龍神様の巫女と橋守の妖
まだ日も登る前の朝方、霧の立ち込める川沿いを歩く少女あり。
少女は花の香りと巫女装束を身に纏い、腰に下げた短刀には小振りな鈴ひとつあるだけで質素なものである。
少女の名を、イヅキという。
黙々と足を進ませ、地に落ちた縄を踏み越えた先に、川を結ぶ赤い大橋があらわれた。
まだ暗い中、橋には妖しげな青白い焔がぽつぽつと灯っている。
さては狐火の類か。
橋の入り口まで行けば、着物を着崩した妖艶な女がいた。
女は腰まで伸びた黒髪を手持ち無沙汰にいじっていたようだが、イヅキに気付いて言葉を掛けた。
「おや、女が一人こんな処へ来るとは珍しいね。道迷いなら引き返しな」
「……御多岐水霊権様の遣いで来た。橋の守り番は貴方か?」
「その前に、口ではどうとでも言えらぁね。アンタが 山の龍神様の遣いって、何か証拠でもあるのかい?」
「失礼。ならばこの鈴を」
短刀に付いた小鈴をチリンと鳴らす。
「へえ、確かにその鈴の音は、龍神様ので間違いないようだ。
龍の巫女は徳の高い鯉達だと聞いていたからね。つい疑ってしまったんだよ。すまないね」
「それは構わない。貴方だって別に、その姿が本当だという訳じゃあ無いのでしょうし」
「あはは、人間の姿は何かと便利だからねえ。
アタイの本当なんて、狐だったか狸だったか……忘れちまったよ。
まあ与太話も大概に畳むとして、アタイがこの大橋の守り番さ。鯉巫女さんが一体全体どういった御用件で?」
「うむ。麓の村から男が数人、何週間も消えて居なくなっている。
もしや、橋を渡ったのではないかと思ってな」
「さあ?見てないねえ」
大橋の守り番が見てないと言うのであれば、他を当たるべきだろう。
幸い、イヅキには心当たりがまだ何箇所かあった。
が、しかし。勘という物だろうか。かの女からは白々しい装いが感じ取れたのである。
「……境界の道切りが落とされていたようだが?」
「ああ、あのしめ縄の事かい。もう古くなってたから腐って落ちたんだろうよ。後で結び直しとくとするよ」
「縄は切られていたぞ?」
「大方、酒に酔うた人間が悪戯に切り落としたんだろうよ」
「それは術の心得もない人間には不可能だ」
「だったら、あったんだろうさ」
「…………」
「…………」
「……橋の向こうを検めさせてもらおう」
イヅキは女を横切り橋へと踏み入れた。
七歩、八歩と進んだ辺り「待ちな」と女から呼び止められる。
「こちとら大橋の守り番だ。はいそうですかと『あちら側』に通す訳にはならねえのよ」
「妖よ。…それは私が龍神様の使者と知っての言葉か?」
「くっ、くくくく…。いやね、最初からおかしいとは思っていたんだ。
お山の龍神様が人間何人か居なくなったくらいで遣いを寄越すもんですか。
アンタ今、アタイを横切った時に匂ったのさ。上手く香で隠してるつもりだろうがね。それでも、あんたの奥から臭い臭い、アタイの汚部屋みてえに臭い人間の匂いがねえ!」
ずずず…っと女の黒く長い髪が棒のように束なり、瞬く間にひと竿の薙刀へと変化した。
それを手に取り切っ先をイヅキに向ける。
対するイヅキも腰の短刀を抜き光らせた。
「そちらが勘違いしただけだ。初めから人間でないとは言っていない。
私は十の頃、神域の池で溺れた所を龍神様に助けられた。その時から巫女としてお仕えしている。
さあ刃を納めよ。今ならまだ貴様のこの狼藉も、私の心の内にしまっておけよう」
「アタイの予想じゃあ、アンタ勝手に出てきたんだろう?
まだ人間の情が捨てきれんと見える。巫女が許可なく出歩くなど、龍神様がお許しになるとは思えないねえ!」
「それがどうした?!」
「つまり、ここでアンタを消しても何も問題はないって事さあ!!」
カン!カン!キィン!
目にも止まらぬ薙刀の突きをなんとか防ぐも、元より荒事には不慣れなイヅキだ。
龍神様のハッタリが効かない今、状況は明白に不利である。
「ひゃひゃひゃひゃ!近頃は人間なんて滅多に食えない御馳走だよ!アーンタは骨までしゃぶって部屋の樹海に埋めてやるよォ!」
「そうやって直ぐ捨てないから汚部屋になるんですよ!?」
不利な斬り合いに付き合う道理は無い。危なげに斬撃を避け身を翻し、イヅキは橋の向こうへと駆け出した。しかし「行かせるものか」と女は妖術で狐火を操り、イヅキへとけしかける!
「龍神命々令!!」
イヅキが袖から取り出したるは、龍神様の宝物殿より失敬してきた三枚のお札。その一枚を構えて叫べば、たちまち札から水が迸りて狐火をことごとく消し去った。
「呪札かい。そんな物まで持ち出すなんて、消えた奴の中に好いた男でもいたのかねえ?」
「おのれ愚弄するか!」
「あはは図星かい!貴重なお札だ。そう何枚も持ってやしないだろう。
あと何度耐えられるやらねえ!」
女が指を鳴らせば、ぼぼぅぼぅと青白い焔が幾つも生み出される。
再びの攻防に二枚目のお札が風を巻き起こし、狐火をかき消した。
残るは一枚のみとなる。
「あーあ、勿体無い。アタイは何度でも狐火を起こせるというのにさ。そんなんじゃあ橋の先までもちやしないよ?」
先刻承知。ならばとイヅキ、最後のお札を丸めて口に入れ、なんと呑み込んだ!
「気でも触れたかい?!」
「いいえ、見せてあげましょう。鯉巫女たる私の奥の手を…!
『来い!リュージンガー!』」
ペカァーー!
霧を貫き一条の光が橋を突き刺す!
露わとなった天空から雲を突き破り降臨する巨大な影よ!!
パパッバァーン!
パパッバァーン!
パンパンババッバァーン!
碧空を愛す龍神の
ミラクルロボット ここに立つ
鉄の鱗に隠した平和の願い
魔道エンジン始動だ ドラゴンモーター
電撃!(わお!) 水流!(わお!)
今だ合体!ドラゴン合体!
(「うおおおおおお!!」)
※ここで巨体の胸部から緑の光がイヅキを取り込みコックピットへと乗り込む!
行け!行け!神罰
リュージンガー!
すごいぜ!やばいぜ!
3000万パワー!
行け!行け!最強!
リュージンガー!
僕らの!希望の!
リューゥージーンー…ガァァアー!!!!
ジャキィィーン!!
「巨大ロボ『リュージンガー』は無敵です!大人しく降参して下さい!」
「……上等だよ。丁度こっちも本気を出そうと思っていた所さ!!」
女はバッと薙刀を掲げれば、橋に灯った全ての狐火が薙刀へと集まる!
「これがアタイの奥の手……焔竹武隆久沙さァ!!」
薙刀はついに、大の男三人分はあろうか長大な青白き刀身へと成る!
刀身から溢れる焔もまた青く、生を拒絶せんと妖しく燃えゆ!
「ドラゴンボルインフェルケィノぉぉおー!!!」
「幽剣・華散妖閃が裏式ィィイー!!!」
「はぁ…はぁ……貴方なかなかやりますね…」
「ケっ……アンタこそ…」
「ふ、ふふふ」
「くくく…」
「「あっはっはっはっ!」」
死闘を繰り広げた先に得た物は、互いを認め合う熱い友情であった。
事情も主張も違う二人だからこそ、言葉ではなく拳で分かり合えた。
ならばこそ、言葉で説明するのは違うなと、どちらともいわず歌いだすのである。
ラ…ラララ…ララ…ララ…
妖と人間、二人の娘が紡ぐ旋律は、言の葉よりも雄弁に物事を語る。
霧の晴れた赤い大橋に、瑞々しい歌声が優しく響く。
それは、守り番が部屋掃除を業者に依頼した事。
業者が人間だったから道切りを落として案内した事。
部屋が予想以上に広くて汚なかったため、今の今まで掃除続行中だという事。
それを恥ずかしくて言えなかった事。
業者の中にはイヅキの敬愛する兄がいたこと。
兄は巨乳好きであること。
毎日社に顔を出してくれた兄が最近みないので探索に抜け出た事。
龍神様には有給届けをだしているから問題ない事。
お札を盗んだのはバレないよう祈る他ない事。
世界に暗黒の危機が迫っている事。
そのためのリュージンガーだという事。
リュージンガーは本来二人乗りという事。
魔道エンジンのリミッター解放のためには狐火を操る妖の娘が必要と伝承で伝えられている事。
共に災厄に立ち向かう筈の寅王皇尊と連絡が取れない事。
近頃『あちら側』で起きた妖の集団狂化現象の影に超合金キングタイガーZが見え隠れしている事。
果汁は50%でいい。それ以上は過剰な事。
全てが音楽となって二人の胸へ染みていった。
だが、その歌声を聞いていたのは彼女たちだけではなかった。
橋向こうの茂みの奥に、彼女らを盗み見る二つの影よ。
「むぅ、あれがリュージンガーか。我らキングタイガーZの敵ではないわ。
あの程度のロボット、虎王様は何を警戒なされておるのか」
「甘いにゃ。見たところ本来の性能の二割も引き出せてにゃいにゃ。
リュージンガーにはもっと強くにゃって貰わにゃくては。全ては 闇の闇復活のための生贄にゃ」
「やれやれ、猫巫女ってやつは恐ろしいな」
「敵情視察も充分だし、今日のところはそろそろ行くにゃ」
「御意」
謎の盗見人の存在など知る由もなく、イヅキと守り番は川のせせらぎのように、絶えることなく歌い続けた。
そこに偶然通りかかったあるプロデューサーが歌声に魅せられ、二人は超銀河級アイドルへと成長していくのだが、それはまた、別のお話。
おしまい。