私の矜持
最近、バテテました。
というか、だらけてましたw
そろそろ、やる気スイッチを押します。
少し疲れたきた。
真上にあった太陽は、すでに沈みかけていて、山の斜面を橙色に染めている。
最初の頃よりは、山、というか崖を登ることには慣れたが、やはり辛いものは辛い。
前方にいるオーインさん達は、何やら話をしながら登っているが、私はすっかり無言になってしまっていた。
「嬢ちゃん、辛くないかい?」
「・・・はい、大丈夫です」
正直、疲れてきて、妙な浮遊感すら感じる。
だが、ここで辛いだなんて言いたくはない。
これ以上オーインさんの足を引っ張りたくはないし、エイデンにバカにされるのは癪に障るからだ。
そして、何より、自分が非力で何もできない存在だと認識したくはない。
「嬢ちゃん、あまり無理するなよ。嬢ちゃんは、ここで少し休んでいきな。どちらにしろ、そろそろ野営を張らなきゃなんないしな。支度し終えたら迎えに来るから、そこで休んでな」
おじさんはそう言いながら、オーインさんの方へ駆けていった。
「ふう」
おじさんを追って、追いかけるほどの元気はないし、私は近くの岩に座って休むことにした。
僅かに霧が出ているものの、体を動かし続けていたせいか暑い。
近くになった空と、小さくなった湖、橙色に染められた岩ばかりの山。
薄い霧の中から見る、それらの景色は少し神秘的で感傷的だ。
「おいっ、出来損ないっ。」
「・・・・」
なんだか不快な幻聴が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
短い銀髪をした釣り目の男が、視界に入っているのも、きっと幻覚に違いない。
「聞こえないのか?出来そ」
「なんで、あなたがここに来るの?」
残念ながら、幻聴でも幻覚でもないらしい。
最短で会話を終えることを考えるしかないようだ。
「野営を張り終えたから呼びに行くように頼まれたんだ。お前のような出来損な」
「そう、分かった。わざわざ、報告どうも。これ以上、話しかけなくていいから」
私は温存した体力を使って、ここぞとばかりに走った。
後ろから、何やら聞こえてくるが気にしないことにした。
走った先を見ると、オーインさん達がいた。
テントだけでなく、既に夕食の支度をはじめているようだった。
「シーナ、パセリとローリエ、エストラゴンを背嚢から出してくれ」
オーインさんの元へ辿り着いた私は、さっそくオーインさんから指示を出された。
女の子だからといって、ただ何もしないわけにはいかないのだ。
夕飯は、厚めに切ったライムギパンに、炙った干し肉とチーズを挟んだものを食べた。
戦闘ギルドの面々は、それに加えて、先ほどの香草を加えたジャガイモのスープを飲んでいる。
戦闘を行う彼らの方が、体力がいるのだ。
ここ、ハイロック山脈は大小四つの山が連なってできている。
麓から観れば岩ばかりの山であるが、頂上に近くなるにつれて樹木が多くなる不思議な山だ。
そして、頂上に近づくにつれ、二重の意味で魔石が取れやすくなるのだ。
今のところ全く現れない魔獣も進むにつれ出現するし、魔力を帯びた鉱石も発見しやすくなるのだ。
ゴソゴソ・・・
夜、テントを抜け出た音に目が覚めた。
おそらく、戦闘ギルドの誰かが外に出たのだろう。
私とオーインさんは二人組のテントを使用している。
隣に人の気配がするのでオーインさんでないことは確かだ。
まあ、誰が外出したのか、大体、見当はついているが、一応、見てみることにした。
私は、テントの垂れ幕をゆっくり上げ、外に出た。
外はひんやりとしていた。
テント内で聞いた足音から、方向の検討をつけ静かに歩いていくと、外出した人物が見えた。
やはり、エイデンだった。
実をいうと、彼が、テントから抜け出すのは、これが初めてではないのだ。
夜中に、ふらりとテントを抜け出しているのを何度か目撃したことがあるのだ。
私は、彼が間者ではないかと疑っている。
ギルドもとい職人は、市や教会にとって重要な資金源である。
特に、オーインさんは、職人ギルドの中でも、結構なお偉いさんらしいのだ。
その動向を監視されていてもおかしくはない。
現に、有名な職人や親方の不審死の話やその直前に失踪した人物の噂を耳にすることがある。
もしかしたら、エイデンは誰かと密会しているのかもしれない。
そもそも、エイデンは怪しいのだ。
なんというか、まるで、人形か仮面としゃべっているような気分になるのだ。
もちろん、私への侮辱の言葉は本心であるだろうが、形容しがたいものを感じるのも確かだ。
また、エイデンの家系も後ろ暗い噂が流れていたりする。
噂がすべてだとは思わないが、元がなければ、そんな噂は流れないはずだ。
彼を疑うには十分な理由だと思う。
オーインさんは、私の恩人だ。
今度は、私がオーインさんの役に立つ番だ。
なんとしても、真偽を確かめなくてはならない。
「見失った・・・」
残念ながら、今回も見失ってしまった。
なぜか、よく分からないうちに見失うのだ。
仕方がないので、テントに戻ることにする。
しかし、私の矜持にかけて、絶対に、あの男の正体を暴いてやろう!
「ちっ、しつこいな・・・出来損ないの分際で」
僅かな星明りの中、男の呟きは闇に溶けた。