窓際のプレリュード
景色が流れる。
車のスピードと同じようにゆっくりと。
まさかの大寒波と近年稀に見る大雪で自転車通学ができなくなった私は母に連れられて駅まで車で送ってもらうことになった。
いつも見慣れた景色が一変し辺りは一面銀世界。まるで違う世界に来たかのよう。道路が少し渋滞していることもあり、私は窓際から見える白き世界にうっすらと恋をしていた。
「もう少しで着くから」
私の隣でハンドルを握る母は一言そう言った。べつに早く着かなくてもいい。学校になんて行きたくない。実を言うと今日は休もうと思った。でも普段あまり話さない母が珍しく私に「今日は駅まで送るわ」と言い今、私は車内にいる。
正直なところ母とはうまくいってない。
だからこそ私はそんな母と会話できたことが内心とてもうれしかった。
「初めてやね、この地域でこんなに雪が降るの」
信号待ちの最中、母がポツリと一言そう言った。窓の外の木が風に揺れる。
「うん。そうだね」
外の景色に気を取られながらも私はお母さんにそう答えた。実はこういう景色を見るのは初めてではない。昔、お母さんとお父さんが別れるずうっと前に見たことがある。あの日、小さな私はお母さんと一緒に手を繋いで保育園に向かった。その時もこんな、雪に包まれた世界だった。
それから数年後、両親は離婚した。私はお父さんに引き取られ、今はお父さんが再婚した新しいお母さんと一緒に暮らしている。
新しいお母さんはとても優しい人だ。
まだ小さかった私に深い愛情を注いでくれた。私の誕生日はいつも家族3人で過ごしてくれる。そんな日々がとても幸せだった。
でも最近はそんな関係が変わって来た。私が高校生になり家族との関係が煩わしく感じるようになったのも原因の1つかもしれない。
もちろん本当のお母さんにも会いたい。でも、それをしたらなんだか今のお母さんに悪いような気もする。
私の心は揺れていた。
まるでさっき窓際から見た風に揺れる木々のように。
「今日の晩御飯何がいい?沙希ちゃんの好きなハンバーグにしようか?」
無言の空気を変えようと突然お母さんが私に語りかけた。
「うん、ハンバーグがいい」
また風で木が揺れた。そのたびに枝に積もった雪がパラパラと舞い落ちる。その光景はまるで私の心と繋がっているかのようだった。道路は相変わらず渋滞待ち。降り積もった雪で他の車もあまりスピードが出ないのだろう。でも、そのお陰で私とお母さんはこうやって二人で話す機会が出来ている。
「あのね、お母さんいつもありがとうね」
その時、私は心に思い浮かんだことをつい声に出してしまった。普段ならこんなこと言わないのに。
きっと今私達がいるこの非日常的な空間が私にそうさせたのだろう。
「こちらこそいつもありがとうね。お母さん沙希ちゃんと一緒に居られるだけで幸せなのよ。そういえばもうすぐ誕生日ね。お母さんケーキ買っとくわね」
「うん、ありがとう。私、勉強とか頑張るから。いろいろ頑張るから」
「あら、楽しみにしとくわね」
お母さんは笑顔で私にそう言った。その言葉を聞いてなんだか私は嬉しくなった。その間にも車は少しずつではあるが前に進み目的地の駅が見えてくる。この二人だけの空間もそろそろ終わりのようだ。
「あっお母さんここでいいよ。歩いていくから」
「べつに遠慮しなくてもいいのよ。車寄せまであと少しだから。今日はハンバーグを作って沙希ちゃんが帰ってくるの待ってるからね」
「うん、ありがとう。それじゃあ行ってくるね」
そう言って私は助手席のドアを閉めた。
駅前は辺り一面雪化粧。
構内に入る人々の顔は寒さで険しい。
でも、私は違う。
久しぶりにお母さんとゆっくり話せたから。
たとえ血が繋がってなくても心は繋がっている。
私を産んでくれたお母さんも今、私と暮らしているお母さんもみんな私の大切な人だ。
雪は大地を白い結晶で埋めていく。
そして、私の心の隙間も埋めてくれた。
そして私は改札を出ていつもと同じように電車に乗る。ふと車窓から外を見ると、あれほど降っていた雪は降るのをやめて、雲の隙間から太陽がその顔を覗かせていた。