人格形成の安定期
読んでくれてありがとう!
この世の性欲論は僕を無同然にした しかし後々悟り世代にも成長させた
僕は20に向かって無気力になっていった だって多くの場合若者は
自分に意味があると思っている そこから生々しさが消えていき大人になる
僕はその事を小5の時熱弁したのだがどうにも仲間はついてこれない
彼らの頭の中は合理的にできていて常識から抜けきれない そんな感じだ
常識というのはマイナスの感情ができた時一時的にできる免疫だ
人間はわがままをいい 常識が通用しないという事実を作る
それが現実というものであり閉鎖社会で教えないものだ それが社会性を壊して
現実の成長をつくっている
なので合理的な常識でものを考える当事者はやはり幼いと思う 僕はそう思う
その中で中学に入れば自己の考えを守るようになり 付和雷同は消える
ある人物から聞いたので主張や偏見が許容されると思った その人物は教頭先生で
無口な人だった 彼が通るとカラスが鳴くと言われた 同族だなと僕は思った
「人格形成は安定期にはいるんだよ 確かにいじめは幼さを無くす やることは辛辣かも知れないが
人を干渉する確率が減り閥を作りたがらなくなる」
と教えたとき教頭先生は慣れた表情で忙しい毎日に耐えていた その時そんな時代があるなら
エンターテイメント性が増える 何となく思った 同時に異端児や独自の考えが生まれる始めだ
なぜかそれにつまらないものを覚えた 僕は僕でありたかったのだ
読んでくれてありがとう!




