第12話 田楽狭間②
豊明市にある桶狭間古戦場伝説地(公園)。今川義元が織田信長に討ち取られた場所で、桶狭間の合戦の日は必ず雨が降り、鎧武者が辺りを歩き回るという怪談話がまことしやかに話されている。
雨が降る日には、義元の亡霊が彷徨うという。
「愛李、マーカーはどこだ」
「ただいま検索中です。少しお待ちください」
前面のモニターに公園の全景が映し出される。他のプレイヤーもいる。位置は散らばっている。まだ誰も占領マーカーを見つけていないようだ。
特に変哲もないこじんまりとした公園だ。
「マスター、占領マーカー出現。場所は『一号碑今川義元戦死所』です」
「それらしい場所だな。すぐに移動しろ」
「了解しました」
一号碑は公園の西のほぼ中央に位置している。その先は道路だ。他のプレイヤーも移動を始めた。
「プレイヤーのレベルを確認しろ。全機戦闘態勢。直ぐに発進するぞ」
「了解…マスター、ジャミングが掛かりました。プレイヤーレベルの確認ができません。プレイヤーの位置も確認不能」
「は?何だそれ!ジャミング?そんなこと、できるやつがいるのか?」
俺は動揺した。
今まで、一度も経験したことがない。
7BOXで、全プレイヤーの位置が見えなくなるなんて。
「聞いたこともない……」
――李苑さんやブラックさんも、この異常事態に巻き込まれているのか?
「マスター!次元振動を確認!」
愛李の声が緊迫する。
「震源地は一号碑――いえ、増えています!」
モニターに、赤い警告マークが次々と浮かび上がる。
「二号碑、三号碑、四、五、六、七!全ての七石表に次元震源地が発生しました!」
画面が、赤く染まる。
「空間が――変質しています!バトルフィールドが書き換えられています!」
「何だと!?」
俺は目を見開いた。
バトルフィールドが書き換わる?
そんなこと、今まで一度もなかった。
モニターの映像が、ぐにゃりと歪む。
公園の風景が――崩れていく。
ベンチが消える。
遊具が消える。
アスファルトの道が消える。
そして――
「マスター、危険です!」
愛李の声。
俺は、息を呑んだ。
眼の前のスクリーンに、雑草に覆われた小高い丘と細い道、雑木林が浮かび上がっていく。
――これは。
戦国時代の、桶狭間か?
そして――
眼の前の道から、何かが現れた。
「マスター。敵性反応です」
俺は、目を凝らす。
鎧武者。
それも、一体ではない。
十体、二十体――いや、もっと。
大きさは、イータと変わらない。
「まさか……本物の、戦国武者?」
「即時対応を!」
愛李の声が、俺を現実に引き戻す。
「ははっ、スカッとするかー」
――そうだ。
これでいい。
何も考えず、ただ戦えばいい。
現実のことなんて、忘れてしまえ。
リストラのことも。
妻の冷たい視線も。
息子たちの無関心も。
ここでは、俺は「マスター」だ。
愛李が、俺を必要としてくれる。
「全機発進。全部潰せ」
俺は、叫んでいた。
「了解しました。イータ射出準備。カウントダウン。5,4,3,2,1、シュート!」
イプシロンが先陣を切る。その後ろにアルファ。マザーの前でベータが長距離ライフルを構え、上にはガンマがスーッと浮かぶ。アルファたちとベータの間にデルタが立つ。
「おーし。コマンド『標準』、発動」
万松寺で使った、あの戦術パターンだ。
愛李が各機を自律制御し、俺は全体の指揮に専念できる。
試行錯誤の末に作り上げた、俺たちの戦い方。
コマンドを発した俺は、マザーの後ろに位置して後方を警戒していた。
「愛李、現状報告」
「マザー前方の雑木林に敵性反応を多数確認。その数300」
「おー。多すぎないか。いや、無双するにはそれぐらいのザコキャラが必要かな」
「プレイヤーユニットはジャミングによって確認できません。バトルフィールドは完全に書き換えられています。占領マーカーも消えております。ただし先程確認できた位置にあると思われます」
「これってGMが仕込んだサプライズイベントか。クリアしたらめっちゃ報酬がもらえるとか」
「そのような知らせは入っておりません」
――GMからのメールには「異常事象」とあった。
でも、知らせは入っていない?
おかしい。
何かがおかしい。
でも――今はどうでもいい。
ただ、戦いたい。
何も考えず、ただ戦いたい。
「ま、いいや。よし、俺もそろそろ行くぞ。アルファ、俺の分も残しておけ」
「了解しました。メガ粒子砲の発射回数を制限します」
マザーの前方、イプシロンに向かって俺はイータを走らせる。右手にビームライフルを持ちイプシロンの周りに群がる鎧武者を撃ち抜いていく。
「ぶっ壊せ!」
声が出る。
止まらない。
「全部、消えろ!」
俺は、撃ち続ける。
ビームライフルを撃ち続ける。
鎧武者が、次々と倒れる。
でも――
「くそっ!」
止まらない。
この怒りが、止まらない。
――何に怒っているのか。
鎧武者か?
違う。
会社か?
妻か?
息子たちか?
違う。
――俺自身だ。
何もできない、48歳の俺自身に、怒っているんだ。
「消えろ!消えろ!消えろぉぉぉ!!」
俺は、叫び続けた。




