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1話 異世界召喚に年齢制限はないのか

「ごちそうさまでしたぁああ!」


 廊下とこちらをつなぐカウンターから響く甲高くたどたどしい声に、


「はぁあーぁいぃ」


 抑揚をつけて応じる。


 高学年になると照れがでてくるのか、かけてくれる声も少し小さくなるから返事も抑えてあげるが、こんだけ元気にごちそうさましてくれればそりゃはりきって応えてあげなきゃって気になるというもの。


 最近の世の中は学校給食といえば給食センターとかの外注が多いようだけれども、うちの市は結構力をいれているらしく、小学校には昔ながらの給食のおばちゃんがいる。私もその一人だった。

 料理が好きなわけではない。ただ労働条件が都合よかった。特に子供好きなわけでもない。けど、まあ、時々にっこにこで美味しかったと伝えてくれるような子供は実にかわいらしい。生活のために働いている私には仕事に生きがいとかうすら寒いノリは全くないけど、その子供たちの顔がほんのちょっとしたご褒美に思えるくらいには、この仕事は気に入っていた。


 そう、過去形。


 今私の足元は、リノリウムの床ではない。水はけもあまりよくない的な? 衛生環境? なにそれ美味しいの? 的な土間というのかなんというのか中途半端に石畳が敷かれている床。なんなら石が欠けた隙間に雑草が顔を覗かせている。一応室内の括りなのになんでなのと思いつつ、一抱えもある大きな木の桶いっぱいの芋っぽい何かの皮をむき続けてる。昼食時間のラッシュはすぎて、今は夜の分の仕込みだ。


「ごっそーさん」


 もっさりとした声が届く。声変わりの時期なんてもう忘れたんだろうなという年頃の声。かわいくない。全くかわいくはないけども、荒事にまみれた男たちばかりのとこなので仕方がない。たまにいる食べ終わった食器を投げるかのように下げてくる輩よりよっぽどよい。なので、顔をあげて下膳口へ応じる。


「はあ「なんでまたそこにいるんですかあああああ!」


 騎士団長の野太い悲鳴で打ち消された。





 異世界召喚ってよくあるでしょう? いや、よくありはしないけども小説とかで。

 私もね、ほらネットでよく読めるじゃないですか。無料で。ちょいちょい読んでたんですよね。正直楽しんでた。いい年して。だってこんなに楽しいものが好きなだけ読めるなんて、しかも無料でなんていい時代になったよねって思ってた。自分の好きな小説買うなんて、もうずっとできてなかった。置き場所もないし、なんというかこう本を読むのはまとまった時間を確保しなきゃって気になってしまって。その点、スマホで空き時間にちょっと読んでってのが気軽にできるのが実によかった。


 でもねー、まさか自分がねー……召喚されるなんてねー……ないわー、これって年齢制限とかあったんじゃないの?って思うじゃない。普通。


 前の晩、普通に寝たはずだった。目が覚めたら異世界でした。


 大理石のようだけど大理石よりも柔らかな光を映すクリーム色の床には、魔法陣らしき円や模様を描くように赤い石が埋め込まれていて。

 見上げれば青、赤、黄、緑と色とりどりのステンドグラスがはめ込まれた半球状の天井。

 後からきいたらガラスではなく、薄く削った石だとのこと。なんか特別な石。

 降り注ぐ陽光には塵が静かに泳いでいて。

 光が届かない壁際は薄暗く、けれど豪奢な蔦模様が彫り込まれているのがわかって。

 

 魔法陣の中にぼんやりと突っ立っていたのは私とあと四人。

 魔法陣を囲むように立っていたローブ姿のいかにも魔法使いっぽい人たちが八人。

 その人たちよりもちょっと格上な魔法使いな感じの五十代くらいの女性と、どっからどうみても王様なビロードマントの五十代男性が並んでいて、その一歩後ろにフルプレートで兜を外した騎士がいた。






 その騎士が今、私を厨房から引きずり出して食堂のテーブルを挟んで嘆いている。

「そりゃね、わかります。こちらの都合で勝手に呼び出されてさあ戦えなんてね、ないですよね。僕らは国を守ると自ら誓ってこうしてるわけですけども、勇者様たちの世界は平和だったそうですしね」

 騎士団長のザザさんは、その勇ましい肩書に似つかわしくない柔らかな口調で訥々と話す。

「あ、私たちの国がたまたま戦争してないだけで、世界規模でいうならそうでもないですよ。そりゃ魔物とか魔王とかいませんけど」

「……魔物がいないとなると、敵は人間だけですか」

「そうなりますかね……といいますか、なんで私たちの国の人間ばかり呼んじゃったんでしょう……他の国ならこう、戦闘力高い人もっといましたよきっと」

「……あいにく異世界の国際事情は把握できず……」

「ああ……ですよね」

「でもですね、だからうちの王はちゃんと言ったじゃないですか。戦わなくても生活は保障するって。勇者様たちは客人です。こちらの事情で拐かした挙句に思い通りにならなかったら放り出すなんて不義理するわけないじゃないですか。戦わなくても、蝶よ花よとあがめられててくださってていいんです。それがなんで……っ! なんで食堂で僕らの食事つくってんですか……っ!」





 召喚されたのは私のほかに四人。

 スーツ姿にきっちりと整えた髪でこれからまさに出勤な会社員といった風情。

 ハイネックノースリーブ、ぴったりとしたウエストからなだらかに広がるフレアスカートという自信満々の着こなしは女子大生風。

 だぼっとしたジーンズを腰ではき、ずらりとごつい指輪をいくつもはめてて、いかにも今どきといった感じの青年。

 少しふくよかな体よりもちょっと大き目サイズの制服は改造もされていず、ズボンはきっちりとプレスされていた。高校1年生くらい?

 

 そして私、小清水和葉。四十五歳。ジャージ。しかも娘の中学時代の学校ジャージ。以上!


 みなさん前の晩は普通に寝て、起きたらこうなっていたという話なのになぜ私だけジャージなのか。寝る時だけだったのに。みなさんもパジャマなりなんなりで寝てたにも関わらずちゃんとお出かけスタイルで召喚されたのに。我ながら場違い感加速させる登場っぷり。

 そりゃ気もひけますよ。格上っぽい魔法使いで神官長のエルネスさんが召喚した理由を説明してくださった後に、「あの、私、休みの連絡してないんで……」って言っちゃいますよ。

 まあ、連絡どころか帰る方法も当然のことながらなかったわけですけども。


 さてこの異世界。文化は中世ヨーロッパ的。魔物や魔王といったフレーズからもわかるように剣と魔法の世界。獣人、エルフ、ドワーフも普通に闊歩している。城内にも入り乱れてる。

 言葉には不自由しなかったけど、文字は読めない。でも識字率はさほど高くないので平民は読めない人のほうが多いらしい。

 大陸は中央を分断するように大国三つ並び、南に小国たくさん。そして魔物ひしめく大山脈地帯を挟んだ向こうの北に魔族の国。私たちを召喚したこの国は三つの大国のうちの一つ。東側に位置するカザルナ王国。

 敵は魔族の国、魔王。対抗勢力として私たちが呼ばれたと。


 なぜ召喚したのか。異世界を渡るとき、世界のはざまを越えるために身体は一度分解され再構築される。その再構築されるときになにやら加護だか恩恵だかがくっつくそうで。この世界に生きるものよりはるかに高い戦闘力が身につき勇者と呼ばれるほどの存在になる、と。分解て。どうなの。なにしてくれてんの。







 エルネス神官長さんに帰還方法はないと告げられた後、カザルナ王はすまないと頭を下げた。ビロードマントこそ王様っぽいけれど、それ以外は王様らしくなかった。むしろそのマントがなかったら給食室出入りの営業さんぽいと思ってしまったくらい。小柄な体つきが似ていた。

 それでも、王が頭を下げる姿に、エルネスさんはきゅっと唇を引き結び、他の魔法使いさんたちは「あっ、あっ」と小さく声をあげ両手をふわふわとさまよわせて、ザザ騎士団長さんはより深く頭を下げた。きっととても慕われている王様なのだろう。


「本来世界はその世界だけで完結すべきだと私は思う。我らの住む世界を守りたいのは我らが今生きているから、生きている世界だからだ。勇者様たちにはあずかり知らぬこと。自らが生きる世界を差し置いて縁もゆかりもない世界のために戦えなどと傲慢でしかなかろう」


 ですよね。と内心頷く。口には出さなかったけど。


「魔族は数こそ我らより少ないがその身体能力も魔力も高い。我らは数を頼みに国境線を維持するだけで精一杯の戦いを数百年続けている。戦いを強制はできぬ。戦わずとも勇者様たちの生活は当然保証する。だが伏して願う。どうかその異界渡りで得た力を貸してはもらえぬだろうか」


 えー、無理ーとか誰か言わないだろうかとそっと他の人たちの顔を窺うと、

「なるほど」と会社員は力強く頷き、

「魔法ってわたしにも使えるってことね?」と女子大生はがっちりとカールしたまつ毛の下の瞳をきらきらとさせ、

「うは、無双?無双が約束されてるってこと?」と青年は隠す気もないわくわくした顔で隣の高校生を肘でつつき、

「得た力ってどんなものなのかまずは知りたいです」と高校生は実直な意気込みをみせた。


 なに? 乗り気? みんな乗り気?

 若い男の子たちはまあ、そうかもしれない。でも、会社員、納得しちゃうの? そんな仕事一筋みたいなルックスなのに? 絶対女子大生は「えー無理ー」って言ってくれると期待してたのに!?

 いやでも私は無理。どう考えても無理。だってみんな若いじゃない。会社員はちょっとこっち寄りではあるけど全然若者じゃない。私に比べりゃ色々漲ってる年頃じゃない。


 勝手に裏切られた気分になったのを押し隠しつつ、ここは冷静に辞退しなくてはならないと俄然沸き立つ勇者陣から離れ王様へと一歩踏み出そうとしたとき。


 ……おや?


 勇気をためようと一度うつむいて踏み出す足元を確かめた、のだけど。

 違和感がある。

 どこにって、自分の体に。

 なんか軽い。

 踏み出した足をもとに戻し、改めて自分の体を見おろす。


 けしてね、太ってはいなかった。でも若いころに比べたらほら重力って逆らえなくなるわけで。自然腰回りとかね、ほら。

 ジャージですからそんなに体の線が出てるわけでもないけれど、それでも確かに毎晩ため息をつきたくなるほど見慣れた下半身とは違ってて。

 てのひらをじっと見直す。裏返して手の甲。……これは、と、周囲を見回す。


 王様の立つ位置の向かい側、私の背のほう、この広い部屋から出るための扉側の壁は一面の鏡張り。そこに映るのは。


 あずき色の学校ジャージがよく似合う、中学生の頃の私だった。


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