌はぷりっぷりだけど、見た目子どもだからスタート地点でこけてるのと同じだしね。ぶっちぎりってわけにはいかなかったかもだけど 、これならかろうじて戦線出られるでしょう! あとは化粧と気合と勇者補正で勝利をもぎとるのよ!」
「や、なんかもうほんとどっから突っ込んでいいのかわかんないんだけど、私らでるのは舞踏会なんだよね?」
ちょいちょいはいってるディスはスルーするとしても、なぜこんなにエルネスは臨戦態勢なんだ。
「はあ? いい? あなたたちの初のお披露目会なのよ? 普段あの汗くっさい男ばっかりに囲まれてるから忘れてるかもしれないけど、あなたたちは女性なの! 着飾らないでどうするの! 何するの! この国だけじゃなくて他の同盟国の王族貴族の女性たちが、そりゃあもう目が潰れんばかりに金銀財宝身に着けて参戦するの! 主役のあなたたち以上に男の目を奪う存在なんて私以外許されない! 誰よりも男の目を惹きつけなさい! 奪いなさい! その気合があってこそいい男を捕まえられるというもの! 社交界は女の戦場! 殲滅し蹂躙し略奪なさい!」
「お、おう」
ちょっと荷が重いです。エルネスさん……。
◇
「私の知ってるエルネスさんじゃない……」
ずらりと並べられた装飾品を一瞥して、違う! と叫んだエルネスは、ちょっと待ってなさいと部屋を出ていき、それを見送ったあやめさんは呆然とした顔でそう呟いた。
「講義の時はもっと知的でクールで落ち着きがあって頼りがいがあって……」
「頼りがいはあるでしょう……あの勇者を圧倒する気迫、グリーンボウの群れだって森に帰りますわあれ……」
「違う……違う……」
あやめさんは回復魔法に尋常じゃない適性があるとのことで、エルネスとマンツーマンの講義時間を別にとっていた。王城内の医療院で実践しながら指導されているらしい。多分、私のと同じように研究も兼ねているはずだけど、あやめさん相手には指導者の顔をしたままのようだ。
まあ、相手によって見せる顔が違うのは当たり前のことだ。同年代の私と、娘であってもおかしくない年齢のあやめさんでは話す内容だって選ぶだろう。
「私の母親と同じくらいの年なのに、なんであんなに女の顔してんの」
「……エルネスはがっつり現役ですよ?」
「現役て! そりゃ年の割にきれいな肌してるけど!」
「あー、仕事中は集中したいからって化粧もしてないしフード深くかぶってますしねぇ」
けれど勤務終了時間と同時に、ローブを脱ぎ捨てるように纏う空気を一変させて街へ繰り出すエルネスは、女は灰になるまでとはまさにこのことと思わざるをえない。でなきゃよりどりみどりで男侍らせられないだろう。
「えぇ……それはちょっと引く……」
「まあ、相手も大勢のうちの一人だってことに納得してるらしいですよ」
騙してるならともかくあの調子で正々堂々手玉にとってるのなら、相手もそれを楽しんでいるのだろうことは想像にかたくない。
あやめさんは派手な外見とは裏腹に潔癖なところがちょいちょい垣間見えるので、受け入れにくいかもしれない。
「あのくらいになったらそんな恋人だのなんだのナシじゃない普通……みっともない」
あ、そっちかー。
そうだよねぇ。私も若いころは四十過ぎなんてすっかり悟り開いてると思ってたわ。年食うだけで開ける悟りなんて仏陀が全力で地面に叩きつけるだろうにね。
娘もそう言ったよ。
やっと娘も就職が決まって、家計もちょっと落ち着いて、近所にある月謝五千円のバレエ教室に通ってみたいって言った私にそう言った。主婦層むけのバレエ教室って結構あるのよね。本格的にやってる子どもたちのレッスン時間の合間に開講してるところが多い。
運動不足解消や美容のためだったり、私みたいに子どもの頃に習ってたり憧れてたりした主婦のお習い事。たるんだおなかを際立たせるレオタードだって、周りみんな同じだから引け目も少ない。
『やだー、いい年してみっともない。ご近所なんだから私の同級生にだってばれちゃうかもじゃない。どこぞのセレブじゃあるまいし』
バレエやピアノっていまだにお金持ちがする習い事ってイメージ強いんだよね。子どもが習うなら確かにお金のかかる習い事なんだけど。バレエには興味を持たず、本人が習いたいといったピアノは二年で飽きた娘にもそのイメージは根強いらしい。
何のとりえも特技もなく、手に職すらもたない平平凡凡とした中流家庭の中年女性には、それに似合った生活があるだろうと。そこから外れることはみっともないのだと。
―――勝手に描いた理想を、勝手に規範として押し付けているだけなのに。
でもエルネスは神官長にまでのぼりつめるほど才気あふれてて、仕事を離れれば身を飾り夜を楽しめる華やかな女性だ。それでもそういわれるのねぇ。
それともあやめさんは仕事中のエルネスしか知らないから、そのせいかな。あんだけ豪語してるのだからエルネスも舞踏会では本領を発揮する予定なのだろう。
そのときのあやめさんはどんな顔するのか想像したらつい笑みがこぼれた。
「やだわぁ。若さしか武器がない小娘は、ちゃんと自覚もたないと年取ってからキツイわよー?」
いつの間にか戻ってきていたエルネスは、背筋を伸ばして一メートルほどのジュエリートレイを捧げ持ち、艶やかに微笑みそう言った。
「それとも、そちらの世界ではそれが普通なの? もしそうなら詳しく。それによって何がもたらされるの?」
意外に早く戻ったエルネスに聞かれてしまって目が泳いでるあやめさんへ、研究者の顔に切り替え見つめる。ほんと好奇心をおさえられない人だ。怒ってるわけではなければ責めてるわけでもないのだけど、あやめさんにはそう感じられないかもしれない。
「あー、逆にこっちでは普通ではないの?」
「む。そういわれるとそういう感覚の人は少なからずいるわね。でも他人にそうであれとは言わないのが、『普通』かしらねぇ」
「エルネスに直接はそりゃ言わないでしょうよ。怖いもん」
「失敬な! ……いやでもそうかも? 言われてみればそうかも? 私のみえないとこでは言いそうな人はいるかも?」
眉間に皺をたてて記憶を精査してる。
「だったらあやめさんもエルネスに直接言ったつもりはないんだから、こっちもあっちも同じなんじゃないの」
「……ふむ。なるほど。――確かに」
ちょっと片眉をあげて伺う素振りは、『あんたには?』と言外に込めているのだろう。そりゃあ、あやめさんには私に言ってるつもりもなかっただろうと、肩をすくめて答えとする。
エルネスは、よし、と頷いて、ジュエリートレイをテーブルに置き両手をひろげた。
「さあさあさあ! カズハ、あんたには私が若いころから使っている定番もの! 品質はどこに出しても恥ずかしくないわよ! アヤメ、あんたには王女殿下のコレクションから最新の流行ものを選んできたわ!」
「王女殿下のって!」
「平気平気! まだ似合う年じゃないのに流行りだとのっかっちゃうんだから、実際にはつけられないのよ! 快く放出してくれたわ!」
連戦連勝の猛者であるところのエルネスは、その戦歴にふさわしく威厳をもって胸を張った。
ほんとエルネスさん、パネェっす。