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4:清らかの定義

 

 そうして一通り屋敷の中を案内してもらい、設けられたイチカの部屋に辿り着いた。

 さすがバーキロット家、用意された部屋は十分すぎるほどに広く、机や本棚といった調度品はもちろん他にも花瓶やら絵画やらと飾られている。そのどれもが一目で質の良さが分かる代物で、試しにソファーに腰を降ろせば予想以上に尻が沈んだ。驚きのふかふか具合である。

 もっともそれに対して驚いているのはイチカだけで、バーキロット家のハロルドはもちろん紅茶とクッキーを持ってきてくれたメイドのブランカさえも平然としていた。それどころか二人共「何か足りないものはあるか?」だの「仰って頂ければご用意いたします」とまで言いだし、果てには部屋が気に入らないのかと尋ねてくる。

 これには思わずイチカが呆気にとられるように息を吐いた。ナルディーニ家での生活でさえ元居た世界では考えられないものだったのに、ここで更に生活水準が跳ねあがったのだ。


 突然の婚約、相手は自分より高位の男、それも完璧と言えるほどに眉目秀麗。あれよと言う間に共に生活することになり、与えられたのはこの豪華な部屋……。

 と、ここまで考えればまるで典型的シンデレラストーリーだ。極上の男に見初められて豪華で煌びやかな世界へ足を踏み入れる……なんて女であれば誰しも一度や二度は想像するだろう。

 今の自分がまさにそれだ、そうふかふかのソファーに腰を下ろして部屋を見回しながら思う。もっとも、一点訂正するのであれば、


「お前と婚約してから父さんの監視が厳しくて俺は男一人と女三人としかやってない」


 と、不満を訴えてくるハロルドはけして『極上の男』ではない。いや、『極めて思考回路が斜め上の男』を略して『極上の男』と言うのであれば最もなのだが。


「ガッツリ食いまくってるじゃないですか」

「俺としては自重した生活を送ったつもりなんだけど。それはさておき、そろそろ布団を出してみたいんだが」


 そう告げてハロルドがイチカのポシェットを軽く掲げて見せる。

 どうやらよっぽど凝縮魔法と軽量魔法に興味があるようで、対してイチカも焦らすものでもないと頷いて返した。

 貞操観念は羽より軽いハロルドだが、魔法の研究に関しては誰より真面目で貪欲と聞いたことがある。世界規模の魔法学会にも出席し、その研究と技術から世界を変えた人物として挙げられることも少なくない。――ちなみにその世界規模の魔法学会でも彼は気に入った者を食っているという。ワールドワイドビッチ(WWB)である――


「それじゃそろそろ中身を出しましょうか。で、ベッドはどこですか?」


 ポシェットを眺めて突っついてと真剣な表情で観察するハロルドを横目に、イチカがソファーから腰を上げて室内を見回した。

 天蓋付きのベッドがあってもおかしくないほど豪華な部屋だが、見回してもそれらしきものどころか簡易ベッドすら見当たらない。仮にもバーキロット家なのだからまさかソファーをベッド代わりに……なんてことはあるまい。

 元居た世界であればベッドが無ければ床に布団を敷くことも考えたがこの世界にそういった習慣は無く、だからこそ不思議そうにイチカが首を傾げれば、それを見ていたブランカが「ベッドなら」と答えた。


「ベッドなら隣の部屋に用意しております」

「あぁそうなんだ。同じ部屋でも良いのに」

「……その、イチカ様。少々申し上げにくいのですが……ハロルド様と同じベッドでございます」

「……同じ!?」


 そんなまさか!とイチカが思わず声をあげれば、ブランカが気まずそうに視線を逸らした。

 対してハロルドの悪戯気な笑みと言ったらない。してやったりと満足そうで、それどころか有利に事を運べていると余裕すら感じさせる。


「同じベッドって、婚約したとはいえ結婚前なのに……ロクステン様はそれで良いって?」

「そりゃ父さんも最初は反対したけど、『イチカと同じベッドなら夜遊びからの連れ込みも出来なくなるなぁ』って言っておいた。そしたら即答よ」

「実の父親を手のひらで転がすの止めません?」

「まぁ同じベッドになっても夜遊びするし連れ込むけど」

「……本気でお願いします、ベッドは止めてください」

「ん、分かった」


 もはや同じベッドがどうのの問題ではない、そうイチカが本気の声色で告げれば、ハロルドがあっさりと頷いて返してくれた。この際「どこでも出来るし」という彼の言葉は深く言及するまい。何がどこで出来るのか、聞けばこちらの精神がすり減ってしまいそうだ。

 だが案外にあっさりと同意してくれたことに意外だとイチカが彼の様子を覗き込めば、逆にいったい何だと眉間に皺を寄せて見つめ返された。


「どうした?」

「……いや、なんか普通に理解してくれたので」

「ひとの嫌がることはしない主義だ。それに、惚れさせるんだから嫌われるような事したら元も子もないだろ」


 そうニンマリと笑い、ハロルドがそっと手を伸ばしてくる。

 美しい手だ。細くしなやか、それでいて節や指先は男らしい。形の良い爪は綺麗に磨かれており、少し伸ばされているのもまた色気を感じさせる。

 そんな手がゆっくりとイチカの頬に触れ、擽るように指先で軽く撫でて来た。ゾワリと産毛が逆立つような不思議な感覚が背を伝う。


「あのベッドで寝るのはお前とだけだ」


 紫色の瞳をゆっくりと細め、蠱惑的にハロルドが告げる。

 形の良い唇が誘うように弧を描き、紡がれるこの言葉のなんと甘美的なことか。男女なんてものを超えた無差別な色気に、イチカが小さく息を吐いた。

 あぁ、この言葉をシンデレラストーリーそのままに聞けたらどんなに良かったことか。これほど見目が良く優れた男に溺愛され、そして刺激的な言葉に酔いしれて……なんて夢のようではないか。

 だが実際の相手はシンデレラストーリーの王子様とは違い、


「ベッドが駄目だとして、ベッドに手を掛けてするのは良いだろ?」


 とコロッと色気のある表情と声色を変えて明後日なことを問いてくるハロルド(ビッチ)である。

 流石にこれにはイチカも思考を現実に戻すと共に肩を落として待ったをかけた。


「止めてください。というかベッド云々じゃなくて寝室では止めてください」

「何のための寝室か! 寝るための寝室だろう!」

「睡眠と言う意味合いで寝るための部屋ですよ! というか、生理的に嫌なんで終わってすぐベッドに入ってくるとか止めてくださいね! 出来れば私にも触ってほしくない!」


 なんでこんな事を忠告しなきゃいけないのか……と嘆きながらイチカが告げれば、ハロルドが不満そうに眉を顰めた。

 だが考えてもみてほしい、他所の女を抱いたり男を……抱くのか抱かれるのかは知らないが、なんにせよ他所の男女とあれやこれやした体でそのまま布団に入られるのは誰だって気分が悪くなるはずだ。深く考えるのは嫌だが、あれこれ触った手と考えれば触られるのも嫌になる。

 そうイチカが訴えれば、それを聞いたハロルドが不敵に笑った。それどころか「俺を誰だと思ってる」とまで言ってくる。


「誰って、スーパービッチで貞操観念が羽より軽いハロルド様でしょ」

「言い過ぎ……でもないな。認めよう。それはさておき魔法に関しての俺の実力は知ってるだろ」

「はぁ、そりゃ知ってますけど」


 いったいどうしてそんなことを言いだすのか、意味が分からずイチカが首を傾げる。

 ハロルドの実力と言えば、国が誇り世界でも右に出る者の居ないレベル。召喚の際に人並み外れた魔力と技術を付与されたイチカでさえ彼の実力には一目置いている。というか、純粋に魔法と技術の勝負となれば互角とさえ言えるだろう。

 つまり彼はこの世界で生まれこの世界で生きて来たにも関わらず、異世界レベルの実力を持っているのだ。

 それは知っている。だが今この場で話す理由が分からない。だというのにハロルドは相変わらず得意気で「良いかよく聞け」と勿体ぶった口調で話しだした。


「癒しと回復の魔法があるのは知ってるだろ」

「はい」

「それを使えば体の汚れや傷を回復でき、高度な魔法は穢れを払い清めの効果も含まれる」

「はぁ、そうですね」

「となれば、つまり!」

「つまり?」


「俺はやり終えた後に癒しと回復の魔法を掛けているので、身も心も清らかである!」


 ドヤ!と胸を張って宣言するハロルドに、イチカがポカンと彼を見つめた。

 確かに癒しと回復の魔法を掛ければ身を清められ、表面的な汚れはもちろん内面の穢れを払うこともできる。身体を洗うよりも清潔な状態になるのだ。

 それも世界一を誇るハロルドの魔法となれば、清らかどころか下手すれば色事を重ねた女性だって生娘に戻れるだろう。俗世のシミがついたシーツを彼は一瞬にして純白に戻す、それが可能なのだ。


「だからって……」

「俺の魔法だからな、効果は抜群だ。ユニコーンだって騙せる自信がある」


 ふふん、とハロルドが得意気に語る。

 曰く、情事の後は常に魔法をかけて身を清めているとかなんとか。ゆえに性的な病気に掛かる心配もなく、それどころか魔法のおかげで女性を妊娠させる心配もないという。

 なるほど、どうりで今まで一度も問題事にならなかったわけだ……とイチカが頷く。

 だがあくまで納得しただけだ、感心したわけではない。こんな馬鹿馬鹿しい話を聞いて感心するわけがない。


「その話を聞いて私はどう答えれば良いんですか」

「なんだったらお前色に染まってやろうか? まぁ終わったら速攻純白に戻るけどな!」

「ユニコーンにぶっ刺されてしまえばいいのに……」


 ケラケラと笑うハロルドにイチカが溜息をついた。結婚するつもりではいるものの、どうにも彼の思考回路にはついていけにない。

 もちろん、だからといってベッドの上での行為を許可する気にもならず、寝室に他人を連れ込むのは禁止と告げておいた。

 魔法で清らかになろうが衛生的な問題が無かろうが知ったことではない、これは気分の問題なのだ。

「ユニコーンは騙せても私は騙せませんからね」と釘を刺すように告げれば、ハロルドが悪戯気な笑みを浮かべて「潔癖」と言って寄越してきた。




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