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Simulation War of Micro  作者: 卦位


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第16話 キラポート名古屋ミナト・アクス②

血気盛んなプレイヤーたちが右往左往し、次々と光のネットに捕縛されていく惨状を眼下に見下ろしながら、俺たちは本館3Fの吹き抜け通路に陣取っていた。

 無駄な汗はかかない。足で探すのは三流のやることだ。


「ブラックさん、上空からの光学スキャンをお願いできますか」

「了解しました。四号機(T-50)と五号機(Su-47)を施設内の高高度周回軌道に乗せます。データリンク、構築」

「助かります。……さて、うちの索敵娘の出番か。ガンマ、展開」


 俺の呼びかけに応じ、マザーの甲板からパラボラ型のレドームを背負った中型ユニット――ガンマがふわりと浮かび上がった。

『マスター! お呼びですか!』

 通信回線に、少し高めの、いかにも張り切った女の子の声が響く。

「ああ。次の『お土産ショップ』の出現予測地点を割り出したい。館内の空間の歪み、あるいはGMのシステムのトラフィックの偏りを拾えるか?」

『お任せくださいっ! 私の電子の耳で、施設中のノイズをぜーんぶ拾い上げてみせます!』


 ガンマのレドームが高速で回転し、不可視の索敵波が施設全体に広がっていく。

 ブラックの航空機からの光学データと、ガンマが吸い上げる莫大な環境データ。コンソールに滝のように文字列が流れ込み、アラートが鳴り始めた。

『ああっ、ごめんなさいマスター! データが多すぎて、私の処理領域じゃオーバーフローしちゃいそうです……っ!』

 案の定だ。拾うのは得意だが、整理が追いつかない。それがガンマの弱点だ。


「愛李。ガンマのデータを統合・フィルタリングしてくれ」

「了解しました。ガンマ、データリンクをこちらへ。不確定要素を排除し、予測演算に回します」

 愛李の静かで、それでいて絶対的な落ち着きを持った声。

『は、はいっ。愛李お姉さま、お願いします……』

 ガンマの声がシュンと小さくなる。張り切って出てきたものの、結局はメインシステムである愛李に美味しいところを持っていかれる。側室は正妻には勝てない、というわけだ。


 コンソールの緑の光を反射して、モニター越しの愛李の瞳が、一瞬だけ透き通るようなエメラルドグリーンに揺らいだ気がした。


「――予測完了。現在地よりワンブロック先、南館2Fのイベントスペース。三十秒後に空間座標の書き換えが発生します」

「でかした。全員、移動だ。急ぐぞ」


 予測は完璧だった。

 俺たちが南館2Fのイベントスペースを見下ろす通路に到着した直後、空間がぐにゃりと歪み、真っ赤なのぼりを立てた『限定お土産データ・特設ブース』がポップした。

「やりました! 一番乗りです!」

 李苑が歓声を上げる。だが、それと同時にブースの周囲の空間も黒く変色し始めた。モスマンの群れが湧き出ようとしている。


「李苑さん、待って。まともにやり合えばまた消耗戦だ。スマートに行こう」

 俺はイータを制止させ、再びガンマに指示を出した。

「ガンマ、名誉挽回だ。ブラックさんから送ってもらった他のプレイヤーの戦闘データを使って、反対側の北館エリアに『巨大なプレイヤーの偽装信号デコイ』を一斉送信しろ」

『デコイですね! それなら私の独壇場ですっ。見ててください、マスター!』


 ガンマのレドームから強力なジャミング波と偽装信号が放たれた。

 直後。

 ブース周辺に湧き出そうとしていたモスマンたちが、ピタリと動きを止めた。そして、偽の巨大な獲物の反応に釣られ、一斉に北館方面へと雪崩を打って大移動を始めたのだ。

 数秒後、特設ブースの周囲には、黒服のUMAはおろか、他のプレイヤーの姿すら一つもなくなった。完全な真空地帯だ。


「……嘘。みんな行っちゃいました」

 アーサーのコクピットで、李苑がポカンとしているのが目に浮かぶ。

「大人げないが、これが一番効率がいい。さあ、サクッと買い物を済ませて、風呂に行くぞ」

「素晴らしい電子戦術です。教科書に載せたいくらいだ」

 ブラックが感心したように呟く。


 俺たちは悠々とガラ空きの広場に降り立ち、誰一人被弾することなく、目的の『限定お土産データ』を購入した。


 * * *


 1F、屋内芝生広場。

 そこには、商業施設のど真ん中だというのに、GMの悪ふざけとしか思えない巨大な岩風呂が鎮座していた。ご丁寧に『ゆ』と書かれた馬鹿でかい暖簾まで下がっている。


 入り口は二つに分かれていた。

『ユニット専用・機体洗浄湯』と『マスター専用・アバター混浴リラクゼーション(※水着着用)』だ。


「……本気で作ってやがる。GMの処理能力の無駄遣いにも程があるだろう」

「全機、湯船へ。関節部の駆動系についたカーボンの汚れが、みるみる落ちていきます。素晴らしい」

 ブラックが感嘆の声を漏らす。

 見上げれば、俺のイータと李苑のアーサーが肩まで緑色のお湯に浸かり、その横でブラックのラプターがぷかぷかとアヒルのおもちゃのように浮いている。狂った光景だが、どこか長閑だった。


 ユニットを湯に預け、俺たちは『マスター専用』の岩風呂へと足を踏み入れた。

 システムによって再現された俺の姿は、48歳のくたびれた中年男そのものだった。GMはごまかしを許さない。顔のシワも、たるんだ腹も、現実の肉体を残酷なまでに正確にスキャンして反映させている。身につける水着や装飾品だけは「円データ」で買えるらしいが、俺もブラックも初期設定の味気ない黒の海パン姿だ。


「ふぁ〜、生き返りますねー。ホーキングさん、ブラックさん、お疲れ様でした!」

 少し離れた浅瀬の岩場から手を振ってきたのは李苑だ。伊良湖の安全地帯でも何度か顔を合わせている。アニメのような美少女ではない。どこにでもいるような、少しそばかすのある平凡な若い女性。だが、その快活な笑顔は声の印象そのままだ。


「ああ。お疲れ」

 俺は首までお湯に浸かり、深くため息をついた。信じられないほどリアルな湯の感触が、精神へと伝わってくる。現実の安アパートの狭いユニットバスより、よっぽど極楽だ。

 その隣で、ブラック――目の下に濃いクマを作った、疲労困憊のサラリーマンの顔をした男――が、静かにお湯をすくっていた。


「ようこそ、戦場ゲヘナの業火を逃れし迷える子羊たちよ」

 不意に、岩陰から芝居がかった声が響いた。

 声の主は、バスタオル一枚を聖衣のように身に纏った女性だった。素顔は少し目鼻立ちのキツい、俺たちと同年代の女性。だが、その手には明らかに円データをはたいて購入したであろう、無駄に装飾の施されたバナーが握られている。


「おい、円データを使ってまで買ったのか、その無駄に目立つ旗……。相変わらずだな、ジャンヌ」

「あ! 万松寺のときの! オルレアンの乙女さんですよね!」

 李苑がパッと顔を輝かせてお湯をかき分けた。

「おお、ホーキングに李苑、それにブラックではないか! 伊良湖のキャンプ以来だな。まさか主(GM)の湧かせたこの癒やしの泉で再会するとは」

「あの苛烈なフィールドを共に生き抜いた貴女が、まさか開始早々から温泉に引きこもっているとは」

 ブラックが苦笑交じりに言うと、ジャンヌはふっと真顔になり、旗を持ったまま肩までお湯に沈んだ。


「あの時の、あの戦場のプレッシャーたるや……思い出すだけで肩が凝る。だからこそ、私はイベント開始と同時にここに直行したのだ。外のドロップ狩りなど、血の気の多い連中に任せておけばいい。あの万松寺を生き抜いた私たちには、この休息こそが真の報酬だ」

 誇らしげに言い切る彼女に、俺は思わず吹き出しそうになった。

 相変わらず大したタマだ。生存競争だと煽られてみんな必死に殺し合っている中で、「温泉から出ない」という究極のサボタージュ。ある意味、最もこの世界の実利を理解している大人かもしれない。


「ふっ……はははっ」

 隣で、ブラックが突然肩を震わせて笑い出した。

「ブラックさん?」

「いや、失礼。彼女の徹底した合理主義と、この世界の滑稽さがおかしくてね。……実に羨ましい」

 ブラックは湯けむりを見上げながら、ポツリとこぼした。

「現実世界の私は、ご覧の通り、ただのしがない歯車です。毎日満員電車に揺られ、上司に頭を下げ、すり減るだけのただの中年男だ。この空を飛べる世界だけが唯一の救いだった。……だが、結局ここでも私たちは、何かから逃げるように飛び続けている」


 生々しい隈を作ったブラックの顔から発せられた言葉が、ひどく重く胸に刺さった。

 ああ、そうだ。俺だって同じだ。

 冷え切った家庭。三通目のお祈りメール。ハローワークのパンフレット。

 そこから逃げ出して、結局この箱の中でも、理不尽なシステムに急かされて走り回っている。


「……飛び続けるのに疲れたら、羽を休めればいい。ここは、そのためにあるのだからな」

 ジャンヌが、いつになく優しい声で言った。芝居がかったロールプレイの奥にある、歴戦のプレイヤーとしての確かな気遣いだった。


「違いない。俺たちも、少し頭を冷やすとするか」

 俺は岩に頭を預け、目を閉じた。

 遠くで、まだUMAと戦っているプレイヤーたちの砲撃音が微かに聞こえる。

 やれやれ。泥臭い休日だが、この湯の温もりと、気のおけない戦友たち。

 悪くない。


 湯けむりの向こう側。コンソールの奥で、愛李が静かに微笑んでいるような気がした。


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