2巻発売記念SS 蓮の池ときたならば
こちらの世界には、多少の違いはあれど向こうと大差ない食材が豊富にある。
カザルナ王国は前回の勇者がヨーロッパあたりから召喚されていたため、文化はそちらの影響を強く受けていて、大陸反対側に位置する教国ではアジア圏文化よりだ。召喚されてから三年たった今では、向こうの食材や調味料とこちらのものの対照表や、そのレシピを書き連ねたノートも十冊を超えた。地味にやってたんですよ。そういうことも。最終的に料理長へレシピを渡すための下書きなんだけど。
さて、王城の裏山の向こうにはサルディナという魚の棲む湖がありました。
向こうの世界でいううなぎ。すっごく長いけど。
すっごく長くて大きいけれど、その調理法も味も違わずうなぎな生物が棲んでいた。
泥くさくて食材には不向きだと認知されていた代物は、調理法次第で美味となるばかりか栄養価も高いと一躍脚光を浴びる存在となったわけです。だってうなぎだから。
一躍脚光を浴びる生物って、向こうの世界ではあっというまに絶滅の危機に瀕したりするもの。食材しかり毛皮などの素材しかり。
けれど我らが賢王は、需要がないゆえにその生態も謎に包まれたままのサルディナを乱獲することなく、地道な調査を続けさせていた。生態系のバランスを崩さない程度のラインを見極めるため。
そしてサルディナが周囲に影響を与えない程度の減少で安定したと思われた今年。
「わー、こっれは見事」
波打ち際は岩場だけれど水底は泥であった湖には蓮の花が一面に咲いた。
敷き詰められた丸い葉のお皿、隙間から輝く鏡のような湖面、そしてそこからすっくと首を伸ばして天を仰ぐ桃や白の蓮の花。
花が湖面から立ち上がっているのが蓮で、茎をのぞかせないのが睡蓮だったと思う。
もともとが湖底に横たわっているだけのサルディナの巣。揺れることのない静けさに、これまた雲間からこぼれる陽射しが神秘性を増幅させていた。
「話には聞いてましたが……これまた素晴らしい景色になったものですね」
「こっちでは見かけない花なんでしたっけ?」
ザザさんと二人でやってきました。デートですよ。これ。デート。
休日は礼くんも一緒に過ごすことが多いのだけど、私と二人の時間もちゃんと確保するザザさん。仕事のできる男はさすが違う。
私がザザさん抱えて飛んできてもよかったのだけど、ザザさんの希望で馬に相乗りしてやってきた。おそらく高いところがあんまり得意じゃないのだと思う。
「ええ。研究所でも調査して毒性はなしとお墨付きでましたよ」
そう。だからこそ調査結果が出てすぐに、ピクニックと相成った。だってこれはかなり人気のデートスポットになること間違いなしではなかろうか。サルディナもいるし国の管理下だから、無条件で誰でも入れることになるまではまだまだかかるだろうけれど。今なら独占! 先取!
「あちらではよく見かける花なんですか?」
「見た目はそっくりですよ。んー、絵画や物語の題材になるくらいには人気の花ですね。はい、どうぞ」
出入りしている調査隊が利用していたのか、そこら辺から伐採してきたのであろう丸太を縦に割ったベンチやテーブルが据えられていた。
おにぎりとからあげ、たまごやきに芋の煮物などの弁当もすっかり平らげて、馬はそこらで草を食んでいる。パノラマな絶景を一望しながらの番茶が美味い。
「絵画はわかりますけど、物語ですか」
「なんか元ネタは宗教の説話だとか諸説あるらしいんですけどね。そのお話には蓮の花が咲く池が出てくるんです。それは極楽……んー? 人が死んだ後に魂が行くとされる神様の国とでもいうのが近いのかな」
こっちの世界で一神教は根付かなかったし、天国地獄の概念もポピュラーではない。地域や種族で似たようなものはないわけではないらしいけど。
「極彩色の夢のような幸せな地らしくて、蓮の池はそうですねぇ、その象徴の花みたいな感じでしょうか」
「極彩色の夢ですか……」
ちょっと不思議そうな顔で首を傾げるザザさんは、どうもしっくりきていないらしい。まあ私もそっちの蓮池より、モネの睡蓮のほうが好き。
この湖は蓮だけれど、モネにだって負けてない。
「夢のようなというよりは」
「よりは?」
「淡い色の花なのに凛とした風情がカズハさんのようですね」
「顔薄いって言ってるでしょそれ!」
照れ隠しに叫んでみても顔が一気に熱くなった。
この人ほんといつまでたってもイケメン! しれっとこんなセリフを吐いてにやりと笑うとかあ!
まあそんな夏の日もありました。
そして冬を間近に控えた今日。
「たららったらー! れーんーこーんー!」
「たららったらー!」
当然そのまま手ぶらで帰るわけもなく、その時しっかり湖底に伸びる地下茎を確認したわけですよ!
そして満を持しての収穫です! やっぱり蓮ときたらこれ!
輪切りにしたレンコンのきんぴらを箸でつまんでかざせば、礼くんも一緒に叫んでくれる。ほんとずっと天使。身長抜かされたけど天使。
「これ、すっかすかで穴だらけだな。虫食ったのか?」
「そういうものなんですー!」
胡散臭げな顔したザギルの目にレンコンを突き付けて穴を覗かせる。
「向こうではねー、縁起物なのよ。穴がたくさんあるから将来の見通しが良くなるようにってね」
「へー。お、美味いなこれ」
「俺らの国、そういうゲン担ぎ好きだからねー。特に珍しい食材じゃなくても色々こじつけてありがたくいただくってわけ。あー! 和葉ちゃんさすが! この甘辛さ! うっま! ポン酒ほっしいい」
「景気よく開けちゃうからですよ」
実は教国に清酒はあった。けど、なんだか特別な儀式やイベントのときに振舞われるものらしくて、年に一度勇者特典として融通してもらっている。
それを際限なく飲み続けるのが主に幸宏さんとザギルだ。去年もこの時期にはもう底をつかせていた。
「ねえねえ和葉。これなあに? シュウマイ?」
「レンコンと鶏肉の蒸ししんじょ。本当はえびとか白身魚欲しいとこなんですけどね」
「ああ、生魚はなかなかねぇ。あ、でもおいし! ふわっふわとさっくさく!」
そりゃもうしっかり山芋とのバランスを試行錯誤して練りましたからね!
「ころころコロッケ―!」
「礼君、こっちのはさみ揚げも美味しい」
礼くんと翔太君はにこにこほくほくで揚げ物を中心に攻略していってる。
「あら、このサラダ歯ざわりよくていいわね」
「エルネスさん! レンコンは! 美容にもいいんですよ!」
「……ちょっとそっちの煮物もちょうだい」
自分用のおかわりを鍋からよそっていたザザさんが、しぶしぶ顔でエルネスにもとりわける。気に入ったらしい。彼は煮物全般が好きだしね。
「これあれだろ。あのサルディナのとこに生えてきたやつだろ」
「……なんだその顔」
レンコンチップスを三枚まとめてかじりつきながら、ザギルはニヤニヤ顔をザザさんに向けた。
「あー、あの湖ほんとに綺麗だったよねぇ」
あれから何度かあの湖にはピクニックに行っている。勿論いつものメンバーでもだ。光景を思い出したあやめさんはうっとり顔。
「女ってなぁ、普通ああいう風情のとこ好きだよなー」
「やだ和葉! ケダモノが情緒を理解してるみたいなこと言ってる!」
「知ってっけど使う必要ねぇだけだっつの! 大体な! そいついきなりずかずか泥かきわけて根っこ掘り出しはじめてんだぞ! 俺よりわかってねぇっつの!」
「なんで知ってんだまたおまえは!」
「……え。和葉ちゃんそれまさかザザさんとのデートのとき?」
「や、だって、蓮っぽくてもレンコンまであるとは限らないじゃないですか確認しなきゃじゃないですか着替えだってちゃんと」
「計画的!」
私のおかげでこのレンコンパーティできたのに! みんな何その目!
「和葉ちゃん。素敵なデートにするためには女の子もがんばるもんなんだってミレナが言ってたよ」
「レイ、カズハさんもがんばってましたから」
礼くんったら第三王女殿下とそんなお話までするようになったのね……成長!
でも少し寂しくて複雑だわー。
あとザザさん、そのフォローはちょっといたたまれないです。
ちゃんと甘い空気もあったじゃないですか! そりゃそれを説明されても困るけど! もう!
いつもごひいきありがとうございます!
おかげさまで本日2巻刊行です!
記念SSも無事書けましたので! ご挨拶です!
引き続き2巻もお買い上げありがとうございます!やったー!
さて活動報告から抜粋です。
・書き下ろし閑話***「騎士団長の初めての」 ザザ視点 これは特典ではなくて本編の加筆分。ザザと礼のコイバナ? みたいな? え?
・初版/電子特典SS
『餃子からなるフルオーケストラ』翔太視点
・書店特典 くまざわ書店様
『目には目と歯を』幸宏視点
幸宏視点も翔太視点も初ですね。
特設ページにもありますが、幸宏視点は、幸宏の「絶望」の片鱗となります。
片鱗ですからねー。でも本編よりもかなり覗けます。勿論。
「このふたつの話、温度差ひどくないか」ともっぱらの評判でしてよ!
でもきっとそういうとこお好きでしょう?まめは知ってるんだ。
なのでがんばりました!続刊したいです!
お買い上げくださいましね!うれしい!ありがとう!
特設ページはこの↓にしろ46先生の華やか表紙画像がございますでしょ?そちらをねぽちっとしていただけるとたどり着けましてよ!