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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
青麗のタロガ
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〇七、セイル家のこと


 しかしまあ、何たる不幸か……。

 タロガ・セイルの身の上に、私は嘆息をもらすしかない。

 家を追われた後、実家に帰らなかったのは多分帰れなかっただろう。

 養子に出されるくらいだから、彼も嫡子ではないはずだ。

 財産も家も何もない、下級の士族。

 何とか養子先を見つけて、ゆくゆくはその家督を継げるはずが、こんな醜聞に巻き込まれた上に何も悪くないのに追い出されるなんて。

 一体全体、どのツラ下げて故郷に帰れようか?


 わたしも一応騎士の家で生まれ育った人間だから、そのへんは嫌でもわかる。

 不幸中の幸いと言えるのは、彼を認めてくれる上司がいたことか。

 わたしの中で、あのヤクザ的な雰囲気を持つ長官の株がちょいと上がる。

 タロガはしばらく黙りこくっていたが、急に顔を上げると、


「……何でお前にこんなこと話さなきゃいけないんだ!」


 わずかに頬を高潮させて、そのまま歩き出してしまった。


「あ、こら……」


 わたしはタイミングを逸してしまったせいか、あっと言う間に見失ってしまう。

 まだ仕事中だっちゅうのに。巡回の途中だっちゅうのに……。



       △



 結局、わたしは一人で役宅まで戻る羽目になってしまった。

 帰り道、幸い迷うことはなかったが、不慣れな道は実際以上に長く感じるもので。

 役宅に帰りついた時には、わたしは精神的にクタクタだった。

 が、しかし。

 帰ったら帰ったで、なかなか一息つかせてはくれないのである。


「おい、ちょっとコレをあっちまで持っていけ」


「新入り、ここを掃除をしろ」


「ちょっと茶を入れてこい」


 と、先輩がたは顔を見るなり用事を山と言いつけてくださる。

 普段は全然目立たないのに、仕事をしていないとすぐに目に付くらしい。

 ちょっと手を休めているとすぐさま、


「何をさぼっている!」


 と、鬼の首でも取ったように怒鳴り声だ。

 まさか、密かに見張りでもひっついているのではあるまいな?


 いや、実際そうじゃないかと思いたくなるのが一人いるのだ。

 大した立場でもないのに、妙に大物ぶった顔をするオッサンが。

 仕事をちゃんとこなしてもまず褒めることはないが、ちょっとミスをするとキャンキャンと甲高い声で説教をしてくる。


 そう。叱責ではなくって、説教なのだ。

 仕事上のミスで叱責されるのなら納得がいくが、どうにも我慢できないのは説教と一緒に垂れ流される自慢話である。

 自分は若い頃はこうこうで、こんなにきちんと一生懸命やったんだぞ。

 俺の若い頃はこれほどに真面目で、こんなに素晴らしい働きだったんだぞ。


 エトセトラ、エトセトラ……。


 嘘かホントかわからないような自分語りを繰り返すのは、どういうわけだ。

 騎士だ士族だと威張っていても、所詮はしがない宮仕えの身。

 特に将来が明るく開けているわけでもない、不浄役人の愚痴プラス俺自慢。

 不快というより、聞いていて虚しくなってくるからやめてほしい。


 しかし、それをかましている時の、そのウットリとしたこと。

 完全に自分で自分の語りに酔っ払っている、そんな感じなのである。

 それが中断してのは、長官がふらりと姿を見せた時だ──


「おう、スー。一人で帰ってきたのか」


「はい。長官」


 怒られるかな、と思いつつうなずくと、


「そうか。いや、ちとお前に頼みたいことがあってな」


 長官は軽く顎をしゃくって、ついてくるように促した。

 わたしとしては、気の滅入る説教もどきから解放されて嬉しい限り。

 早速に長官にくっついて、廊下を出るのだった。


「──で。どうだ? 少しは仕事に慣れたか」


「恥ずかしながら、わからないことばっかりで……」


「新人なら、そんなもんだわな。とはいえ、早いところ慣れてもらわんと」


 廊下を歩きながら、長官はムハハと肩を揺すっていたが、


「ところでタロガのヤツはどうした?」


 あまり聞かれたくない質問である。

 わたしがどう答えようかと思案をしていると。


「途中で喧嘩でもしたか──」


 長官はいきなり図星を突いてきた。


「あ、あの……」


「そうビビるな、スー。連帯責任なんことは言わんよ」


 テンパりそうになるわたしへ、長官は苦笑してみせた。


「それにだ。少なくともお前よりはあいつとの付き合いは長いんでな」


「……あはは」


 わたしは、おかしくもないのに引きつり気味の笑いを漏らしてしまう。


「それで喧嘩の原因は? どっかのチンピラと揉めたか? ん?」


「いえ、それがその……。士族のダメ男子、じゃない。男の子たちとですね……」


 わたしが言葉を探しながらボソボソ言っていると、


「ああ。なるほどなぁ」


 長官はそれで大よそを察したらしく、頭をかきながら首を振る。

 そんな長官の仕草を見ているうち、わたしはほぼ無意識に口を開いていた。


「あの、よろしいでしょうか?」


「何だ?」


「あの、タロガ・セイル……さんについて、です。その……」


「良くない噂があるということか?」


 長官は立ち止まりながら、近くの窓へ視線をやっていた。


 ちょうど中庭が良く見える辺りだ。


「それもですけど、いえ、あの人のこともですけど……」


「あいつの養父(おやじ)についてか?」


 真面目な長官の声に、私は無言でうなずく。


「ちょっと聞いただけですけど、タロガさんを追い出したとか……」


「お前さんは、どこまで聞いた?」


「それは……」


 妙に静かで穏やかな長官の視線に、わたしはいつも以上に気圧されてしまう。

 それでも、タロガから聞いた話をかいつまんで説明すると。


「大よそはその通りだな。あの男もうちの人間だから、俺としては非常に困った」


 と、長官はライオンを思わせる髪を揺らしながら、中庭を見る。

 タロガの養父ってことは、当然見廻り方所属の士族だった──か。

 世間に睨みを利かせているはずの人間が、娘可愛さからせっかくもらった養子をポイッと、捨てちゃった。

 そりゃ見廻り方としても困るだろうな。


 タロガだけじゃなく、セイル家にも悪評が立つから三者共に良いこと無しだ。


「あの時は俺も色々と言ってたみたんだが……あれが思わぬほどに頑固でなぁ」


 結局はタロガの絶縁は避けられなかった、と長官は顔を歪ませる。

 自分自身が情けない、と言いたそうな表情だった。




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