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番外:地獄のチェス大会、再び(3)

 


 広間を出て、向かったのは中庭。

 チェス大会が始まるまでハロルドとお茶をしていた場所だ。もしやと思い向かえば、案の定、テーブルにぐったりと突っ伏すハロルドの姿があった。

 先程とまったく同じ体制に、睡眠薬の効果の度合いが窺える。


「ハロルド様、起きてますか?」

「…………うーん?」


 声を掛ければハロルドがゆっくりと顔を上げた。どうやら起きてはいるようだ。反応が遅いあたり眠気は先程より増しているようだが。

 起きているならしばらく自分もここに居ようと考え、イチカはちょうど通りがかったメイドに紅茶の手配をお願いし、ハロルドの向かいの席に腰を下ろした。

 ちなみに、紅茶の手配を頼む際にメイドが「睡眠薬はいかがいたしましょうか」と物騒な事を聞いてきたが、これには慌てて首を横に振って返す。追い睡眠薬は流石に酷だ。


「イチカは……試合、どう……だった……?」

「今年も二回戦負けです。陛下が相手だったんですが、面白いように裏を掻かれました」

「……イチカは、……どういう手でいくかを、はやく……決めすぎ……だからな……。もう少し……盤上の動きを、見て……から……戦法を決めた方が……良い……」


 微睡んだ口調ながらハロルドにアドバイスされ、イチカも納得だと頷いた。

 彼の言う通りだ。もう少し自分は盤上の動きを見定める余裕を持った方が良い。

 次の課題にしよう、とイチカは心の中で決め、運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。

 チェス大会後の身に美味しい紅茶が染みわたっていく。……もっとも、二回戦負けなのでさほど疲れてはいないが。



 ◆◆◆



「敵は……取ってやるからな……ぐぅ……」


 という鼾交じりの宣言の通り、ハロルドはラウルを負かし、それどころか次の試合も勝ち進んでいった。

 魔法で広間にある盤上を眺め、尚且つ魔法で駒を遠隔操作しながら。彼の頭脳と魔力はやはり流石の一言だ。

 試しにとイチカもやり方を習って真似してみたが、これがなかなかに難しい。――常人からしてみれば『なかなか難しい』どころではなく『不可能』の領域なのだが――


「どうにも上手くいかないですね。特に遠隔で細かな動きが……。あ、また失敗した」

「……これは、慣れも……必要……だからな。で、なにを……やってるんだ……?」

「遠隔操作の魔法で、チョコレートの包み紙を解こうとしてます。紙袋からチョコレートを取り出して、包みを解いて、ブランカの口に入れるんです」


 いま広間の一角ではふわふわとチョコレート菓子が浮かび、おぼつかない動きで包みが解かれている。その横では「イチカ様、ここですよ!」と口を開けてブランカが待っている。まるで親鳥からの餌を待つ雛鳥のごとく。

 彼女の口にチョコレートを……とイチカは集中しながら遠隔で宙に浮かばせたチョコレートを操るが、方向を間違えて隣にいるゴルダナの口に突っ込んでしまった。その前にはユイコの口に投下した。


「どうにもうまくいきませんね」

「……よし……次は決勝……ぐ……」

「あれ、もう決勝ですか?」

「あと、は……兄さんを倒せば…………ぐぅ……ぐぅ」

「ついに寝ましたか。いや、寝てないな。駒が動いてる」


 魔法を使い広間を覗き、更に意識を集中させて決勝用のテーブルに注視する。そこに置かれたチェス盤の上で、駒がひとりでに動いている。

 事情を知らぬ者が見れば怪奇現象と恐怖しただろう。そして事情を知る者が見たら「まだ起きてるのか」とハロルドの意地の強さを悟るに違いない。


「ここは婚約者としてハロルド様を応援すべきか、もしくは王者が倒されて新たな時代を迎えることを期待すべきか……」

「ぐぅ……、ぐーぅ!」

「分かりましたよ、ハロルド様を応援します。がんばれー」


 棒読みながらにハロルドを応援すれば、満足したのか彼がふんと一息吐いた。続く「ぐぅ」という鼾には「よろしい」という意味が含まれていそうだ。

 そんなハロルドを横目に、イチカは決勝戦の盤面も覗きつつ、同時にチョコレートを操った。


 ここではない場所にある二つのものを見ながら、尚且つ遠隔でその場にあるものを操作する。

 普通であれば考えられない魔法だ。

 理屈や方法を説明したところで誰もが「無理を言うな」と一刀両断し試しもしないだろう。それ程までに無茶苦茶で、常識はずれとさえ言える。

 だがイチカは気にもせず平然とこなし、ハロルドもまた己の勝負を進めつつもイチカのチョコレート操作を見守り「あとちょっとだな……」と眠そうな声で応援してくる。



 そうしてしばらく……、


「勝った……!」

「入った!」


 と、ハロルドとイチカが同時に声をあげた。

 ハロルドは決勝で勝利をおさめ、そしてイチカはブランカの口にチョコレートをおさめたのだ。

 それは今二人が居る中庭ではなく大広間での事で、傍目には二人はのんびりとお茶をし――ハロルドはぐったりと机に突っ伏していたが――、その最中に突然声をあげたことになる。

 だがそれを今更驚く者はおらず、別のテーブルセットに座って話をしていたロクステンとラウルが「閉会式だ」と立ち上がった。



 

 大広間は互いの奮闘を労い合う穏やかな空気で溢れ、中には既に次回の話をしている者もいる。

 ロクステンが姿を現すと皆が感謝の言葉を述べ、今日の大会を称える彼の挨拶には沸くような拍手を送った。


 そうして大会の上位入賞者の名が挙げられるのを聞き、イチカは隣に立つハロルドを見上げた。正しくは、睡眠薬の眠気で自立は出来ず、ぐんにゃりとイチカにもたれかかりながら立つハロルドを見上げた。

 寄りかかるどころではない。半ば伸し掛かられるような体勢だ。

 ハロルドは背が高く、デスクワークを主としているとはいえ程よく鍛えられている。対してイチカは騎士といえども背丈や体躯は一般女性の域を出ない。

 普通であればイチカが押し倒されるか、押し潰されるかしそうなところだが、そこは召喚された際の付与能力で支えらえている


「ハロルド様はいったい何を希望するんですか?」

「うーん?」

「今回も『寝たい』ですか?」


 ハロルドは第一回から前回まで、優勝賞品である『なんでも希望を叶える』という特権を、眠気に負けて『寝たい』と答えていた。

 今回も同じだろうか。

 だが今回のハロルドへの妨害工作は睡眠薬投与のみで、そのせいかハロルドも前回よりは意識が残っているように見える。


 彼は真に欲しているものを口にするのではないか。

 だとすると、彼の本当の希望とはなんだろう?




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