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Simulation War of Micro  作者: 卦位


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第15話 キラポート名古屋ミナト・アクス①

薄暗いリビング。

 使い古したノートPCの画面が、無機質な白い光を放っている。


『――慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら今回は採用を見送らせていただくことと……』


 スクロールする手をとめた。

 本日、三通目のお祈りメール。ため息すら出ない。

 48歳。リストラ組。これといった特別な資格もない中年男に、世間の風はどこまでも冷たい。百社受けて、一社引っかかれば御の字。それが現実だ。

 机の端に、ハローワークの担当者が気の毒そうな顔で差し出してきたパンフレットが置かれている。

『公共職業訓練のご案内』

 要するに、職業訓練学校に通えという勧めだ。新しいスキルを身につけるためという名目だが、実態は失業保険の給付期間を延ばすための延命措置にすぎない。

 惨めだった。


 背後で、スリッパが床を擦る音がした。

 振り返ると、妻が冷え切った目でこちらを見下ろしていた。

 何も言わない。ただ、粗大ゴミでも見るような視線を一瞥だけ向け、足音を立てて洗面所へ消えていく。言葉をぶつけられるよりも、その無関心さが何倍も堪えた。

 離婚の二文字は、すでに俺たちの間に重くのしかかっている。


 ――息が詰まる。

 ここにはもう、俺の居場所なんてない。

 弾かれたようにPCを閉じ、俺は逃げるように自分の部屋へ戻った。ドアの鍵をかけ、ヘッドギアを乱暴に被る。

 泥沼のような現実から、俺が俺でいられる、ただ一つの場所へ。


 * * * 


 フォレストガーデンの自室。

 稼いだ「円」データをはたいて、この高層マンションの一室を購入したのはつい最近のことだ。俺は何かとフォレストガーデンを訪れるようになっていた。妻や子供がいる家が落ち着かない場所になっていったのはいつ頃からだろう。気づいた時にはもう契約書に電子はんこを押していた。窓の外には、静かな街並みが広がっている。息の詰まる現実の家より、よっぽど居心地がいい。今やここが俺の本当の居場所になりつつあった。

 俺はふかふかのソファに深く腰掛け、空中に浮かんだ赤いメッセージウィンドウを睨みつけていた。


【件名:特別レクリエーション キラポート・ショッピングチェイスのご案内】

【発信元:GM】


親愛なるプレイヤーの皆様へ。

日々の過酷な生存競争、誠にお疲れ様です。


皆様の日頃の労をねぎらい、心身をリフレッシュしていただくため、今回は特別なレクリエーションをご用意いたしました。

舞台は『キラポート名古屋ミナト・アクス』。

巨大複合商業施設を完全再現した専用フィールドです。


■ミッション内容

施設内にて販売されている「限定お土産データ」を最低一つ購入し、指定の撤退ポータルから無事に帰還してください。


■参加条件

本イベントへの参加は「任意」です。強制ではありません。システムは皆様の自由意志を最大限に尊重いたします。


■注意事項

ただし、本レクリエーションへの【不参加】を選択された場合、あるいは進入後に目的を果たさずに【途中放棄】された場合は、システムへの著しい不敬とみなし、以下のペナルティを適用いたします。


現在のマスターランクを無条件で「3段階降格」

現在所有するフォレストガーデンの不動産を含む「全資産の凍結および没収」


ハンター(黒服のモスマン)たちも、皆様の賑やかなお買い物のお手伝いに向かいます。どうか譲り合いの精神で、有意義な休日をお楽しみください。


それでは皆様、よいショッピングを!


 舞台はキラポート名古屋ミナト・アクス。施設内で限定お土産データを購入し、帰還しろと書いてある。

 参加は任意。だが、不参加や途中放棄すればマスターランクを3段階降格させ、フォレストガーデンの資産も凍結するだと?

 せっかく買ったこの部屋も取り上げられるってわけだ。喉の奥で乾いた笑いが漏れた。ふざけんな。任意って名前の強制じゃないか。断れば今まで積み上げてきたものを全部ふっ飛ばす気だ。

 俺はため息をつき、参加アイコンをタップした。


「愛李、マザーに出してくれ」

「了解しました。マスターをマザーの艦橋にお連れします」


 光の粒が体を包み込む。目を閉じ、次に開けたときには、俺はマザーの艦長席に座っていた。


ゲート、オープン。戦場バトルフィールドに進入します」


 愛李の凛とした声が響き、視界が白い光に包まれる。空間がぐにゃりと歪む感覚が全身を舐めた。


「オールグリーン。戦場に進入しました。現実の1分に対し、こちらの時間は約23分として進行します」


 光が収まると、マザーのメインスクリーンにはピカピカに磨き上げられた巨大な床のタイルが映し出されていた。その上を歩く巨大な人間たちは、まるで水底にいるかのように極端にゆっくりとした動作で足を運んでいる。

「これ……まんまキラポートじゃん」

 思わず呟いた。コンソールを操作し、艦長座席ごと床下へスライドさせる。そのままマスターユニット・イータのコクピットに滑り落ちた。計器類が緑色に点灯する。

 イータを射出し、広大なタイル地の上に降り立った。


「ホーキングさん! 聞こえますか?」

 通信が入った。李苑だ。

「李苑さんですか。ええ、聞こえますよ。そちらは今どのあたりですか?」

「えっと、今、巨大な靴の群れを抜けてて……スポーツ用品店の近くみたいです。相変わらず、踏まれそうでヒヤヒヤしますねー」

「お二人とも、ご無事ですか」

 ブラックインパルスからの通信も繋がる。

「ブラックさん、無事です。まずは合流しましょう。とりあえず安全地帯がいいですね」

「ええ。各ショップの内部は紛争禁止区画に設定されています。本館2Fにカフェの店舗データがあるようです。そこで落ち合いましょう」

「了解しました。李苑さん、気をつけて」

「はーい! 一直線に向かいます!」


 人間の巨大な靴底が、上空から超スローモーションで迫ってくる。音も地響きもない。ただ、途方もない質量がじわじわと落ちてくる圧迫感は、何度経験しても気分のいいものじゃない。万が一あの靴の下に入り込めばペチャンコだ。靴の軌道を予測し、壁際を縫うように進んで、なんとか本館2Fのカフェに辿り着いた。


 現実の有名コーヒーチェーンと同じ場所に、GMがプレイヤー向けの極小店舗を用意している。店舗の入り口脇にはユニットの待機場所が設けられていた。そこにイータを駐機させ、俺は機体を降りて店内へ足を踏み入れた。


「あ、ホーキングさん、お待たせしましたっ」

 入り口の方から声がした。待機場所にアーサーを停めた李苑が、小走りでこちらへ駆け寄ろうとして、床のわずかな段差に足を取られた。「わわっ」と派手に前のめりに躓く。

「お怪我はありませんか。周囲の空域、クリアです」

 入り口の待機場所にラプターを滑り込ませたブラックも、機体を降りて店内に入ってきた。


「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いいたします」

 カウンターの奥に立つアンドロイドの店員が、抑揚のない声で尋ねてきた。手持ちの円データを払い、ブレンドコーヒーを受け取る。李苑はキャラメルフラペチーノ、ブラックはエスプレッソだ。店内には他にも何組かプレイヤーがいて、外にユニットを停め、くつろいでいる。

 窓際のテーブル席に座り、俺はカップに口をつけた。熱い。コーヒーの苦味がダイレクトに舌に伝わってくる。


「……美味しいです。私、現実だと本当にドジで、お茶を淹れるだけでも失敗しちゃうんですけど……ここでは、ホーキングさんたちとこうしていられる。それがすごく嬉しいんです」

 ストローを咥えた李苑が、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ええ。理不尽なことばかりですが……この一時だけは、悪くないですね」

 ブラックもカップを傾けた。

 俺も小さく頷く。鬱陶しい出来事や理不尽なルールばかりだが、こうして同じテーブルを囲んでバカ話ができるなら、悪くない。


 ピンポンパンポーン、と突然、施設全体に響き渡るような館内放送が流れた。


「――ご来店のプレイヤーの皆様、本日はキラポート・ショッピングチェイスにご参加いただき誠にありがとうございます。これより、限定お土産データの販売を開始いたします。なお、本施設に進入した時点でイベント参加とみなし、ペナルティは解除されております。施設内には各店舗と同様のショップが設置されており、特設ブースもございます。引き続き、おくつろぎいただくのも自由でございます。それでは、キラポート名古屋ミナト・アクスで心地よいひとときをお過ごしください」


 いかにも商業施設らしい、ふざけたアナウンスだ。

「なんだそれ。じゃあ、ここでずっとお茶しててもいいってことですか?」

 俺が呆れて言うと、ブラックが静かに頷いた。

「そういうことですね。実際、あちらのプレイヤーたちは動く気配がありません」

 視線を向けると、奥の席にいる連中もくつろいだまま立ち上がろうとしない。確かに、外に出ればわざわざ危険を冒すことになる。


「どうします? ホーキングさん」

 李苑がこちらを見つめてきた。

 俺はコーヒーの残りを飲み干し、テーブルにカップを置いた。


「せっかく来たんだ。お土産、買いに行きますか。俺たち、もっと強くならなきゃいけないし」

 俺の言葉に、李苑がパッと表情を明るくして立ち上がり、ブラックも静かに頷いた。

「そうですね。私も、もっと強くなりたいです!」

「同感です。では、お供しましょう。……ああ、そうだ。お二人とも、お買い物が終わったら、後でお風呂に入りませんか?」

「風呂?」

「ええ。1Fの屋内芝生広場に、GMが岩風呂風の特設天然温泉を湧かせているという情報がありまして。ユニットの関節の汚れまで綺麗に落ちるそうです」

「わあ、温泉! 私、絶対行きたいです!」

 李苑が目をキラキラさせた後、温泉でくつろぐ様子を想像したのかウットリしている。

「ショッピングモールの中に温泉か。悪くないな。よし、パパッと買い物を済ませて、ひと風呂浴びに行こう」

「賛成です」


 俺たちは連れ立って店舗を出て、待機所のユニットに乗り込んだ。

 イータのコクピットに収まり、システムがリンクする。計器が緑色に点灯するのを確かめ、俺はメインスロットルに手を掛けた。

「愛李、1Fのフード・フォレストへの最短ルートを出せ」

「了解しました。ナビゲーションを開始します」


 俺たちはカフェを出て、人間の巨大な靴底の軌道を予測しながらスロープを下っていった。温泉という目標ができたせいか、李苑のアーサーも足取りが軽い。


 1Fのフード・フォレストに辿り着く。

「なんですか、あれ!」

 李苑が声を上げた。

 天井の空調ダクトから、黒服を着た不気味なUMA『モスマン』が次々と降下してきている。奴らの狙いはユニットの破壊じゃなかった。光のネットを投網のように放ち、逃げ惑うプレイヤーの機体を包み込んでいく。

 ネットに捕らわれた機体は、ガチャガチャの透明な空カプセルのような球体に圧縮され、完全に身動きを封じられていた。

 モスマンはカプセルを掴み上げると、広場の中央に設置された巨大な透明ケース――『特設・落とし物センター』へ次々と放り込んでいく。イベント終了まで拘束される、悪趣味な見せしめの監獄だ。

 とにかくモスマンを退治しないことには『お土産データ』は手に入らない。


「んじゃ皆さん、先ずは狩りますか!」

「はい!」

「了解」

 俺たち三人はそれぞれの部隊を率いてモスマン討伐を開始した。


 一方、少し離れた巨大な噴水エリア。

 戦艦大和をはじめとする機動艦隊が水面を完全に制圧し、近づくモスマンを無表情な弾幕でチリ芥に変えている。相変わらずの圧倒的な火力だ。

 他のプレイヤーたちも遠巻きにエリアを通過するだけで、そそくさと噴水エリアから離れていく。

 真那はシャルル・ド・ゴールの艦橋で他のオペレーターと艦載機に指示を送る。

「『お土産データ』の回収を急げ。全艦隊、パターン、プロト6に移行。引き続き演習継続。各オペレーター……」

 真那の指示に従い機動艦隊は連動した動きを見せる。まさに軍事演習だ。しかし艦長席に楽毅はいない。


 * * *


 施設内のカツタヤ書店。

 静寂に包まれた書店内、ミリタリーコーナーの本棚の陰で、楽毅はクラウゼヴィッツの『戦争論』のテキストデータをスキャンしていた。

「マスター、『お土産データ』は確保しました」

 オペレーターの真那が淡々と報告する。

「そうか。噴水の方は、まあ適当にやっててくれ。こっちの歴史書も読み終わったら合流する」

 楽毅は『戦争論』を閉じると次の本に手を伸ばした。

『戦略論(Strategy)著者:B・H・リデル=ハート』

「ん。やっぱり読むべきは古典だな」

 その姿は研究者そのものだった。


 * * *


「みなさ~ん。ここのお土産ショップは後三分で閉店しますー。つぎに何処にオープンするかは決まってませーん。場内をくまなくスキャンして見つけてくださいねー」


 戦闘中に強制割り込みをかけて声が聞こえた。なんだ、何処から声が飛んできたんだ?

「マスター。ショップが三分後に消失します。このままでは『お土産データ』は回収できません」

「どうにかならないのか」

「UMAの量が少しずつ増えています。他のプレイヤーたちも奮闘していますがショップに辿り着けません。開店直後にショップに辿り着けたプレイヤーはともかく、後発組はほぼ無理です」

「なんてこった。相変わらず根性悪いなGM!」

「ホーキングさん、一旦離脱しましょう。ショップに着けない以上、ここにいてはかえって危険です」

「そうですね。離れて新たなショップの出現場所をすぐ突き止める方が効率的ですね。李苑さんー」

「えーなんですかー」

「ここを離れますよー」

「えーー。もうちょっとでいけそ……うわー増えた」

「そうですー。こっち来てー!離脱しますよー」

「はーい。もーじゃま!!」

 李苑が配下の騎士を従えて、一直線にこちらに向かって走ってきた。

「では、みなさんこちらへ」

 ブラックさんから送られてきた座標データに向かい、俺たち三人はフード・フォレストから離脱した。


 やれやれ、全くやってくれるぜ……。

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