メリケンガール
離島というものがある。
本土から離れた島であり、程度の差はあれど、どこも大体田舎である。
その閉じられた社会性は、都会、いや、地方都市に住む人間から見ても異質に映ることは多い。
今回の舞台であるこの島も、テレビは無いわ信号はないわ定期便のフェリーは週に一便だけだわで、まあ、かなり田舎レベルが高い。
もはや日本語が通じるだけ奇跡といった様用である。
あまりの不便さに、この島はある一つの重大な問題を抱えていた。
それは、島民の誰も英語が喋れないという事だ。
なにせ田舎すぎる。この島に教師が転属されようものなら辞表を叩きつける程に。「Wi-Fiもない所なんて住めるものか!」と怒りを露わにして寄り付かないのだ。
仕方なく島民の中から有志を募り、教師として少ない児童に教鞭をとっている。
ここで問題となるのが、英語である。
誰も英語がわからない。わからないから教えようがない。
この島には中学までしかないので、高等学校には本土へ行くしかない。行くしかないのだが、
いかんせん英語がわからない!
入試で英語のテストなんて壊滅的なのは容易に想像できよう。受かる訳がない。
だから、誰も島から出られない。
中学を卒業すれば、運命のように決まって漁師か畑仕事に従事するしかないのだ。
この負の連鎖が、島を極端な過疎化から救っている側面はある。が、それでもしかし、
これを放置すれば本土との文化的格差は広がる一方だ。
島の人々は英語を熱望し、反面諦めながら日々を過ごしているのだ。
だが、それももう終わる…!
島の小中学校校長である熊谷が、本土から英語教師をスカウトしてくる事に成功したのだ。
厳密には教師ではなく、教員免許を持たない一般人であったが、それは瑣末な問題だ。
そもそもこの島の教師とて誰一人そんな免許は所有していない。
「そんな上手い話があるのか?」
「熊谷先生は本土の悪い奴に騙されてやしないか?」
「フェリーは週に一便だ。必然その英語教師は島に住まねばならん。田舎生活が耐えられるのか?」
不安は付きまとう。それでも熊谷は懸命に島民に説得に当たった。
そして遂に本日、英語教師がこの島に来る…!
教室では生徒達が、今か今かと期待に胸を踊らせていた。
「どんな先生が来るか楽しみだな」
「俺見たぜ。熊谷が持ってた写真。金髪のネーチャンだった!」
「金髪!?それって本物の外国人じゃん!
やべえ、日本語通じるのか?なあガリ勉、英語でこんにちはってどう言やいいんだ!?」
「そうですね。僕も島の図書館で調べたけど殆どわからなかった。
でも確か挨拶は……『ヘローウ』だったハズです!」
「へ……へろおう…」
「すごいや!外国みたいだよソレ!!」
「なあみんな!先生が来たら、みんなで『へろー』て挨拶しようぜ!」
「それ良い!」
ガラガラー。生徒達は盛り上がりすぎて、待望の教師の入室に反応が遅れた。
顔立ちは日本人に似ていたが、その金色の髪が南蛮由来の輝きを雄弁に物語っている。
はやく、はやく皆で『ヘローウ』と言わなければ……。
しかし、開口の一番は英語教師が発することになる。
「まいどっ!!」
………まいど?
どういうことか、ヘローウではない。
学徒は混乱する他なかった。
「どしたんや。鳩が豆鉄砲くろうたような顔して?」
「あ…あの?すみません。確か英語の挨拶は…『ヘローウ』じゃないんですか?」
「へろーう?あ、ああっ!ああソレな!
ちゃうねんて、それ、西シッピ州の一部でしか言わへんで。アメリカむr…ゴホン!
アメリカやったら『まいど』が基本やさかい」
おおおおおー!!
説得力溢れる解答、既にこのクラスで英語教師を疑う者は皆無だ!
「西シッピ州…なんだか知らないけどそれっぽい。凄くそれっぽいわ!」
「成る程ね。本だけじゃあ本当の知識は手に入らない。いい勉強になったよ眼鏡クイッ」
「さすが!金髪は伊達じゃねーな!」
「いや、これ染めとんのやけどな……まあええわ!
ウチが教えるからには、アンタらまとめて立派な英語使いにしたるわ!ウチは厳しでぇ〜!覚悟せえや!!」
ガチーンと拳を打ち付ける英語教師。その手にあるはメリケンサック!
もはや疑う余地など微塵もない。正真正銘のメリケンガール!
厳しい?望むところだ!
島の悲願を達成できる。そのチャンスが彼ら生徒達の使命感に火をつけた。
これほど純真な学ぶ心、果たして本土の何処にあろうか?
間違いなくこの瞬間、彼らは真実の学徒と成り至ったのだ!
「ほな行くでぇ!まずはツッコミの練習からや!
ウチに続いて発声しいや!
ほいっ、なんでやねんッ!!」
「「「なんでやれん!」」」
「ちゃうちゃう!なんで『や』ねんや!
なんでやねんッ!!」
「「「なんでやねん!!」」」
「もっとキレ味だしぃや!なんでやねんッ!!」
「「「なんでやねんッ!」」」
「手首のスナップが甘い!もう一回や!なんでやねんッ!!」
「「「なんでやねんッ!!」」」
「そや!ごっつええ感じやでー!」
どうやら、英語を身に付けるという島の悲願達成は、まだまだ先になりそうです。
だってどう考えても英語じゃねえもんコレ…。
と思ったら、何とこの学生達は全員入試で英語百点満点!晴れて高校に進学することに決まりました!!
「先生のLESSONのおかげです!ツッコミの練習やボケのタイミングを掴むのはvery hardでしたが、
ティーチャーのMANZAIにかける情熱によってEnglishをマスターできマーシタ!!」
なんでやねんッ!!?
完