102号室
”ピンポーン”
隣の101号室の部屋の玄関のチャイムが鳴る
2,3度チャイムの音がした後、二人分の足音が自分の部屋に近づいてきて、玄関の前で止まる。
”ピンポーン”
『めずらしい・・・新聞の勧誘か?宗教か?』
ネットで注文したもので、今日届く予定のものは無いはずだ。
”ピンポーン”
自分が頼んでもいないのに鳴るチャイムの音は、なぜか耳に触る
しかたなく、パソコンのモニターから目を離し、頭をかきながら玄関に向かう。
「どちらさまで?」
ドア越しで声をかける
「お休みのところすいません。少し、お時間いただけるでしょうか?
お話を聞いていただくだけで結構なので・・・・」
『宗教の勧誘か・・・』
ここいら辺に来たことが無い、新しい団体だろう。
また来られても面倒だ。しかたない。
「5分だけですよ。」
ドアを開けると、そこには30代くらいのいかにも”あなたの幸せを願ってます”みたいな女が立っていた。
その後ろには、作ったような笑顔の中年男が立っている。
空が少し赤く、夕焼け空になっている。”晩飯なんにしようか・・・”そんなどうでもいいことが頭をよぎる。
女は、すんなりドアを開けてもらったことの喜びの表情の直後、部屋の中が暗く、奥の部屋でぼやっと光る数台のモニターの明かりを見て、少し動揺したような表情をした。
『正直な奴だ。』
俺の部屋を見た奴は多かれ少なかれ、大抵同じような顔をする。俺だって逆の立場なら同じ顔をするだろう。
不機嫌そうな俺の顔を見て、まずいと思ったのか、女はあわてて話を始める。
「いま、世界中ではたくさんの子供たちが・・・・
・・・・あなたは不安とか、悩みとかありませんか?・・・」
一通りの聞いたことがあるような話を聞き流したあと、いつものセリフを言った。
「ちょっと、仕事に戻らなきゃいけないで、もういいですか?
あ、それから、隣は家族連れだけど今の時間は仕事とかでいないよ。
203は空き家、201の婆さんは知らないけど、上の202は足音するから、いるみたいだけど・・・・」
だいぶ前に来た、新聞勧誘の男に言ったのと、全く同じセリフを言った。
女は、俺の説明に、驚きと、感謝の表情になった。
『ころころ表情が変わる素直な奴だ。 ”かわいそうに・・・”』
後ろの男も、作った笑顔が意外そうな顔に変わり、お礼のお辞儀をしてきた。
「じゃ、私はこれで。ご苦労様です。」
有無を言わさずドアを閉める。二度と合わない奴らにこれ以上言う事は何もない。
「ありがとうございました!また、よろしくお願いします。」
ドア越しに礼を言われるが、無視してパソコンのモニターの前に戻った。
『また・・・・ね。』
皮肉を込めて、唇の端があがる。
礼を言われる筋合いはない、俺は一つ嘘をついている。
2階の部屋からは、人の気配は時々感じるが、足音どころか、物音ひとつ聞いたこともない。
二人の足音が2階に上がっていき、上の部屋の前で止まった。
”ピン・・・・ポーン”
『鳴ったな・・・』
この鳴らない筈のドアチャイムの音以外は・・・・・。
202号室のドアチャイムは、電源を切っているのかは知らないが、このアパートの住人が不在を確かめようと押しても、1度も鳴ったことが無い。
2度、ゆっくりとチャイムが鳴ったあと、ドアが開く気配がした。
足音が二つ。部屋の中に入っていく――
ヘッドホンを付け、それ以降の音は耳に入らないようにした。
日が沈み、モニターの明かりがより一層部屋の中で浮かび上がるようになった頃。
ヘッドホン越しにも聞こえる大きな音で、ドアを開け、あわてて飛び出すような音が聞こえてくる。
階段を転げ落ちるように駆け下り、去っていく1つの足音――
またしばらくは、このアパートに勧誘に来る奴はいなくなるだろう・・・・
このアパートは、勧誘も少ない、静かな、本当に俺にぴったりのアパートだ。
パソコンのモニターの光だけの暗い部屋の中、ピザを咀嚼する音と、キーボードの音だけが静かに響いていた。。。