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波間  作者: こここ
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4

碧の家の前に黒塗りの車が二台停まっていた。

柾は咄嗟に尚のコートを掴み引き止めた。

「どうした?」

問いかけられても首を振る。

言葉が出てこず、ただコートを強く握り締めた。

尚はあの車の意味を知らないようだ。

柾だけが分かってしまった。

(知らない方が良かったのに)

―あの車はね

優の声が記憶から取り出されて再生される。

二人が道に止まっていると、玄関の扉が開き、大人たちがぞろぞろと出てきた。

険しい顔と作り笑いを浮かべた大人たちの間に、取り囲まれているニット帽を深く被った碧がいた。

「碧!」

手を振り上げ名を呼ぶ尚のコートを再度引っ張る。

引っ張りながら、これは現実であってほしくないと心から願った。

気付いた碧の目が驚いて見開かれ、そして背けられた。

それは明らかな拒絶だった。

大人たちは少年二人に視線を一瞬飛ばしただけで、あとは見向きもせず、碧を車へと導く。

車の窓から垣間見た碧は大人に挟まれ、青白い顔で俯いている。

「おい、碧!」

尚が車を追いかけ走る。

二台の車が速度を上げ去っていく光景を、柾はただ見送った。

尚が諦めて戻ってくる。

「なんだよ、あれ」

聞かれたが視線を外して震える手を握り締めた。

結局、二人は碧のいなくなった家から立ち去った。

あてもなく二人で歩き続けた。

隣の区画の再開発地区へ、いつの間にか着く。

先日まで人が暮らしていた形跡が残っているのに、どの集合住宅も人の気配は全く失われていた。

交わす声は一つとして無かった。

二人分の足音だけが、沈黙の地帯で奇妙に響く。

柾は尚の後ろを一歩遅れて歩く。

並べば説明しなければならない。

それはひどく重荷だった。

川沿いに出た。

このまま進むといつもの道と繋がる。

疲れてぼんやりとする頭で(もう、碧と一緒に歩けないんだな)と考えた。

戻ってきた寮の前で、尚が漸く口を開いた。

「そうか、そういう事か」

そう呟いて立ち止まった尚を追い越す。

静かな遠い目をしてそれ以上何も言わなかった。

伝えるべき言葉が見つからない柾は、一人で部屋に戻った。


碧が転校した、教師から聞いた連中が何の前触れもなくそうなった理由を聞いてきたが、「知らない」とだけ繰り返した。

あの日以来、尚と普通に会話をしているが、碧の話は避けている。

碧の名前が出たのは、それから三年もの後だった。

暖かい風が吹くようになり、何となく皆が浮き足立つ季節だった。

尚とはもう寮で同室ではなく、以前より一緒にいる時間は減っていた。

この頃寮にいない事が多いらしいとは、噂では聞いていた。

消灯時間を過ぎてから部屋を訪ねてきた尚は、これからまたどこかへ行くような素振りを見せた。

「学校をやめる」

「・・・そうなのか」

相談ではなく、報告であった事に寂しさを覚える。

「もしかしたら、この先、碧と会うかもしれない」

「えっ」

「だから何か言伝てがあれば、伝える」

「ああ、うん」

困惑する柾に尚は微笑んだ。

見覚えのない笑みに柾は胸の痛みを感じた。

今立つこの距離に、深く暗い溝があるのを悟った。

「じゃあ」

手を振り尚は春の夜の中に消えた。

学校をやめる理由は聞けなかった。


尚が学校をやめて二年が過ぎた。

寮の部屋を移る為、机の中を整理していると一枚の写真を見つけた。

柾、尚、碧が制服姿で校庭にいて笑っている。

久しぶりに見る碧と尚の笑顔だった。

碧の声はもう思い出せない。

尚の声さえもあやふやだ。

二人の思い出は少しづつ欠けていく。

何故、尚は碧と会えるなどと言ったのか。

二年経っても謎は解けないままだ。

連れていかれた碧の行方を知る方法など、あの時の尚には無いはずだ。


日が陰り始めた午後、寮を出た。

目的など無い。

襟巻きに顔を埋めて、ぶらぶらと歩く。

このところ、空気が薄い。

深呼吸を繰り返しても、酸素が肺に届かないような心地がする。

うまく呼吸が出来ないのは、自分だけらしい。

コンクリート塀に挟まれた道にまでやって来た。

ふと見上げて、今の身長ならばよじ登れそうだと気付いた。

天辺へ手をかけ足で塀を蹴り上げる。

持ち上がった身体は、見てみたかった景色の前に晒された。

「ああ」

漏れたのは落胆だった。

枯れ草を刈ったらしい空き地に、何台かの重機と束ねられた鋼材があった。

青いビニールシートにくるまれた細長い物も見えるが、これも建築資材であろう。

いつ始まったのか分からないが、工事は確実に以前の景色を変えてしまっていることだけは、容易く理解できた。

二人が見たという水門は目を凝らしても、どこにも見つけられなかった。

尚と碧がその目に映した光景は既に失われていた。

遮る物の無い塀の上に立っても、息苦しさは変わらない。

空を見上げだ。

灰色の上空を二羽の鳥が飛ぶ。

黒い二つの影を見送りながら、柾は塀から落下した。

「つまんねーの」

墜落する柾に上空の鳥は見向きもせず、羽ばたき去っていった。








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