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俺だって本気出せば切ない百合書けるんや!って意気込んだけど書けなかったですわ!



二月の寒空の下、私はマフラーを口元まで覆い街を歩く。

高校を中退して家を飛び出し働いて、辞めて家に帰ってバイトを見つけてフリーター。

我ながらいい加減な女だと思う。

社会という得体の知れないモノにいまいち迎合しきれない、いつまでも青臭い感情を捨てきれずにいる。

そんな私を責めるように、今日も冬の寒さが私を突き刺す。


こんな寒い日には鍋食べたいな。


鍋。


それで思い出す。

高校の頃にいた私の友人、シズカのことを。




シズカは変わった奴だった。

いつもカメラをぶら下げていて、それなのに彼女が何か写真を撮るだとか、そういった行動は誰も見たことがなかった。

人とのコミュニケーションが苦手なようで、気付けばクラスで一人浮いていた。


私は、そんなシズカの事を最初は馬鹿にしていた、と思う。



ある冬の日の昼休み、ゴトンと音がして振り向けば、シズカが机の上に電気鍋を置いていた。

何食わぬ顔で教室のコンセントから電源を拝借し、エナメルバックから次々と切り分けられた食材を取り出していた。



「何してんだあいつ?」

私は当時つるんでた奴らに嘲笑交じりに話しかけた。

「あの子ちょっとオカシイよね」

「関わらない方がいいって。あんまり見ないようにしよ?」

そうは言われても気になって仕方がない。


ぐつぐつと鍋が煮える音が教室に響く。



「ちょっとー、窓が曇るんですけどー?」


わざと聞こえるように私は文句を言った。

なのにシズカは眈々と鍋を突つくばかりだ。


私は無視されてイライラしていた。そんな私の変化に警戒して、連れの奴らは早々と弁当を食べ終え、トイレに発っていった。

気付けば教室に私とシズカの二人しかいない。


そもそもが、教室で鍋なんて許されるのか?

確かに生徒手帳に書かれた規則に『教室鍋禁止』とは書かれていなかったが、だからって限度があるだろう。

注意するべきなのである。



私は制服は着崩すし、髪も染めている。口調も乱暴だ。

だが、心の根のほうは真面目な自分という物が、結構大きく居着いてしまっている。残念ながら居る。

だから私はいつまでたっても中途半端なままで、嫌になる。



キッチリとシズカに一言物申す。そう決心してシズカをみれば、彼女は鍋にうどんを投入していた。



「〆は雑炊だろうがッ!?」


ああ、違う。

言いたかったのはそうじゃないのに。

でも、我が家では鍋の〆は雑炊という鉄の掟がある。

だから、どうしても、うどんが許せなかったんだ。


「う、うどんも……美味しい、よ?」


辿々しいながらも反論してきたシズカが私は気に入らない。

彼女の前に立つと、

「そこまで言うなら一口試しに食べさせて貰うわよ!」

私は箸を鍋に突っ込み、うどんを掬った。


ズ…ズルズル…ズゾゾ…!


!?


う…美味いッ!!

馬鹿な!鍋の旨味が麺とスープに溶け込み極上の味わいを形成しておる!

卵で閉じたことで味に深みが出来ておるわ!

ふう!ふう!これは…たまらん!!


黙々とうどんをモグモグする私に、シズカは「あっ」と呟き、エナメルバックから七味唐辛子を取り出した。


「これ……、少しだけ入れたらもっと美味しいよ?」


「し、知ってるわよ!」


私は乱暴に七味を受け取り、もはや受け皿と化した弁当箱のうどんの上から振りかけた。


「あああ、そんなに掛けたら辛いですって」

「うっさい。私の勝手よ」


辛党な私にはこれくらいで丁度いい。



二人で鍋を食べ尽くし、チャイムがなるまでに片付けをした。


「うどんもいいものでしょ?」

「まあ、な」


こうして私達は仲良くなった。


昼休みは二人で鍋をつつき合うのが恒例になった。

もともと連れ周りでも腫れ物扱い気味だった私だ。

クラスの連中は面倒な奴と変人が一纏めに出来て胸を撫で下ろしているように感じた。


その後、なんやかんやで高校を辞めた私は、不憫に思ってくれた優しい教師の口添えで就職が出来た。


半ば強引に家を出て、それでもアパートの保証人になってくれた親には感謝している。


アパートにはシズカが遊びに来てくれた。

この頃にはシズカは大学生になっていたが。

することは変わらず鍋ばっかり。だけど充分に楽しかった。


それでも、飽きというのだろうか。

私は次第に〆の雑炊が食べたくなっていたのだ。

これは、私の働き口がうどんの製麺所だったことも関係していたように思う。


仕事で嫌になるほどうどんを見て、アパートではうどんを食べて…。

もう、限界だった。


「たまには雑炊も食べてみてえな」


シズカといつものように鍋をつついていた時、ふっと、そんな言葉が零れてしまった。


かららん、と音がすれば、シズカが箸を落としていた。


「そ……そうだよね…。いつまでもうどんじゃあ、嫌になるよね……」


「シズカ……?」


「ごめんね。てっきり貴方はもう、完全にうどん派として覚醒してくれたって……私が勝手に勘違いしてて……ごめん、今日は帰るね」


「シズカ!?」


シズカが去ったあと、アパートはただ、鍋の煮立つ音がするばかり。

あんなに楽しかったはずの鍋の音が虚しく響く。


あいつ、泣いてた……。



そうか。

私はやっと気付いた。


私は雑炊が食べたくなったんじゃない。

このままうどん嫌いになったら、シズカに嫌われてしまうかも知れない。


それが、怖かったんだ。




だから私は仕事を辞めた。


家族は理由も聞かず、ただ「おかえり」と言ってくれた。

なんだか私は、たくさんの人達の優しさで生かされているんだと思い知った。




そして今。


私はシズカに電話をすることにした。

彼女とは、あの日泣き別れした時以来だ。

まだ通じてくれよ。



「もっ!ももももしもし!?

ひさっささひしゃ、久しぶり!」


「……落ち着け」


「だってだって、あれから何の連絡もくれないし、アパートからも居なくなってるし…わた、わたし怒ってるのよ!?」


怒っていると言う割に、言葉は弾んで楽しそうだ。

私は苦笑して、それから要件だけを端的に言った。


「シズカと鍋が食いたい。もちろん〆はうどんで」


「い、今更なによ…。私がどんだけ心配したか…」


「嫌か?」


「どんとこい!」



電話を終えて私は空を見上げる。

寒いわけだ。雪が舞っていた。


白い雪は、私達の空白を埋めるように降り続いた。


明日には積もるかも知れない。


それはシズカがいつもカメラを持ち歩いていた謎設定を覆い隠すように降り続いた。





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