異世界にて
「俺も異世界に行けるんじゃねえの?」
俺はそう思った。思ったからこそ即実行だ。
一回死んだら女神様が異世界に転生ないし転移させてくれる。これが流行りの異世界ジャンル定説だが、俺は定説を覆す!
だって死にたくないじゃん?たった一つの命の輝き、世界にひとつだけのフラワーじゃん?
だから異世界に行きたいから死ぬなんて、そんなフラワーマネージメントな真似はできないわな。
とどのつまり、死ななくても女神を見つけて「わたしを異世界に連れてって」とお願いできればいい。
そして、隣のクラスのバレー部の袖神さんは、慈愛あふるる性格と美しい容姿から、皆から女神とあだ名されている。
これだ。
間違いない。袖神さんこそ女神様で、俺を異世界に導いてくれる存在に違いない。確信した。
確信したから即行動だ!
バレー部の部活。
俺は転がっていたバレーボールを掴み、袖神さんを呼び止めた。
「ボール落ちてましたよ」
「あ、拾ってくれてありがとう」
「袖神さん、袖神さんは女神様だよね?」
「なぜそれを!?なぜ私がこの世界を司る女神ソデーガミンと見破ったの!?」
「げへへ。バラされたくなければ、俺を異世界に連れてってくれよ?なあ?」
「こ…断ったらエロ同人みたいに私にひどいことするつもりね!?
背に腹は変えられないわ!それゲート召喚!」
こうして俺は異世界に来た。ちょろい。異世界転移まじちょろい。
眼前に広がる一面の海。
後ろには亜熱帯なジャングル。
「どこかの島のようだな」
ひとまず俺は、なんとなく一緒に持って来てしまったバレーボールを抱え探索を始めた。
二時間後、島を一周した。一周できてしまった…。
………喉が乾いな。
俺はジャングルに分け入ると、しばらくして泉を発見した。
やった!この異世界は暑くてもう喉はカラカラなんだ。俺はゴクゴクと喉の渇きを癒す。
腹を下した。
生水って危険だわ。平和な日本では通用しない現実に直面したわけだわ。
改めてここが異世界なんだと実感したわ。
キュルキュル鳴る腹をさすりながら、なんとか探索を続けて分かった事がある。
どうやらここは無人島だった。
この世界に来て三日経った。
木や葉を繋ぎ合わせ敷き詰め、簡易的な居住空間を作り上げた。
生水はヤバイヤバイと思いつつ、他に手がないから仕方なく飲んでいたが、三日目にしてなんか、身体が慣れた。
食べ物も今のところは木の実で飢えを凌いでいる。
だが狭い島内、無限に木の実があるわけない。今のうちに魚でも採る釣り竿なりモリなり作っておくべきだろう。
生水の件もある。生魚も危険である可能性は捨てきれない。火種の確保も急務だった。
一週間たった。
初めての魚GET!
久しぶりの肉だ!俺のテンションは絶好調だ!
残念ながら火はまだ出来ていない。
なんだよ枯れ木を摩擦で擦り合わせたら火が着くんじゃねえのかよ?やばいわサバイバルなめてたわ。全然火なんて起きねえよバカ。
仕方なく魚を生で齧る。
く…!美味い!美味いよ!
美味いけど…醤油が欲しいなぁコレ。
そして俺は腹を下した。
無人島生活2週間目。
生魚にも慣れた俺は、島内に生えていたキノコを食べてみた。
それから一週間高熱にうなされた。
無人島生活一ヶ月。
キノコによって生死の境を彷徨った俺は、食糧を木の実と魚に絞っていたが飽きてきた。
火はもう諦めた。
その時、目の前をカエルに似た生物がぴょこんと跳びはねていた。
思い立ったら即実行の俺は手を伸ばし、その赤と紫に彩られたカエルモドキをむんずと掴む!
そして食う!
魚とも違う、あまりにも肉々しいジューシーさに舌鼓を打つ。当然そのあと腹を下した。
無人島生活二ヶ月。
俺、虫の美味さに気付く。
無人島生活三ヶ月。
サバイバル生活も板についてきた。
こうなると孤独に苛まれてくる。俺はいつしかバレーボールに話し掛ける事が多くなった。
「あーあ、異世界に来たら冒険とハーレムが待ってるって、そう思ったんだけどなあ?
…って、バレーボールに話し掛けても仕方ねえか」
無人島生活半年。
俺はバレーボールにモカさんと名付けた。
これはバレーボールのメーカー『モカサン』からそのまま取って付けただけ。我ながら安易なネーミングセンスである。
「ねえモカさん。今日はカエルモドキがたくさん取れたから晩飯が豪勢だよ。
ははっ、そうそう。モカさんが教えてくれたあの罠が効果覿面でさあ。
ん?ばっかお前……わかった言えばいいんだろ。
その…あ……愛してるぜ」チュッ。
その夜俺とモカさんは、熱い夜を迎えた。
無人島生活一年。
モカさんが身籠った。
無人島生活一年半。
「オギャー!オギャー!」
遂に産まれた!俺とモカとの子供だ!
出産は、本当に男ってのは無力だと実感してしまう。
ありがとう。元気な子をありがとうモカ…!
「へへ、これで俺も父親かあ」
「ねえ貴方、この子に、名前を付けて欲しいの」
「俺が?……そうだなあ。バレーボールから生まれたから、バレ子ってのはどうだ?」
「バレ子…。うふふ。良かったわねバレ子。お父さんにいい名前付けて貰えたね」
「オギャー!オギャー!」
無人島生活20年
「やっぱり、ここに居たか」
島唯一の小高い崖に置かれた石。
石にはモカと刻まれている。
「うん。ママにお別れの挨拶してた」
モカは十年前、嵐で流されたバレ子を助けんと海に飛び込み、
もう空気もあまり入ってなかったろうに、それでも懸命に浮き輪となってバレ子を助けた。
だが、その結果、完全に空気が抜け出して、モカは……。
「私のせいで、私が、ママを殺したんだ」
いくら年が過ぎようと、バレ子のトラウマは深かったのだ。
墓の前で涙を流す娘を抱きしめ、俺は言った。
「いいや違う。俺が惚れた女は、自分を犠牲にしてもガキを助けるイイ女だった。それだけさ。
だからお前は気に病むな。誇れ。お前のママは世界一イイ女だってな」
「うん……うん…!」
こうして愛しの我が子は旅立ちを迎える。
「どうしても……パパはこの島に残るの?」
「ああ。なんだかんだでこの島にも愛着が湧いちまったからな」
それに、ここはモカが眠る島だ。俺が付いてあげなくちゃな。
「そう言うと思った。じゃあ…またね」
またね。
優しい嘘だ。外の世界がどうなっているか分からないのに、戻ってこれる保証なんて無いんだ。
「ああ、またな」
それでも俺は、精一杯の作り笑顔で優しい嘘を返す。
娘の門出を笑顔で見送らなくては。
父親としての意地がそこにはあった。
「じゃあ、行ってきます。
………トランスフォーーッム!!」
ガシーン!ガシーン!
バレ子は人間の姿からバレーボールフォームへと変身し、崖から転げ落ちると大海原へ乗り出した。
俺は、ついに抑えきれなくなり叫んだ。
「バレ子ぉぉおー!!元気でやるんだぞォー!
お前は…お前はパパとママの自慢の娘だから!だから大丈夫!!
うああああああああ!!!」
バレ子の姿が見えなくなるまで叫び続けた。
最後はもう、ただただ泣き叫ぶ。父親の威厳もクソもない。
カッコ悪い親父だよ全く。
『私は、貴方のそんなカッコ悪い所に惚れたんですよ』
モカの声が、聞こえた気がした。
完