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夜の食國   作者: 明水華 灯籠
2/6

夜の食國—序章—弐

腐向けです。

大丈夫な方のみ、お進みください。

 自身の意思に反し、時間は刻一刻と過ぎていく。

 何時の間にか、あれから二日が経っていた。

 約束の三日まで、あと一日。

 俺は只、明日という日が来る事が怖かった。

 しかしそれとは裏腹に、家の者達は何時も通り俺に話し掛け、弟、天満星は時たま俺の部屋に訪れては、俺を小馬鹿にしたような態度を取った。・・・まぁ、夜は別だが。

「・・・俺が、心配性過ぎるのか?」

 満星が以前言っていた、「高天原の者達は自らの手を汚すような真似はしない」という言葉を、いっそ信じてしまえば良いのだろうか。きっと他の奴等はそのことを信じて疑っていないのだ。

 と、誰かが廊下を駆けてくる音が耳に入った。

「なーにを難しい顔をしておられるのです?兄者。」

 いきなり開かれた襖の奥から現れたのは当然、満星だ。

 満星は、眉間に皺を寄せ思考を巡らしている俺とは対照的に、憎たらしい程の笑みを湛え乍ら、部屋に踏み込んできた。

「まだ、明日の事を気に病んでおられるのですか?」

「・・・まぁ。」

 それを聞くなり満星は、「やれやれ」と言うように少々呆れた様子で、大げさな素振りで息を吐いた。

「兄者はまことに心配性が過ぎまする・・・。満星は疲れます・・・」

「そうだな、俺もお前に疲れる。」

「でしょう?お揃いに御座いまするなぁ。ははは。」

 何がそんなに可笑しいのか。

 此奴に乗せられると本当に疲れる。

 今度は俺が、大きく溜息を吐く番だった。

「疲れておりまするな、兄者。昨晩は少しやりすぎましたか?」

「っ・・・!」

 さらっと出された『昨晩』という言葉に、胸がどきりと音を立てた。

 そんな俺を馬鹿にでもするように、満星はにやにや笑いながら顔を覗き込んでくる。

「おや、兄者。顔が赤くなっておりまするぞ?如何か致しましたか?」

「い、いや、何でも・・・」

「そうだ、如何しても不安が拭えぬと言うのなら、今からきれいさっぱり忘れさせてあげましょう。如何致します?」

「ふざけるな、まだ朝・・・んっ・・・!」

 首筋に口付けられ、堪らず変な声を洩らしてしまった。他に誰か居ないと判っていても、かなり恥ずかしい。

「・・・相変わらず、兄者は可愛い反応をしてくれますな。誠に、女子のようじゃ。」

「・・・五月蠅い。」

「そんなところも可愛らしゅう御座いますが・・・御安心下さいませ。今は流石に抱きませぬ。一応、世の秩序というのは、弁えております故な。」

 そう言い、満星は俺の体から、その身を離した。

「まぁ、明日の件は余り気にしないで下さりませ。どうせ来ませぬよ。気に病むだけ損かと存じまする。」

「そう、だな。」

 満星は俺の答えに満足そうに頷き、腰を上げ立ち上がった。

「では。」

「満星」

 部屋から出ていこうとする満星に、俺はほぼ反射的に声を掛けていた。

 満星は不思議そうに「何でしょう?」と首を傾げる。

「あ、あー・・・」

 ・・・如何しよう。掛ける言葉が見つからない。

「あ、あの、何かすることは?暇なんだ。何かあれば・・・」

「と、特にありませぬ。現に私にも仕事は余り廻ってきませんし・・・。」

 とっさに思い付いた俺の言葉に、やや困ったような表情を浮かべ乍らも、満星はそう答える。

「そう、か・・・済まん、もう行って良い。」

「・・・兄者。」

 何が残念なのか判らないまま項垂れた俺に、満星は再度歩み寄り、下を向いたままの俺の顎をくいと持ち上げた。

 突然の事に、驚いて目を閉じる事すら出来ず、されるがまま、俺は満星に体を委ねた。

唇に触れる柔らかい感触。それは、幾度となくこの体を愛撫してきた、紛れもないそれだった。

 暫くそうしていた後、満星はゆっくりと唇を離す。

「・・・また、顔が赤くなっておりまするぞ?兄者。」

「あ・・・」

 何時もの貪られるように激しく濃厚なものとは違う、触れるだけの、簡単な口付けだった。

 なのに、それは何時もよりも、何と言うかむず痒く、恥ずかしくも感じられる。

 ——————此奴を離したくなかった。出来るならずっと二人で、このまま暮らしていたかった。

 それはもう、身内としての、兄弟としての『愛』では無かった。

 兄弟同士、しかも男同士でこんな仲になってしまうというのには、些か抵抗もあった。けれどそれ以上に、俺は、此奴が好きだった。

 別に男が好きというわけでは無いけれど、何時からか、知らず知らずのうちに、俺たちはこういう仲になってしまっていた。

 後悔は、無い。

 俺は、引き留めるように満星の腕を摑んだ。

そのまま体を此方に引き寄せ、抱き締める。

感じた温もりに、心が落ち着いていくのが分かった。もう暫く、このままが良い。

「・・・もう少し、此処に居て。」

「兄、者・・・?」

 満星は驚いたように俺の方を見る。

 その頬は、俺の事を馬鹿に出来ないくらいに紅潮していた。

 ・・・そういえば、余りこういうのは俺の方からしたことが無かったか。

「如何したのです・・・今日は、熱でもあるのですか?・・・兄者らしくない。」

「・・・知るか。」

「知っておいてくださりませ。」

 呆れたようにそう言った満星だったが、その表情は、優しいものだった。

 満星は腰を下ろし、俺の背中へと腕を回す。

 幸せだった。これ以上ない程に。


 —————この幸福が何時までも続くなんてことは無いという事も、当然知っていた。



 妙に、胸騒ぎのする晩だった。

 そのせいでまともに眠りにつく事すら出来ず、俺は、うつらうつら、眠れそうなのに眠れないという微妙な状態で、夜を過ごしていた。

 やっと眠れそうになり、目を閉じかけたその時だった。

 何か聞こえた気がして、俺は身を起こした。

 嫌な汗が背を伝う。

 立ち上がり、部屋を出ようと一歩踏み出したところで、動きを止める。

 足音が聞こえた。

 何時ものように聞いているそれは、心なしか慌てているようにも聞こえてくる。

 その足音は、俺の部屋の前で止まった。

 襖が、静かに開かれる。

「満星。」

 ふざけた言葉の一つも言わず、満星は俺の目を見て頷いた。

「・・・如何やら、冗談では無かったようですな。」

「俺は、如何すれば良い。」

 最期まで誇り高くとはいかずとも、戦うべきか。

 いっそ俺が自刃してしまえば、無駄な犠牲を出さずに済むだろうか。

 そんな事を考える俺の事を知ってか知らずか、満星は言った。

「兄者は、お逃げ下さい。」

「・・・お前は?」

 思わずそう問うた。

 確かに、主を最優先に逃がそうとするのは、当たり前の事だろう。

 しかしそれなら、せめて俺は満星と一緒に落ち延びたかった。

「私は、後で追いまする。・・・出来る限り、他の人々を逃がしてから其方へ向かいます。それまでは天光を付けます故。」

 そう言った満星の背後から、外見の年齢は大体同じくらいであろう、紺色の着物を纏った黒髪の少年が姿を現す。小姓の天光だ。

「そうか。早めに済ませ・・・」

 言い乍ら後ろを向きかけた時、俺は満星の姿に、何か違和感のようなものを感じた。

 満星の方に向き直ると、違和感の正体はすぐに分かった。

「・・・如何致しましたか?兄者、早う・・・」

「一つ聞いて良いか?」

 満星の言葉を遮り、俺は言った。

 この質問に答えさせない気は無い。

「何故、その太刀を履いている?」

「・・・・・・」

 一瞬、満星の顔が歪んだ。

 満星が腰に提げているのは、金で縁どられた黒い刀。この家の当主であるという事を示す太刀だった。

「俺に渡すのなら、早く渡せ。その他に、お前がそれを持つ理由なんてあるのか?」

「・・・兄者はお逃げ下さい。早う、お逃げ下さいませ!」

 そう言い、逃げ道とは反対方向へ歩き出そうとした満星を、俺は必死の思いでその腕を引き、止める。

「問うている。何故それを渡さない?どこへ行く心算だ、答えろ。」

「寸刻を争うのです。離して下さりませ。」

「問いに答えろ満星!!」

「っ・・・!」

 観念したように、満星は此方を振り返る。

 その顔は、今までに見たことの無い、何かを決意したような、そんな顔だった。

「主君を無事に逃がすのが、我等の役目に御座います。故に、私は兄者の身代わりとなって時を稼ぎます。」

 満星は淡々とそう告げる。

 『主君を無事に逃がす』

 それには、何の間違いも無い。只、俺は弟を失ってまで生き延びたく無いのだ。

 この場所に加え、満星をも失ってしまったら、他に生きる理由が見つからない。それ程大事な存在だった。

「・・・許さない。共に逃げよう、まだ間に合う。」

「それは、私の兄としての御命令に御座いまするか?」

「そうだ。」

「ならばお断り申し上げます。」

 即座に、そしてきっぱりと、満星は俺の言葉に答えた。

 俺の望まぬ言葉で。

「・・・この際だから、申し上げましょう。私は・・・天満星は、貴方様の弟ではありませぬ。私は天光の兄に御座います。甕星殿。」

「は・・・」

 満星が言ったことの意味が全く持って理解出来ず、俺は半ば助けを求めるように、後ろの天光を見た。

 当の天光は、申し訳なさそうな苦々しい表情で、此方を見つめている。

「う、そ・・・」

「誠に御座います。貴方は知らなかったのでしょうが。」

 愕然とする俺に向けて、突き放すように冷たく、満星は言い放った。

「私は、貴方様に弟を預けたのです。・・・どうぞ、宜しく御頼み申す。」

「兄上・・・」

 心配気な顔をし乍ら、天光は満星に声を掛ける。

 その表情から察するに、「そんなことを言って良いのか」と言いたいのだろう。

「・・・もう、お行き下さい。兄者」

「あ・・・」

 満星は、直ぐに自分の言ったことに気が付いたようで、はっと目を逸らす。

 でも俺は、それが、満星が「兄者」と呼んでくれたことが、嬉しくて、堪らずその細い体を抱きしめ、唇を重ね合わせた。天光の前であるというのに。

「んっ、む・・・・・・はっ、御止め下され・・・!」

 満星は必死にそれを拒み、俺の事を引き剝がす。

 その頬には、涙が伝っていた。

「もぅ・・・お止め下さい、兄者・・・」

「・・・満星。」

「早う・・・もう・・・」

「満星、聞け。」

 俺の声に、満星は目を赤くしたまま顔を上げる。

「・・・お前が何と言おうが、血の繋がりが無いのだとしても、満星、お前は俺の弟で、俺はお前の兄だ。判ったか。」

 その言葉に、満星は暫し呆気にとられていたが、意味が判ったというように口角を上げ、無理に笑って頷いた。

「・・・そう、に御座います。私は、兄者の弟で・・・兄者は、兄者に御座いますな。」

「ん・・・。」

 俺は満星の髪をぽんぽんと撫で、同じように笑って見せた。

 大好きだ。此奴の事は、言い表せない程に。只、愛している。誰に何と言われようが、それは変わらない。きっと永遠に。

「今まで、有り難う御座いました。・・・愛しています。兄者。」

「俺も同じだ。・・・待っている。ずっと。」

 最後、満星は幸せそうに笑い、俺に背を向け去っていった。

「・・・行くぞ。」

「はい・・・。」

 同時に、俺も後ろを向き、天光を連れ歩き出した。

 天光の声は、涙に濡れていた。

 それは俺も同じだ。



 逃げ込んだ森の中は、驚く程の静寂に包まれていた。

 途中から降ってきた小雨が木々の葉を揺らし、音を奏でる。

 魑魅でも出てきそうな雰囲気だ。

 そんな中、俺と天光は上がった息を整え乍ら、速足で歩を進めていた。

 行く当ては無い。只、生き延びるという事だけを考え、俺達は進んでいる。

「天、光・・・大丈夫か・・・?」

「ええ・・・。大事ありませぬ・・・お気遣い、痛み入りまする・・・。」

「・・・いや。」

 そのまま、休む事無く歩き続けた俺達だったが、ふと、何かの気配を感じ、俺は足を止めた。

 それは天光も同じだったようで、動きを止め、確認するように俺の方を見る。

 そんな彼と顔を見合わせ、再び俺は前方を見やる。

 先に広がる暗闇の何処かに、それは確かにあった。

 ・・・まさか、気付かれたというのだろうか。

「・・・御下がり下さい。」

 徐々に近付いてくる気配に、天光は小声でそう言い、俺に後ろに下がるよう促した。

 やがてそれは足音と共なり、俺達の耳に届く。

「・・・逃げるか?」

「いえ、間に合いませぬ。・・・それに、相手は一人のようです。」

 天光の言う通り、感じる気配も足音も、人一人のものだった。

 しかし、一人分であろうその気配は、妙に大きいというか、普通じゃないような、そんな感じがする。

 少なくとも俺よりかは上位の————天つ神か・・・?こんな処に。

 暗闇に紛れたその姿は、足音が大きくなるに連れ、やがてはっきりと目に映るようになった。

 その人影は俺達の正面、十八尺程前で足を止める。

 男神か。

 怪しげな笑みを浮かべたその男は、此方を見て、更に笑みを深くする。

「世の中とは、残酷なものじゃ。愛し合う者共は引き離され、罪のない者達は次々死んで行く・・・。天も地も、それは変わらぬ。・・・誠、御苦労であったな。天津甕星、天光殿方。儂の名は武御雷という。まぁ宜しく頼む。」

 武御雷―——その名には、聞き覚えがあった。

 天つ神の中でも、最強と名高い神だ。当然、位は俺よりもべらぼうに高い。武神というだけあり、もっと勇ましいような、そんな風格を装っているものかと思っていたが、どうやらそれ程でもないらしい。勿論俺とは比べ物にならないくらい、力の差はあるのだが・・・体の線も細く、随分予想外といった印象だった。

「あー、これで如何すれば良いのかのう・・・。というか何故儂が態々このような場所に・・・訳が判らんわ・・・兎に角、こうして儂が直々に顔を合わせてやっているのだ。光栄に思え、国つ神!」

 ぶつぶつと愚痴を叩いた後、武御雷は偉そうに(実際に偉いのだが)俺達の方を指差して言った。

「はぁ・・・。」

 この場合、如何受け答えすれば良いのだろうか。

 戸惑う俺達の事を気にもせず、武御雷は溜息を吐いた。そうしたいのは此方の方だ。

「まぁ、兎にも角にも、大人しく付いて来い。今は殺さぬ。」

 「今は」か・・・。

 それにしても、彼方の・・・満星の方は如何なったというのだろう。無事に生きているのであれば、それ以上喜ばしい事は無い。

 無礼な事ではあると思い乍らも、訪ねようと口を開きかけたその時、前方に居た天光が、がくりと膝から崩れ落ちた。

「天光・・・?」

 俺が呼びかけても天光は答えず、只一点を見つめ、胸を押さえ息を荒くしていた。見開かれたその目からは涙が零れている。

 苦しそうに肩で息をする天光の背を摩り乍ら、俺はその視線の先を辿る。

「・・・に、うえ・・・」

 天光が口から洩らしたその声と、視線の先にあった物。

 言われずとも、それが意味している事は馬鹿な俺でも分かった。

 天光と同じ様にへたり込んでしまいそうになるのを何とか堪え、俺は口を開いた。

「そ、れ・・・」

 まともに言葉も発せない俺が、ようやく絞り出すことの出来た二文字に、武御雷は首を捻ったが、直ぐに何の事か理解したようで、「あぁ、これか。」と自分の腰に下がった物を見て声を上げる。

「良い剣じゃ。勿体無いのでな、儂が貰っておくわ。光栄に思え。」

 ———雨粒が一つ、頬を伝い、地に落ちていくのが判った。






 ———三日前。


「三日後・・・?如何しろと言うのだ!どれだけの人数を集めようと、敵う筈無かろう!」

「降参した方が合理的か・・・?」

「在り得ぬ!奴等は、何方にせよ甕星様を処刑なさるだろう。天人の好きにさせて堪るか!天を治めていればそれで良いであろうに、全く!」

「・・・そう血の気盛んになるな。まだ時はある。」

「無いだろう!三日だぞ!?」

「・・・満星様。」

 今までなかなか収まらない言い合いを黙って聞いていた、この中では最年少であろう少年、天光は、上座で考え込むようにし、唇に手を当てている天満星に声を掛けた。

 それに応じ、騒がしかった場は一気に静まり返る。

 暫くの間、満星はそのまま俯いていたが、やがてゆっくりと顔を上げ、下座に座る者達を見まわし、言った。

「・・・この書状には、応じぬ。」

「な・・・」

「全力を期して、甕星様を御守りせよ。それが我等の使命だ。」

 他人にものを言わせず、満星はきっぱりと言い切る。

「し、しかし、相手は天人に御座います。如何相手致すというのですか?」

「・・・彼方は甕星様の御顔は存じておらぬ筈。そして、私の顔も。」

「・・・え」

「私が甕星様の身代わりとなる。甕星様の事は、天光、お前に頼む。」

「は、はい。」

「この事は決して甕星様の御耳に入れるでないぞ。そして皆顔色を変えるな。何時も通り、過ごしておれば良い。・・・出来る限り、犠牲は出さぬようにする。これにて、話は終わりじゃ。それぞれ仕事に戻れ。」

 何を言い返すでもなく、視線を上げられないまま家人達は立ち上がり、その場から離れていく。

 そんな中、天光だけはそこから動くことなく、満星の方をじっと見据えていた。

「・・・兄上。」

 誰も居なくなったのを見計らい、天光は満星に、そう声を掛けた。

「なんだ・・・?」

「いえ・・・その、良いのですか・・・?」

「当たり前だろう。言ってしまったのだから。」

「そう、ですが・・・私は、兄上が甕星様と一緒にお逃げになられた方が、良いのかと。顔を見られていないのは、兄上だけではないでしょう。」

 そう言う天光の顔を見て、満星はふっと笑んだ。

「・・・そうだな。お前の言う通り、私以外にも顔を見られていない者はいる。」

「であれば・・・!」

 「兄上が共に逃げれば良い」。そう言おうとした天光だったが、満星の言葉に遮られる。

「甕星様は、私を愛している。きっとそれは何時までも変わらないだろう。・・・私も同じだ。あの御方が好きで堪らない。しかし、このままでは甕星様は、妻を娶る事もしなければ子も作ろうとせぬ。・・・私は、甕星様には世の秩序に従い、幸せになっていただきたい。その為に、私は何処かで身を引かねばならぬ。」

「・・・・・・」

 目を伏せ、黙す天光に満星は続ける。

「お前には、私の代わりにとまではいかずとも、甕星様の行く末を見守っていて欲しいのだ。私の弟として。・・・判ってくれ。」

「・・・兄上は」

 天光は伏せていた顔を上げ、満星の目をしっかりと見つめ乍ら言う。

「兄上は、甕星様が自分以外の者と愛し合うというのが、嫌なだけなのでは?逃げているだけなのではありませぬか?」

 その弟の言葉に、満星は驚いたように一瞬目を丸くすると、今度は悪戯っぽく、にっと笑う。屈託のないその笑顔に、次は天光の方が驚かされた。

「そうかもな。」

 ———失いたくない。それは天光も同じだった。

 一体、誰が悪かったというのだろう。

 


 

 

  





 

 遅くなりました。またしても明水華灯籠です。何故か序章が2話になってしまいました。読んでくれている方、本当に有り難う御座います。次回作もどうぞ、宜しくお願いします。どこか間違ったりしていたら済みません。それでは。

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