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13話 物欲は続くよどこまでも

「ザザさん! グレートスパイダー狩りに行きたい! 討伐依頼ないですか! 大発生とかしてないですか! いっぱいがいいんだけど! 強いかな! どこにいるかな! 行ってきてもいい!?」


 ばーんっと力強く開けられたドアが巻き起こした突風に飛んだ書類数枚を、慌てず騒がず空中ですべてキャッチしたザザさんは、さすが我らが騎士団長の風格でしたとは、セトさんの言。





「―――これ、は……っ」


 午後の訓練が終わり、食堂でお茶休憩をしていたところだった。今日のおやつはゆうべ焼いておいたスコーン。

 軽く息を切らせ、誇らしさを隠すように口元を引き締めるけれども、目の輝きで隠しきれていないのはエルネスが管轄する研究所所属のクラルさん。ついでに言えば料理長の親戚で、猫系の獣人だ。


「はいっ! やっと今さっき仕上がりました!」


 抜け毛がつくのを避けているのか肘までの長手袋でもって捧げるそれは、恭しくつややかな絹の一枚布の上に鎮座していた。

 指についていたスコーンの粉を、シャツの裾で丁寧に拭って払い、シャツもさらに叩いて屑と欠片を落として、それに手を伸ばす。


 柔らかさを保ちつつ、しかししっかりとした安定感のある張り。

 一見素朴な綿の風合いにも関わらず、よくみれば編み込まれた繊維の奥から小さなきらめきがあり、綿百パーセントではないことがうかがわれる。

 何よりきっちりと細かく織られているのに、この軽さ、この伸縮性、これは―――


「ジャージ!!!!!」

「はいっ! やっと再現できました! カズハさまからお預かりしましたジャージなるもの、伸縮性、吸汗性、速乾性はもちろんのこと、手触りと耐久性に至ってはオリジナルを超えるものができたと自負しております!」


 モルダモーデにやられてぼろぼろになり、もう捨てるしかないと思っていたジャージの残骸は、エルネスを経由して研究所に引き取られていた。

 織り方はもちろん、布の素材そのものがこちらにはまだないものだったらしく、いそいそと繊維の分析から始めているときいたのが一か月ほど前。


「早くないですか!? 何この完成度! 分析してたのついこないだじゃないですか!」

「研究所所員一丸となって取り組ませていただきました! カズハさまといえばこのジャージですから!」

「き、着てみてもいいでしょうか!」

「是非!!」


 シャツとハーフパンツの上から、ジャージを着こむ。するするとした手触り。しわにならない柔らかさ。

 Vネックに意味の分からない襟。ぴたっと吸いつく袖口。ぴしっとウエストを紐でしめる。絞られていないズボンの裾。


「……まじで完全に再現しちゃってるな。色もデザインも」

「和葉といえばジャージ……ぶふっ」


 これは見事なまでのあずきジャージ!

 幸宏さんが唖然としあやめさんが手で口を覆うほどの学校ジャージ!


「こちらにはない素材だったんですよね……? よくこんなに早く……」

「これは画期的な新素材なんです! 久方ぶりに寝る間も惜しみました!」

「寝る間もって……残業しすぎたら王に怒られるのでは」

「そこはうまいことかいくぐって」

「かいくぐって」


 もともとのジャージはポリエステル百パーセントだったのだけれども、手元のこれの手触りは安物のざらついた生地ではなく、有名メーカー製高級ジャージのものだ。

 伸縮率、吸水力に蒸散性等を割り出すためにぼろぼろの残骸から少しずつサンプルをとっては実験を繰り返し。今度は近い性質をもつ素材を膨大な過去の資料から探し、あげられたいくつもの候補で、より特性が近づくように加工を繰り返し。同時進行で同じ織り方をするための織機を開発し。


 いわゆる何か新素材や新技術を開発するときって、理論もさることながら、実現させるまでが長いと思うのだけど。それをこのわずかな時間でやってのけたってどういうことなんだ。


「そこは魔力で」

「まりょく」

「はい、魔力操作だけならエルネス神官長に追随する研究員が複数おります!」


 私たちの世界で一番試行錯誤が繰り返されると思われる部分を、魔法でねじ伏せたと。

 すごいな魔法! なんだろう! 過去蓄積された知識を総動員して新しいものを分析して忍耐強く手法を構築して最後は力技的なこのいきなり割り込むチート感!


「この生地はグレートスパイダーの糸、正確には腹部の糸腺をもとに出来上がるもので織っているのですが、もともとこのグレートスパイダーの糸はそのまま織るには硬く手間がかかるため生地にすることはなかったんです。ロープなどにわずかに使われるくらいでして、使い道としてはあまり多くはありませんでした。つまり価値は現在のところほとんどないんです」


 おさえきれない興奮でクラルさんのぽこぽこした短い尾がわずかに膨らんでいる。触りたい。


「ところがこの製法によって、今までなかった価値が突如付加されました! 現在は鎧の下に着込むものを想定しています。高い吸水性と速乾性で繰り返し手軽に洗濯ができ、なおかつ、魔法耐性もあがるんです!」

「まほうたいせい」

「はい! 多少の火魔法や風魔法は防御してみせます! そもそも魔物が自分の巣にする素材ですから!」


 おおう……別に私の手柄では全くないけれども、召喚当時の場違い感が今このクラルさんの歓びにつながったのであれば何よりだわ……。どうやらすごいことみたいだし。というかクラルさん顔近い。


「いいな……ぼくも欲しいです」


 ジャージの裾をつまんではのばして感触を確かめつつ、礼くんがうらやましがる。前から欲しがってたもんねぇ。


「ぼくもほしい! おねがいします! ぼくのも!」


 自分が発した言葉に着火したように礼くんのおねだりがはじまった。私からクラルさんを引き離してすがりつく。


「ね! みんなもほしいでしょ! 和葉ちゃんとおそろいで!」

「ジャージはそりゃほしいけど」

「え。デザインは私自分で決める」

「俺もっとちゃんとした赤がいい」


 ですよね。てか、ちゃんとしたっていうな。


「もちろんです! まずは勇者様たちの分、それから騎士たちの分と計画をたてております。半年ほどでご用意できるかと」

「はんとし?! そんなに!?」


 落差激しく絶叫する礼くん。いやそんながっかりしないの。


「す、すみません。本当に価値がないものでしたので、素材の在庫がもうないのです……市場にも当然出回ってないものですから、カズハさまの分で研究用に保存してあったものを使い切ってしまいまして」

「素材ってグレートスパイダーやっつけたらいいの!?」

「あ、はい」

「わかった!」


 勇者補正の疾走で礼くんが食堂から飛びだしていった。


「ザザさんとこいったな」

「ですね」

「なあ、知ってる? 一部有志の年長騎士たちで『レイさま父の会』ってできてんだぜ」

「なにそれ」

「父性本能かきたてられるんだと。ザザさんは名誉会長らしい、って、なんで和葉ちゃんがドヤ顔してんの」

「ふふふ―――あの子はわしが育てたっ」


 かわいいからね! うちの子は! しかたないよね!





「既に研究所からの依頼があって討伐計画は調整しはじめてたんです。そろそろ繁殖期にはいる頃合いですし。弱い魔物ですから例年繁殖地近くに駐在してる騎士団だけで討伐してたんですけどね」


 今の時期はこのあたりが予想されます、とザザさんは黒板に貼った大雑把な地図にピンをたてた。縮尺はわからないけど、王都から見て西南あたりかな。


「じゃあ、俺らが行っても素材が手に入るスピードって同じなんじゃないの。むしろ向かう分時間ロスなんじゃ?」


 えーーと礼くんが幸宏さんに不満げな声をあげる。


「この魔物、飛ぶんですよ。個々の能力はさきほど言ったとおり弱いんですが数が多くて、討伐方法は火魔法で一斉殲滅が常道です。ところが今回は」

「素材が欲しいのに一気に燃やし尽くすと意味がなくなると」

「はい、腹部にある糸腺を傷つけずに各個撃破となります。そうなると地方の常駐騎士団だけでは対応しきれません。魔物はほかにもいますしね。ただまあ、援軍を出せばすむことなので皆さんが出ていく必要性はそこまでないといえばないのですが」


 地図上の王都から伸びる指先を黒く太い線をなぞる。緩く弧を描き、西側の国境線手前を通ってピンのところまで。


「飛行する魔物討伐はまだ訓練してませんし、これ、魔動列車の路線なんです。そろそろ王都近郊だけではなく国内を視察していただいてもいいかな、と」

「列車!! あっちにある線路のやつ!?」


 窓の向こうを指さす礼くんに頷くザザさん。わかるけど確か方角は反対側だ。


「ただし問題がふたつ。各国といっても他の大国二国の代表を招待しての舞踏会が二週間後にあります。それが終わってからでないと出発できません。どちらにしろ繁殖期にはすぐ出発すると早すぎますし。レイ、参加したいんですよね?」

「うん! 大丈夫だよ! ぼくもうちゃんと討伐できるし!」


 もともと訓練中はザザさんをはじめ騎士たちも私たちを呼び捨てにしていたのだけど、最近は普段も呼び捨てにしてくれる人が増えてきていた。礼くんや幸宏さんがしつこくねだったからだ。


「馬車よりははるかに速いですが、往復で三日、討伐の所要時間を一日とみても最低四日かかりますよ? どうします?」

「え。よ、よっか」

「各個撃破に素材回収の解体もしなくてはいけないので、もうちょっとかかるかもしれません。研究所のものからきいたところによると、一着つくるのに十体分の糸腺が必要だそうです」


 もう狩りには何度か礼くんも参加していた。最初の二回は私と一緒に見学で、三回目は討伐にも参加。

 モルダモーデのこともあって、はじめはかなり慎重に討伐訓練を再開したのだけれど、ここ二回ほどは私は同行していなかった。片道一時間以内の近場だったから。


 戦っているときに私とはぐれることだってあるだろう。

 最悪、これを言えば王やザザさんたちに怒られるけれども、私が消えることもあるだろう。

 けれど、その時に一人で立てるように。

 少しずつ少しずつ、けれど実同年代の子どもたちよりもちょっと駆け足でと、私たちは礼くんを見守っている。


 だけど泊りがけの遠征はまだ未経験だ。


 ザザさんが珍しくちょっと口元が緩くなるのをこらえてる顔をしている。

 察した幸宏さんもあやめさんも翔太君も、顔をそむけたり手で口をおさえたりしている。


 これ、あれだ。

 ほんとにお泊りするの? 夜になったらおうちに帰れなくなっちゃうんだよ? 夜目が覚めてもおかあさんいないよ? だいじょうぶ? ってやつだ。

 礼くんは私をちらちら見ながらひどく迷っている。

 さあ、物欲は成長を促進させるか!


「か、和葉ちゃん」

「うん」

「食堂、お休みできる? 一緒にきて……?」

「よ、よろこんでー!」


 上目遣いでおずおずと聞かれたらこうなるだろう!

 崩れ落ちるのを耐えた腹筋を称賛してほしい!




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