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雅美の書簡  作者: 唐子
【一年目】
6/30

安藤 聴香 (11月22日)

「鈴森呉葉にまつわる話」シリーズの登場人物が出てきます。

支障のないよう書いてはおりますが、よろしければそちらもご覧くださると微妙につながってたりします。

『 安藤 聴香 様


 お返事が遅れてごめんなさい。

 先日は、丁寧なお礼状をありがとう。伯母様が、とっても礼儀正しい子ねって、感心していました。――ごめん、限界!

 たしかに聴香は礼儀正しい人だけど、人の口から聞くとどうしても笑えます。聴香もあいつらが褒められてるのきくときっとむずがゆくなると思う。それと一緒のことです。けしておちょくってるわけではありません。


 あらためて、コンクール優勝おめでとう!

 聴香が、長いこと目標だった留学権を獲得したこと、自分事のようにうれしいです。一足先に夢に足をかけられましたね!

 しゃべれないけど聞き取れる、って言うのは、やっぱり耳がいいからなのかしら?フランスとイタリアどちらを選ぶにしても、生活するだけなら聴香なら大丈夫な気がする。況や音楽をや。そういうわけで、留学に関して、私はこれぽっちも心配してません。


 私のオーディションは、残念ながら最終で落ちました。

 でも、あの映画の監督とは別の演出家が観に来ていたらしくて、舞台の話が事務所の方にあったの。オーディションを受けて、そちらで役をもらえました。

 主演が私のあこがれの女優の一人、中谷あかりさんです。小学校のイベントで、私達が初めて観た舞台で子役をやってた人。覚えていますか?私が、演劇をするきっかけにもなった人。彼女の役にとってのキーパーソンになる役です。

 やりがいがあります。今は静かに燃えている感じ。あなたのコンクールの直前も、こんな感じだったのかしら。

 こんな大きなハコの上でやるなんて初めてで、吐きそうなくらい緊張するけど、そんなんじゃもったいないですよね。

 プロの、しかも最高の演技者にもまれるなんてこんな幸福、滅多にない。貪欲に食らいついていきます。




(二枚目)

 ――――ベッドの中で話したことだけど。

 無理に忘れることはないと思う。

 その気持ちは、ぜったいあなたの無駄にはならない。


 正直、聴香には、穏やかな恋をしてほしかったのだけど。でも、あなたの葉市への気持ちも筋金入りでしたね。戯言でした。

 幼なじみの中で恋愛するなんて、ほんとう、ばかね。当事者じゃなくても同じところをぐるぐる回ってる気分です。

 花梨も荘助も渥美も櫻井君も、壱織人も紫陽花ちゃんも、あなたも葉市も。

 みんな、ばかだわ。アリスだけね、賢いのは。あの子には健やかでいてほしいです。



 いつか時間が解決するって、言えるのかしら?先延ばしにして、後悔しないのかしら?本当に?

 ごめんなさい、これは私の独り言です。読み飛ばしていいわ。

 ここから先も、読み飛ばして構いません。私なりの考察を言います。


 葉市は何を考えてるのか、あれから考えています。

 酷い男だけど、性悪ではないから、何か思慮あってのことだとは思うのです。この間も話したけど、あなたをキープにする意味がない。

 あれも子どもみたいなところがあるから、聴香のためという善意だけじゃない、葉市の利になるような理由が、絶対ある。でも、私にはそれが思い浮かばない。


 幼なじみ連中の中でも、葉市は異質、というか特別枠でしたね。

 同じ村に生まれて、物心つくまで一緒だったけど、そこから先、共にいられた時間は少ない。でもみんな、彼のことを気にしてた。やっぱり葉市も村の子で、病気のことだけがネックだったけど、仲間で、私達もそのように扱ってた。


 葉市の葉市たる所以は、やはり彼の病気なのだと思う。

 葉市も鈴森の小母さまも、病気の詳細について話さない。ただ「病気」なのだというだけで、病名も状態も漏らさない。

 これって、あの村の中で、ある意味異常なことですよね。

 葉市の思考の根幹に「病気」があるのだとしたら。

 もしかしたら、聴香、あなたは、何かを託されているのかもしれないと、そう考えました。

 それがなんなのか、そこまでは及ばないのだけど……私なりに想像力を働かせてみました。まったく見当違いかもしれないけど、可能性は0じゃないわ。


 語っちゃってごめんなさい。この話はここだけにしておきましょう。

 もしなら、この二枚目は棄ててください。




(三枚目)

 そうそう、話は変わるけど。

 コンクールの後の夜に、ピアノ室で簡易コンサートを開いてくれたでしょう?

 伯父も伯母もいたく感動したみたいで、このごろ二人とも、放置していた楽器に触りだしました。ピアノは伯父様の趣味だったのよ。伯母様がフォークギターに傾倒していたなんて知らなかったから驚いたけど、二人ともお上手です。

 もし今度また泊まることがあったら、聴いてあげてください。彼らもあなたが来るの、楽しみにしてるから。



 次に帰省するのは、お正月ぐらいになります。

 お盆の時のこと、まったく気にしてないと言えばウソだけど、だいぶ気にしなくなりました。話を聞いてくれてありがとう。


 考えるのですが。

 幼かった私は、時間薬を期待してなぁなぁな仲直りをして、結果がご存知のアレだったわけなのだけど。

 時間をおいていいことなんて、まったくなかったわ。ぶつかるなら、壊れるまでぶつかればよかった。

 そうすれば、木っ端みじんになったところから、また新しい関係が生まれたかもしれない。中途半端に残してしまったから、いびつに固まって成長してしまった。

 これは私の経験則になったけど、聴香はどうかと思っただけです。無理強いするつもりはないから安心してください。



 きっとお互いお正月は忙しいだろうけど、時間を合わせて、みんなで初詣に行きましょう。

 それでは、またね。



   11月22日

    師村 雅美



追伸:

 N区のNプラザ劇場で、12月上旬から一週間かかる予定。チラシ同封します。みんなにも見せてやって!主役の影役です。 』


安藤 聴香 ・ピアニスト・スカラシップ獲ったった。・鈴森葉市が初恋(継続中)・家がピアノ教室。音楽一家。・夢を目標にして邁進する、という点で雅美とは似た者同志。・幼馴染の中では実行犯。滅多に乗っからないけど、その滅多な時に本気出すタイプ。

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