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20:上澄みをぷかぷかと

 

 イチカはこの世界に召還される以前、雨宮苺花として生活していた。

 この世界と違い魔法が無い世界。そんな世界の、剣を持ち歩けば銃刀法違反で捕まる『日本』という国だ。魔法と剣の代わりに機械は進化しており、生活のしやすさで言えば元の世界に軍配があがるだろう。


 だが苺花はその世界での生活に馴染めずにいた。

 かといって異端というわけではなく、悲観するほど周囲から浮いていたわけでもない。

 傍目には極平凡な生活を送る一人として見えただろう。


 親とは不仲だった。だが世間で言われる『毒親』というほどでもなく、殴られた記憶や過度に躾られた記憶もない。年始に一度顔を出すか出さないか程度だが、その際は当たり障りのないやりとりはしていた。

 友人とは疎遠がちだった。だが友人がいないわけではなく、年に一度思い出してお茶に誘いあうぐらいの関係はあった。仲が良いと誇れる程でもなく、かといって知人というには余所余所しすぎる。その程度だ。

 仕事も可もなく不可もなくだった。楽というわけではないが重労働というわけでもなく、羽振りがよくなる程ではないが薄給なわけでもない。やりがいという大仰なものはないが、一仕事終えると適度な疲労感と達成感はあった。


 元いた世界での苺花は、万事が全て『その程度』だった。

 浮くほど異質なわけでもなく、それでいて溶け込んでいるとは思えない。

 たとえるならば世界の上澄みで漂っているような、そんな感覚だ。見上げた先にいる『異質な者達』には手が届かず、かといって覗き込んで『馴染んだ者達』の中にも入れない。


 世界の上澄みでぷかぷかと、どっちにもなれず、漂うだけ。

 だから掬い取られてしまったのだろう。召還というお玉で、ひょいと。




「イチカ、約束したのに申し訳ない……。俺がもっと厳しく監視していればよかった」


 重苦しい口調で告げられるラウルの謝罪に、イチカがはたと我に返った。

 目の前に立っているのはラウル。その隣ではハロルドが不思議そうにこちらを見ている。

 彼の瞳の色は紫だ。その紫の瞳が、まるで事態は終わったと言いたげに、そのうえで「なにやってるんだ?」と問うようにイチカを見つめている。


「ハロルド様、あの……用事は?」

「もう終わった。寝起きに連れ出して悪かったな。でも助かったよ。それじゃ家に帰って飯を食おう。スコーンだけじゃ昼までもたないからな」


 あっさりと言い切り、ハロルドが帰ろうと促してくる。普段通り、自由奔放な彼らしい態度だ。

 いつもならばイチカもそれに従っただろう。また今回もハロルドに振り回されたと疲労を感じつつ、「はいはい、分かりましたよ」程度の軽口で押さえて。


 だが今回はそうはいかない。

 なにせ先程ラウルが「隣国で召還の儀が行われた」と言ってきたのだ。


 召還の儀、イチカもまたそれを用いてこちらの世界に呼ばれた。

 そして帰ることは無く今に至る。そもそも帰る術はない、あれは一方通行の儀式だ。


「儀式を執り行える者は全て殺して、資料も全部燃やしたはずだった。だがどこかに生き残りがいたみたいだ」

「そうですか……。それで、呼び出された人は?」

「今は隣国で『聖女』としてやっている。近々こちらに来ると連絡があった。敵意はないらしいが警戒しておいた方がいいだろうな。ハロルド、詳しく話すからお前も同席しろ」


 来い、と簡素に命じてラウルが歩き出す。

 いつもの明朗快活で朗らかな雰囲気は今の彼には無く、どこかピリと張りつめる威圧感さえ漂わせていた。

 もしも普段の彼を知らなければ恐れすら抱いていたかもしれない。それとも、これが一国を納める者の威厳なのかと頭を垂れただろう。

 もっとも、イチカもハロルドも今更ラウルの威圧感に恐れを抱くわけがない。

 ハロルドは目元を擦りつつ、


「話の最中に餓死したらどうしよう」


 と暢気に話し、それどころか自分のせいで人払いをさせたというのに、どこかにメイドは居ないかと探している。

 おおかた見つけたら軽食を頼むつもりなのだろう。案外に彼は大食らいで、そして酷く燃費が悪い。その整えられた体つきが恨めしくなるほどによく食べる。

 そんなハロルドの空気に当てられ、イチカは仕方ないと肩を竦め、ひょいと片手を降った。


「魔法で伝言の鳥を出してあげます。メイドにお茶と軽食を持ってきてもらいましょう」


 イチカの提案に、ハロルドが上機嫌になって拍手まで送ってくる。「さすが」だのと煽ててくるあたり、よっぽど空腹だったのだろう。

 そうして伝言の鳥に軽食を託し、イチカとハロルドがラウルの後を追った。


「……なぁイチカ、あの鳥は何だ? なんで飛ばずに歩いてるんだ?」

「あれは『ペンギン』という鳥です。私の元居た世界では、伝書鳩に続いて伝書ペンギンが主流だったんですよ」


 と、そんな言葉を交わしつつ。



 イチカはこの世界に召還され、すぐに世界を救うように命じられた。

 当時のこの世界は災害や魔力の暴走が頻繁に起こり、そういった人知を外れた問題に対しては『召還』を行うのがこの国の決まりだったのだ。儀式で異例の者を呼び出し、問題を解決させる。

 召還の儀はこの国にしか行えず、その方法は門外不出。そしてそれが行えるからこそ、近隣諸国より頭一つ抜けた地位を築いていた。


「まぁ、つまり『うちじゃ解決出来ないから、余所から連れてきて解決して、手柄も美味しいところも取っちゃおうっ☆』って事だよな」

「当人を前に軽々しく言うのやめてください」


 ぴしゃりと言い切るイチカに、ラウルが冗談混じりに両手を広げて謝罪してきた。

 普段の彼らしい態度だ。多少の余裕ができたのだろうか。

 ちなみにその隣ではハロルドが落ち着き無く扉を見つめている。軽食が待ち遠しいのかと思いきや「ペンギンはやく戻ってこないかな」とそわそわとしている。


「ビッチを虜にする魔性のペンギンですね」

「魔性同士、気が合うのかもしれない。あのわがままボディが堪らないんだ」

「はいはい。それで、どうしてまた召還が行われたんですか?」


 ハロルドを一刀両断し、イチカが改めてラウルに尋ねる。

 この件に対しては冗談混じりには返せないと判断したのか、彼は僅かながらに眉根を寄せ、うなるような声色で話し出した。

 話す決意はあるのだろうが、なんとも言い難いような、彼らしくない態度と口調だ。


「まぁ、多分……。イチカの存在が羨ましかったんだろう」

「私?」

「あぁ、魔力と剣技を兼ね揃えた存在。それにうちには魔力においては世界一のハロルドも居るし、ゴルダナも剣技においては近隣諸国に名が知れ渡っている」


 この世界に生きる者は、生まれながらにして『魔力』か『剣技』のどちらかの才を託される。魔力を持つ者は剣技はからっきし、逆も然り。

 そしてその二極化された才能の中で、トップを誇る人物が二人ともこの国に居るのだ。魔力はハロルド、剣技はゴルダナ。二人ともラウルに忠誠を誓っている。

 そして更に、イレギュラーとして両方の才能を持つイチカ……。


「なるほど、つまり『全部持っててズルイ!』って事ですか」

「だろうなぁ……。後は力の偏りを驚異に思ったか。近々召還した聖女が挨拶にくるあたり、うちに牽制でもしたいんだろう」


 呆れたと言わんばかりにラウルが溜息を吐く。

 彼からしてみれば、羨まれるのも牽制されるのも、煩わしい事このうえないのだろう。更にそれを見返す手段が彼が徹底して潰したはずの『召還』なのだから、呆れどころか怒りを覚えてもいいぐらいだ。

 今でこそおどけた態度で困ったものだと話してはいるが、胸中はさぞや荒れている事だろう。

 イチカもまた内心は穏やかではいられず、陰気な話はこれで仕舞いだと「軽食、遅いですね」と無理に話題を逸らした。




 ラウルの執務室で軽食を食べ、再びバーキロット家に戻る。

 時刻はすでに昼を過ぎており、出迎えてくれたブランカが昼食はどうするかを聞いてきた。家の者達はすでに食事を済ませているが、二人用にと残しておいてくれたらしい。

 イチカがそれに感謝を告げれば、それとほぼ同じタイミングでハロルドがグゥと腹を鳴らした。


「ハロルド様、さっきもたくさん食べたのに、もうお腹すいたんですか? 燃費が悪いにしてもほどがありません?」

「だよな。俺も割と自分でひいてる」


 空腹を訴える己の腹を押さえつつ、ハロルドが怪訝そうに首を傾げる。

 どうやら自分自身で空腹の原因が分からないらしく、どうしてだろうと問われてイチカも首を傾げた。本人が分からないことを聞かれて、いったいどうしろと言うのか。


「とりあえずお昼を食べて、足りなかったら食堂でも漁りに行けばいいんじゃないですか?」

「男漁りも女漁りもするけど、食堂を漁るのはシェフ達に悪いからなぁ」

「しれっとそういう事を言う……」


 呆れた、とイチカが溜息を吐き、これ以上付き合う気はないと歩き出した。




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